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なぜか決闘

「ふざけたことをぬかすな、何か証拠でもあるのか?」

 ダーネは腰の剣に手を添えながら、俺のことをにらみつける。


「証拠も何も……お前が出したという近衛隊を別宮におびき寄せた指示を俺が頼んだという証拠はどこにある?ないだろう?俺はそんなことを伝えるようにお前に頼んだ覚えはさらさらない。」

 俺も負けじとダーネの目を見て答える。


「仕方がないな……こうなれば決闘で白黒つけるとしよう。

 騎士の誇りをかけダーネはトーマに決闘を申し込む……立会人は……まあここにはたくさんいるから困らんな。」


 ダーネはそういうと、右腰につけていた小さな布切れを外して俺に投げつけてきた。

 どうや決闘を申し込む儀式のようだな、ダーネは近衛隊隊長に若くして任命されたことからも、剣の名手として名高い……恐らくこの国でも1、2を争うほどの使い手のはずだ。


 対するトーマはというと、剣術指南役だったということからもこれまた剣の名手なのだが、性格がおとなしく決闘には向きそうもない。


 模擬刀を使った道場でのダーネとトーマの申し合いでの戦績は5分だったが、実際に剣を手にすればダーネが必勝と評されていて、トーマ自身もそう考えていたようだ。


 責任を追及されるがままにおとなしく自刃してくれたはずが、生き返って当時の状況を再調査し始めたわけだ……自分が不利な状況に陥ったとわかった途端に、力押しで自分の正当性をアピールするつもりのようだ。

 自分が圧倒的に有利な決闘という方法で……この方法であれば、余計な証人であるトーマ自体を葬ることができ、1石2鳥の効果がある。 


 かといって決闘を断るというのは、この世界ではそのすべての嫌疑を認めるということに他ならないようだ、王宮に賊を引き入れ王子にけがを負わせた罪をすべてトーマが負ってしまうのだ。

 折角生き返ったというのに結局、自刃しか道はないということになる。


 そもそも王宮警備の不備が賊の侵入を許したため、トーマもダーネに対して責任の追及を考えていた。


 隊長が早く出勤してはいけないだのと、とんでもなく不真面目な勤務態度から兵士たちをだらけさせ、重要な日の警護に穴が開いたのだろうと感じていたのだが、それを差し引いたとしても、直接王子を守りながら手傷を負わせてしまった自分の罪は重いと考えていた。


 何より士官の道が閉ざされていた自分に、道筋を与えてくれた恩を忘れてはいなかった。

 そのため細かな追及はせずに、一人居城に戻って自刃したようだが、第3者の俺からいわせてもらうと、不審な点だらけだった。


 責任の所在をはっきりとさせるために、近衛隊から調べなおそうとしたのだが、すでにダーネが戻ってきていて、自分の立場が悪くなると決闘を申し込まれてしまった。


 この国にも裁判制度があるようだが、貴族や上級士官など上流階級の間のもめごとは、証拠集めや証人などの信憑性が薄く(金に任せて証言させる場合が多いため)、総じて決闘などで決着をつける場合が多いようだ。


 確たる証拠があれば裁判に持ち込めるのだが、言った言わない程度では決闘を申し込まれれば拒めない。

 ここで逃げるわけにはいかない……どうせ一度は死んだ身だ……死ぬ気で頑張ってみよう。

 このまま戻っても、もう一度腹を切る以外に道はないことは明らかだからな。


「いいだろう……決闘を受けよう……だが……お前は罪を認めたということでいいのだな?

 俺の主張が真実でなければ、お前は簡単に覆せるはずだ……お前が潔白でさえあればな。

 それが出来ずに決闘まで持ち出すということは、もはや罪を認めたことと変わらんわけだな?」


 覚悟を決めて一歩前へ出る……不思議と恐いという感情は沸いてこない……どちらかというと変な期待感というか、その先の展開がどうなるか見てみたいという気持ちがある。


 そもそも今この状態は、老婆を助けようとした俺が代わりに車に撥ねられ重傷を負い、病院のベッドでうなされながら見ている夢ではないかと考えている。長い夢ではあるのだが、ダーネに斬られて死んでしまえば、そのまま病院のベッドで家族に囲まれた状態で目覚めるのではないかと考えているのだ。


 万一、何かの手違いでこの肉体に転生してしまったのだとしても、もう一度死んでしまえば元の肉体に戻してくれるのではないか……?という淡い期待すらある。

 力及ばず敗れてしまっても、その先はこれまで通りの生活が待っていると考えれば、怖いことは何もない。


「なっ……ばっ馬鹿気たことを申すな……せめて潔く自刃すればいいものを……いっ、一度失敗して恐くなり自分で始末できなくなったお前が生き恥をさらすことがないよう、なっ長年の友人として、おっ……俺様があっさりとお前に引導を渡してやろうとしているだけだ。」


 ダーネは興奮しているのか、舌がうまく回らない様子で、顔を真っ赤に染めながら剣を抜いた。

 成功成功……勝ち目が薄い戦いだ……相手の感情を害して平常心を失わせる作戦を使わせてもらった。

 興奮して大振りになれば、そこから勝ちも拾いやすくなるかもしれないという淡い期待からだ。


 負けることが嫌な勝負ではないとはいえ、何も策を講じずにただ負けるのでは面白くない。

 勝負事には常に真剣に相対して、己が持つすべての智謀と技能を注ぐべきものだ……そうしない事は対戦相手を愚弄することだと俺は常に考えている。


「では……よろしいですね……・は」

「だぁりゃあっ!」


 俺が腰の剣に左手を添えたままダーネの前に立つと、立会人を務めるつもりの近衛兵が間に入り、決闘開始の合図を告げようとしたが、それを押しのけダッシュで間を詰めると大上段に振りかぶって斬りかかってきた。

 決闘を受けると言った瞬間に、戦いは始まっていたということか……いいだろう。


 すぐに迎え撃つ体制で剣の柄に右手を当て、半歩前に出るとダーネの斬りつけてくる切っ先がスローモーションのようにはっきりと見て取れる。


『シャキンッ』俺は居合い抜きのように剣を抜きながら、ダーネが振り下ろしてくる剣を頭上30センチほどで受け止め、そのまま剣を滑らせ右手首を回転させ、同時に腰を引いてダーネの左わき腹を水平に斬りつけた。

『ジュバッ』すると、鈍い手ごたえとともに、ダーネのがら空きの胴体から鮮血が吹き出した。


 ありゃりゃ……簡単に避けられると思っていたのにな……『ズルッ』すぐさま剣を手前に引いて抜き、手首を使って左斜めに振りかぶり、柄に左手も添えてダーネの右肩から袈裟懸けに振り下ろすと、『ズッバァーンッ』鎖骨に深く食い込んだ剣先を伝って、鮮血が流れ出る。


『シュッ』『ドーンッ』そのまま剣を上方に引き抜くと、支えを失ったダーネの体が前へ勢いよく倒れた。


「ダーネ隊長っ!」

「隊長っ!」


 すぐさま近衛兵たちが駆け寄って、ダーネの周りを取り囲む……ずいぶんあっけなかったな……やはり動揺させて平常心を失わせたのが功を奏したのかな。


「おいおい、隊長では既にないはずだろ?いや、復帰したといっていたか……まあいい……傷は浅いから死んではいないはずだ。すぐに医者に見せれば助かるだろう。


 どちらにしても皆が見ていたとおり、これは正式な決闘で、しかもダーネが申込み、それを俺が受けた形だ。

 一昨日の王宮内の警護に関して、俺が追及したら応じることができずに、苦し紛れに決闘を申し込んだと俺は考えているが、どうだ?」


 トーマの記憶から、致命傷は与えていないことは分かっているので、先ほど立ち合いをしてくれた近衛兵に指示し、ついでに状況確認しておく。


「はっ……おっしゃるとおりであります……ですが……自分には上級職であるお二方の責任の所在について意見を述べられる立場にありません!」

 近衛兵は直立不動の姿勢をとり、敬礼をしながらためらいがちに答える。


「まあ、そうだろうな、私的意見は不要だから、君は今ここで見聞きしたありのままを報告してくれ。

 といっても隊長がいないのだからな……副隊長経由で国務大臣にでも報告をお願いする。」


「はっ……かしこまりました。すぐに医者の所へ連れていけ!逃げられないよう監視もつけろ!」

 近衛兵の指示により、兵士たちがダーネの体を抱えて走っていく。


「そっそれで……トーマたいちょ……いえ、前たいちょ……いえ……」


「一度は任命された近衛隊隊長だが、既に昨日付で任は解かれているから、トーマでいいよ。」

 近衛兵が俺のことをどう呼ぶべきか思案しているようなので、名前でいいと告げる。


「はっ……とっトーマ殿は、これからどうされますか?

 また、我々の隊長に……ぜひ……はっ……ああっ……大変申し訳ありません……一介の兵が大それたことを……。」


 近衛兵が俺の復帰を望んでいるようなことを言いかけながら気づいたのか、すぐさま敬礼の態勢を崩して、今度は深々と頭を下げて詫びる。


「一度お役御免となった身だ、俺が隊長に復帰することは難しだろう。

 王子様に手傷を負わせてしまったしな。

 俺は今回の騒動の真実を知りたかっただけだ、だれが何をしでかして王宮へ賊の侵入を許したのかとかな。


 ダーネが一番怪しいということはわかった、だが奴が賊を放ったとも考えにくい……民間出身の奴には王子を襲うべき理由がないだろうからな。意識を取り戻し次第、取り調べを行うんだな、それではっきりさせろ。

 俺には次の隊長が誰になるかわからないが、なお一層の警備をすることだ。俺は居城に戻る。」


 なんだかんだで死にそびれてしまった。


 ダーネのしたことは許されることではないが、奴にはやつなりの事情があったのだろう。

 そのあたりを調べてみたい気もするが、トーマは過去に冤罪をかけられて、この国の要職を追われた身の上だ、中央につてはないし、苦労して調べ上げたところでそれを信じてもらえるかどうかも疑わしい。


 しかるべき筋が調査することだろうから、家に帰るとしよう。



「あなたっ……帰ってきたのですか?

 そっ……その……ジュード王子の件……あなたの落ち度ではなくて、ダーネ元隊長の……。」

 居城に戻るとすぐに妻が出てきて、顔を真っ赤にして言いづらそうにうなだれる。


 城といっても時代劇で見る大名屋敷のように、石垣で組まれた土台に漆喰で固めて瓦屋根を乗せた塀で囲まれた瓦屋根の2階屋で、ひたすらだだっ広いことは広いというだけの建物だ。


 すでに決闘の話も含めて、連絡が入ってきているのだろう。大商人である妻の実家なら王宮に常に出入りしているし、電信を使えばタイムリーに情報が入ってくるはずだ。

 トーマが生き返ってからも、不名誉だの家の名を汚すなだのと、しつこくまくしたててきていたのが一変したのはありがたい。


 普通なら生き返ったら、喜んで抱き着いてきてもいいくらいだったろうにな……義理の娘のように。


「ああ、恐らく罪は不問にされると思っている。

 だがまあ、お役御免ということに変わりはない、何せ王子様に怪我を負わせてしまったのは事実だからな。

 せっかくの宮仕えが御和算になったのは残念だが、いいさ、これからは自由にさせてもらう。」


「自由って……どういうことですの?」

「ああ、旅に出る。この城も何もかも売ってしまって、それで冒険の旅に出るのさ。」

 いぶかしそうに見る妻に対して、明るく笑顔で答える。


「ぼっ……冒険者って……何を言い出すかと思えば……しかも先祖代々続いたこのお城を売りはらうなんて……あたしは許しませんよ。第一、妻であるあたしや娘のエーミのことはどうなさるおつもりですの?

 一緒に冒険の旅なんて、とんでもないわよ!」

 突然の言葉に、動揺しながらも強く反発する。


「とっ……俺の妻というが、サートラ……おっ俺たちは結婚していたか?式も上げてはいないだろ?

 尊敬する師匠の元妻と娘であるエーミを、師匠が亡くなった後もこの城に住まわせていただけではないか。」


 そう、トーマとサートラはいわゆる事実婚であり、対外的には結婚していると答えてはいたが、式も上げてはいないし役場への届け出だってしていない。


「何を言っているの?あなた……私と結婚するって、確かにおっしゃったじゃない!

 だから私は……家からの支援だって……。」

 妻が否定しようとするが、最後は言葉に詰まる。


「そう……師匠が亡くなったのと時を同じくして、お家断絶ともいわれる危機に陥った。

 国務大臣であった父が失脚し、俺がえん罪をかぶせられて王子様の剣術指南役を退任させられ、蟄居を申し付けられた。


 居城があるとはいっても、もとより小作人から税の徴収など望まない家系で、収入を完全に閉ざされた。

 それでも小作人からのわずかな差し入れで、食うには困らなかったが使用人たちの給金に困った。


 そこで、豪商を父に持つお前がこの家に嫁ぐことにより、資金援助を申し込んできたのだったな。

 その話がなければ尊敬する師匠の妻子であるから、城に居続けることを拒むつもりはなかったが、まさか婚姻を考えることはなかったはずだ。


 それでも経済逼迫の折り、それも師匠への恩返しの一つとして婚姻を同意したのだが、正室として城の奥への出入りを許された途端、経済援助などどこへやら、請求しても一切金が入ってくることはなかっただろ?


 使用人たちの給金は、これまでため込んだ家具や調度品を売り払って賄っていたんだ。

 お前たちのこれまでの生活費でさえもな。


 悪いがこれ以上この城を維持していくことは困難だ、赤字が大きすぎる。

 そのためこの城を売り払って、その金で俺は旅に出るつもりだ。」

 不実な妻には、きっぱりと引導を渡す。話下手なので、言いたいことは箇条書きでメモしておいた。

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