冒険者になる
「あっ……おはよう……えへへ、よおく眠れた……小さかった頃、パパと一緒に寝てたころを思い出した。」
胸元にうずくまっていた小さな存在が顔を上げて、笑顔を見せる。エーミが眠りについたらソファーに戻るつもりだったが、パジャマにしがみついたまま離さないので、動けなかったのだ。
おかげで一睡もできなかった。寝返りを打ってエーミを押しつぶしてはいけないとか、おならなんて絶対我慢だとか……あほなことばかり考えて、緊張のあまり身じろぎ一つできなかったのだ。
ううむ……残金が乏しいので、今日はクエスト申請しなければいけないのだが、弱ったな……折角スースー達に頂いたご厚意は、ほぼ全て診療所に贈る回復水に化けてしまったからな。
まあ何とかなるだろう、冷水で顔を洗い気を奮い立たせる。
「じゃあ、パパたちは朝食を食べたらお仕事に行ってくるからね、ショウはこの部屋で留守番をしていてくれ。
昼食は、宿の食堂で食べられるし、部屋に持ってきてもらうこともできる。そうだな……持ってきてもらえばいい。近場のクエストにするつもりだから、夕方には戻ってこられるはずだ。
ショウの学校のことも考えなきゃならんからな、この村にだって学校はあるはずだ。
確認しておくから、帰ってきたら一緒に見に行こう。」
洗面後にはエーミはショウに変わっていた。服装もイチゴのパジャマから男の子のシャツとズボンだ。
「学校は大丈夫だよ……飛び級で、この春に卒業したじゃない……。」
そうだった、この世界の義務教育はロースクールの12歳までで、そこから4年間のハイスクールがあるのだが、エーミは成績優秀で飛び級をしてすでに卒業していたんだった。以降は専門教育のいわゆる大学になるのだが、エーミは花嫁修業をさせるというサートラの教育方針で、大学にはいかなかったのだ。
「そ……そうだったな……じゃ……じゃあ……お茶とお花の先生を見つけておいてやる。毎日先生に来てもらって、習い事をすればいい……。」
あと、料理の先生とかも見つけてやれば、いいかもしれないな。
「ぼ、僕も一緒に行く……。」
「へっ?」
「僕も一緒に行ってもいいでしょ?僕も冒険者になりたい!」
はあ?何を言い出すんだ?この子は……
「ばっ……馬鹿を言うな……冒険者なんて職業、女の子になんて……。」
「僕は男の子だよ……そうでしょ?男の子になったんでしょ?男の子として生きていかないと、パパと一緒にいられないんでしょ?だったら男の子のままで全然かまわない。そうしてパパと同じ冒険者になる!」
エーミ……じゃなかった、ショウは力強く宣言する。しまった……裏目に出たか……。
「しょしょしょ……ショウでいる時は確かに男の子だ。だがなあ、それはあくまでも外観上のことであって、中身はエーミのままなんだぞ。トオルは擬態石を使って体を変えても、運動能力が上がるわけではないって言っていた。つまりショウの姿をしていても女の子でしかないんだ。冒険者は無理だな。」
冒険者なんて危険な職業に、愛するエーミをつかせるわけにはいかない。ここはなんとしても、あきらめさせねばならない。
「そんなこと言ったら、ナーミお姉さんはどうなるの?……15歳になったらすぐに冒険者になったって言っていたでしょ。エーミはもう、15歳になって3ヶ月も経つのだから、十分冒険者になれるわよ。」
ショウ(エーミ)は勝ち誇ったように胸を張って息巻く。しまった……一番突かれてははいけないところを……。今更ナーミは特別だとかトレーニングしていたとか言っても無駄だろう、何せ彼女と同じカルネの血が流れているのだからな……うーん、どうしようか……。
「まっ……まずは……朝食をとってからだな……。第一、ナーミやトオルがどういうかわからないからな、いくらショウが入りたいって言っても、同じチームに入れてもらえるかどうか……。」
とりあえず、ここで何を言っていても意見は平行線で交わることはない。一旦水を入れることにする。
「わかった……。」
ショウと一緒に階段を下りて1階の食堂へ向かう。
食堂では、既にトオルもナーミも卓についていて、朝食を終えようとしていた。
「遅かったわね……昨日はほとんどお酒を飲まなかったはずなのに……まさか……変なことして……。」
ナーミがものすごい形相で睨みつけてくる。
「ばっ……馬鹿言うな……そんなこと冗談でも言うな……特にえー、じゃなかったショウの前ではな。」
ものすごく不謹慎な想像をしているであろう、ナーミのことを叱りつける。
「じゃあ、どうしてこんなに遅くなったのよ……。」
「いや……ちょっともめていたもんでな……あとで……。」
「僕も……僕も一緒に行きたいです。冒険者チームに入れてください!」
後で話すと言いかけたところで、ショウが直球攻撃だ。しまった先を越された。
「ちょっと、どういうことよ!」
ナーミの言葉の語気が強くなる。
「どういうことも何も……こういうことだ……。」
そういって両手を顔の前で合わせて詫びる。仕方がないだろうが……何を言ってもきかないし……。
「冒険者になりたいのですか……冒険者になるには技能が必要となります。ワタルは剣の王宮指南役でしたし、私はカッコンの師範代です。ナーミは弓の技術に長けておりますし、精密射撃技術はなかなかのものです。
なにか、これらに匹敵する技能をお持ちですか?何も出来なくて、自分で自分の身も守れなければ、仲間に迷惑をかけるだけで、それではチームメイトとは言えません。冒険者がダンジョンに潜るということは、命を懸けてそこを制覇しようとするわけですからね、常に命がけなのです。」
「ええっ……技能って……別に何も……。」
トオルの問いかけにショウが詰まる……おお……そうだった……特技で迫ればよかったのだ。
よしよしこれで……
「何もできないけど……学校の先生が、なんだって初めてやるときには、みんな初心者だって言っていた。
パパだって生まれた時から、王宮指南役じゃなかったでしょ?」
ショウが、俺の顔を覗き込む。
「そりゃあ、あたりまえだろ。小さなころから剣術訓練を積んではいたが、最初はへったくそだったぞー。
歯を食いしばって頑張って、さらにカルネの指導があったからこれほどまでに……。大体、そんな簡単に強くなることなんてできな……」
「そうでしょ?いい先生がいて、一生懸命努力して、頑張って強くなってきたわけでしょ?だったら僕も頑張る。今はだめでも頑張って強くなるから、だって……何もしなければ、成長していかないでしょ?約束するから、絶対あきらめないしへこたれないから、ご指導お願いいたします。仲間に入れてください!」
ショウがそう言って、ナーミたちに深く頭を下げる。ありゃりゃ、しまった援護射撃をしてしまった……まずいな、どうする?見ると、ナーミはこぶしを握り締めて、わなわなと震えているな……後が怖い。
「うーん……ショウ君は頭の回転が速いですね……参りました、私の負けです。そうですね……カッコンの稽古をつけてあげましょうかね……護身術としても使えますから、役立つはずです。練習は厳しいですよ。」
「はいっ……よろしくお願いいたします!」
ショウが深く深ーく頭を下げる。トオルは撃沈した様子だ。
ナーミが鋭い目つきで俺のことをにらみつけてきて、あごで食堂入り口を指す。ちょっと出ろと言っているのだろう。
「しょ……ショウは先に食べていなさい。」
そういってナーミとともに食堂をでる。
「ど・う・い・う・お・つ・も・り・で・す・か・?」
廊下に出たとたんにナーミが振り返る。言葉を区切って言うのがやばい。
「俺だって色々と説得したんだ。女の子には無理だって言ったら、じゃあナーミはどうなんだって言われて言葉に詰まった。頼むよ……ナーミから説得してくれよ……冒険者になる訓練なんて、辛くて厳しいって。」
もうこうなったら責任転嫁して、ナーミに任せるしかない。なにせ、たった一人の身内なんだしな。
「まったく……だからあたしと一緒のほうがいいって……。」
「そんなこと関係ないだろ?大体あればショウが……。」
「何をやっているのですか?ほかの宿泊客に迷惑ですよ。」
廊下でもめていたら、トオルが食堂から出てきた。どうなったんだ?
「どうしました?出かけますよ。ギルドに行ってショウ君の冒険者登録をしなければなりませんのでね。」
「えへへへ……」
トオルの後ろから、ショウが笑顔でついてきた。
「ちょ……ど……」
「どうもこうもありません。まずは本人のご希望通り、登録して修業していただきましょう。音を上げればあきらめるでしょうし、様子を見る以外に方法はありません。」
トオルは淡々と告げると、そのまま階段を上がっていった。やらせてみて、出来なくてあきらめさせる作戦か……まあ、それしかないか……。俺は急いで食堂に戻り、トーストに卵焼きを挟んでサンドイッチ代わりにして、食べながら部屋への階段を上がっていった。行儀が悪いがやむを得ない。
部屋に戻って身支度を整えると、ショウは昨晩トオルに借りた拳法着に着替えていた。もしかすると、トオルはこういった場面も予想していたのかもしれないな。2人して降りていくと、ナーミがエントランスで一人ふくれていた。気持ちはわかるが、とりあえずは協力してもらうしかない。
「じゃあ、行きましょう。」
トオルが降りてきて、4人でギルドに向かう。
「いらっしゃいませ、クエスト申請でしょうか?」
受付に行くと、いつもの美人受付嬢が笑顔で応対してくれる。
「いや、今日は冒険者登録だ。この子はショウというが、冒険者登録をお願いしたい。」
「かしこまりました……ではこの書類に記入して、登録料をお願いいたします。」
受付嬢が登録用紙を渡してくれる。さて困ったぞ……冒険者登録料は結構な金額だったな。俺のカードの残金で足りるだろうか?だがそうなると宿泊代も……まいったな……。
「この3人のカードから均等割りで登録料を引き落としてください。」
カウンターには、トオルとナーミのカードも一緒に添えられていた。ありがとうありがとう……。
「では、間もなく午前の部の初級者講習が始まりますので、こちらのほうへお願いいたします。」
ショウが講習会場の方へ案内されていく。確か半日近くかかったような記憶があるな。
「装備とか、どうするつもりよ……。」
「装備も何も、ショウがどんな職業につきたいか、まだ聞いていないからな。揃えるとしてもそれからだ。
それに金もあまりないからな、どうする?講習会をやっているうちに、近場のクエストにいってくるか?」
少しでも稼いでおきたいところだ。
「無理ですよ……さすがに午前中だけじゃあ近場クエストでもB級は難しいと思います。ショウ君を一人にはしておけませんから、ここで講習会が終わるのを待っているしかないでしょうね。」
「そうだな……そうなると明日にでもダンジョンに行って……。」
仕方がない、1日ロスしてしまうが、ショウの面倒を見なければならない。明日のクエストで稼いで装備をそろえて、それからショウの特訓だ。
「そういえば……登録名ワタル様……本名はトーマ・ノンヴェー・スピニクン・アックランス3世様で間違いございませんね?」
「ああ……そうだが……。」
受付カウンターでごちゃごちゃと話していたら、美人受付嬢に問いかけられた。冒険者登録名は自由に決められるが、本人照会のために本名も登録しているのだ。もちろんショウも本名登録しているが、個人情報は厳守していただけるはずだ。
「郵便があて先不明で戻ってまいりました。ずいぶん以前のものですが、差出人様も行き先不明ということで、郵便局でも扱いしかねていたもののようです。ギルドにも本人照会依頼が来ておりまして、回答しましたところ転送されて今朝届きました。」
そういって1通の茶封筒を差し出す。見ると現金書留郵便だ。しかもナーミ宛の……ああそうか……カルネのナーミと母親に宛てた手紙が未送だったことを懸念して、俺が城を売り払って借金を清算した残りの大半をナーミに送金したのだった。
それが今頃……そうだろうな……送付先のナーミの母親はとっくに亡くなっていて、ナーミは人買いに売られそうになったところを助けられて、孤児院に入れられたんだったものな。宛先不明で戻されたが、今度は差出人もどこへ行ったか分からなかったというわけだ。現金書留だから郵便局も必死で探してくれたのだろう、有難いことだ。
「これは……ナーミが受け取るべきものだ。」
そういって、ナーミの手に握らせる。
「あたしはいらないわよ……もう自分で十分稼げるから。そうね……ショウに渡してあげて……。」
ナーミは俺の手に分厚い茶封筒を戻した。




