エーミの行き先Ⅱ
「あっ……パパ……助け出してくれて、本当にありがとう。」
エーミのいる病室に入ると、俺を見つけて笑顔を見せる。確かに顔色はずいぶんといいし、骨が浮き出ていた腕や足も、ずいぶんと回復しているようだ。これも回復水の効果というわけか。
「いや……偶然とはいえ、エーミを助け出せて本当によかったよ。」
ベッドで上半身を起こしたエーミが、両手を広げて催促するので、ぎゅっと抱きしめてやる。こんな小さくて幼い存在を、あんなひどい目に合わせるなんて、ますます人買いの連中と、そうしてサートラに対して怒りが込み上げてきた。
「その……エーミの回復が意外と早くて、ここでの治療を終えて、別の町に行くって聞いたんだが、体の様子はどうだ?」
ハグをやめて、エーミの顔を間近で見つめる。
「あっ、ええ……パパたちが飲ませてくれた回復水?あれのおかげで、すぐに元気になったみたい。お医者さんが奇跡みたいだって驚いていたわ。それで……エーミはもう十分に元気になったから、別の町の施設に移されるんだって。そっちのほうが安全で、お友達もたくさんいるから、エーミもさみしくないって。
どんなお友達かな……楽しみー……。」
エーミは俺の問いかけに対して、少し笑みを浮かべると、天井を見上げて夢見心地の表情だ。孤児院とはいえ、同世代の子供たちがいる施設であれば、エーミもさみしくはない……のだろうな……。
「そうか、お友達もたくさんできそうだね。アーツって言っていたよね、ここからだとちょっと遠くになっちゃうから、パパもそっちに行こうかな?向こうにだってギルドはあるはずだしな……。」
『ドスンッ』「ぐほっ」思い切りわき腹に肘鉄を食らわせられる。ナーミからだ……。
「本当?……でもね……安全のために、知り合いの人とも連絡を取ってはいけないんだって。施設の方たちに迷惑をかけてしまうことがあるって言われているの。
だから、あまり無理しなくてもいいのよ、エーミは大丈夫。そこにはエーミみたいに一人ぼっちになった子供たちがたくさんいるって言っていたから……同じ境遇の子供たちばかりだから、みんな優しくて……親切で……。」
俺がアーツに行くと言ったら、一瞬エーミの顔が明るく輝いたが、すぐに下を向いてそうして最後の方は言葉が詰まり始めた。よく見ると肩が震えている……不安なのだろうな……一人ぼっちで全く知らない土地で、全く知らない人たちばかりの施設に連れていかれるわけだからな。
同じ境遇の子供たちって十把一絡げに言われたって、さすがにエーミのような経験をした子はいないだろうし、仮にいたところでエーミの心が晴れるわけではない。
エーミを一人でそんなところに向かわせてもいいのだろうか……。
「エーミ……その……今からいうことをしっかりと聞いて判断してくれ。」
「えっ……うん?……なーに……?」
少し顔を上げるエーミの目には、今にもこぼれんばかりの涙が溜まっている。やっぱり、泣いているじゃないか……いやなんだ、一人ぼっちで知らない土地へ行きたくないんだ。
「エーミはその……パパの娘だったよな……?まだそのつもりはあるか?」
「えっ……その……いいの……無理しなくてもいいのよ……エーミなんかのために……。」
エーミはうつむいたまま、激しく頭を横に振る。その衝撃で溜まっていた涙が飛び散ったくらいだ。さすがに次に出てくる言葉をある程度は察していることだろう。子供とはいえ15歳なのだ。
「いや……その……エーミのためじゃない……これはパパのためだ。
パパは馬鹿だなあ……離れて暮らしてはじめてわかった……エーミに会えなくて寂しいって。切ないって。だから、エーミにまた会えて本当にうれしかったんだ。だからもう、お別れはしたくない。
エーミさえよかったらだけど、またパパの娘として一緒に暮らさないか?もちろん、前みたいにお城での生活じゃないけど、あちこち旅に出ることもあるかもしれないけど、これだけは誓える。パパはエーミを一人ぼっちにしない。ずっと一緒にいる。だから、パパと一緒に来てほしい。」
この子を一人にはできない、なんとしても俺がこの子を幸せにするのだ。
「本当?パパのため?エーミと一緒にいたいの?うーん……でも……無理してそんな事、言わなくてもいいんだよ。エーミは、全然平気だから……。」
エーミはベッドの上でうつむいたまま、ポツリと告げる。俺の負担にはなりたくはないということか、そうだよな……1時期は親子と言っていたけど、表面上だけだったし血はつながっていないし……。
「エーミちゃん……大事なことですからしっかり考えてくださいね。今ここで断ってしまうと、2度とパパと会えなくなってしまうかもしれませんよ……それでもいいですか?」
俺の1時期の感情だけで無理を言っても仕方がないとあきらめかけたところに、トオルがエーミに最終通告をする。エーミを収容する孤児院の情報なんか、安全のためにと教えてくれそうもないからな……。
「…………ぐっ…………うわーんわーん……一人ぼっちは嫌だよー……パパとずっと一緒にいたいよー……。」
エーミはおもいきり抱き着いてきて、俺の胸にすがりわんわんと大泣きした。俺に心配させないように、よほど我慢していたのだろう。本当にやるせなく、切ない気持ちがこみ上げてきた。
実の母親に身を売られ、誰一人頼る人がいない中で、それでも自分が生きていける道を与えてくれる人たちに感謝して、不安を隠してやせ我慢していたのだろうと思う。大した精神力だ……俺が15くらいの時はちょっとしたことですぐ落ち込んで、全て周りのせいにしてキレまくっていたというのにな……。
「エーミちゃん……ちょっとパパを貸してもらえるかな……トオル、エーミちゃんの面倒を見ていてね。」
しがみついているエーミの頭をやさしくなぜながら、気持ちが安らかになっていくのを感じていたら、ナーミがエーミの体をゆっくりとはがしてトオルと交代させる。
「ちょっと来て!」
更に俺の左わきの下に右腕を絡ませ、立ち上がらせると病室の外へと連れ出された。
「あれほど言ったのに、どうしてこんなことになってしまうの?どうするつもりなのよ!変な期待を持たせて、やっぱり一人で留守番させるのは危険だから、施設に行ってくれなんて言ったら、エーミはすごいショックを受けるんだからね!」
病室の廊下で、小声ではあるがナーミがすごい剣幕でまくしたてる。
「仕方がないだろう……あの子を一人にはさせられない。」
「そんなこと……あたしだっておなじ気もちだけど……だけどかえってあの子を危険にさらすことになるのよ。お医者さんも言っていたでしょ、人買いの組織が取り返しに来るかもしれないって。
そのうえ、もっと危険な野獣のような冒険者たちがうじゃうじゃいるのよ、あの子をどうやって守るというのよ。まさか、明日からもうダンジョンにはいきませんっていうんじゃないでしょうね?
説明したと思うけど、あたしもエーミと同じ目にあって……それでもあたしは孤児院で2年間護身術として格闘技の訓練を積んでいたのよ。普通の若い男なんかに負けないつもりだったけど、相手は屈強な冒険者たちだったわ。そんな中であたしが、どれだけ大変な思いをしたのかわかるの?
ずっと部屋に閉じこもって、隠れて人前に出ないで暮らす生活より、孤児院で過ごしたほうがはるかに自由があって、よほどましなの。あたしが言っているんだから、間違いないのよ!」
ナーミが苛立たし気にまくしたててくる。
そうだ、彼女はエーミと同じ思いをして、孤児院の生活も、女の子が一人で冒険者に囲まれて生活するという苦労も経験しているのだ、その彼女が言うことは正しい……だがしかし、エーミを一人にはできない。
「大丈夫だ……両方解決する術はある。エーミをエーミでなくしてしまえばいいんだ。」
「えっ……それ、どういうこと?」
「ああ……詳しくは宿に帰ってから話す。ここではまずい。ともかくエーミは連れて帰る。もう普通に食事もできるって言っていたから、これから退院の手続きをして一緒に帰ろう。今日はエーミの快気祝いだな。」
まずは受付だ……。
「は?これから退院……ですか?」
「ああ……エーミは俺が責任をもって育てる。だから施設にはいかない。もう十分元気だと聞いたから、俺たちが泊まっている宿に連れて帰りたい。問題はないだろ?」
受けつけの事務員に、エーミの退院を交渉する。
「ちょ……ちょっとお待ちください。」
パタパタとスリッパの音をさせながら、事務員が廊下を奥へと走っていった。
「やあやあ……あなたがエーミちゃんを引き取っていただけるのですか?それはうれしいですね……実は……私としても、それを期待していたのですよ。
エーミちゃんの診察中やリハビリ中など、パパに助けてもらった、パパはエーミをいつも見守ってくれているとか……一緒に暮らしていた時のパパはすごく優しかったとか、あなたのことばかり、しかも嬉しそうに笑顔で話していましたからね。
別れた事情までは分かりませんが、もう一度やり直せるならと期待しておりました。エーミちゃんもあなたと一緒にいることが、一番幸せだと思います。よろしくお願いいたします。」
若い医者が急ぎ足でやってきて、聴診器を首からぶら下げたまま深く頭を下げる。
エーミは俺がいないときにそんなことを……ますますあの子を一度なり手放したことを後悔する。そりゃあ……もちろん……あの子が本当に好きなのはトーマであって、今の俺ではないことは重々承知の上だ。
だが俺は俺なりに、できうる限り愛情を注いで、あの子を育てるのだ……。
「いや……こちらこそ……エーミがお世話になりました。それと……ほかにも5人の子供たちがいて、さすがにその子たち全員の面倒を見ることは到底不可能で……俺がやろうとしていることは、ただの身内びいきの自己満足でしかなくて……身勝手は重々承知の上だが、あの子は責任をもって育てさせていただきます。」
俺も医者に負けないくらい、低く低く頭を下げた。
「本当にありがとうございます。エーミちゃんをよろしくお願いいたします。」
受付の事務員さんにもお礼を言われ、退院手続きはいたって簡単、俺の名前と泊っている宿を記載しただけで済んだ。
「ようし……エーミ……退院だ。一緒に帰るぞ。」
「わっ……ほんと?じゃあ急いで支度……って……何もないや……。」
エーミがきょろきょろと周りを見回すが、彼女のものは何もない。それはそうだ、ボロボロの服を着た身一つであんな所に閉じ込められていたのだからな。
「ふうむ……このパジャマは診療所で貸してもらっているものだな。このままじゃ帰れないか。よしっちょっと待っていてくれ、今服を買ってきてやる。」
「大丈夫ですよ、私の服があります。これを着ればいいですよ。」
ダッシュで買い物を……と思ったらトオルに呼び止められた。トオルが自分の冒険者の袋の中から、濃紺の服を取り出す。普段着の時でも万一の用心のために冒険者の袋は身に着けているのだ。
「それって……道着じゃないか。そうじゃなくて……。」
「これでいいのです。これを着てください。」
トオルは頑として聞かず、自分の拳法着をエーミに手渡す。トオルは普段は忍者装束でダンジョンに入るが、体術のけいこをするときのために、拳法着も持ちあるいているのだ。
「じゃあ、せめて中はこれを着て……。」
ナーミがTシャツを冒険者の袋から取り出して、エーミに渡す。確かに素肌に直接拳法着はきついな……胸の先っちょが見えちゃったりするからな……。
「へえ……ぶかぶかだ……。」
「袖や裾はこうやって折り曲げるのです。」
エーミが着替え始めたので、俺は当然背を向ける。
「では、参りましょう。」
さすがにトオルの道着は小柄なエーミには大きすぎ、袖も裾も2折りして、足にはトオルが差し出した大きめの運動靴を履いている。後でエーミを店に連れて行って、直接服を選ばせればいいということだろうな。
「では……お世話になりました。」
「エーミちゃん……元気でね……。」
医者と看護師らに見送られて、診療所を後にする。
「じゃあ……エーミの洋服を……」
途中の商店街で洋服屋を探そうとする。もちろん一般の店だ。
「まだ今はだめです。必要なら後で買いに来ましょう。」
まずは宿につくのが先とせかされて、宿に辿り着くと俺の部屋へ向かう。
「どうするというのよ……エーミを一人だけで部屋において冒険には行けないのよ!」
部屋に入った途端、今まで我慢していたのであろう、ナーミが俺の胸ぐらをつかんできた。部屋に着くなり美少女が厳しい表情で父親につかみかかってきたのだ、エーミは何が起こったのかわからず、ぽかんと口を開けて絶句している。
エーミの目の前というのに容赦なしだ……きちんとした考えなしに連れてきたなら、ただでは置かないという気持ちの表れだろう。
「ああ……擬態石を使おうと思う。擬態石でエーミをエーミと分からなくさせてしまえばいいわけだ。」
俺の案の一部を説明する。何の考えもなしに、ただ情に流されて連れてきたわけではないのだ。
「擬態石って……一体いくらするか知っているの?しかもほとんど流通しないのよ……幻の精霊球って言われているんだからね。あたしだってこれまで冒険者をやってきて、見たことは一度もないわ。
そんな夢みたいなことを考えて……。」
ナーミは吐き捨てるように言う。そりゃそうだ、冒険者であれば擬態石ぐらい知っていても不思議ではない。
そうして、手に入れることが容易ではないことも……。
「いや……俺たちは擬態石をすでに持っているんだ。しかも2石。それを使って、エーミの顔も体も変える。
できれば男にするのがいいと考えている。」
俺の案の全容を打ち明ける。
「ぎ……擬態石を持っているというの……?初級の冒険者が輝照石を持っていることですら驚いたというのに、擬態石もなんて……あんたたちっていったい……何者なの……?」
ナーミが驚愕の表情で、ようやく俺の胸元をつかんでいた手を放した。
それほど擬態石というものは希少なのだろう。何せ体のつくりを全く変えてしまうのだからな、しかも思い通りに……まさに魔法のツールといえる。高価というよりもその希少さゆえに一般にはほとんど知られていない。だが、俺たちの手には、スートとタームから奪い取った擬態石が2石もあるのだ。
これを使えば、エーミを安全に留守番させることは可能なはずだ。




