エーミ
「ぱ……パパ……。」
「うん?おっとっとと……」
女の子の声でふと目を覚まし、丸椅子から転げ落ちそうになって焦って体勢を立て直す。
人買いから救出した子供たちをギルドに届け、子供たちはすぐに村の診療所で治療するというので、一人は身内と事情を説明し、エーミの付き添いを許してもらいベッドわきで過ごしたのだった。
子供たちを乗せているため全速で駆けることはできず、村についたころは既に空が白みかけていた。
------ほんの数時間前
「子供って……ワタルに子供がいたの?」
診療所の受付でエーミの付き添いを申し出ると、すぐにナーミが反応した。
「いや……俺の本当の子供ではない……1時期、娘として育てていたがカルネの子エーミだ。」
「え……エーミって?じゃあ……あたしの……。」
「そう、ナーミの妹になる。母親は違うがな。」
「そんな……どうして……。」
「わからん……明日にでもじっくりと事情を聴いてみなければいけないな。まさかサートラの実家の商社が、どうにかなったとも考えにくい。そんな噂も聞いてはいないからな。何がどうすれば、こんなことになるのか。」
本当に、まさに奇々怪々……大陸でも名だたる豪商の娘サートラの娘のエーミが、どうしてまた人買いに売られていく羽目になったのか?ついひと月半ほど前には元気な姿でいた元娘の、あまりに変わり果てた姿に衝撃を覚えていた。ともかく、エーミがある程度元気にならなければ話もきけないため、付き添うことにした。
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「エーミ……目が覚めたか……ずいぶんつらい思いをしたんだろう……大変だったな。
だが一体どうして……人さらいに誘拐されたのか?」
城を追い出して実家に帰したはずだからな。そうなれば豪商の孫だ。誘拐して身代金を、何て不遜なことを考えるやつが出てきてもおかしくはない。身代金の受け渡しにでも失敗して、売られてしまったのだろうか?
「あ……あたしが悪いのよ……あたしが……。あたしがいたから、パパとママがうまくいかなかったんだって……パパはママを求めなかったんだって……パパがお城を出て行ってから、ママに何度も何度もぶたれて、お前の顔なんて見たくないって言われたの。
そうして次の日には怖い顔をしたおじさんが来て、あたしを小さな箱の中に押し込んで……鉄の柱が付いた小さな箱の中で何日も過ごしたの。パンと水しか与えてもらえなかった。そうして揺られてどこかへ運ばれていく途中で……パパが来たの……。」
ベッドから何とか上半身を起こして話すエーミのほほを、涙が後から後からとめどなく流れていく。なんと、サートラは実の娘であるエーミを……人買いに売ったというのか?どうしてまたそんなことを……。
確かに没落寸前の貴族に援助を申し出てきて結婚を迫り、実質の妻の座を射止めると、一切の金を出さずにのうのうとその座に居座っていた。経済観念がしっかりしているというか、ケチというか、自分のため以外に金を出すような女ではなかったが、いくら何でも実の娘を……。
しかも俺というか、トーマとの関係がうまくいかなかったことを娘のせいにするなんて。あれは、当初はトーマが尊敬する師匠である亡くなった元夫のカルネに遠慮していたためだったが、申し出たはずの資金援助を反故にして平然としているサートラに疑問を持っていたためであり、エーミには全く関係がない。
「どうしてまた、そんなことを……。」
「恐らく再婚のためにエーミちゃんが邪魔になったのでしょう。」
ため息をつくと、トオルが小さな声で耳打ちをしてくる。
何だってー……すぐにトオルの背中を押して、病室から出ていく。
「再婚って……そりゃサートラは美人だが、それなりに年はいっているぞ。再婚だって無理とは言わないが、子連れでも相当ぐらいの年のはずだ。かえって今後子供ができるかどうか不安があるから、エーミがいることは邪魔にはならないのじゃないか?」
病室外の廊下で、やはり小声でトオルに確かめる。こんな話エーミに聞かれたら大ごとだ。サートラはトーマより2つ下だったはずだから、今31歳だ。この世界でだって、決して若いとは言えないはずだ。
「私の想像ですが、恐らく生命石を使うのでしょう。」
「生命石?」
「そうです。精霊球の一種で、ダンジョンで稀に発見されますが、百年級ダンジョンでも100g程度の大きさです。生命石を身に着けていると、20%年を取らないと言われています。つまり10年で2年分年を取らないで済みます。ざっと考えて80歳まで生きられる人が96歳、百歳近くまで生きられるということです。
さらに生命石を砕いて粉にして飲めば、若返ることができます。1gで1年、10gで10年若返ると言われています。
10gの生命石粉末を飲めばサートラさんは21歳まで若返ることができます。もっと若くもなれますが、この程度が適当でしょう。
生命石は貴重で大変高価ですが、彼女の家の経済力であれば、手に入れることは十分可能と考えます。」
なんとまあ、そんな特殊な効能がある石まで存在するのか……擬態石といい、トーマの記憶には全くないことばかりだ。トーマは伯爵家の長男だったからな。こういった裏の事情などは伯爵家のお付き……忍びとしての教育を受けてきた、ダーシュことトオルが詳しいのも納得はできる。
「しかし……そんなことまでしなくても……擬態石を使えばどんな美人にだってなれるんじゃないか?」
現にスートとタームたちは、それを使ってカルネのチームメンバーと偽って、俺たちをだまそうとしたのだからな。
「そうではありません、擬態石を使っているかどうかなどは、見る者が見れば見破ることはできます。使用している者に直接接触して、確かめる必要性はありますがね。
カルネ様亡き後、トーマ様とのご婚姻が決まりそうな時点で、サートラ様を調べさせていただき、擬態石を使用していないことを確認しております。つまりサートラ様は、そのままであれほどの美貌の持ち主といえますし、カルネ様も確認済みであったと考えております。
これは大きな要素となりえます。生命石を利用しての若返りは実年齢も若返り寿命も延びますから、マイナスポイントにはなりませんが、擬態石の使用は言ってしまえばまやかしですからね。特に高い位の方たちは、うわべだけの修正を嫌いますから、真っ先に調べられる項目となっております。」
トオルが厳しい表情のまま答える。ううむ……カルネとの結婚の後、トーマとの再婚に失敗し、城を追い出されてしまったから、これから再婚を計画するというわけか。しかも若返ってまで……そうなると当然エーミは邪魔になるわな、21歳なのに15の娘がいてはおかしいからな……だからといって人買いに売るか?
経済的窮地に付け込んで結婚を迫っておきながら、結局は一銭も支払おうともせずに人の好いトーマの性格に付け込んで居座っていたサートラの性格を、かなり図太いと思っていたが、それどころか凄まじくしたたかで恐ろしい性格だったようだ。ちょっと震えが来るな……。
「わ……わかった……このことは絶対にエーミにはいうなよ……ナーミにもだ……。」
「はい……わかっております。」
意気消沈としながら、病室へと入っていく。
「はい……はい……多分ひと月ぐらい閉じ込められて……。」
「そうだったの……よく頑張ったわね……えらいわ……。」
病室ではナーミがエーミが人買いに売られてからの状況を聞いているようで、目に涙を貯めながら今にも零れ落ちそうになるのを、何とかこらえているのが見て取れる。
「おはようございます。巡回の検診です。」
俺たちが入るのとそれほど変わらずに、白衣を着た若い医者が病室に入ってきた。
「さあ、胸を開けて……。」
聴診器を当てようとして準備する医者に対して、寝巻のボタンを外し邪推なくその胸をさらけ出すエーミに対し、思わず目をそらし丸椅子をまわしてベッドに背を向ける。
15だぞ……少しは恥じらいというものを見せても……医者だから仕方がないか……。
「はい息を吸ってー……はい吐いてー……うーんだいぶんいいようですね。
回復水を飲ませてあげたのですよね?回復水というのは、大人で、しかも体が頑丈な冒険者のために作られたものでして、子供には……特に体力が落ちている子供には絶対に与えてはいけないって言われているのですよ。効果が強すぎて、容体が悪化する可能性があるからって言われているのですよね。
ですが……この子の様子を見る限り、子供にも……特に体力の落ち込んだ子供に与えてあげると、症状を劇的に改善できるようですね。この子の場合は、若いということも大きいのでしょうが、ずいぶんと回復が早いようですよ、恐らく今日から普通に食事もできるでしょうし、リハビリも始められます。
与えていただいた回復水を飲み切れていない子供たちにも、薄めて少しずつ与えてみることにします。ですが……高価なものですからね。今後の治療に利用するということは……ちょっと難しいですけどね。」
回復水は飲ませることで、かなりの大けがでも出血を止め体力回復させるのだ、冒険者だけではなく子供にだって効くはずと思って与えたのが功を奏したようだ。エーミがなんとか起き上がれるのもそのおかげか。
だがなあ……確かに高価ではある。回復水は相当な深手でも出血を止め、自然治癒力を高め体力を回復させることができるが、1本で俺たちが今泊まっている宿の宿泊料に贅沢な3度の食事を加えた金額とほぼ同額だ。道具屋で購入できるものとしては解毒薬も同じ金額で、弁当は普通の食事代並。
そんな高価なものを、人買いに売られたかわいそうな子供たちではあるが、治療費の支払いも望めないのに、そうもそうもは使えないというのだろう。正論だ。
それに今回はたまたまよかったが、回復水を飲ませて容体悪化なんてことになっていたら大変だった。今後は不用意に何でも与えることはやめよう……。
まあ、なにはともあれエーミの回復が早くてよかった。今日からリハビリか……。
「じゃあ、また戻って来るからね。」
診察が終わった後、エーミにそう告げて立ち上がる。リハビリも始まるだろうし、明け方近くのギルドの到着では対応できなかったため、朝になってから再度清算に来るよう言われていたのだ。それに、手持ちが乏しいので、今日もクエスト申請して稼ぎたい気持ちもある。
振り返るとナーミが冒険者の袋の中から回復水を一本取り出して、エーミに手渡している。さっきの医者の話を聞いていて、少しでも回復を早めようというわけだな……やっぱり血のつながった妹なのだからな。
トオルたちと一緒に診療所を出て、ギルドへ向かう。うん?通りの辻ごとに、黒い甲冑を身に着けた兵士が立っている、一体どうしたんだ?ずいぶんと物々しい。
ギルドへ着くと、入り口の両側にも黒い甲冑の兵士が立番をしている。突然どうしたわけだ?
『ガチャッ』立番の兵士は何も言わないので、そのまま扉を開けてギルドの中へ入っていく。
『パチパチパチパチッ』うん?どうしたどうした?突然拍手が沸き上がった。
「英雄さんたちのお出ましだ……さあ……皆さん拍手拍手……。」
カウンターわきにはスースー達A級冒険者たちが立っていて、両手を高く上げて拍手を募っている。ううむ……この展開にはついていけない……。
「ご苦労様でした、皆さんの勇気ある行為は、後世までほめ称えられるべきものです。コージーギルドとして、その健闘を称え、感謝の意を表します。そうしてナーミュエントの皆さんを名誉A級として認定させていただきます。」
いつもの美人受付嬢が、目に涙を浮かべ拍手をしながら俺たちを祝福してくれているようだ。さらにまあ、名誉A級なんて……まだ冒険者登録してからひと月どころか3週間程度しか経っていないというのに……。
それほど、人買いという人道上許されない行為に対して、ギルドでも対応を案じてはいたのだが、何もできない歯がゆさと悔しい思いが募っていたのだろう。今回ナーミのたっての願いに対し、協力を申し出てくれたA級冒険者たちに感謝の気持ちでいっぱいだ。
「今朝早く電信が届きまして、人買い集団は、あろうことかギルドに対し子供たちの返還と賠償を求めてきましたが、ギルドは応じるつもりはありません。力づくでの行使にも力で対応する所存です。
彼らは正当な商取引と称しておりますが、非道な行いであることは明白で、更に子供たちへの劣悪な扱いに関しても、今回救い出された子供たちの容体から、より明確にすることができました。
皆様方のおかげです。確認された事実を基に人買い組織撲滅を、ギルドから各国政府に訴えかけていく所存です。子供たちはもう安全です、ご安心ください。」
そうか……物々しい警固は人買い組織の報復を警戒しているわけだな。確かに奴らは人買いではあるが人さらいではない。子供たちを誘拐などの犯罪を犯して連れ去っているのではない。どちらかというと表面上は合法的に、困窮している人に金を与え、対価として子供の身柄を拘束しているだけだ。
そのため、奴らを擁護する向きもあることは認識していた。そういった輩が存在するから、このような悪の芽が消えることはないのだが、貧しさ故……ということも原因としてあるのは事実だ。見返りを求めずに与え続けるなんて言う聖人は、ほぼいない。
どうしても……となれば口減らしもかねて……ということはあり得るのだ。全ては貧乏が原因とはいえるが、そこに付け込むというのは、やはり悪なのだろうと俺は思う。
「それと……報奨金は辞退したから、君たちのカードに現金が戻っているはずだから確認してね。」
スースーが思わぬことを告げる。
「ええっ……どうして?」
「言っただろ?報奨金は君たちが恐怖に駆られて、敵前逃亡しないように支払わせたって。君たちはしっかりと自分たちの役割を果たしてくれた。なにせ、無事子供たちを救い出したんだからね。本当にあんなことができるなんて、僕は思っていなかった。
せいぜい、警護の穴をついて奴らに冷や汗をかかせてやるぐらいでもできれば、キャラバンの移動ルートを通達するなんてこと出来なくなるだろうって考えていた程度だったけど、君たちはすごいよ、脱帽だ。
いいもの見せていただいたお礼だね。」
スースーが笑顔を見せ、周りのメンバーたちも笑顔で拍手する。なんとまあ……有難いことだ。




