驚愕の再会
仕方がない……『グビッ』回復水の入った竹筒をあおり、口の中に含ませる。そうしてからトオルの唇に俺の唇を重ね合わせ、舌を使って回復水をトオルの口の中へと流し込んでいく。
『ゴクンッ』トオルの喉が鳴り、回復水が呑み込まれたのが分かる。
「ようし……もっと飲め……。」
そういいながら竹筒を唇に当てるが、飲み込む気配は全くない。唇をすぼませたままだ。
『グビッ』仕方がない……もう一度口移しで……『ゴクン』……『グビッ』『ゴクンッ』『グビッ』『ゴクンッ』トオルが飲もうとしないため、何度も口移しを繰り返し、ついには回復水一本分を飲ませ終えた。
「トオル……大丈夫か?トオル……。」
再度呼びかけてみる。回復水の効果か、左わき腹からの出血は止まった様子だ。
「………………」
返事はない。
「トオルッ……トオル……トオ……悪かった……俺が悪かった……。」
ほほを伝う涙が、トオルの顔にもかかってしまう。
「な……泣いているのですか?私は大丈夫ですよ……。」
すると、意外なことにトオルは冷静な口調で、ゆっくりと目を開けながら返事をした。
「トオル、トオル……よかった……無事だったか……。」
なんにしてもよかった……トオルの胸に顔をうずめ泣きじゃくる。よかった……トオルが死んだら俺も生きていけない……。ポンポンと、トオルの左手がやさしく俺の後頭部を叩く。なんだか子供のころを思い出すな。
「ワタルのほうこそ、お怪我が無くてよかったです。おなか回りは急所が多いですから、こういった戦いのときはさらしを何重にもきつく巻いてあるのです。さらにチタン製の鎖帷子は、目が細かいので銃弾を通しません。それでもわき腹にめり込んだ衝撃で皮膚は破れ出血いたしましたが、それほどのダメージはありませんよ。」
トオルは笑顔で装束の裾をめくりあげ、左わき腹の傷部分を見せる。きつく巻かれたさらしには血がにじんではいるが、それほどひどくはなさそうだ。
「えっ……えっ……じゃあどうして?」
「どうしてでしょうねえ……それよりも、こんなところに長くはいられませんよ。早いところ子供たちを助け出しちゃいましょう。」
どうして死んだふりなんかしたのか聞きたかったのだが、話をはぐらかされてしまった。だがそうだ……ここは敵の真っただ中なのだ。俺の魔法効果で今は高い位置にいるから攻撃はされないが、人買いの奴らの態勢が整う前に逃げ出さなければいけない。
せっかくおとり役の人たちが護衛の冒険者たちを遠ざけてくれたというのに、奴らが戻ってきたら大変なことになる。折角の作戦が台無しになるところだ。
『ガチャッ』『ガチャッ』『ガチャッ』『ガチャッ』『ガチャッ』次々と檻の鍵を開けていく。
「大丈夫、怖くないからね……。」
トオルが下の檻の中を覗き込んで、中の子供を引き出していくので、俺は上段を担当することにする。
「助けに来たぞ……さあこっちへ……。」
まず一人目は、10歳くらいの男の子だった。狭い檻から出して立たせようとするが、足に力が入らないのか、立つことができない。トオルが出した子供たちも同様な様子で、このまま床に寝転がしておくしかない。
「さあ……君も……」
2人目も10歳くらいだが、こちらは女の子だ。ぶるぶると小刻みに震えながら、目はうつろなまま何も話さずにじっとしている。怖かっただろうな……辛かっただろうな……。
「よしっ、君で最後だ……さあ怖くないよ……。」
3人目の右端の檻の中を覗き込んで両手を伸ばすが、小さな影は檻の奥に引っ込んだまま動こうとしない。仕方がないので、冒険者の袋から再び輝照石を取り出し、手で持って俺の顔を照らす。
「怪しいものじゃない、俺は冒険者だ……君たちを助けに来た。」
恐らくこれまでにも相当辛い思いをしてきたのだろう、大人の男を信じられないのだろうが、とりあえずやさしい顔を見せて安心させようと、満面の笑みを浮かべてみる。
「ぱ……ぱ……?」
小さな影の口から出たのは、思いもかけない言葉だった……しかもこの声には聞き覚えがある。
「えっ……エーミなのか……?」
輝照石を手でかざし、木の箱の中を照らしてみた先には、懐かしい少女の顔があった。手足はガリガリに痩せこけ骨の形があらわになっていて、ほほもこけて目も落ちくぼんではいるが、確かにエーミに間違いはない。
一度は娘として一緒に生活を共にしていたトーマの記憶が、間違いなく彼女だと主張する。
「ど……どうして……。」
「ワタル……急がないと逃げられなくなります。」
呆然と立ち尽くす俺に対し、トオルが催促する。
「おっおお……そうだ……逃げなければ……。エーミ……逃げるぞ……さあこっちへ……。」
両手を伸ばすと、ようやくエーミはこちら側に体重を移し、檻から出すことができた。
「ようし……子供たちは自分では歩けないから、一人ずつ運び出して装甲車の荷台に詰め込もう。」
「はいっ……じゃあ、ワタルは外に出てください。私が一人ずつ渡しますから、下で受け取ってください。」
「わかった……頼むぞ……。」
『タンッ』しがみついて離れようとしないエーミを抱きかかえたまま、すぐに幌馬車の荷台から飛び降りる。
「他の子たちと一緒に、ここでじっとしていなさい、すぐに安全な場所に連れて行ってあげるから。」
まずはエーミを装甲車の荷台になんとか乗せる。エーミは這うようにして、両手の力だけで藁の敷かれた床の上を奥へと進んでいった。
「はいっ……お願いします。」
すぐに幌馬車の脇につくと、トオルが一人目の男の子を抱えて手渡ししてくる。それをやさしく受け止め、そのまま装甲車の後ろへ回り込み、荷台に乗せる。そんなことを繰り返し、6人全員乗せ換えが終わった。
『バタンッ』装甲車荷台後方のドアを閉めロックする。これで矢や鉄砲の攻撃もある程度防げるはずだ。
「じゃあトオルは荷馬車を操って、渓谷を逆走してくれ。敵をまいた後の待ち合わせ場所は、渓谷を出て南の一本杉だ。覚えているよね?」
「はいっ、大丈夫です。」
トオルはそのまま荷台の中から幌馬車の御者席へと移っていった。御者は大砲が暴発したときに逃げ出していたからいないはずだ。
「沈下!」
『ゴゴゴゴゴッ』ミニドラゴンの御者席について唱えると、地面が大きく振動し、体がふわっと浮いたような感覚になる。地盤が下がっていっているのだ。俺の唱えた魔法効果ながら、その威力に感動してしまう。急激に地面が上昇する魔法を地殻変動の隆起と名づけ、下げるほうを沈下と名づけよう。
「どりゃあっ!」
地面の高さまで戻った途端、大男が剣を振りかぶり跳躍しながら御者席に座る俺に向かって斬りかかってきた。『キンッ……ザバッ』すかさず腰の剣を抜いて受け止めると、「うぎゃあーっ」返す刀で両太ももを深く斬りつけ動けなくする。さすがに殺したくはないが、容赦はしないと決めた。
『シュッターンッ……シュッターンッ』剣を抜いて構える俺の姿にひるむことなく装甲車の前方を取り囲む男たちの足元に向かって、上方から矢が射かけられ地面に突き刺さると、男たちは仕方なく後づさりを始めた。
ナーミ……ありがとう。
「はいっ!」
『バッシーンッ』『カッポカッポカッポ』すぐにトオルが鞭を入れ、幌馬車を前進させる。
「りゃりゃあっ!」
『バッシーンッバシッ』なおも手綱を引きながら鞭を入れると、4頭立ての馬が少しずつ後づさりを始める。
『バンバシーンッ』『ガガガガッ……ギィギィギィッ』更に鞭を入れ、幌馬車はあろうことか、狭い渓谷の岩壁をこするようにしながら方向転換してのけた。
「はいよーっ!」
『パッカパッカパッカパッカ……』そうしてトオルが操る幌馬車は、キャラバンが来た道を逆走して駆けていく。
「子供たちを連れさらわれたぞっ!追えっ!」
賊の誰かが叫び、俺の前を取り囲んでいた男たちのうち数人が駆けていき、後方の幌馬車に乗り込んだ。
「どりゃあ……!」
『バシバシバッシーンッ』『ガガガゴゴゴガラガラッ』後方の幌馬車も、御者が鞭を入れ、岩壁にこすりながら何とか方向転換すると、空の幌馬車と知らずにあとを追いかけていった。
『パシンッ』ミニドラゴンの尻を平手で叩いて出発させる。
『ガラゴロガラゴロ』鉄車輪の装甲車は、乗り心地は悪いだろうが安全だ。
「ちいっ……だりゃあっ!」
『キンッ……バシュッ』10人ほど残った男たちのうちの一人が、横から剣を振り上げて斬りかかってくるが、簡単に受けて腕を切って剣を振り飛ばす。何せこっちは圧倒的に有利な高い位置にいる。しかも御者席は幅広の装甲車の真ん中に位置している。
奴らは飛び上がってから、さらにおもいきり両手を伸ばして斬りかかってこなければ、俺の体に掠ることもできないので、向こうにほぼ勝ち目はない。だが、容赦はしない、殺しはしないまでも動けなくするよう斬り捨てることにした。
『ガッ……ガッ……ダンッ』俺への攻撃をあきらめたのか、男たちは後ろの装甲車部分に向かって剣を振るい始めたが、家畜を逃がさないための頑丈な格子が土台なのだ。ちょっとやそっとじゃへこみもしない。
さらに装甲車壁面にはつかむところがどこにもないので、装甲車にしがみつくこともできない。
「ようしっいけっ!」
『ダダダダダッ』ミニドラゴンを加速させて、うっとおしい男たちを振り切る。
そのままモロミ渓谷出口から南へ向きを変え、平原の中の一本杉を目指した。
「はいっ……どうどう……。」
一本杉の脇で装甲車を停め、『ガチャッ……ギィー』装甲車の後方のドアをゆっくりと開け、中に乗り込む。
「みんな、もう大丈夫だぞ。もうすぐ病院へ連れて行ってやる。ここで待ち合わせをするから、ちょっとこれを飲んで待っていてくれ。」
冒険者の袋から回復水の竹筒を6本取り出して、中の子供たちに与える。子供たちは、体力が限界に近いのか、ほとんど何もしゃべらずにただ藁の上に転がっているだけだ。その手に竹筒を持たせてやるが、自分では飲めない子もいるようだ。
「いいか、ゆっくり飲むんだぞ。焦らず、ゆっくりと……。」
「パパ……。」
「後で話を聞かせてくれ、まずは安全なところまで運んでやるからな。」
エーミにも回復水が入った竹筒を与え、栓を抜きエーミの手を支えてやりながら、何とか飲ませてやる。話を聞くのは後だ。周囲を警戒するため、荷台から降りて御者席へ戻る。
後ろからの追撃もなく、またおとりたちが連れて行った護衛の冒険者たちが戻ってくるところに出くわすこともなかった。奴らだって子供たちを連れさらわれてしまったことが分かれば、人買い商人たちのところへ戻ることはないだろう。下手をすれば役立たずとして処刑されてしまう危険性があるからな。
そのため、おとりのA級冒険者たちに説得されて、まっとうな道に戻ってくれるのではないかと期待してはいる。だが、こればっかりはそれぞれの思惑次第ということなので、絶対ということはあり得ないのだ。
『カッポカッポカッポ』一本杉の横に装甲車を停めて待っていると、1頭の馬を引き連れた騎馬がやってきた。
周囲から丸わかりの場所で一見無防備のようにも思えるが、感覚の鋭いミニドラゴンは、異敵が1キロ以内に近づいてきたら警告するので、このほうが遠距離から魔法攻撃を仕掛けられる分、有利だ。
「うまくいったの?」
やはりナーミだ。ミニドラゴンは仲間と認め反応しなかったからな。
「ああ……6人の子供、全員無事だ。今、回復水を与えている。」
「ふうん……そう……よかった……あ……ありがとう……。」
「うん?礼なんていいだろ?俺たちは同じチームなんだ。リーダーが受けると決めたクエストは、可能な限り引き受けなきゃいかん。それに、スースー達のおかげだ。彼らがいなければ、俺たちだけでは絶対に不可能だった……まあ、これもナーミの人脈といえるさ。」
「そうだね……。」
ナーミが嬉しそうに涙をぬぐう。礼を言いたいのは俺の方だ……何せエーミが一緒にいたのだ。
「無事追っ手を撒いてきました。幌馬車を反転させた後、すぐに御者席から飛び降りて隠れたのですが、人買いたちは誰も乗っていない幌馬車を追いかけていきました。おもいきり鞭を入れておきましたからね、簡単には停まらないでしょう。」
ナーミの後ろにいつの間にか人影が……トオルだ。
「ようし、じゃあ急いでコージーギルドへ戻ろう。」
『はいっ』トオルがナーミが連れてきた馬にまたがり、一路村を目指す。
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