義賊クエスト
「だったら、どうなんだ?ナーミはリーダーとして、俺たちにクエスト参加を要請する。それは構わないが、勝算も何も考えずに……というより、勝算がないにもかかわらず、俺たちに一緒に行って死ねというのか?」
こっちもナーミの目をじっと見て、真顔で問いかける。17歳の少女相手に、いい年をしたおっさんがこんなこと言うのもどうかと思うのだが、やはりここは彼女自身に気づいてもらいたい。
「そ……そんなこと……だってだって……売られちゃうのよ……何も知らない子供が、大人たちの勝手のために……なんとしても救い出さなくちゃならないでしょ……。」
ナーミは突然半泣きしながら、訴えるように俺の目を、そのうるんだ瞳でじっと見つめる。その気持ちに答えたいとも思うのだが、ううむ……だがなあ……。
「あっ……あたしが……その……数年前に冒険者たちに助けられた子供の一人なのよ……。」
仕方がないと思ったのか、ナーミは俺とトオル2人が並んで立っている間に頭を突っ込んで、俺たちにしか聞こえないくらいの小声で告げる。な……なんだって……???突然のカミングアウトに息が詰まる。
「ママが病気になって治療費などで借金をして、ママが死んだあとはその借金が全て残ってしまって、あたしはその抵当だって言われて、有無を言わさずに怖いおじさんに連れて行かれたわ。
それからはずっと、ようやく屈んでいられるくらいの小さな木の箱に鉄格子がつけられた檻のような中に閉じ込められていて、何ヶ月間も過ごしたわ。そうして突然場所を移され、同じような箱がいくつもまとまって置かれた荷馬車でどこか遠くへ連れていかれようとしていた。
その途中で助けられてギルドで管理しているサーケヒヤー国の王都マースの孤児院に預けられたのよ。ここは安全だって言われて、ようやく生きているって、実感できたわ。
あたしは、孤児院でも年長の方になったらすぐに冒険者を目指したわ。そうしてあたしみたいな子を一人でも多く助けようって心に誓ったの……だからお願い……助けて……。」
ナーミが小声で続ける。ナーミのほほには熱い涙が後から後から伝い落ち、床を濡らし始めた。
なんとまあ、そんな悲惨な過去があったとは……考えてみれば、カルネからの養育費の送金をずいぶん前から止められていたんだったものな。ここまでいかなくてもかなり厳しい生活が想像できたはずだが、この子の明るく勝気な性格と、凄まじくかわいらしい笑顔を見ていたら、そんなことすっかり忘れていた。
何とかしてやりたいとは思うが、このままでは完全な犬死になる。
「わわわ、わかった、といっても事情が分かっただけだが……ともかく、ちょっと冷静になって考えよう。
人買いが大勢の護衛を引き連れて、隊列を組んで通過するというからには、重要なお宝……この場合は当たり前だが人ということになるな……が含まれていることは間違いがない。
それがどれだけひどいことか、人道に反する事かは直ぐに判断できる。だから、そのお宝を奪取しようとする気持ちもわかる。許せないからな。特にナーミにとっては、という事情も理解した。
その上でだ……やるからには成功させなければならない。少なくても一人でも二人でも助け出せなければ意味がない。やみくもにただ突っ込んで全滅では、やる側の自己満足だけで、さらに子供たちにとっては自分のために人が犠牲になってしまったと、心の負担が増えるのみでいいことが一つもない。
さっ更にだな、向こうのキャラバンに犠牲者やけが人が出れば、子供たちの待遇がますます過酷なものになりかねないからね、ただ突っ込むというだけなら、やらないほうがお互いのためだ。ここまでは理解できるか?」
両手をナーミのほほに当て、親指で涙をぬぐってやりながら、やさしく諭してみる。伝わってくれー……。
「わかっているわよ……でも……今できないことは、これから何年たったってできないのよ……はなから無理だって……やろうとしなければ、どれだけ待ってもできっこないわ。あたしのリーダーとして最後のクエストとして……お願い……。」
ナーミの涙はとどまることはない、ううむ……確かに言っていることは、間違っていない。やろうとして行動に移さない限り、事態が進展することはないのだ。
しかもリーダーを辞めるとまで言って……だがなあ……
「もう少し仲間が……」
「おやおや……受付が騒がしいと思っていたら、誰あろう看板娘のナーミじゃないか……久しぶりだね。
どうした?またほかの冒険者パーティにどうしても加えてくれって、駄々をこねているのかい?
こいつはねえ、こんなあどけない顔をしているけど、いっぱしのスナイパーでその精度は抜群。協調性がないのは玉に瑕だけど、そこそこ使えるから、臨時メンバーとして加えても損はしないと思うよ。以前、一緒にクエストした僕が言うんだから間違いがない。どうせ君らも弓使いが怪我したとかで参加不能なんだろ?」
もう少し仲間がどうしても必要といおうとしたら、後ろのほうから声が……振り返ると全身重厚な甲冑に、手には長い槍を持っている冒険者が、兜の面を上にあげて笑顔をのぞかせていた。
「いや……彼女は今は俺たちのチームのリーダをやっている。臨時メンバーということではない。
君はナーミの知り合いなのか?俺はワタル、チームナーミュエントのB級剣士だ。」
右手を前に出して握手を求める。
「ええっ……ナーミのチームメイトだって?ああ……申し遅れました、チームホーシットのスースーだ。
A級騎士だよ。彼女とは以前、一緒に何度か冒険をしたことがある、まだ僕がB+級だったころにね。何せ平日はほぼ休まずにダンジョンへ潜ろうとするからね、他のチームメンバーがついていけないんだ。
だから、高精度射撃承りますって書いた看板を首から下げて、ギルドの受付横に毎日立っていたな。
そのせいか看板娘って呼ばれていた。普通はギルドの看板娘っていえば受付嬢なんだがね。
中にはいかがわしいこと目当てに、彼女を仲間に入れるふりをして力づくでって考える輩もいたようだけど、何せこのかわいらしさだからね。でも結構強いんだなー、それに全員が全員そんなひどいこと考えるわけではないようで、彼女の腕前を認めると結局は真面目にダンジョン攻略していたようだね。」
スースーが、以前のナーミの事を説明してくれる。全身凶器だったのは、身を守るための手段だったというわけか。彼女が仲間を頼ろうとしなかったことも、なんとなく理解できるな……。そんな彼女に、今は協力してくれと頼まれている……だから何とかしてやりたい……とは思う……のだが……。
「その……A級冒険者さん……だが……人買いから子供たちを救出するという、義賊クエストに参加するというつもりはないのかな?」
ダメもとだから、とりあえず聞いてみる。
「義賊クエスト?ふむ……人買い……?おおそうか……そんな時期なんだな……。」
『バンッ』ナーミの手元からクエスト票を取り上げると、スースーの目の前に掲げ、ついでにナーミの背中をたたいて催促する。ナーミは驚いたような顔で、俺のほうを見上げるが、俺は顎でスースーを指した。
「あの……このクエストを……どうしても……うけたい……の……できれば……協力して……ほしい……です……。」
ナーミは最初戸惑っていたが、俺が何度も同じ仕草を繰り返すので、しまいにあきらめてスースーにお願いした。
「うん?ナーミたちがこの義賊クエストを受けようとしているのかな?しかしナーミはまだB級だろ?彼もB級だって言っていた。義賊クエストはA級かもしくはその上だ。特に少人数ではなおさらね。
だから受付でもめていたというわけか……ギルドでは適正レベル以上の挑戦は、極力お断りという方針だからね。しかも、報酬なしの義賊クエストじゃあ、今回も他に引き受けようなんて言うもの好きはいないのだろ?自殺行為だよ……1チームだけで何とかしようとするなんて。
かといって……僕たちのチームはこういったクエストには興味がないメンバーばかりだなあ……でも、ほかならぬナーミの頼みは聞いてあげたいし……こういうのはどうだい?今コージ村には、僕たちの知り合いの冒険者チームのA級が、他に2チームやってきている。彼らに言って参加を促してもいい。
ただし、メインにこのクエストを引き受けるのは君たちのチーム……なー……なーみゅ……」
「ナーミュエント。」
「そうそう、ナーミュエントだ。僕たち3チームは露払いとして参加させてもらう。つまり護衛としてついている元冒険者たちを、陽動作戦で隊列から引きはがしてやる。3チームで合計12人いるから、恐らく護衛のほとんどは引き受けてやれるんじゃないかなとは思っているよ。
君らは残ったキャラバンの商人たちを相手にして、子供たちを救い出すメインの役割を担ってくれ。
そうして無事子供たちを救い出すことができれば、クエスト攻略実績は全て君たちのものだ。どうする?」
スースーは少し腕組みをして考え込んでいたかと思うと、驚くべき提案をしてきた。
「いや、そんな有難い提案、予想もしていなかったのだが、それで君たちに何の得がある?」
「得だって?君たちは得をしたくてこのクエストを引き受けるのかい?そうじゃないだろ?まあ、でも、僕たちだって命をかけておとり役を果たすわけだから、それなりの報酬は欲しい。
僕一人だけならいいけど、ほかの仲間たちに蹴っ飛ばされちゃうからね。3チーム合わせてこれくらいかな、君たちのレベルに合わせてあげるよ。」
彼がカウンターのメモに書いた金額は、俺たちが一昨日B級クエストをこなして稼いだ報奨金全額だった。
ううむ、俺たちの1回の稼ぎをすべて差し出せということか……だがまあ、よく考えてみれば、これでA級冒険者3チーム分なのだ。そう考えると彼らにとって儲けは度外視といっているようなものではある。
だったら一体どうして?ナーミの知り合いだから助けてやろうと?あるいは、ナーミに気があって、少しでも印象をよくするためなのか?あるいはあるいは……ぐるぐると頭の中を思考が駆け巡り、まとまらない。
「なーみ……ナーミはスースーのことを覚えているか?」
「覚えているわよ……ここへ来る少し前まで同じギルドに所属していたし……去年まではたまにダンジョンに連れて行ってもらっていた。あたしがいるとB級までしか行けないからって、いつも嘆いていたわ。
さすがにA級になってからは、あたしのほうが遠慮しちゃって……彼と彼のチームは信用できるわ。」
俺が耳元で囁くとナーミも同じように小声で返す。ううむ……ナーミに惚れているな?もしかすると、ナーミを追いかけてここまで来たのかもしれない。
だがしかし、ナーミはトオルのお気に入り……いやトオルは俺……じゃなくてトーマがお気に入りなのかな?もしかして両刀使いかもしれないが、トオルとスースーがナーミの取り合いなんて、面倒な関係になるといやだな……俺はそう言った人間関係に慣れていないから仲裁もできない。どうしたものか……
「もしかして、あんまり条件が良すぎちゃって、僕たちが金だけ受け取って逃げちゃわないか心配してる?
まあ、君たちにとっては苦労して稼いだ1回分のクエスト料相当だからね。だがまあ心配はご無用だ。
僕たちだってクエストに参加するとしてギルドに申請するから、もし僕たちが適正に行動しなかった場合は、僕たちの評価が下がるから、そんなことするはずもない。ましてや金を受け取って雇われた形にするということは、それだけ僕たち側にサポート責任が伴うから、露払いとして適切な行動を必ず約束する。
じゃあ、どうして君たちから見てそんな不利に思えるような露払いをするかというと、クエスト申請して失敗……つまり一人の子供も救出できないとなると、クエスト失敗ということが実績として記録され、今後の評価レベルが下がってしまうから、そのような危険性のあるクエストはだれも引き受けたがらない。
なにせダンジョン攻略失敗=死だろ?通常の場合。人買いのクエストだって命を失う可能性も高いが、うまく逃げて命拾いしたとしても、以降はそれくらいの厳しい評価が下されるわけだ。
人さらいから子供を救出しようなんて言うクエストは、だれもが気にはなっているのだが、やりたがらないのはそういったプレッシャーが大きいと僕は考えている。金の問題だけではないはずだ。何せギルドとしては決して無茶なクエストは引き受けて欲しくないわけだ、そのための歯止めだね。
じゃあ、ギルドに所属している冒険者たちみんなで立ち向かえばいいんじゃないかと思うのだが、冒険者たちっていうのは気ままに自由っていうのが性分で、まとまらないのさ。
誰かが壇上に立とうとすると、じゃあ、君たちチームがメインになって僕たち全員が周りからサポートだけしてやるなんて言われると、みんなおじけづいちゃってしり込みしちゃうんだな。だから君たちがどうしてもやりたいっていうのであれば、及ばずながらサポートだけなら引き受けるよ。
僕が金を要求するのも、おじけづいて途中で気が変わって逃げないよう、覚悟を決めてもらうためだ。何せこっちだってある程度危険を冒すわけなんだからね、せっかく護衛を引き付けても本体が活動しないんじゃ意味がない。
とはいっても命は大事だからね、死にそうになったら迷わず逃げるべきだ。生きてさえいれば、挽回する場はきっと与えられるからね。それと……ここからが重要な点だが、護衛の元冒険者たちや、キャラバンの商人たちのことを人とは思わないことだ。ダンジョンの魔物と思って対処したほうがいい。
奴らは容赦してくれないからね、あらゆる手段を使ってキャラバンを襲ってくる冒険者たちを駆逐しようとしてくるから、手加減無用だ。これだけは肝に銘じておいたほうがいいよ。」
クエストと関係ないこと考えていたら、スースーは得々と説明してくれる。ずいぶんと饒舌だ。俺もこの体に転生して、トオルとかナーミとかいつも一緒にいるメンバーとならそれなりに話せるようになってきたが、会ったばかりの他人だとここまで言葉がつながらないな……。
「どうする?俺たち3人だけだったら完全な自殺行為だったが、彼らが陽動作戦である程度護衛を引き付けてくれてその数が減るのであれば、少しは勝機が見えてくるかもしれない。まさに薄氷を踏むような薄ーい勝機だがね。やってやれないこともないと思えてきた、だが命がけということに変わりはない。
ナーミはまだ若い、人生はこれから花開くはずだ。あたら若い命を散らすことはないと思うのだが、それでもいくかい?だったら、俺は全力でサポートしてやるぞ。」
ナーミから目線を外さずに真剣に尋ねる。
「もちろんよ、今回を逃したら、あたしが冒険者になった意味がないわ。命を懸けてやるのよ。」
「わかった。いいだろう、協力しよう。」
「私は……ワタルが望むなら、どんな所でもお供いたしますよ……。」
いつもならちょっとためらうトオルのコメントも、こんな場面だと頼もしく思えてくる。
「じゃあ、俺たちのほとんど有り金全部になってしまうが、金は支払うから露払いをお願いする。」
「OK任せてくれ、これからすぐに仲間のところに行って説明するから、受付に褒賞金を支払っておいてくれ。」
スースーはそういうと、仲間と思しき3人と一緒にあわただしくギルドを出ていった。今の話を聞いていた受付嬢も少しは表情が柔らかになったような気がする。




