新たなクエスト
第3章、ここから新たな展開が始まります。
「さて今日はどのダンジョンにする?土系か炎系か……風のダンジョンもいいわね……報奨金は安いけど、それなりに経験にはなる事が分かったわ。B級ダンジョンも3人で攻略可能と分かったし、いっそのことA級クエストを申し込んでみちゃう?」
水系のB級ダンジョン攻略後、1日休んでギルドにやってきた。当分暮すだけの蓄えはできたし、さらにダンジョンで手に入れた肉など食材の一部を持ち込んで取引し、居酒屋は当分の間無料で飲み放題食い放題だ。
かといってクエストを休むつもりはない。手に入れたばかりの風と炎の精霊球を早いところ使いこなせるようにするために、昨日1日休んでの特訓を行ったのだが、原野で木の枝などを相手に行う模擬訓練では面白みに欠けるから、ダンジョンで実際に魔物相手に使った実戦練習がよっぽどいいとナーミが言い出したのだ。
不慣れな魔法で仕留めきれずに手負いの魔物を相手にすることが、どれほど危険か説得しようとしたのだが、まったく聞かず、そもそも地道な訓練はナーミには不向きの様子だ。
だがまあA級クエストはまずい……
「いや、A級クエストを申し込むにはほしょ……」
「大変申しあげにくいのですが、B級冒険者のA級クエスト挑戦は大きな危険が伴います。ご無理をなさらず、身の丈に合ったクエストを選択してください。」
俺が上位クエストを引き受けるには、多額の保証金が必要といおうとしかけた時に、ナーミの言葉に反応したのか、いつもは笑顔の美人受付嬢が厳しい表情で警告する。
俺たちチームは3人だけで、しかも俺とトオルは新人であるにもかかわらず、短期間でB級(先日B級ダンジョンを3人で攻略したことで、俺とトオルも晴れてB級冒険者として認められた。)にまで上り詰めたこともあり、受付嬢も顔を覚えてくれているようだ。こんな美人に覚えられているというだけでも、光栄の至りだ。
それにしても……多分ナーミは、本気ではないはずだが……なあ……確かにここの美人受付嬢は、なんでもずけずけとはっきりとモノを言う性格ではあるのだが、何もそこまで厳しく言わなくても……と思うのは俺だけか?
「はっ……も……もしかして、そろそろ例の季節なの?……急いでクエスト票を確認しなくちゃ。」
ところがナーミは受付嬢の態度を怒るでもなく、急いでホールの壁へと向かっていく。なんかの季節……夏祭りか?盆踊り大会でもやるのかな?だったら、ちょっとはナーミのストレスも解消できそうでうれしい。
「や……やっぱりだわ……ここここここの……くくくくクエストを引き受けるわよ。」
ナーミが手にしたのは、ホールの壁の上部に掲示してあったクエスト票だ。クエスト票の掲示は、上位クエストほど高い位置に掲示してあるので、位置から推察するにあれはA級クエスト。さっきの言葉は冗談ではなかったということか?どうしてまたそんな無茶を……。
ナーミはそそくさと受付へ急ぎ足で向かうと、受付嬢へクエスト票を差し出す。
「お客様……ですから先ほども申し上げました通り、ギルドで評価されているお客様のレベルに見合ったクエストのご選択をお願いいたします。」
美人受付嬢は、再度厳しい表情でクエスト票をナーミの手元へ差し戻す。言葉は丁寧だが、目は全く笑っていない。美人なだけに、厳しい目つきで睨みつけられると、すごい迫力だ。
「なーによ……上位クエストだって、保証金を積めば引き受けられるんでしょ?
保証金はクエストの報奨金の2倍だったわね。ところが、このクエストは義賊クエストだから報奨金はなし。
0に2を掛けても0でしょ?あたしたちにだって、このクエストを引き受けられるはずよ!」
ナーミが、周りに聞こえるような大声でまくしたてる。何もそんな大声で言わなくても、受付嬢はすぐ目の前にいるというのに……まるでわざと周りに聞こえるようにしているとしか……。
そもそも、義賊クエストってなんだ?報奨金がないクエストなんて存在するのか?そんなクエストを一体だれが引き受けるというのだ?さらに、どうしてまたがめついとまでは言わないが、苦労してきたためか経済観念が人一倍しっかりしているナーミが、そんな金にならないことを引き受けようとしているんだ?
「ナーミ……ちょっと待ってくれ。ナーミは俺たちのチームナーミュエントのリーダーだから、君がクエストを選択して、俺たちはそれに従ってそのクエスト攻略に全力を注ぐ。
だがそれは、あくまでも規定レベル内であればこそだ。ナーミが今持っているクエスト票のレベルは、恐らくA級だろ?クエスト票の掲示位置と受付嬢の態度からも明白だ。
どうしてまた、そんな無茶なことをやろうとしているのか、訳を聞かせてくれないか?そもそも、義賊クエストっていうのは何だい?ナーミが受けようとしているクエストの中身も教えてほしい。どんなダンジョンなのかな?超強力なボスが出てくるのか?義賊とかいう魔物が出現するのかな?」
とりあえず、ナーミに事情を確認する。彼女がこんなことをするのには、何かわけがあるはずなのだ。
「人買いよ……人買いから、子供たちを救い出すというクエストよ……ダンジョン攻略ではないわ。」
ナーミは振り向かずに、ポツンとつぶやくように答える。人買い……だって……?
そんなこと……こんな現代に……いや、現代日本ではないのだな……確かにトーマの記憶の中にも、人買いに関することはうっすらだが存在する。そんなこと人道上、決して許されることではないと思うのだが、その多くは貧しくて食うや食わずの家庭から、口減らしのために子供が売られていく事が発端だ。
売られた子供も、その先では3度3度食事が提供されるのだから、かえって今よりいいのだろうと親も苦渋の決断をする。そのような子供の一部は労働力として、幼いころから劣悪な環境で働かされる場合もあるが、多くの場合は好色な大人たちの餌食になるらしいと聞いている。
まれに高貴な血筋の家柄が没落して幼い子が市場に出回ると、目の玉が飛び出るくらいの金額で取引されることもあると聞き、胸がむかついたことが伝わってくるが、当時のトーマでは何もできなかった。
どうしてそのような非道なことが行われているかというと、やはりそういった趣味をお持ちの方は、地位も財産もある高貴な方たちに多いようで、警察機関なども取引に対して直接手を下しにくい事情があるようだ。
むろん位の高い方全員がそうということではなく、ごくごく一部の奴の暴挙なのだろうが、そういったやつは趣味に金の出し惜しみをしないため、悪い奴らはいくらでも群がってきて、大きな勢力となってしまうのだ。
高貴な方たちも、まさか自分の親せきが……なんて公になることを恐れ、取り締まりを強化しようなどとは決してしないようだ。そのため、このような非道な行いが、この世界ではまかり通っている。
「人買いから、子供たちを救い出すだって?一体何をするんだ?人買いの住みかが分かって、そこを襲うのか?
襲ってつかまっている子供たちを、開放するのか?」
さすがにこの近くに人買いの本拠地があるのであれば、それは何とかしなければならないだろう。だがしかし、ギルドがあるのだから、これまでだって冒険者たちがそんな非道な奴らを懲らしめてきたんじゃないのか?
「違うわよ……人買いのキャラバンがこの村のそばを通るのよ。それを襲撃するの。そうして売られていく子供たちを救い出すのよ。」
ナーミがめんどくさそうに説明する。面倒だろうが、こんなことは新人冒険者講習では出てこなかったのだから、説明してもらわなければ、俺たちには全くわからない。
「はあ……キャラバンを襲撃する……キャラバンというからには、かなりな大人数だろ?何人いるんだ?敵の勢力は?武装の程度と強さのレベルは分かっているのか?子供は何人いるんだ?そもそも、どうしてそのキャラバンが、この村の近くを通ることが分かっているんだ?情報を掴んだ誰かがクエストをギルドに頼んだのか?」
「詳細は分からないけど、恐らく50から60人くらいのキャラバンよ。全員武装しているけど、そのうち護衛の兵士は30人程度ね。元冒険者が多いと聞いているわ、A級かB+級冒険者が雇われているようね。
子供が何人連れられているのかわからないけど何年かに一度、夏ごろになるとこの大陸西のカンヌール国から東のサーケヒヤー国の港町レーッシュまで、隊列を組んで移動するのよ。さすがに関所は越えられなくて王都間の街道は使えないから、山越えでコージー村の近辺を抜けて東へ向かうのね。
山越えだから、雪深い冬や春先は避ける傾向があるのでしょうね。
ルートが分かっているのは、奴らがギルドに通知してくるからよ。」
「ギルドに……わざわざ通知してくるというのか?」
「そうね……言ったでしょ、護衛の兵士は元冒険者が多いって。数年前のことだけど、冒険者の元仲間が何人かで休憩途中のキャラバンに近寄って行って、懐かしい昔話をしている最中に、そっと子供たちを連れ出されてしまったのよ。それまでは冒険者同士、出会えば挨拶くらいは交わしていたけど、交流禁止になったわ。
実際、その時の冒険者たちが怪しいということになったんだけど、何の証拠もないし、目撃者もいないから追及もできなかったみたいね。奴らも、警察に届けるわけにはいかなかったから、正式捜査は行われなかったようよ。
それ以降は、冒険者であろうが沿線住民であろうが、キャラバンに近寄るものは皆殺しにするとして、キャラバン通過ルートの沿線住民とギルドには、前もって通達が来るのよ。近寄れば容赦しないって。
通達するのは、それくらい警固に自信があるということもあるわね。A級とB+級冒険者が30名もいれば、軍隊の1個師団にも匹敵すると言われているわ。それに対抗するには莫大な軍事力が必要になるし、かといってかわいそうな子供たちを救出してもその見返りがあるわけではない。
だから、そんな不利なクエストをお金を出してまで依頼する人はいないっていうわけ。国の重要な地位についている人がバックにいることもあるから、依頼したことが分かれば、自分の身も危なくなってしまうしね。
それでも人道上許される行為ではないから、ギルドでは毎回通達が来るたびに子供たちを救出するクエストを設定するというわけ。但し依頼者がいないから無報酬。ボランティアの人助け、義賊クエストというわけよ。」
ナーミが、悔しそうに顔をゆがめながら説明してくれる。はああ……そんな事情が……。たしかに、許される行為ではないことは分かっているのだが……そんな大人数の一流冒険者たちを相手にするのか……。
「事情は分かったが、その義賊クエストの、こちら側の戦力はどれくらいなんだ?対抗するには少なくとも数十人規模のB+級やA級冒険者たちが必要となりそうだが、どれくらい集まっているんだい?」
B級冒険者になりたての俺とトオルは、上位冒険者たちの足手まといにならないよう精いっぱい戦うとして、戦力は知っておいたほうがいい。そのほうが自分の立場が浮き彫りになる。
「知らないわよ……人気のないクエストだし……。」
ナーミはふいとそっぽを向いてしまうので、仕方なくカウンターの向こうの美人受付嬢に視線を移す。
「今のところ、クエストの申し込みをされている冒険者チームは、ナーミュエント様だけです。」
美人受付嬢は、申し訳なさそうにうつむき気味に答える。
「ああそうか……キャラバンが通過するまでに、どれだけ集まるかだが、あまり少なければやめたほうがよくはないか?俺たちが足を引っ張っても困るしな……。」
「キャラバンの通過は、今日の夜よ。これから行ってようやく間に合うくらいの場所だから、今の時点でいないのなら、これ以上申し込みが増えることはないわ。」
ナーミはそっぽを向いたまま、さらっと答える。
「ええっ……今日の今日に通達なのか?」
「当たり前でしょ。奴らの目的は、あくまでも移動ルートに近づいた人を敵とみなすぞという脅しだから、わざわざ何ヶ月も前に通達して、対抗するための万全の準備をさせるようなことするはずもないでしょ?
クエスト志望の冒険者は、移動ルート以外の地区のダンジョンを選択するのよ。」
「じゃあ俺たちたった3人だけで、30人からいるという護衛の元冒険者たちに対抗して、しかも子供たちを救い出そうと考えているのか?そんなこと自殺行為以外の何物でもないぞ!」
人買いという、非道な行いから子供たちを救い出すというクエスト票が目についてしまって、何とかしなければならないという気持ちは分からないでもないが、さすがに俺達だけで立ち向かうには荷が重すぎる。
こんな状況だから、受付嬢が朝からピリピリしていたんだな。1組2組くらいの冒険者パーティしか集まらないのだったら、このクエストは行わないほうがよい。少なくとも10組以上が必要だ。
「いやよ、お願い……前回の義賊クエストは2年前だったけど、あたしは冒険者になりたてだったし、チームメンバーもそうだった。だから、あたしがどうしても救出に向かうと言っても、メンバーは猛反対。
未熟な冒険者が、しかも少人数で立ち向かおうとするなんてことは、命を捨てに行くようなものだって言われ、一人だけでも行くと言って聞かないあたしを、部屋に閉じ込めて外に出れないよう1日監禁されたわ。その時も救出に向かおうなんて考える冒険者パーティはなかったわ。
だったら頑張って努力してレベルを上げようって提案したのだけど、あたしがいたチームメンバーは今どきの若者ばかりだったから、がつがつと毎日クエストをこなすなんてありえないと言って、金がなくなればクエストを行い後は寝て暮らすみたいな、のんびりとした毎日を送っていた。
そんな毎日に我慢できないあたしはチームを転々としたり、他のチームのヘルプメンバーとしてクエストに参加したりして、レベルを上げていったのよ。稼ぎは全て、パパの死の調査のためにつかえたしね。
冒険者になったあたしの目的は、パパの無念を晴らすことと、売られていくかわいそうな子供たちを解放してあげることなの。パパは殺されたのじゃなくて病気だって何とか理解したけど、こっちのほうは譲れないわ。
ワタルたちが行かないっていうのなら、今度こそあたしは一人だけでも行って、一人でも多くのこどもを救い出して見せるわ。それがあたしの生きる目的なのよ。」
ナーミは深い決意をうかがわせるように、俺の目をまっすぐ見て話す。
「ナーミの気持ちはわかる……わかるんだが……俺たち3人で行って何ができる?向こうは、だれか近づいてきただけでも有無を言わさず攻撃してくるんだぞ。そのためにわざわざ自分たちの移動ルートを通達して来ているわけだからな。しかも50名以上の大人数で、一流冒険者たちの護衛がついている。
どうやってそんな中から子供たちを救い出すというんだ?作戦は立っているのか?この地点だったらこちらが有利だとか、地理の把握は済んでいるのだろ?」
ううむ……まじめな性格の彼女だから、何とかしたいという気持ちは理解できなくもないが、いくら何でも無謀すぎる。どんな作戦を立てているというのだ?そりゃあ、歴史上では圧倒的不利な状況を、知恵を使って覆したという戦史がいくつも伝わっている。
そんなものは歴史として伝わっていくごとに美麗化され装飾が加わっていくものだろうが、多くは天候や地理的要素のほかに、偶然(運)という重要なファクターが加味されているのだろうと俺は解釈している。
「そんなこと……今このクエストを知ったばかりなのに、あたしにわかるはずないでしょ?」
ナーミは苛立たし気に答える……ごもっともでした……。




