ダーネというやつ
「あなた?一体どうしたというの?あなたはトー……」
「待て……こいつは死人返りかもしれない……何も答えないほうがいい……反対に質問するのだ。」
喪服姿の黄色髪美女が何か言おうとしたところを、隣に立っているきらびやかな刺繍が入ったスーツ姿の男性が止める。
「お前は誰だ?死人返りであれば容赦はせんぞ……すぐに切り刻んでやる……さあ、答えろ!お前は誰だ?」
スーツ姿の男は、左手を腰に当てると右手を添えるように回す……よく見ると帯刀している様子だ。
下手な答えだと、剣を抜いて斬りかかってくるということなのか?まさか……ここは日本だぞ!
「お……俺は……か……」
名前を言おうとした瞬間、俺の脳裏にいくつもの情景が流れ込んできた……見慣れないこの体の記憶なのか?……死んだ俺は、この男の体に乗り移ったとでもいうのか?
「私の名はトーマ・ノンヴェー・スピニクン・アックランス3世。
カンヌール国の近衛隊隊長だったが、王子の警護の任務に失敗して怪我を負わせてしまった。
その責任を取って自殺したのだが……どうやら生き返ってしまったようだ。」
すかさず流れ込んできた、この体の記憶を答える……なんだか凄まじい勘違いであれば、ものすごく恥ずかしいことだろうが、思い浮かぶままに取り敢えず答えてみると、なぜかみんなの顔の緊張が解けた。
答えがあっているという事なのだろうが、同時に嫌な感じがした。
死人返りというのは、死人の体に寄生する魔物で頭がよく、周りからの情報で本人に成りすますため、死人返りの問いかけには答えてはならないと言われていると、この体の記憶に残っていた。
本人に成りすました死人返りは1週間で力を蓄え、家人を皆殺しにして食ってしまうが、寄生したばかりは力が弱くだれでも殺せると伝えられているようだ。
もしかすると、俺以外にも死んでこの世界へ転生したものが過去にいたのだろうか?
翌朝、高い石造りの塀で囲まれた王宮の前庭。
一面に貼られた緑の芝生を中央から分断するように、白い玉砂利が敷き詰められた一本道がはるか先の宮殿に続いている。宮殿といっても、日本のお城のような石垣の上に建てられた厳かな建物が、深い内堀の中に威風堂々とそびえたっているのだ。
その手前側に、これまた石造りの堅固な白い建物があり、そこが近衛兵の詰め所となっている。
表門、裏門双方に詰め所があり、兵士が常駐しているが、今日はいつも以上に多く、詰め所の外にも多くの兵士が詰めかけてきていた。
「おや、死にぞこないがいるようだな。
誰か、この死にぞこないを追い出して、もう一度棺桶に戻るよう進言してくれ。」
生き返った翌日、王宮の近衛兵詰め所に行くと、中央の大きなテーブルの前に陣取り、兵士たちと談笑している大柄な兵士が、俺の姿を認め咎めてきた。
この国では死んだ場合は、生前に犯したすべての罪が帳消しになる為、もし生き返った場合は罪に問わないという習慣があるようだが、それすら通じない様子だ……まあ生き返った事例が、そうそうあるはずもないが。
3日前までとは打って変わった態度だ……この体の記憶では、トーマが窮地に陥った時に、こいつは弁護してくれるどころか、せっかく推奨してやったのに俺の顔に泥を塗っただの、没落貴族ではまともに働けなかっただのと、かなりの暴言を吐いていた……。
太陽の光を反射してまばゆく光り輝く白銀の甲冑に大きな羽飾りのついた、これまた金属光沢のまばゆい兜を装着していて、周りの兵よりも一回りも2回りも大きな体をしている。
甲冑の胸の部分には、青い宝石が装飾されていて、これだけで位の高い兵士と一目でわかる。
金属甲冑はそこそこ重く、合戦などの非常時以外で着用するものではないのだが、今の王宮は戒厳令ともいえる厳戒態勢であり、どの兵士も重い鎧と兜を着こんで警戒に当たっているようだ。
「死にぞこないとは、ずいぶんな言い方だな、フレア卿……いや、ダーネ。
退官して近衛隊隊長から、身を引いたのではなかったのか?」
奴の名は、ダーネ・ストットガル・フレア男爵。
俺……というか、この体の元の持ち主トーマの同期で、葬儀の際に俺を死人返りと疑ったやつだ。
考えてみれば、こいつが突然退官すると辞表を提出したのが3日前の夕方。
前王の引退式と新王の戴冠式の前日のことであり、もちろん引き留められたのだが、体調不良を理由にどうしても辞職すると強い意志を示し、代わりに同期の俺を推薦したということだった。
---------
「俺はいつも思っていたんだ、どうしてお前のような優秀な奴が官職に恵まれないのかをな。
上の見る目がないと言ってしまえばそれまでだが、こちら側のアピールが足りないともいえると最近は考えてきた。
そこでだ……俺はたまたま運に恵まれて近衛兵を指揮する立場にあるのだが、この職をお前に譲ろうと考えたわけだ。
しかし、近衛兵というのは当然のことながら王宮を守る立場にあるため、現王の許しが簡単には得られない。
そこで狙ったのが新王の戴冠式だ。
お世継ぎに国が引き継がれるタイミングで、近衛隊隊長も入れ替えましょうと提案したわけだが、まあ、すぐに断られてしまった。なにせ代わりにと推薦したのが、王宮での実績がほとんどないお前だからな……。
だが、ここでいい点が一つあった……お前が新王の剣の指南役を務めていたことだ……幼いころまでしかやっていなかったようだが、新王はしっかりとお前のことを覚えていて、お前だったら任せられると快諾をいただいたというわけだ。
それで、晴れてお前さんは、近衛隊の隊長だ……明日の戴冠式を無事に終わらせれば、お前もこの国の要職に就くことができるというもんだ。」
元同期のダーネが、酒場でグラスになみなみと注いだ酒を一気にあおる。
3日前の晩のことだ。俺の士官を祝って酒をおごると誘ってくれた。もちろん勤務時間はとうに過ぎており、不謹慎なことは一つもない。
「しかし、私が近衛隊隊長になったら、君はどうするんだ?
引退して家にこもるような年じゃないだろう?」
奴もこの体の持ち主も33歳であり、若くはないが楽隠居というような年ではない。
この世界の平均寿命は65歳とそれほど高くはないが、それでもまだまだ十分体も動くし、家にこもるような年ではないので、当然の質問だ。
そもそも、こいつとトーマとは同期であり、士官学校卒業した後、一緒に王宮勤めを始めて知り合ったのだが、奴は、この国北部の士官学校を卒業しており、王都の士官学校卒のトーマとの面識は全くなかった。
奴は王族を警護する近衛兵に配置され、トーマは幼い王の剣の指南役という立場になった。
ところが、ある事件でトーマは失脚して、王宮を追い出される羽目に陥ったのだった。
のちに冤罪であることが判明はしたのだが、一度失脚したトーマに新たな士官先は巡ってこなかったようだ。
そんなトーマを不憫に思ったのか、奴は城に勤務していた時よりも頻繁にトーマを誘い、酒をおごってくれて近況を聞いていた。
それだけではなく、自分が退いてまで、その後釜にトーマを推薦してくれるという……いくら何でもやりすぎだ……長年の友人としての好意という感情では到底計り得ない事柄だ。
「ああ……俺は引退……なんてことはなくてな……取り敢えず体調不良を理由に退職するわけだから、表面上はおとなしくしている必要性があるのだが……実をいうと、お隣のカンアツ国の王宮に誘われている。
いくら今は通商はあるとはいっても、かつての敵国であるカンアツ国の近衛隊隊長に就任が決まったから、カンヌール国の近衛隊隊長は辞めです……なあんて言えないだろ?絶対に他言無用だぞ!
だからお前を……というわけではないのだが優秀な才能がくすぶっているわけだから、俺の代わりには困らない……だったら上を目指すのは当然だろ?給金だってもちろん大幅アップだし、さらには子爵の称号までくれるっていうんだ、受けないわけがない。」
ダーネは思い出すかのようにたどたどしくはあるが、俺に現役職を譲る理由を説明すると、給仕が運んできたばかりのグラスを一気に飲み干した。
トーマのことを気遣って、なるべく恩着せがましくないよう、言葉尻に気を使って話しているのだろう。
トーマ家は旧家の伯爵であり、もとより王家と近い役職を受け継いできていた。
祖父は元元老で、父は当時の国務大臣であり、その息子であるトーマも政治職に就くとみられていたのだが、トーマには剣の才能があり、また優れた指導者について幼いころから鍛えられたこともあり、王宮に上がるとともに次期王である第1王子の剣の指南役を仰せつかった。
もちろんエリート職であるが政権の要職ではないため、中央のしがらみには気づかず、国務大臣である父の失脚とともに、えん罪をかぶせられて城を追われたのだ。
代々受け継がれてきた広大な土地を持ち、蟄居ともいえる生活でも不満はなかった。
対するダーネは民間の出身であり、剣の腕は抜群だったが、家柄から当初は重要な役職には恵まれなかった。
当時は何かにつけてトーマが一兵卒である近衛兵のダーネを王宮内に呼びつけ、王子たちへの剣技指導の相手役を務めさせたり、外出の際の警護を担わせたりと、顔を売らせてダーネの優秀さを王宮内にアピールしていったのだ。
その効果かどうかわからないが、ダーネは民間の出としては初の近衛隊隊長に30の若さで就任したと同時に、1代限り限定ではあるが男爵の称号を賜った。
その時の恩を返そうとしているのかはわからないが、ともかくダーネ自体も出世できるようだし、こんないいことはないとトーマも大喜びで新隊長職を受けたようだ。
「いいか……常勤の近衛隊の勤務時間は朝の8時から夕方5時までの9時間だ。
だがまあ……そんな朝早くから行ってはいけない……8時に出勤した近衛兵たちは、夜勤の兵たちと引継ぎを行うわけだが、この時に上役である隊長が顔を出してみろ……隊長にお茶を出したり機嫌をとったりと大忙しで、引継ぎどころではなくなる。
隊長が出勤するのは……そうらな……10時過ぎ頃だな……俺なんか、たまに出勤してすぐに昼休憩だったりすることがあるくらいら……昼休憩は兵士たちは交代でとるが、隊長の休憩時間は12時から午後1時までと決まっている。
どうせ、高い塀に囲まれて警備も厳重な王宮に賊なんか入ってくることはないわけだし、隊長なんか午前中はすることなんか何もない。
とはいっても初日だから、まあ8時半ころらな……そのくらいの時間に出向けば、夜勤者との引継ぎも終わっているだろうし、心配性のお前のことだ、少しでも早く職場を確認したい気持ちもわかるしな……だがまあ、あまり早すぎないようにな……のんびりやることだ。
午後になってようやく夜勤の日報と引継ぎ内容が回ってくるから、それに目を通せば、すでに1日の大半の仕事を終えたことになる。
まあ、暇で暇で眠気を我慢するのが大変なくらいだが、さすがに立番の兵士たちに申し訳ないから、詰め所で寝るのだけはやめたほうがいい……すぐに悪い評判が立っちまうからな。
それだけ気を付けておけば、楽な仕事らよ……隊長というのは……。」
酔っぱらって呂律も怪しくなってきたダーネが、近衛隊隊長についての重要な注意事項だといって、得々と語る。そんないい仕事なら、なぜ自分に手渡してくれるのかと突っ込みたくはなったが、まあ奴の好意を無駄にはしまいと、ハイハイとなんでも返事をして聞いていた。
それでも心配性でまじめな性格のトーマは、酒もほどほどにして、翌日は出勤時間より1時間も早い、午前7時には王宮に到着していた。
近衛隊隊長としても引き継ぎもまだなら、王宮警備の引継ぎもまだ時間があるのだが、それでも大事なお世継ぎの戴冠式であるため、少しのミスも許されない……トーマに変わった途端にほころびが見えてしまっては、せっかく推薦してくれたダーネに申し訳がないと、早い時間から周囲の点検だけでも行っておこうと考えたのだった。
ところが王宮内は閑散としており、一人の警護兵も見当たらなかった……トーマはダーネの忠告もあり、なるべく目立たぬように王宮の門も顔見知りの兵士に頼んで、近衛兵への連絡は取りやめてもらった。
通常は隊長が到着次第、王宮内警備に当たっている近衛兵には連絡が行き、すぐに当番が勤務状況を詰め所まで報告にやってくるのだが、引継ぎ前の時間でもあり詰め所には寄らず、自分で引継ぎ時間になったら兵たちに連絡するからと門番には断って、一人で入城したのだった。
妙な胸騒ぎがして、すぐに離れへと駆けていく。
現王の居室は王宮最奥である3階にあり、そこには王宮守備隊が常に警護に当たっているので安全だ。
近衛隊というのは王宮への侵入者を防いだり、反乱発生時に反乱軍と戦う、いわば王様直属の部隊であり、言ってしまえば、王宮自体は近衛隊が守るが王家の人々を直接警護するのは王宮守備隊という、エリート中のエリート軍団である。
ダーネが近衛隊の隊長職は楽だと言っていた本当の理由はここにある。




