B級ダンジョン
翌朝、たった一人だけのベッドで目を覚ます。ベッドわきには俺が脱ぎ散らかした服と、部屋中央のテーブル付近には、鎧や兜などの装備がおいてあるので、俺の部屋に間違いはない。ううむ……あれは夢だったのか?夢にしてはあまりにリアルすぎるような気がするのだが……。
顔を洗って階下の食堂へ行くときに、振り返って部屋番号を見る。3階の306号室だ。前回泊まっていた時の2階の部屋に間違ってきてしまったわけではない。前の部屋に泊まると、その特典で美女が夢に出てくるのだと思っていたのだが、そうでもないようだ……ううむ……一体どういうことだ?
あれ?そうか……彼女は俺の夢の中に出てくる美女なんだから、俺がどこに泊まっていようが出てきても当たり前なんだ。地縛霊でもあるまいし、どこか特定の部屋にしか出ないということはなくてもいいわけだ。
それにしても一体どうして……前世でもこのようなことは記憶にないし……いや、彼女が出てくることが嫌なのではない。それどころか毎晩出てきてほしいくらいなのだが、どうすれば彼女に好きなときに会えるのか、その方法を知りたいのだ。枕の下に写真を置きたいが、その写真すらないし……。
「おはようございます、昨晩はご機嫌でしたね。」
「飲み過ぎなのよ……人には未成年者は体ができていないから……なんて言っておいて、自分はどうなの?
少しは体に気を使いなさい。」
階下の食堂へ行くと、既にトオルもナーミも朝食を食べ終える所で、毎度のようにお小言を食らう。
「悪い悪い……遠出で酒を控えていたものだから、つい……申し訳ない、以後気を付ける。」
それほど深酒をしたつもりはないのだが、昨晩のことを考えるとかなり酔っていたのだろう、素直に頭を下げて詫びる。
「今日は、近場のダンジョンへ行く予定だけど大丈夫なの?」
「おお、まったく問題ない。二日酔いもしていないし、体の動きは万全だ。」
確かにトーマの体は丈夫だし酒にも強い。よほどのことがない限り、寝込むようなことにはならないだろうと、思えるくらいだ。
「じゃあ、支度をしたらすぐに出るわよ、急いで食べちゃってね。」
ナーミもそれほど怒っている様子はなく、許してくれたのでほっとした。
急いで朝食をかきこみ、部屋に戻って身支度を整えると階下に降りていく。エントランスでは、すでに支度を終えたナーミとトオルが待っていてくれた。
武器屋に寄って、昨日研ぎに出しておいた剣を受け取り、ナーミとトオルは防具屋にもよって、修復した装備を受け取る。ケルベ大鷲に切り裂かれたシャツやズボンも、一晩で修復されているから便利だ。
道具屋で回復水など補充してからギルドへ向かう。
「このクエストをお願い。」
ナーミがホールの壁に貼ってあるクエスト票から1枚抜き取り、受付カウンターへもっていく。
「このクエストは、B級クエストですが、大丈夫でしょうか?先日ようやくB−クエストを攻略されたばかりだと存じますが……しかも3人ですよね?」
美人受付嬢が眉を顰める。そりゃそうだ、つい先日新人冒険者登録をした俺たちは、たった2人でC+級クエストを攻略していて、それにB級冒険者であるナーミが加わって3人になり、B−級クエストを攻略した。
それから十日しか経っていないのに、今度はB級クエスト申請するわけだからな。
あまりにも展開が早すぎて無謀だというわけだ。
「大丈夫よ、このメンバーなら。
それにあたしがB級だから、このクエストは保証金なしで受けられるはずでしょ?」
ナーミが自信満々で主張する。自分たちより上位クエストも受けられるが、もしもパーティが全滅した場合に武器や装備などを回収するために、上級冒険者を募ってダンジョン内を一掃する必要性がある。そのための費用をあらかじめ保証金として支払っておく必要性があるのだ。
成功して戻ってきさえすれば返してもらえるが、かなりな高額のため、そこまでの冒険をする冒険者はいない。それでも誰か一人だけでもメンバーの中に相当級以上のものがいれば、クエスト申請は無条件で可能だ。
「じゃあ、行くわよ。」
不安そうに見送る受付嬢を置いてギルドを出ていくが、俺たちは十分こなせるクエストだと思っている。
恐らくB級であろう未管理のダンジョンを攻略したこともそうだが、もともとカルネの見立てでは俺……すなわちトーマがA級でトオル……すなわちダーシュがB級冒険者だったのだ。年を取っているとか、実戦経験がないとかの理由で評価を下げられてはいるが、カルネの見立てが正しかったのだと俺は考えている。
さらに、俺たちは工夫している。すなわち普通の冒険者たちは不要と考えている、精霊球を補助魔法として使っている。それだけ頑張っているのだ、3人だけでも十分にB級はこなせるさ。
「じゃあ、行くわよ。本日は水の精霊球があるダンジョンよ。ダンジョンの中は苔がいっぱい生えていて、滑りやすいから気を付けてね。それと、B級だからボスが中級魔法を使うことも忘れずにね。」
ギルドから30分ほどミニドラゴンの馬車と馬で北へ向かうと、平原の中に清流が流れていて、そこにダンジョンがあるようだ。馬小屋も完備されていて、そこに馬とミニドラゴンをつないでおく。
「じゃあ行くわよ。」
ナーミは清流の中にところどころ露出している、大きな岩伝いに川の中央へと歩いていき、その先にある銀色に輝くステンレス製の檻のカギを開けた。ギルドで管理されているダンジョンなので、ふんどし一丁で水の中から入っていかなくてもいいのだ。やはり管理されているダンジョンは出入りが楽でいい。
『ピチョーンピチョーン』水がしたたり落ちる苔むした洞窟を、滑って転ばないように注意しながらゆっくりと進んでいく。今日は俺とトオルの2人のオデコに輝照石をつけているので、照明はばっちりだ。
「水弾!」
『ビュッ』『ビチャッ』うん?俺の頭上で風切り音がしたので、とっさに身を躱し地面を見ると、20センチはありそうな巨大ヒル系魔物が、真っ二つになっていた。危ない危ない首筋に取りつかれるところだった。鎧の関節部の隙間から入り込むから、厄介な魔物だ。
「おお……ありがとう。」
「いえ、とんでもありません。ワタルをお守りするのが、私の使命ですから。」
俺の後ろを歩くトオルが笑顔を見せる。水弾の威力が、増してきているようだ。先日のダンジョンでも俺の脈動の威力が上がり、地面が高く盛り上がるようになったので、それを踏み台にして大跳躍することができた。
やはり精霊球は使って行くに従い、術者も一緒に成長していくということだ。
それにしても、トオルは本当にかわいいな……奴が女だったら……料理はうまいし経済観念もしっかりしていて尽くすタイプだし……なんてありえないことを考えてしまう。いや、もしそうだとしても俺なんかに……いや、俺は今トーマの体に転生しているわけで、トオルはトーマを慕っている。
だからといってそのことを利用して、なんてことできるはずもないが……そもそも奴は男だし。
「水弾!」「水弾!」
トオルの水弾がさえわたる中、そんなことを考えながら歩いていると……『ブクブクブクブクッ』目の前が真っ白く変わる。輝照石が照らす先が、乱反射して真っ白い壁のようになっている。
「だめよ!先へ進んじゃ……毒泡よ!」
ナーミが叫ぶ声に反応して、踏み出した足をあわてて引っ込める。
「突風!」
『ビュワッ』トオルの魔法で前方の泡が吹き飛ぶと、その先にはおびただしい数の沢蟹系魔物たちがいた。
「言ったでしょ?B級ダンジョンからは魔物たちも魔法を使えるって。雑魚魔物たちは精霊球を直接持っているわけではないから、強い魔法は使えないけど、精霊の影響を受けて初級魔法は使えるのが多いの。
毒泡も魔法の一種よ。毒自体は洞窟内の赤っぽい水の成分だけど、それを泡にして壁にしたり飛ばしたりするのよ。」
ナーミが後方からあきれ顔で叫ぶ。うっかりしていた、このダンジョンの構造図もカルネが持っていたので、出現魔物の注意点も昨晩予習してきたはずなのに。ううむ……煩悩は捨てて今この場で必要なことを、まずは行おう。集中集中……。
『シュシュシュシュっ……ズボッズゴッズバッドゴッ』すかさずトオルのクナイが、沢蟹系魔物の甲羅を粉砕していく。
「悪い悪い……もう大丈夫だ。」
『ズゴバゴズゴズゴッ』俺も剣を逆手に持ち、魔物の甲羅に突き立てていく。油断していなければ、なんてことない魔物だ。甲羅は硬くて、ある程度の技量と鋭い剣がなければ、歯が立たない魔物ではあるのだが……。
沢蟹系の魔物は、補助網に詰めれば1アイテムとして冒険者の袋に詰められるというので、もちろん回収した。毒成分は赤い水(恐らく赤潮を引き起こす毒性の植物プランクトン)の効果で、魔物自体に毒はないとナーミも言っていた。
そうしてボスのいるドームへ到達した。
「このダンジョンのボスは、手長エビ系魔物のようだ。カルネの資料には、名付けて手長エビと書いてある……そのまんまだな。
甲羅は硬く、矢も刀も簡単には通じない。目玉と口と書いてあるな……ここが弱点かな?
魔法はもちろん水系の魔法で、大津波や集中豪雨に注意となっている。」
ドーム入口前で、カルネの残した注意点を説明する。
「中級魔法ですよね。この間、私が持っているのも中級精霊球と聞いてから、右手の指を割り当てて特訓しています。」
トオルが自慢そうに胸を張る。まあ……術のすごさを競う大会ではないから、敵と同じ魔法を使えたところでどうなるものでもないのだがな……こっちだって使えるんだとアピールするくらいかな?
「じゃあ、行きましょう。」
巨大な空間へ足を踏み入れる……その先には想像を絶するまでに巨大なエビがいた。ロブスターというよりも、手長エビだ。しかもその大きさが半端ない。体長5mは優に超えているだろう。長い触手の先の巨大なハサミだけでも1mくらいはありそうだ。あんなのにはさまれたら、人間の胴体など真っ二つだ。
「ブクブクブクブックブクブク……」
『ドゴワァー』巨大手長エビの頭から細かな泡が吐き出されたと思った瞬間、巨大な津波が襲い掛かってきた。
「大津波!」
『ドゴワー』『バッシャーンッ』すぐにトオルも呪文を唱え、大津波同士がドーム中央で衝突し合って消えた。
そうか、同じ魔法で打ち消し合って無効化するわけか……考えたな……しかも中級魔法が使えている。
『ダダダダッ』すぐに巨大手長エビに向かって駆け出す。
『シュシュシュッ』『カンカンカンッ』ナーミが矢を射かけるが、やはり硬い甲羅に当たって弾かれてしまうようだ。
「ブクブクブクブクブブブックブク……」
『ザザーッ』すると突然、俺の行くてのみに集中豪雨が……前も見えないくらいに激しい雨だ。
「横風!」
『ザワーッ』後ろを走るトオルが風を起こし、雨を方向を変えてくれる。助かるー……。
「崩落!崩落!」
『ガラガラドッシャンガラガラガラッ』あんなのに捕まれては大変なので、魔物の巨大なハサミの上のドーム天井を崩落させ、ハサミを土砂と岩で埋め動けなくさせておく。
巨大手長エビは、何とか逃れようと必死で何度もエビぞりを繰り返すが、無駄な努力だ。
「ナーミっ!あの目玉を狙えるか?」
「やってみる!」
『シュッ』『バシュッ』『シュッ』『バシュッ』いくら巨大といっても、エビの飛び出た目玉は直径10センチもないように見える。それを10メートル向こうから、しかも動く標的を狙うのだ……到底不可能と思っていたら、いとも簡単にやってのけた。すごいな……。
「だっりゃあっ!」
『グザッ……グザザザザッ』超強力な武器であるハサミを封じられ、目玉も射貫かれた巨大手長エビになす術はなく、泡を吐き出している大きな口の中に剣を突き立て、のどの奥深くまで突き刺していく。
やがて、巨大手長エビは動かなくなった。
「やりましたね……すごいですよ……これだけの巨大エビ肉……一体何人前あるのか……ワタルは、ハサミを掘り起こしてくださいね。私は胴体を担当します。ナーミさんは頭のみそをお願いしますね。」
「おっ……おお……。」
なんだか主旨が違ってきているようだが、お約束のボス魔物の肉回収となった。
「あったわよ……頭のみそを回収しようとして正解。」
ナーミが水色の精霊球を嬉しそうに掲げる。
『ザッダッザッ』俺はというと、巨大ハサミを埋めた土砂をのけて、ハサミ部分を間接から切り落とすと、両肩に一本ずつ担いだ。トオルとナーミは冒険者の袋に入りきらないエビ肉を、別袋に入れて持ち帰るつもりのようだ。まあ、馬車と馬できたから構わないか。
「魔法を使っても結構苦労したが、他の冒険者チームはどうやってあんな強力なボスと戦っているんだい?」
冒険者に魔法使いはいないと言っていたが、どうにも信じがたい。やはり魔法は必須のような気がする。
「ボスが魔法を唱えているとき、泡をぶくぶくさせていた時ね、その間に格闘家などの素早い機動力で、口元に一撃食らわせるわけよ。そうして魔法を封じておいて、矢で目を射てから後はゆっくりと格闘家や剣士が攻撃して甲羅にひびを入れていくわけ。
その間に僧侶がいれば回復魔法をかけながら攻撃継続するし、騎士のような槍使いがいる場合は回復水を飲みながら交代で攻撃だし、盗賊や忍びがいる場合は、彼らが素早い動きでボスの攻撃を避けながらしっぽの付け根などの関節を狙うのよ。まあ、長い戦いになるけど何とかなるわ。
ボス戦は大抵の場合、広いドームで戦うから魔法使いも有利にはなるのだけれど、ボス戦だけのために魔法使いを4人編成のチームに入れるようなことはまずしないわ。
5人目にするならいいのでしょうけど、それだと一人当たりの取り分が減るから、昔はそれなりに魔法使いの冒険者がいたらしいけど、今はほとんどいないと聞いているわね。」
ナーミは何のことはないと答える。そうか、消耗戦のようだが、まあ魔法なしでも十分戦えるということだ。
魔法が人気がないのは、短距離間で対峙する戦闘では詠唱中に攻撃されてしまうという欠陥が存在するからだが、多少インチキ臭いが、詠唱短縮に成功した俺たちは、その利点を大いに活用させていただこう。
ダンジョンから出て、荷物になるので巨大ハサミの一本は、ミニドラゴンに与えると、瞬く間にバリバリと平らげた。そうしてなんだかまたもや少し大きくなってきたような気がする。成長期なのか?食べ過ぎか?
もう一本は明日の分と決め、ミニドラゴンの背中に括り付け、ダンジョンを後にする。
帰ってからギルドで、これまで回収した肉も取り混ぜて清算すると、結構な収入になった。何せ精霊球だけでC+ダンジョンの報奨金の4倍なのだ。
3人で分けても結構な金額の上に、肉などのアイテム代も加算されたのだからすごい。
さらに居酒屋にみそとエビ肉を持ち込み、3日間の飲み放題食べ放題を約束してもらったうえに、エビ尽くし料理を満喫。プリっぷりの歯ごたえと、噛むたびに出てくるジューシーなうまみが最高で、刺身にしてもよし、てんぷらにしてもよしといいことだらけだった。おまけにみそをつまみに酒がすすんだ。
当面安泰ともいえるのだが、俺たちは冒険を休むつもりはない。ダンジョン制覇で俺たちは着実に成長しているし、連携もよくなってきている。カルネたち……とまではいかないまでも、一流の冒険者目指して日々挑戦していくつもりだ……。
続く。
新たな仲間、ナーミが加わった第2章も完結です。これからワタルたちの冒険は、どのように飛躍していけるのか、また新たな仲間は加わるのか?注目の第3章は、明日から連続掲載いたします。よろしくお願いいたします。
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