火のダンジョン
「火のダンジョンに近づいてきているのよ……まだまだ暑くなるわよ。」
トオルが鼻をクンクンさせながら辺りを警戒するのに対して、ナーミは平然としている。
うっそうと茂っていた草木が減少し、ところどころ赤土や岩が露出している。空が開けて見通しがよくなってきたことはありがたいが、確かに臭う。
「火山に近づいてきているんだ。異臭は硫黄の匂いだな。窪んだ土地など、風の滞るような場所には注意しなければならない。硫化ガスがたまっていて、窒息死なんてことになったら大変だ。
それよりも草がある今のうちに、馬の飼葉を刈っておくか。」
手分けして下草を刈り取り、馬の背に積んでおく事にした。
「定期的に風を動かして行きましょう。
大いなる風の聖霊よ、友を信じ力を貸し与えたまえ。その術をもってこの場の空気を吹き飛ばせ、突風!」
念のためにトオルが魔法で風を吹かせることで、空気だまりの解消を図る事にした。
さらに進むと、小さな川のほとりに出た。川の流れに沿って、この部分だけ草木が茂っているようだ。
「ダンジョンはもう少し先のようだが、ミニドラゴンはともかく、馬は連れていくのは厳しそうだから、ここで泊まろう。明日はここをベースキャンプにして、ダンジョンへ向かうことにしよう。」
日も暮れかけてきているので、野営の準備をする。いつものようにトオルが調理をはじめ、俺がテントを張る。ナーミはトオルの手伝いで、取ってきた山菜を刻んでいるようだ。
テントを張った後、河原へ降りて馬とミニドラゴンに水を与えているときに気が付いた。水は結構澄んでいて飲めるくらいにきれいだが、ぬるいというか温かい。すぐにあたりを見回すと、予想通り白い湯気が立ち上っている場所があった。速攻でミニドラゴンの背中に積んだ荷物の中からスコップを取り出す。
馬車が雨でぬかるみにはまった時などに、脱出するために積んである装備だ。
『ザッザッザッ』鎧を脱いで、素足でスコップを使い河原の玉砂利を掘っていくと、やはり温かい水というか湯が穴にたまっていく。火山の地熱で湧水が暖められているのだろう。
周囲が崩れて埋まらないよう注意しながら掘り進み、50センチくらいの深さで1m角位の穴を掘り終え、 そのままではちょっと熱めなので、流れている小川の側面を掘って支流を作り、穴の脇まで持ってきて、そこにも穴を掘った。熱ければ川の水を、お湯の方に引き込めば温度調整ができる。これで天然温泉の完成だ。
落とし穴の魔法を使わなかったのは、あれは攻撃……いわゆる破壊用なので、開いた穴を利用することには向かないだろうからだ。
「もう少しでできますよ。」
馬とミニドラゴンを連れて河原から上がってきたら、火にかけた鍋の味見をトオルがしているところだった。
「おーい、いいニュースと悪いニュースがあるぞ。」
「いいニュースはなんですか?」
「そこの河原に温泉が湧いていた。急いで穴を掘って手作り温泉を作ったから、風呂にはいれるぞ!」
「へえー……それはいいわね……で?悪いニュースは?」
「手作り温泉だから、脱衣場も何もない。外だし、魔物が襲い掛かってくるかもしれないから、交代で周りを警戒している中で温泉に浸からなけりゃならない。」
俺とトオルは平気だが、ナーミはちょっと敬遠するかな……かわいそうだが仕方がない。
「なんだ、そんなの全然悪いニュースでも何でもないわよ。かえってワタルにとっては、あたしの裸が見られるいいニュースでしょ?構わないわよ、見ても……。あたしが温泉一番乗りね!」
ナーミはそういうと、ダッシュでテントに入っていった。まさか……中で裸になって……と思っていたら、案の定、すっぽんぽんの裸になってタオルを手に持ったまま飛び出してきた。思わず目を両手で覆い蹲る。
「昨日の戦いでかなり汗をかいたから、夜に濡れタオルで体をふいたんだけど、やっぱり不快だったわ。
お風呂が一番よね……。」
そういいながらナーミは平然としている様子だ。
「なっ……ナーミ……少しは恥じらいっていうものを……俺たちは男だぞ!」
「ほかの男には絶対見られたくはないけど、ワタルたちにだったら見られても……全然平気よ!」
ナーミは意味深な言葉を返してくる。小悪魔め、こういった場面にどぎまぎしてしまう、俺の反応を見て楽しんでいやがるな。大体俺なんかをあんなかわいい娘が……いや、そうか……今の俺はトーマの体に入っているのだった……確かに年は同じくらいだったが、俺とは真逆の長身で健康的でかっこいい……。
いや違う……若い女性に慣れていない俺の反応を見て、喜んでいやがるんだ。ここは過剰に反応してはまずい、冷静に冷静に……何事もなかったかのように……。
「じゃあ、私が河原に降りて周囲を警戒していますから、こちら側の警戒はワタルにお願いします。
もうナーミさんは河原に降りましたから、目を開けても構いませんよ。」
トオル呼びかけたので目を開けて立ち上がると、トオルは平然と河原に降りて行った。
ううむ……奴の性格がうらやましい。所詮は色気もない17の小娘なのだ。そう考えたいのはやまやまなのだが……ナーミが上がってくると、また裸を見てしまうので、河原に背を向けて山側ばかりを警戒する。
「あー……いいお湯だったわよ……すぐに着替えて、あたしがこっちを警戒するわね。」
「あっ……そうか……着替え終わったら教えてくれ。」
ナーミの声が背後から聞こえるが、一切振り返ることなく答える。ナーミの裸をもろに見てしまったら、今晩は一睡もできなくなってしまうだろう。後に裸のナーミがいると思うだけでも、鼻血が出て来そうになる。
「じゃあ、交代ね。」
着替えたナーミと交代して、河原に降りていく。それから俺とトオルと交代で天然温泉を満喫した。
温泉に浸かった後は、晩飯だ。馬には先ほど集めた草を与え、ミニドラゴンはさほど腹が減っていない様子だが、フリーフォールカモシカの骨付きモモ肉をそのまま与えた。ある時に食いだめというわけだ。
「今日は、フリーフォールカモシカ肉の焼肉です。あばら肉の脂身はちょっと多めなので、網焼きがいいですね。タレを作ってありますから、これをつけて食べてください。」
俺たちの晩飯は焼肉のようだ。ニンニクとショウガを聞かせたタレも絶品だが、何よりも肉質がい。噛んだだけで肉汁がジュワッと……堪らん……。
「お酒もありますよ。」
そういいながらトオルが、俺にお猪口を持たせて酒を注ごうとする。なんだか温泉宿に宿泊している気分になってきた。
「いや、今はまずいだろう。まだ今日の分のトレーニングもしていないし、ここは安全な村じゃないからな。
明日はダンジョン攻略だし、酒は飲まずに体調を整えたほうがいい。」
せっかく準備してくれたのに申し訳ないが、やはり酒は控えよう。
「そっ……そうですか……。」
トオルはがっかりして肩を落としているようだ。普段あまり飲まないのに珍しいな……今日は飲みたい気分だったのか?だがなあ……明日のダンジョンは昨日並みか、それ以上に厳しい予感がするからなあ……。
トーマの体を借りている身なので、奴の名を汚さぬよう、だらしない生き方は厳禁だ。
その後、いつものように剣術と武術の訓練と魔法の訓練を行い、交代で見張り番に立ち就寝した。
「じゃあ出発だ。」
翌朝、身支度を整えダンジョンに向けて出発する。馬とミニドラゴンはここへ置いていくので、なるべく目立たないよう、河原の木陰に馬をつないだ。こうすればいつでも水が飲めるしいいだろうし、ミニドラゴンも一緒にしておけば、魔物たちもそうそう襲ってこないはずだ。
そこから30分ほど歩いていくと、周囲はごつごつとした岩場のみとなり、ところどころ水蒸気が上がっている。覗いてみると、岩の隙間から水が湧きだし、地熱で温められて沸騰しているようだ。
「えーと、この岩だな……」
それは周りの岩と比べてもひときわ大きく、さらに丸みを帯びたフォルムと、くっついている5つの小岩の配置が絶妙で、頭と両手足に見えてカメを連想させる。カルネのダンジョン案内には亀岩と記載されている。
「では、ここからは俺がたどるとおりに、一歩ずつ足跡をたどるようについてきてくれ。入り口の印がないから、間違うとダンジョンには入れないから注意してくれ。」
そういって俺が先頭で歩き出し、トオルとナーミが続く。亀岩の左前脚から3歩前進してから右へ5歩進み、そこから左へ4歩進んでもう一度右へ6歩進むと、不意に明るかった周囲が真っ暗闇となる。すぐに輝照石を取り出し額に取り付けると、高さ3mほどで幅が4mほどの洞窟の中だった。
「なんか硫黄臭いわね……。」
トオルに引き続いて無事入ってこられたナーミが、鼻をクンクンさせる。
「火山近くのダンジョンだから、仕方がないさ。カルネの記録では、人体には影響がない程度のガス濃度となっているな。」
「ふうん……ギルドで管理している火のダンジョンも火山の近くにある場合が多いけど、ところどころ換気用の穴をあけて、ガスを追い出しているのよ。といってもガスは空気より重いから、冒険者が入る時だけガスを吸いだしているって聞いたわ。だから、気を付けてよね、魔物にやられるなら仕方がないけど、ガスは嫌よ。」
ナーミがきょろきょろと周囲を見ながら警戒する。
「そうだな……じゃあ輝照石はあるが、松明も使うとしよう。酸素が燃えるからもったいないと言えばもったいないが、火が消える時は酸欠だから警戒できる。洞窟中ガスが充満していることはないだろうからな。」
冒険者の袋から松明を取り出し、火をつけてトオルに持たせる事にした。
非管理ダンジョンの欠点が露呈したようだが、まあ対応はできるさ。
『バサバサバサッ』『シュシュシュッ』すぐさま魔物が襲い掛かってきたようで、トオルがクナイを投げて瞬殺する。おなじみのホーン蝙蝠だ。まあ、こいつらがいるということは、ガスが充満しているということではないと安心できる。トオルがクナイを回収するとともに、ホーン蝙蝠も一緒に冒険者の袋に収納した。
『カツカツカツッ』『ドサドサドサッ』「揚げ物にするとおいしいかな……。」
「やめとけ、やめとけ。」
サソリ系魔物はトオルに回収をあきらめさせ、先へと進む。
『ドッドッドッ』「んもーっ」遠くから地響きとともに、牛のような鳴き声が聞こえてきた。
「鳴き声からして炎牛よ。L字に曲がった角からは常に炎が発せられていて、吐く息は灼熱のブレス。何よりもその突進力は岩をも砕くと言われているわ。B級ダンジョンから上でしかお目にかかれない魔物よ。」
ナーミが洞窟の中央に立ち、矢をつがえた弓を構えおもいきり引き絞る。『シュッ』『タンッ』『ドッドッドッ』「ぶもーっ!」放たれた矢は命中したはずだが、一向に地響きは収まらず突進してくるようだ。
「だめだったわ……洞窟内が暗いし速いから、うまく急所に照準を合わせられない。逃げて!」
すぐに左右に分かれ、洞窟の壁に張り付くようにして避けると、『ドッドッドッドッ』すぐ目の前を大きな影が勢いよく取りすぎていった。
「すぐに戻ってくるから、油断してはだめよ!」
ナーミはそう言いながら、またもや洞窟の真ん中に立ち弓を構える。
『ドッドッドッ』はるか向こうでUターンした影は、こちらに向かって猛烈なスピードで駆けてきた。
「落とし穴!」
精霊球を握る左手の人差し指を立て、次に指を4本立ててから唱える。
『ドッドッ』『ズッゴォーンッ』「ぶももーっ」『シュッ』『タンッ』『シュッ』『タンッ』『シュッ』『タンッ』「ぶひーっ……」凄まじいまでの衝撃音とともに、ナーミが続けざまに3本の矢を放つと、静けさが戻った。
『ダダダダダッ』すぐにトオルが駆け寄っていく。
「仕留めたようです。肉の回収を手伝ってください!」
やはりトオルの目当ては肉か……すぐに行ってナーミとともに3人で炎牛を解体にかかる。炎牛は角と言い、形は動物図鑑で見る水牛のようだが、皮膚は白い。日のささない洞窟内だからか?
トオルはその皮も一緒に回収しているようだ。どうするつもりだろうか。
その後も魔物たちを倒しながら進んでいき、ようやくドーム状の空間の前まで来た。
「ついにボスダンジョンまで来たな。ここのボスは強敵だと思う。何せはっきりとした魔法を唱える。」
ドーム前の洞窟内で、カルネの構造図にある注意事項を説明する。
「魔法って……今までもそうだったんじゃない?魔物の言葉でだろうと思うけど、魔法を使っていたでしょ?」
「そうじゃない、ちゃんとした人語で魔法を唱える魔物だ。」
「えっ?じゃあ、ボスは魔法使いですか?」
「いや、そうではない、人と魔物の合体生物のようだ。どうやら先ほど見た炎牛の背中から、人の上半身が出ている魔物のようで、名付けてケンタ牛。聖獣のようにも感じるが、ダンジョンのボスなんだな。
成長すれば恐らく人部分が呪文を唱えるだろうとカルネも記載しているし、さらに炎牛部分の頭の口からは灼熱の炎が出るだろうとも記載がある。炎牛だと本能的に突進して攻撃するだろうが、人の頭脳が加わるから、どちらかというと魔法攻撃のほうが主体だろうとも記載がある。
こういったボスが存在しているから、精霊球を使った魔法の呪文というものが、人間界にも伝わってるのだろうとカルネが言っていた。弱点は、多分2つの頭って書いてあるな。」
カルネのダンジョン構造図から、ボス部分の記載事項を読み上げる。
「ふうん……あたしはこれまでにもB級の火のダンジョンを何度か攻略したけど、今聞いたようなボスには遭遇したことはないわね。
新種かしらね……まああたしだって、世界各地のダンジョンをすべて回っているわけじゃないけど。」
ナーミが少し不安そうに腕を組む。新種というよりも、ごくまれに出現するのだろうな……。




