風のダンジョン
翌朝から馬とミニドラゴンの手綱を引いて、山道を歩き出す。馬車は折りたためるので、ミニドラゴンの背中に積んである。
人が立ち入ることがない、道なき道を進んでいく、とはいっても、細いつり橋や高い渓谷に一本橋をかけて渡るなどといったことはなく、あくまでも人里離れた場所にあるダンジョンを目指していて、秘境を求めているわけではないため、馬とミニドラゴンを連れていても進むことはできる。
『バサバサバサバサ』『キュイーイ』突然上空から、大きく真っ黒い影が襲い掛かってきた。
『シュシュシュシュッ』トオルがすぐさまクナイを投げつけるが、刺さりが浅いのかそのまま突っ込んでくる。
『シュバッバズッ』『バサバサバサッ……ドザッ』危ないっと思って身構えたら後方から矢が飛んできて、一撃で仕留めた。
「ツッコンドルよ。ハゲワシ系の魔物ね。上空から急降下で攻撃を仕掛けてくるから、注意が必要よ。
羽毛が厚くて、体への攻撃はほとんど効果がないわ。羽の生えていない首から上を狙うのよ。」
ナーミが光沢のある深緑色の羽に覆われた魔物の、矢に射貫かれた首をもって持ち上げる。
おおそうか……とはいっても、猛スピードで飛んでくる奴のあの細い首を正確に狙うのは、至難の業だな。
「ありがとうございます。」
トオルがナーミからツッコンドルをもらい、クナイを回収する……と思っていたら、さらにその羽毛をむしり始めた。
「どっ……どうするんだ?羽毛布団でも作るつもりか?」
羽毛布団の羽毛は、ダウンとかいうカモのような渡り鳥の羽じゃなかったか?
「いえ……食べられないかと思って……あとで調理してみます。」
ああ、そういやそうだった……郊外へ出た場合は食料は現地調達だったな。まだ稼ぎは残っているのだが、まあいいか……うまいかもしれんしな。
その後、スズメ系やカラス系の魔物にも襲われたが、こちらはトオルのクナイも十分通用した。
飛び道具系が有利なので、ミニドラゴンと馬と両方の手綱を俺が持って進んでいくことにした。
「もうすぐ日が暮れるわよ。」
食事休憩以外は、草木をかき分け山道を歩き続け、1日が終わろうとしている。
「おおそうだな……もう少し行けば、高い崖に達するはずだ……そこまで行こう。」
さらに進むと行く手を阻むかのように、そびえたつ絶壁……左右を見回しても、回り込めるようなルートは簡単には見つかりそうもない。
「なによ……道を間違えちゃったの?行き止まりじゃない。」
ナーミがあきれたように、ため息をつく。
「いや、ここであっているんだ。いや、もうちょっと右かな。」
そのまま崖に沿って右へ百mほど移動する。見上げると、はるか高みにどういう仕組みか崖の中腹辺りから木が一本、横に生えているのが見える。
「今日はここで野宿にしよう。」
「ふーん……ダンジョンの入り口がこの辺りに潜んでいるということね。」
「じゃあ、火を起こして、鳥を調理してみますね。」
トオルはさっそく携帯用の調理かばんをミニドラゴンの背から降ろして、ツッコンドルやスズメ系魔物の調理を始める。その間俺が俺たち用とナーミ用のテントを張る事にした。
「ふうん……うまいもんじゃない……鮮やかな手つきね。
あたしも手伝うわよ、途中目に付く山菜を摘んできたから。」
ナーミもトオルと一緒に、腕を振るうみたいだ。美男美女が2人仲良く並んで料理していると、まさにお似合いのカップルのように見えて、分ってはいるが、ちょっと妬ける。
この日の晩飯は絶品だった。肉質が固いということで、ツッコンドルの肉はナーミがとってきた山菜と一緒に鍋にしたのだが、肉から出るだしのうまみが最高で、鼻に抜ける芳香といい、鍋のスープを一口味わうと病みつきになるようなうまさだった。
いつもより煮込んだという肉もジューシーで柔らかくなっており、それでいて噛み応えも十分でまさに絶品の一言だった。スズメ系魔物の焼き鳥と、締めの雑炊を堪能して、いつものように体術と魔法の訓練をしてから交代で見張り番をしながら就寝した。
「じゃあ、ダンジョンに入っていくぞ。ここから崖を、突き出た岩を頼りに上っていく。俺が先を行くから、俺が足場にしたりつかんだりする岩を、間違いなく同じように利用して進んでくれ。
そうしないと、ダンジョンに入れない。じゃあ行くぞ。」
フリークライミングさながら、ほとんど垂直の壁のようながけに突き出た岩だけを頼りに登っていく。
ダンジョンの位置に直接目印できないため、カルネが残したルートを正確にたどらなければ、ダンジョンに入っていけないのだ。
ゆっくりと、下からの後続の様子を確認しながら、一歩一歩登っていく。両手両足、すべてを使って体を保持し、少しずつ登っていかなければならないので、まさに全身運動だ。
念のためトオルを最後にして、ナーミが俺のすぐ後をついてきているが、小柄なナーミの場合、俺と同じ岩だけを使おうとすると、両手両足を限界まで伸ばし切らないといけないようで、かなり辛そうだ。
「まっ……まだなの?まっ、まだダンジョンには入っていけないの?」
両手足を岩の間で突っ張りながら、ナーミが苦しそうに尋ねてくる。
「すでにダンジョン内に入っているようだ。周りを見てみろ、さっきまであった周りの山や木々が見えない。」
いつの間にか、何もない空間に突き出た壁のようながけを、俺たちだけがしがみついている状態だ。
俺たちが通ってきた森や小高い山など背景が、振り返っても見えなくなっている。ダンジョンに入ったのだ。
「ようし、ナーミは苦しいなら、自分の届く範囲の岩をつかんでいいぞ、これからは自分のやりやすいように足場は選択可能だ。ただし、隊列を乱さずに俺の後ろをついてきてくれ。」
ダンジョン内に入ったので、細かな指定ルートを使う必要はもうない。ナーミはほっとしたように、突っ張った状態の両手足を引いて、近場の岩をつかんだ。
「でも……こんな垂直の崖って……一体どうやって戦うの?魔物はどこからやってくるの?」
ナーミがだだっ広い空間と化した、背後を振り返りながら尋ねてくる。
「魔物は……飛んでくるのさ。俺たちは、この頂上まで登っていかなければならない。」
そう、このダンジョンは、いつもとは真逆で、どんどん上へと昇っていき、頂上がボスがいる場所だ。
もちろん、突き出た岩以外の足場なんてない。
「ハンマーとハーケンとザイルをさっき渡しただろ?魔物がやってきたら、ハーケンを崖に打ち込んで、そこにザイルをかけて体を固定して戦うんだ。」
ナーミはこのダンジョンに一緒に来るかどうかわからなかったので、道具屋で登山道具までは購入させていなかった。それでも1人前余計に買っておいてミニドラゴンに積んでいたから、それを朝渡しておいた。
登山道具一式として、冒険者の袋に保管可能だ。
「わかったー……ここって風の精霊球のダンジョンでしょ?あたしは初めてだけど、聞いたことはあるわ。
風の精霊球は一番人気がなくって、これだけ報奨金が極端に低いのよ。風系魔法なんて、強靭な壁や装備さえ作れば防げてしまうから、風系魔法の魔法使いなんて、流行らないのよ。ダンジョンも最難関の上に実入りが少ないから、攻略しようとする冒険者なんていないのよ。ふうっ……あっきれたー……。」
ナーミは少しがっかりしたようにため息をつく。苦労してやってきたダンジョンが、それほど有益とは思えないからだろう。その上さらに、こんな不利な体勢で戦わなければならないのだ。あきれても仕方がない。
そりゃ確かに、突風とか強風とか風系魔法を起こしたところで、強靭な壁や強固な鎧で守っていればさほど苦しくはないだろう。
風系でも上級になれば竜巻や暴風なんて言うすごい魔法があるとカルネからは聞いているが、そこまで行くのは並大抵ではない。中級になってようやくつむじ風が使えるが、皮膚や衣服であれば斬り割くことができるが、鎧など金属製の防具には効果がほとんどないようだ。
水系であれば津波とか夕立とか水弾などがあるし、土系・炎系でも直接壁など破壊できる初級や中級魔法の威力がある。だから、風系魔法は人気がないのだとカルネも言っていた。
だが、カルネから様々な魔法効果について聞かされた、トーマの記憶を受け継いでいる俺には思いついたことがある。それを確かめるためにも、なんとしても風の精霊球は必要なのだ。
「悪いが、せっかくここまで来たんだ協力してくれ。人気があろうがなかろうが、風系の精霊球を手に入れる。」
「そりゃあ、ここまで来たんだから、やるしかないでしょ。ダンジョンは逆戻りできないんだから。
何か考えがあるんでしょ?後で詳細聞かせてね。よっ……と……」
『カンカンカンカンッ……スルスルスル』『シュッシュッ……スタッスタッ』ナーミは突然ハーケンを崖に打ち込んだかと思うと、ザイルをまわして腰を固定し、背中に抱えた弓を手に一気に射抜いた。
『バサバサバサバサッ』はるか上空から、大きな鳥が2羽落ちてきて俺たちの背後を通過して、底の見えない崖下へ落ちていく。
「ツッコンドルが2羽でしたね……残念、回収できませんでした……。」
振り返って手を伸ばしたトオルが悔しそうに、歯がみする。
「矢も回収しそこなったけど、いいのかしらね。」
「ああ……このダンジョンで落とした獲物たちは、全てダンジョン出口である俺たちが登ってきた崖下へ落とされるようだ。だから、後で全部回収できるから安心してくれ。
じゃあ、俺たちがこのままがけ下へと落ちていけば、ダンジョン脱出できるんじゃないかというようにも思えるが、これだけの高さから落ちる衝撃は免除されないから、ほぼ即死だ。崖下で回収される魔物たちの体は、落下の衝撃でぺちゃんこになっているらしい。
このダンジョンに限り、パーティが全滅しても装備回収が楽でいいとはいえるが、この機能を使って戻ることはやめたほうがいい。」
カルネのダンジョン構造図に書かれていた注釈を解説する。垂直に切り立った崖のダンジョンのため、このような仕組みは便利でいいが、脱出には使えない。
『カッカッカッ』『カラカラカラッ』「めぇー……」
頭上から少々の石とともに大きな影が降りてくる。うおっ落石か?と思ったが違うようだ。
「魔物だ!左の2頭は俺が仕留めるから、右一頭はトオルが始末してくれ。脈動!」
『ダッ』すぐさま、土系魔法で足場を作りジャンプする。
『シュッパン』「脈動!」頭を低くして突進してくる魔物を、右に撥ねて躱し、横向きになったところを背中から一気に剣を振り下ろす。
「脈動!」『ザバッ』『シュッパパァーンッ』さらに左に撥ねてもう一頭に突きを放ち、動きが止まったところを正面から袈裟懸けに斬り落とした後、すぐさま両足と左手を使って崖の突起にしがみついた。
「水弾!水弾!」
『シュパッ』「めぇえええー……」『ガラガラガラガラッ』
姿勢を低くして勢いよく突っ込んでくる魔物に対して、トオルの水弾が両目に的中し、目をつぶされた衝撃で、魔物はそのまま遥か奈落の底へと真っ逆さまに落ちていった。
そうか、別にこの場で魔物の息の根を止めなくても、崖下へ落としてしまえばいいわけか。冷静な判断だ。
「フリーフォールカモシカだな。奴らは垂直の崖でも難なく行き来できる。さらに攻撃の時は重力落下を利用して、一気に急降下して仕掛けてくるから要注意となっている。」
カルネの構造図から、発生する魔物の記載を解説する。急所が限られるなど、よほど対処に難がある魔物以外は、対処方法など記載がない。(カルネはS級冒険者だったからな。)そのため中途半端な事前情報を与えると、かえって混乱を招きかねないため、何も言わないようにしているのだ。
その後も鳥系魔物などはナーミが矢で撃ち落としてくれるので、結構楽に進むことができた。脇道のない平坦な崖をひたすら上っていくように見えるが、ある程度の幅で専用ルートがあるようで、ルートを外れるといつまでも同じところをぐるぐると回っているだけで、進んでいかないようだ。
洞窟のようなはっきりとした分岐がないだけわかりにくく、確かに攻略が難しいと言えるだろう。
カルネの構造図を見ながら、右へ左へと移動しつつも、垂直の切り立った崖をひたすら上っていく。
「ふんぎゃーすっ!」「ぎゃおぅぉー!」「ぐおぎゃーっ!」
しばらく進むと、頭上から怒声ともとれる、大音量の鳴き声が聞こえてくる。
「ついに、ボスのところへ到着したようだな。かなり手ごわそうな魔物のようだ。」
上を見上げると、崖の頂上に巨大な影が、これまた巨大な羽を広げて立っていた。そうして、その影の胴体には、長く伸びた3本の首と3つの頭があった。
「ケルベ大鷲というらしい。」




