上位ダンジョン制覇
「だりゃあっ!」
「ぐもももももぐももぐぐももぐもぶもぶぅ……」
『ゴツンゴツンッ』『ブンッ……ブンッ』『タッ……タッ』『ガラガラガラガラッ』隙をついてハッシェの腰に斬りかかっていき石を削るが、効果は薄く反撃のこぶしを避けて後退。この隙に後ろにいるトオルの頭上から岩が崩れ落ちてくる。両手を使って攻撃していても、呪文は唱えられるからな。
呪文を唱えながら別途攻撃すると、俺たちの場合はどちらもおろそかになってしまいがちだが、こいつの場合はそうではない。なにせ、その巨大な体自体が強力な武器なのだ。腕をただ振り回すだけで、当たればその衝撃で体ごと持っていかれてしまうだろう。呪文優先で腕を振り回しさえしていればいい。
狙いを定めようと構えると、ハッシェの魔法攻撃を食らうので、トオルもナーミもなかなか攻撃に参加してこられない。しかもハッシェの急所は高い位置にある眉間だ。そこに一撃をくらわさない限り倒せない。
地震の揺れくらいなら狙いを外さないナーミも、さすがに岩が落ちてきたら避けなくちゃならない。
「あまりのんびりはしていられない、奴は崩落ばかり仕掛けてくるから、いずれこのドーム全体が崩落して埋まってしまうだろう。魔物は頑丈だからドームが自然回復すれば復活するだろうが、我々はそうはいかない。
早急に倒す必要性がある。」
元々石と土でできた魔物だからな。土砂に埋まったところで平気だろうが、生身の我々は生き埋めにされたら、そのまま死んでしまうだろう。
「水弾!」
『シュッ……ピチャンッ』トオルが水弾を放つが、四角い岩でできた顔にくぼみがあるだけの目だ。いくら高速の水滴でも、ほとんど効果がない様子だ。
「ちょっと危険だが、落とし穴を使う。崩落で天井が破壊され、奴の怪力で叩くから地面も亀裂が入ってきていて、落とし穴で一気に加速する恐れがあるから、短時間で仕留めなければならない。奴がバランスを崩したら一斉攻撃だ。奴の眉間が急所となっている。いいね!」
「はいっ!」
「わかったわ。」
「落とし穴!」
精霊球を握り締めた左手の人差し指を立てた後に指を4本立て直し、更に人差し指でハッシェの右足を指すと、『ドッゴォーンッ』ハッシェの右足の地面が瞬間的になくなり、バランスを崩したハッシェが右に傾き左ひざをつく。
『ダダダダダッ』『シュッシュッシュッ』『タンッタンッタンっ』ダッシュで駆けだすと、頭上を追い抜いていく矢が、ハッシェの額へと突き刺さる。最初に使っていた竹の矢ではなく、威力ある金属棒の矢だ。スートから頂いたやつだな。
『シュシュシュ……ストトトトッ』ハッシェに近づくと、奴の脇腹にクナイが突き刺さっていく。トオルだな……助かる……脈動で飛べる高さでは、わずかに足りなさそうだからな。
『ストッ……タッ』魔物の左ひざとトオルが突き刺したクナイを足場にして、頭の高さまでジャンプ。
「だりゃあっ!」
『ガスンッ』金属棒の矢が突き刺さる魔物の窪んだ眼と眼の間に、逆手に持った剣を渾身の力を込めて突き刺した。
『ぐもももももぉぉぉ……・』『ガラガラガラガラガラ……ガッシャーンッ』
次の瞬間、断末魔の叫び声をあげ、魔物の体が崩れ落ちた。
「よしっ……精霊球を探してすぐに逃げるぞ!」
ドームの天井からは先ほどからハッシェが唱えなくても、岩や土が落ちてくるようになった。恐らく天井中に亀裂が入っているだろう。長くはいられない。焦って奥の壁に駆け寄って、精霊球を探す。
「こっちよ……魔法を使う魔物が精霊球を持っているの!」
『ガシャガシャガシャガシャ』ナーミはハッシェの崩れた体に駆け寄り、矢を回収しながら細かな石や土をかき分ける。
「おっ……そうか……」
俺とトオルもハッシェのがれきへ駆け寄り、精霊球を探す。
「あったありました。」
トオルが茶色の球体を高く掲げる。
「急いで逃げましょう!」
ナーミを先頭に、奥の壁にある洞窟へ駆け込む。『ガラガラガラガッシャーンッ』後方からドームが崩れる轟音が鳴り響いてきた。マジで危なかった……あともう少し遅ければ……。
「これで借金は全て完済できたわ、みんなの協力のおかげよ、ありがとう。」
ギルドに戻って清算を終えると、ナーミが満面の笑顔を見せる……やはりかわいい!
精霊球のほかにブラックゴリラの毛皮や猛進イノシシの肉など持ち帰ったからな。ギルドではそのようなアイテムも清算してくれるので、居酒屋にもっていくためのロース4キロとヒレ4キロとミニドラゴン用のモモ 4キロ以外は全て清算してもらい、遠慮するナーミに無理やり受け取らせた。
金がなくてアイテムを揃えられず、今回のようにダンジョン内で迷惑をかけられたら困ると言い含めたのだ。
清算のために俺たちも冒険者カードを受付に提出すると、驚くべきことがあった。
「ワタル様とトオル様。適正人数未満でB−ダンジョンをクリアされましたので、B−にレベルアップされました。おめでとうございます。」
受付嬢が、笑顔でB−級と書き直された冒険者カードを返してくれる。
そうか、そういえば初級冒険者講習でもさらっとそんなこと言っていたな。適正人数(4人)以下で上位ダンジョンを攻略できれば、その冒険者はその上位ダンジョンのレベルに相当する級に昇格する。
冒険者の級を上げるには、コツコツとそのレベルのクエストをこなして経験を積み、ギルドから頂いている評価レベルを上げていく場合と、上位レベルのクエストに挑んで、それを攻略することによりレベルを上げるという2種類が存在する。
冒険者の評価レベルというのは、あくまでもギルド側が、その冒険者が安全にクエストをこなせるというレベルを設定しているだけで、レベルの上下とその冒険者の強さは必ずしも合致していない場合もある。
申請時点での経験等から多少の積み増しはあるが、初級冒険者はC級クエストをこなして経験を積み、評価レベルを上げてから次のレベルのダンジョンに挑戦する。
レベルが上がった時点で、突然強くなるわけでも何でもない。それまでの冒険や訓練などの経験を通して強くなっていき、実績が伴って始めて評価レベルが上がるということだ。ギルド推奨の、評価レベルに見合ったクエストを行っている限り、安全に攻略できるというあくまでも目安でしかない。
ただし、上位レベルのクエスト申請を受け付けてもらうには、パーティ内にそのレベル以上の冒険者が存在している必要性がある。全員のレベルよりも高いレベルのクエストを申請する場合は、全滅した場合に上級冒険者による、ダンジョンを一掃するための費用を保証金として支払う必要性がある。
言い換えれば、上位レベルのクエストでも金さえ積めば、引き受けられるということになる。
今回はB級のナーミがチームナーミュエントリーダーだから、無条件でB−級クエストを申請することができたというわけだ。おかげで俺たちは一気にB−級冒険者だ。
「こ……これは……計算が間違っているんじゃないのか?」
冒険者カードに記載された残高を見て驚く……これまでもらっていた報奨金よりも、さらに多い。
「B−級クエストの報奨金は、C+級クエストの倍だからね。上がったばかりだと、すっごく得した気になるでしょ?」
ナーミが俺のカード残高明細書を覗き込みながら説明してくれる。
これまでC+級クエストをトオルと2人だけでこなしていたから、それだけでB−級クエスト並みの褒賞を得ていたことになるが、本来4人でこなすべきクエストを3人でやっているから、さらに多くなるわけだ。
「こんなにもらっていたら……C+級で月一のクエストだと聞いたが、B−だと2ヶ月に1度くらいのクエストで十分だな……。そんな生活だったのか?」
収入が倍になれば、それだけ働かなくても食っていけるわけだ。
「どうかな……多分そういったパーティもあるんだろうけど、普通はもっと豪華で広い部屋のホテルに泊まったり、毎晩宴会のように大騒ぎしたり……あとは、その……夜の……わかるでしょ?使い道は色々。
あたしの場合は、情報屋への支払いで湯水のように消えていっていたけどね。」
ナーミが薄ら笑いを浮かべる。そうか……使い道には困らんということだな。
「じゃあ、アイテムを買いに道具屋に行こう。」
ギルドを出て道具屋に行き、回復水と解毒薬を補充する。
ナーミには回復水や解毒薬、弁当のほかに、ナーミ用のテントや寝袋のほかに馬も購入させた。
馬はチームの移動手段に使うので、もちろん3人で均等割りにした。
「あっ、そうだ、あれだけあるんだったら、装備にお金をかけたほうがいいわよ。」
ナーミは毒沼に浸かった自分のブーツを見せながら、俺たちにアドバイスしてくれる。
「言われてみればそうだな……じゃあさっそく武器屋に行ってみるか。」
「行きましょう。」
金が余っていると、ろくでもないことに使おうとしていると誤解されそうなので、少し使うとするか。
道具屋を出ると、すぐ隣の武器屋に入っていく。
「剣を見せてほしいんだが。」
「はい、今何級ですかね?」
「ああ……今日付けでB−級になった。」
「じゃあ、このくらいかな……。」
店主がカウンター下の棚から、数本の剣を持ってきて見せてくれる。
ずいぶんと野暮ったく装飾がほとんどない剣だ。まあ、装飾で切れ味が変わるわけでもないのだが……。
「お金があるんだから、もっといいのを買ったほうがいいわよ。冒険者の袋に入れられる数には制限があるからね。お金がないんなら仕方がないけど、あればあるだけつぎ込んだほうが得よ。」
ナーミが背後から小声で囁いてくる。
「おおそうか……この剣と同レベルとなるとどのくらいの値段になるかな?」
トーマ家伝来の剣をタウンターの上に置き、店主に尋ねる。確かに、今使い慣れている剣よりもグレードが落ちると、持ち替えた時の戦闘力が不安になる。
「これはいい剣だね……A級の冒険者が使う剣だよ。これと同程度となると……。」
親父は焦って今並べていた剣をカウンター端に追いやり、背面のがっしりした金庫のような棚からゆっくりと数本の剣を取り出してきた。装飾もそうだが、何よりも刃の輝きや重厚さが先ほどのものとは雲泥の差だ。
「はあ……これはすごいね……。」
中でも片刃のものに目を惹かれる……そりのあるその刀身は、装飾された柄と鞘を除けばまさに日本刀だ。
この世界では片手に剣を持ち、片手に小さな盾を持つ西欧風の剣術が主流のようだが、カルネから指導を受けたトーマは両手で剣を使う。そのため盾を持たずに戦うようにしているのだが、いっそのこと日本刀にしてしまったほうが戦いやすいかもしれない。
「これはいくらだい?」
「いやあ、お目が高い……稀代の名刀工といわれたムーネ・マーサの作品だ。その凄まじいまでの切れ味は、なんとドラゴンの鱗さえも貫くと言われている。市場に出回ることは、ほとんどない名品だね。お客さん……運がいいよ。ただしちょっと値が張る。」
セット購入が望ましいと言われた脇差込みのお値段を聞いてびっくり。俺とトオルが2人だけでC+級を攻略したときの報奨金の3回分だ。
つまりC+級冒険者が6ヶ月間、宿に泊まって毎日優雅に飲み食いして過ごせるだけの金額……それが高いのか安いのか、この世界の相場や金銭感覚が分らないので何とも言えないが、いうなればサラリーマンでいうとスーツにパソコンやスーツケース。これらが半年分の旅行気分の優雅な生活費と同額ということだ。
これは高いかな……。
平和な現代日本で、骨董の刀の名品が数百万から一千万というのとは、訳が違うのだ。
だがまあ、一点物のオーダーメイドスーツを海外からデザイナーとお針子込みで取り寄せたと考えれば、何とかぎりぎり納得か?まあいいか……まだ余裕があるしな。
「じゃあ、それをいただこう。トオルはどうする?」
俺のだけ選んで時間を使ってしまったな、申し訳ない。
「私は……こっちで見せてもらっていました。今のものよりもグレードの高い短刀と長刀を1本ずつ購入しました。クナイは冒険者袋の収納数では、10本で刀一本分に相当するそうですので、2組購入しました。
タームから奪い取った短刀は私には重すぎます、大ナイフも……売ってしまってもいいですか?」
別の店員に応対してもらっていたトオルが、逆に質問してくる。
「おっ……使わんのだったら、売ってしまったほうがいいだろう。入れられる数に制限があるしな。」
「わかりました。では、この大ナイフと短刀を売ったお金は、こっちとこっちのカードに分配してください。」
トオルは俺の手から俺の冒険者カードをとると、その2枚をカウンターに差し出した。
「2人の戦利品ですからね。」
そういいながら、カードをもう一度俺の手に戻す……ううむ……律儀なことだ。
ついでに今装備している剣と脇差を研ぎに出す。砥石を購入して自分で研ぐといったのだが、素人が下手にやるとなまくら刀になるだけだから、やらないほうがいいと言われ、プロに任せることにした。
トオルも現装備の長刀と短刀とクナイを研ぎに出したようだ。




