サートラはどこへ?
逃げたサートラは一体どこへ?何をしようとしているのか?ワタルたちは、再び彼女を捕まえることが出来るのか?いよいよ最終章スタートです。
「一体どういうことだ?セキュリティは万全で、指紋と目の網膜パターンを登録していなければ、通路を歩くことすらできないんじゃなかったのか?どうして営倉のある最下層から表へ出られた?
サートラの運動や日光浴ですら、最下層に作った施設でしか行っていなかったはずだぞ!まさか……カーナ達が裏切ったとでもいうのか?いや……サートラに催眠で操られて、外まで連れだしたのか?甲板まで達したところで2人に海に飛び込めと……指示でも出したというのか?」
軍艦の中はセキュリティ万全で、サートラが出歩くことなど絶対に不可能だったはずだ。やはり……催眠で操って……だから言ったんだ……危険だからあまりサートラに入れ込むなと……。
「いえ……彼女たちも催眠に対する訓練は十分に受けておりました。いかなサートラでも、催眠のことを承知していた彼女たちを、操ることはできなかったでしょう。
だからでしょうね……大怪我をさせられてしまいました。普段は彼女たち2人しか対応者がいない時には、拘束を解かずにヘルメットとアイマスクとさるぐつわだけ外して食事をさせ、トイレの時には逆にアイマスクにさるぐつわにヘルメットをして、上半身の拘束をしたまま用を足させていたそうです。
そのくらい徹底させていたのですが、運動時間だけは拘束を解いて自由にさせなければなりません。その時間帯に襲われてしまいました。」
真っ黒い風防のヘルメットをかぶった迷彩服姿の南の大陸の兵士は、甲板で俺達を出迎えるとともに、当時の様子を説明してくれた。
カーナ達はサートラの世話をしなければならないという任務だったから、ヘルメットなどで顔を隠すことはしていなかったが、他の南の大陸の奴らは、以前から俺達に顔を見せることを極端に嫌っているようだ。理由は分からないが……何か不都合でもあるのか……?
「ちょっと待て……サートラが運動するときは、いかに檻の中とは言え拘束を解いて自由にするわけだから、危険なので俺たちが一緒に対応することになっていたはずだぞ!
だから最低でも運動日がある週に2日は、ここへ通っているんだ。今日が運動日のはずだ……それがどうして昨日になっているんだ?」
運動日は俺たち全員で警戒して当たることになっていたはずだ……どうしてまた……勝手に1日早めたんだ?そりゃあ……サートラを預けておいて毎日来なくなった俺達だって、悪かったとは思うのだが……。
「それが……私もよくは分からないのですが……前回は折角の運動日があの日と重なって辛かったから、今回は避けてほしいといわれまして……今日は予定日……周期は安定しているから間違いはない……と言われ、だったら1日早めようということになったようです……。」
「はあ?……」
ヘルメット姿の兵士は、なんだか分ったようなわからんような……なんのこっちゃ……。
「女性にありがちな、スケジュールを変更するための言い訳ですね……それで仕方なく、カーナさんとターナさんの2人だけで、サートラを運動場へ連れて行ったのですか?」
トオルが起こってしまったことは仕方がないとばかりに、ため息交じりに話を先へと進める。
「いえ……もちろん2人だけでは危険ですから、マシンガンで武装した衛兵5人がガードとして同行いたしました。運動場の様子は監視カメラに記録されておりましたので……どうぞこちらへ……。」
ヘルメット姿の兵士は俺達を艦橋へ連れていき、そこからエレベーターに乗りこみ、見慣れたフロアの小部屋へと案内された。俺たちがサートラをここへ連れてきた当初、尋問部屋として使っていた小会議室だ。
「ここにモニターを設置して、サートラの監視業務を行っておりました。その為営倉だけではなく、運動場の監視モニターも備え付けてあります。」
簡易ベッドが備え付けられた小会議室のテーブルの上には、ビデオ装置と液晶モニターが4台並んでいた。
サートラの営倉前の通路と営倉内と、運動場の入り口と檻の中がそれぞれ映し出されているようだ。
まさか……営倉の部屋の中まで常時監視していたとは……プライバシーの侵害とも言えるが……凶悪な重犯罪者だから仕方がないか……途中から話を聞くだけになると移動が面倒なこともあり、営倉で直接尋問していたからな……使わなくなった部屋の有効利用ということだろうな……。
カーナとターナが夜間時間も交代で、サートラの営倉と営倉前の通路を監視していたのだろうな……そうして運動をさせているときにも怪しい動きをしていなかったか、後でチェックでもしていたのだろう。
「これが昨日の運動場の映像です……休憩をはさみながら半日ほど運動をした後……人工太陽を浴びる時に……その……衣服を全て脱いで……裸になるため……ガードは男性兵士ばかりでしたので、全員遠慮して後ろを向いておりました。
全裸のサートラは、ガードの兵士たちが背を向けたとたんに、人工太陽装置を持ち上げてそれを振り回し檻の扉部分にぶつけて部分的に破壊しました。
すぐにカーナとターナがサートラを捕らえに向かいますが、2人同時に倒されてしまいます。背後の異変に気付いた兵士たちは、檻から出たサートラにマシンガンを向けようとしますが……絶世の美少女が……しかも全裸で目の前にいるのです……狙いもつけられずにまごまごしているうちに全員倒されてしまいました。
運動着を着たサートラは、カーナが護身用に身に着けていた大型のナイフで、カーナとターナの右手を手首から斬り落とし、さらに2人の目をくりぬいてから逃走いたしました。」
ヘルメットの兵士が、当時の監視カメラの映像をモニターに映し出しながら説明してくれる。運動場の最後の場面は、誰もが目を背ける衝撃のシーンが映し出された……。
「な……何だってそんな残酷なことを……別に殺さなくても、2人のうち一人を人質代わりに連れていけばよかったんじゃないのか?」
くうー……やはりサートラは残虐な殺人狂だったということなのか?
「いえ……殺されてはいません……男性兵士たちを倒した後、サートラはカーナに活を入れて気づかせ連れて行こうとしたようですが、映像で見る限りカーナは完全に拒否したようです。体格差ではカーナのほうが勝っておりましたし、仕方なくカーナを再度気絶させ逃走したようですね。
途中、倉庫へ立ち寄ってサートラの持っていた冒険者の袋及び、交易船で運んできた養殖した生命石……今回は2石収穫があり、2石ともサートラ用として確保され、すでに手持ち在庫が切れていたため、与え始めていたのですが、それらも全て回収。
さらに機械室へ寄って移動石を粉にしてから水道の水と一緒に飲んでいる場面も艦橋にある中央制御室のビデオ映像に残っていました。」
仕方なく……仕方なく人の目をくりぬくか……?
「どうして警報が鳴らなかったんだ?カーナ達やガードの兵士たちが倒されたんだろ?サートラが逃げ出したんだから、すぐさま警報が鳴ってもよかったはずだ……それなのにどうして……サートラが移動石を粉にする時間まで与えた?」
この軍艦の中の危機管理はどうなっているのだ?
「いえ……ガードの兵士たちは殺されてはおりませんでしたが、内臓破裂寸前の状態で意識を失い、警報を鳴らすこともできない状態でした。カーナとターナも殺されはしませんでしたが重傷で、警報を鳴らせません。
セキュリティシステムですが……登録した指紋に掌紋……さらに目の網膜パターンにより本人認証を行うのですが、その対策のためにサートラは2人の右手を斬り落とし、目をくりぬいて持ち去ったようです。
最下層にあった営倉用の倉庫のロックはカーナが登録されていたので外せましたし、機械室はターナが登録されておりました。恐らく営倉担当者である2人なら、最下層フロアは自由に出入りできるであろうと予想して、2人の手首と目を持ち去ったと考えております。
そうして階段を上がって甲板まで到着した時にようやく、監視要員がサートラの姿に気づき警報を鳴らしましたが、すぐに瞬間移動したようで、その姿が消えました。」
ヘルメット兵士は、申し訳なさそうに何度も頭を下げながら説明を終えた。
だからあれほどしつこく油断するなと言っていたのに……いや……悪いのは俺達の方だ……油断していたのも俺達だ……そのせいで……2人が手首を斬り落とされ目をくりぬかれ……さらに5人の兵士が内臓破裂寸前にまで……申し訳ない……。
「俺のせいだ……俺がサートラに対して、生命石を与えてまで生かし続けるような無駄なことはしないと宣言したがために……。」
「いえ……ワタルのせいではありません……サートラを長期間留置していくうえで、当然考えられる処置であり、それを改めて宣言しただけです。恐らく彼女だって、そのことは十分に認識していたはずです。」
うなだれる俺を、トオルが弁明してくれる。
南の大陸の最新鋭の軍艦のセキュリティシステムの説明を受けて、それだったらと……安気にし過ぎていた。どんな設備だって、万全とか完全とかいうことは、ありえないのだ……何せそれを使っているのは、不完全な人間なのだから……。
カーナの魅力的な赤い髪と豊満なボディ……明るい笑顔が魅力的だったターナ……もうあの明るい笑顔が見られなくなるのかと思うと、涙が頬を伝ってきた……。
「カーナ達は死んでしまったのかい?」
「いえ……危ないところでしたが……眼球も手首も、無事再生が成功いたしました。今は病室で休んでいます。」
「そうか……よかった……この軍艦には位の高い大司教かあるいは教皇がいるというわけだね?手首や目の再生なんていうすごいことは、知り合いに司教がいるが、恐らく彼にだって無理だろうからね。」
恐らくトークではそこまでの力はないだろう……そんなすごい大司教がいたならもしかしたらカルネだって……と、ちょっぴり残念に思う……。
「いえいえ……シュブドー大陸には回復魔法などを使う僧侶や司教などは存在しません。医術を学んだ医者がいるだけです。サートラもその点は考慮していたのか、カーナ達には患部の止血を施し、切り取った手首も目も清浄な布で包まれて、しかも氷で冷やされた状態で甲板に置かれておりました。
昨夜から今朝まで、2人の手首の縫合と眼球再生手術が行われて、何とか手術は無事成功いたしました。」
ヘルメット姿の兵士が首をかしげながら答える……医療技術が発達した南の大陸では、逆に僧侶や司教の回復魔法や回復水が、脅威に映るのかもしれないな……。
「ほお……そうなると、相当に得の高い……というより、腕のいい医者が、この船にはいるということだね。名医と言われるくらいの凄腕の……。」
指とかなら切断してから短い時間であればくっつくと聞いたことがあるが、さすがに目は聞いた記憶がない。すごい名医というか……医療技術は元の世界よりも上か……?
「いえ……この船には手術ができる医者はいないのです。医療ロボット装置を積んであり、シュブドー大陸からの遠隔操作で手術を行います。そのため大陸随一のお医者さまが執刀致しました。」
はあ……医療ロボットね……すごいな……医療技術もだがロボット技術や遠隔操作技術もすごいということになる。
「それにしても……運動している最中にサーラの人格が出てきたのでしょうかね……サートラはサーラの人格が出てこないように抑えられると自信満々だったはずですが……。」
「サートラの人格に変わってから、もう1年以上は経過しているからな……サートラも油断していたんじゃないのかな……何かの加減で出てきてしまったのだろう……寝て起きたらいつの間にかサーラだったとか……そんな感じじゃないのか?」
参った……サートラではなくサーラが出ているとなると緊急事態だ……
「こうしてはいられない……至急サートラ……いや……今は恐らくサーラなのか……いや……呼び方などどうでもいい……ともかく追いかけなければ……。」
「どこか行きそうな場所に、心当たりがあるのですか?」
「いや……何とも言えないが……取り敢えずサートラを捕らえた、マーレー川の河川敷のダンジョンへ行ってみようと思う。あそこにはナガセカオルが大切にしている装置がたくさんあるから、もしかしたら……という淡い期待がある……。
だが……真っ先に疑われる場所だから、警戒して避けることも十分考えられるがね……。既にギルドと協力して、ダンジョンの出入り口である小屋は鉄製の頑丈な檻に作り替えて施錠もしてあるし、監視カメラもついているはずだ。
俺達はすぐに浮島へ寄ってから直接河川敷のダンジョンへ向かうから、悪いがサーケヒヤー王宮のジュート王子様にサートラが逃げたことを無線連絡して、マーレー川河川敷ダンジョンの監視モニターに、怪しいものが映っていないか、ギルドへ確認していただくようお願いしておいてくれ。
結果は無線連絡でお願いする。」
隠しカメラや盗聴器を購入する際、テレビ付き無線機をカンヌール、カンアツ、サーケヒヤー各王宮へ設置できるよう、3台供給していただくとともに、ミニドラゴンの背中のシートにも衛星無線機を取り付けてもらったのだ。おかげで、緊急時のやり取りが可能となった……まさに自動車電話感覚……。
だったら、すぐに無線で王宮に連絡すればいいだろって……?そんな余裕はないのだ……急いで支度をして河川敷ダンジョンへ向かわなければ……一歩遅くなって先に逃げられていることだって考えられる。
急いで空母の甲板からミニドラゴンの背に乗って飛び立ち浮島へ到着すると、皆で手分けして準備開始だ。ミニドラゴンの背に乗っている間に、各自の分担を決めて降りた。
トオルは買い置きしてある米や野菜を……ショウは最近仕込んでおいたハムとソーセージを……ナーミはミニドラゴン用のホーン蝙蝠やツッコンドルの骨付きモモ肉などを……俺は買い置きの回復水を冷蔵庫から……それぞれ自分担当のクーラーボックスに詰める。
そうしてパンパンになったクーラーボックスと各自のリュックとを持ち庭に集合して、装甲車の荷台に放り込んで、すぐさま出発だ。荷台をミニドラゴンに足でつまませ、マース湖を東へひたすら進んでいく。
「先生……聞こえますか?どうぞ……。」
「はい……ジュート王子様でしょうか?ワタルです……感度良好です……どうぞ……。」
ミニドラゴンで湖上を飛び始めてすぐに、無線が入ってきた……ジュート王子からだ。




