サートラの功績
「あら……久しぶりね……やっぱりエーミを私に会わせるのは嫌だから、もう来ないんじゃないかと思っていたわよ……。」
2日開けて戦艦へ出向くと、サートラが厭味ったらしく顔をしかめる。
「ああ……また今週も休みをもらってダンジョンへ潜ってきた。土系ダンジョンで、食肉となる魔物は相変わらず少なかったが、それでもマース黒豚とかいう巨大なブタ系魔物を仕留めることができたぞ。」
「本日の昼食は、マース黒豚のひき肉から作ったハンバーグ弁当です。ちなみに明日は、マース黒豚のポークカレーですね。明後日はマース黒豚のとんかつ弁当を予定しております。」
トオルがゲットした食材で作る当面の昼飯メニューを紹介する。もちろん、俺達だけというわけにはいかないので、カーナ達含め船の乗組員の分と、サートラの分も準備するつもりだ。体長3mの巨大豚が3頭も仕留められたのだから、大漁だ。
「へえ……あなたたちが持ってきてくれるお弁当は本当においしいから、有難いわね……皆が来ないから昔話はやめにして、この2日間は彼女たちに最近のシュブドー大陸の話を私が聞いていたの。最新ファッションとか、ヘアースタイルとか流行りの歌とか結構変わっているのね……時代を感じたわ。」
サートラが俺達がいない2日間は、主に南の大陸の現状を逆に聞いていたのだと告げる。
「おいおい……サートラは囚人で、取り調べを俺たちはしているんじゃなかったのか?そりゃあ確かに今は、犯罪がらみのことではなくて、サートラが過ごした千年間の両大陸の歴史ともいえるようなことを聞こうとしているわけだが、それだって大事な仕事のはずだ……それを……最新ファッションって……。
そんな雑談をしていると、こいつの催眠にかかってひどい目にあうぞ。」
いくらサートラの外観が15歳程度だからと言って、友達じゃないのだから、雑談で2日間も過ごすなんてもってのほかだ……サートラが牙をむいたらどうするつもりだ。
「ごめんなさい……でも……2人だけだったから、拘束具は解かずにヘルメットとさるぐつわとアイマスクだけ外して、寝かせたまま目を合わせずに話していたのよ……あたしたちだって十分に警戒はしていたわ。
でも……やっぱり神様と崇めるナガセカオル様ご本人だと考えると……聞かれたことにはつい……答えてしまうのよ。」
カーナが頭をかきながら申し訳なさそうに頭を下げる。
「私が悪いのよ……最近はどうなの?なんて聞いたものだから……以降は無駄話をしないと誓うわ。
じゃあ、続きを話すわね……3代目の皇帝の話だったかしらね……そうそう……。
サンキンコータイ……?地方豪族は王都に本宅を構えて、本妻や息子は必ず王都に住まわせるよう、大陸を統一したころから、ナガセカオルは御触れを出していたのね。地方豪族は3年間は王都で過ごし、次の3年間はそれぞれの領地に戻らせて、中央の目の届かない地方で反乱の芽が育たないようにするはずだった。
本妻と息子はいわゆる人質よ……地方で旗揚げして王都へ攻め込もうとしても、それはわが妻や息子を攻めることになってしまうのだから、おとなしくしているしかないというわけね……だけど……当時はそんなお触れを守っていた地方豪族は一人もいなかったわ。
それをシーザは徹底させたの……何度督促しても従わない豪族で、地方での動きが怪しい者はシュブドー軍本隊を率いて攻め滅ぼしてしまい、中央の領地へ編入させていったわ。
それを見た地方豪族たちは、自分も攻め滅ぼされてしまうと危機感を得て、焦って王都に土地を買って本宅を建築したの。住宅ラッシュで、王都の土地価格が2倍以上に跳ね上がったわね。
それからは楽だったわね……反乱分子が育つどころか、暮しやすい王都暮らしを謳歌する地方豪族たちは、領地にも同様の近代化を望むようになって、教育機関や産業が徐々に地方にも行き届くようになり、住民たちの暮らしも楽になるうえ、産業の発展も飛躍的に進んだわ。
暮らしが豊かになると、わざわざ事を起こして……なんて言う輩は出てこなくなって安定政権が続いたわ。
このサンキンコータイ制度は、のちにシュッポン大陸を統一したシュッポン王朝でも取り入れられて、玉璽の効果がなくなった後でも長期安定政権をなしえたのよ……。」
サートラが自慢げに話す。覚えていないといいながら、結構詳細にそれぞれの時期についての裏話を披露してくれる。そうか……ナガセカオルは、長期安定政権を日本の歴史に学んで成し遂げようとしていたのだろうな……ところが、それを実行するはずの優秀な跡継ぎがなかなか現れなかった。
3代目になってようやく優秀な後継ぎに恵まれたというわけだ……だが……今ちょっと変なことを言ったぞ?
「ちょっと待ってくれ……シュッポン王朝が誕生したのは約500年前のことだから、この当時はまだ南の大陸との交流はなかったんじゃないのか?どうしてサンキンコータイのシステムが伝わって来たんだい?500年前までは、大陸間を分断する暴風雨圏は存在していなかったとでもいうのかい?」
ナガセカオルの話では、350年ほど前に人工衛星を打ち上げて、ようやくもう一つの大陸が存在することを知ったはずだ……。互いに存在をしらない状態で、南の大陸の政策など、シュッポン王朝へ伝わるはずもない。
「ところがそうじゃないのよ……当時からシュブドー大陸の北には猛烈な暴風雨が四六時中吹きまくっていて、行く手を阻んでいたわ。今と変わらないくらいの強さで、当時なら簡単に行き来できたということではないわ。
でも……今と同様、巨大な船であれば暴風雨を乗り越えられたのよ。500年ほど前には造船技術は確立されていて、巨大戦艦を建造できたわ。その戦艦を使って、暴風雨の先になにがあるのか探検しようと提案したのだけど、皆尻込みしてしまい応じてくれるものはいなかったわ。
当時はそれなりに数がいた冒険者ですらも、召集に参加してくれる豪傑は存在しなかった。仕方がないから……一人で行くことにしたのよ……情けないわよね……当時は既にダンジョンの構造などもある程度予測出来ていたし、ギルドを創設して安全に冒険ができるよう指導していたからね。
真の意味の冒険者なんて、一人もいなかったということよね……冒険じゃなくて安定した稼ぎ口でしかなかったのよね……ダンジョンなんて……だからこそ、ロボットにとってかわられて、今ではシュブドー大陸に冒険者は一人もいないのよ。」
サートラは平然ととんでもないことを打ち明ける。
「ひ……ひとり……で……?」
「そう……たった一人だけで……巨大戦艦っていったって、自動操縦機能がついていたから、目的地は分からないけど、ひたすら北を目指すように指定すれば、後は勝手に船が進んでくれたわ。
もちろん危険だって言われていたし、最新鋭の戦艦が他の地域のものの手に渡ってしまったら、南の大陸の安全が脅かされるなんて主張する輩もいたから、主砲も機関砲も何もつけない、ただの鉄製の船ってだけにして、大海原へ出航したの。
そうして何とか暴風雨圏を抜けて、北の大陸へたどり着いたのね……一度行ってしまえば、後は瞬間移動できるから、安全のために船は自動操縦でシュブドー大陸の港へ向けて返しておいたわ。
誰も乗っていない船だけ戻ってきたので、シュブドー大陸では大騒ぎだったようね。1年ほどして最初のダンジョンの台座で眠るために戻ってきたときは、大陸中で号外が飛び交ったわね。それからは、どこへ行くにも一人ではだめと禁止されてしまって、結構不自由な思いをしたわ……私のせいじゃないのにね……。
でも……北の大陸のことがナガセカオルに伝わらないよう、私がたった一人だけで北へ向かったけど、途中で難破して海に落とされて無人島に漂着して、そこから先へは分からなかったということにして、北の大陸のことは秘密にしておいたの。
それでもそれからもこっそり瞬間移動で、何度も北の大陸と往復していたわ。
当時はまだ地方豪族ともいえないような、体が大きいだけの力自慢が、それぞれ地元の村を守っているような、そんな状態だったわね。」
なんと……暴風雨の先に何があるのかわからないにもかかわらず……いや分からないからこそ何があるのか確かめるために……しかも協力者も得られずたった一人だけでも挑戦したという……サートラこそ本当の意味での冒険者と言えるのだろうな……。
「そ……それでどうしたんだ?まさか……シュッポン王朝建立に関わったとでもいうのじゃあ……???」
まさかな……そんなことあるはずも……
「そうよ……大陸の西側に辿り着いた私は北上して、中央付近でヒーヤと名乗る若者と出会ったの。精悍な顔つきをした青年で、野心だけは人一倍あったけど、仲間がほとんどいなかったわね。
だから私も、ナガセカオルと同じことをしてみようと考えたの。北の大陸はブドウはあまり実っていなかったから、ほかの作物を検討したわ。
稲作が盛んだったから、ナガセカオルの記憶をたどって、ニホンシュ……?醸造技術っていうの?お酒を造る技術をなんとなく覚えていた記憶から試行錯誤して、完成させていったの。
ついでに豆からも醸造技術で、ミソやショーユにナットウなんて言う健康食品も作り出したわね。
ご飯と魚が主体の北の大陸では、ミソやショーユはすぐに爆発的ブームになったわね……魚をおいしく食べられるし、ミソスープは野菜もたくさん食べられるから健康的だって、もてはやされたわ。
この文化が北の大陸に定着すれば、いずれはやってくるであろうナガセカオルも、大喜びするんじゃないかという、期待感もあったわね……。」
はああ……なんとシュッポン大陸の日本酒までもが、ナガセカオルの記憶から作られたというのか……しかも味噌や醤油まで……。道理で……シュッポン大陸は日本的な文化だと思っていたよ……全くの異世界にもかかわらずにな……もともと日本人であるナガセカオルの記憶から生まれた食文化だったわけだ。
「もちろんニホンシュもね、大人の飲み物として莫大な利益を上げたわ……これらの売り上げを使って、ヒーヤに兵を召集させたのよ。
ちなみに……だけど……ピッツァに使うチーズなんかも、ナガセカオルがシュブドー大陸に伝えた保存食よ。
ヨーグルトもそうだったはずね……どちらも、3代目か4代目の皇帝のあたりでナガセカオル主導で作り始めたのだけど、ナガセカオルの記憶では、生活の中で自然に発見される食べ物のはずだから、牛などの家畜がいるこの世界には、当然あるものだと思っていたって日記に書いていたわ。
だから、ハムやソーセージなどと一緒には伝えなかったということらしいわね……。」
なんとチーズやヨーグルトまで……ナガセカオルは本当に全知全能の神ではなかったのかと、思えるくらいになってきた。
「話は脱線してしまったけど……ヒーヤに集めさせた兵士たちを、まずは訓練代わりにその地方で黄泉の穴とされている葬祭用の祭壇からダンジョンへ入って、攻略に挑むことにしたの。
もちろんナガセカオルと違って、私は戦い方を知らなかったから、多くの兵士たちと一緒に挑んだのよ。挑戦したダンジョンは、深い深い……恐らく今でいうところの、200年ダンジョンくらいだったのかもしれないわね……30名からの傭兵を従えて挑んだの。
北の大陸は、まだ誰もダンジョン挑戦してボスを倒すような冒険者はいなかったようで、魔物たちは人間を敵と思ってはいなかったから、最初のうちはほぼ無視されて襲い掛かってこなかったので簡単に抜けられたのだけど、さすがに4層目5層目ともなると生存競争が厳しいのか、エサとみなされ襲われることはあったわ。
なるべく逃げ回ることに徹して、どうしても仕方がない時は私が何とか戦って魔物を倒したのよ。私はナガセカオルと違って戦闘経験はなかったけど、体が覚えていたのか、かろうじて仕留めることができたし、そのうちに慣れていって自然と体が動くようになっていったわ。
1週間ほどで最下層までたどり着いたけど、やっぱりボスは人間のことを敵対視はしていなかったから、私たちが入っても平気で眠っていたわ。寝首を掻くなんてことをヒーヤはいったけど、戦わないよう命じてこっそり抜け出したの。
そうしてなんと……ボスステージには2つの精霊球のほかに3つの生命石があり、さらに竜の形をした黄金色に輝くオブジェが……でも、最初からダンジョン攻略を狙っていたなんて話だと、どうしてそんなところを知っていたのか説明が面倒だったから、畑仕事の最中に突然ダンジョンに落ちたってことにしたのよ。
仲間たちとともに落ちて命からがら逃げまわって、ボスが寝ているすきに逃げて来たってことにさせたの。
あくまでも偶然を装って、ヒーヤが選ばれた人間であることを印象付けたのね。」
「その時に見つけた特殊効果石が……玉璽……なのか?」
「そう……最初はなんに使えるのか分からなかったけど、北方山脈に竜が巣くっているという話は伝わっていたわ。ダンジョンで手に入れた特殊効果石の形が竜なのは意味があるはずと考えて、馬を飛ばして北方山脈まで出向いたのよ。
そうして、そこに巣くう飛竜や地竜や水竜たちを念じることで、自由に操ることができると分かったの。
そこからは早かったわね……3竜を従えて30騎程の配下だけで次々と地方豪族を従えていったの。そうしてシュッポン王朝が誕生するまで10年もかからなかったわ。
ヒーヤには私がシュッポンってあだ名をつけていたので、その名をとって王朝としたのね。後は、サンキンコータイの制度を作って地方豪族の反乱を抑制し、さらに大陸を3つの地域に分類して、それぞれの守護竜として西から飛竜地竜水竜を飼育させたの……末永く玉璽の力を意識させるためにね……。
玉璽が出たダンジョンの場所は極秘にして、子孫に伝えて百年後にもう一度潜れば玉璽が出るはずだからと、何度もヒーヤに念を押しておいたんだけどね……残念ながら大地震が起きた時の地殻変動で、今のヌールー近郊にあったダンジョンは崩壊してしまったのよ……後で様子を見に行った時に知ったわ。」
ほう……そうだったのか……ヌールー王宮地下にあったダンジョンは、もしかするとサートラが最初に行ったときに見つけたダンジョンが再生したものかもしれないな……。
それと……今の守護竜の制度まで作り出したのがサートラだったとは……どこまでこの世界の歴史に食い込んでいるものか、計り知れないな……。
その後も途中ダンジョンへ潜ったりもしながら、サートラからこの世界の歴史ともいえる話を聞き続け、ほとんど覚えていないといっていたにもかかわらず、延々と続く話はセーレ達が戻ってきた半年先をも超え、1年近くにまで達した。
サートラは商売上手というだけあって話がうまく、ちょっとしたいきさつなんかも、興味を引くように多少の装飾を加えながらも面白おかしく語ってくれた。
途中からは歴史というよりも、どちらかというと物語の色合いが濃くなってきたきらいはあったが、それでも両大陸の歴史を再検証する素晴らしい証言と、南の大陸のメンバーたちはもとより、ジュート王子たちからも絶賛の評価を受けた。
暫くしてセーレ達が連合国の業務を終え、トークのいる教会へ帰り、俺達もサートラから聞く話もなくなり、週に2日しか軍艦に行くこともなくなっていた。
サーケヒヤー軍基地跡地の刑務所が完成間近で、サートラの身柄を引き渡してもらう日取りを決めようとして軍艦を尋ねたところ、事件が起きた。
「えっ……サートラが……逃げた?」
「はい……昨日夕刻に……逃亡いたしました……。」
なんと……恐れていたことが……
続く
サートラはサートラなりに、ナガセカオルに代わってこの世界の発展に寄与してきたことが分かりました。彼女の証言によって歴史の背景が明らかになり、彼女への警戒感も薄れてきたころ突然の脱走。一体何が起きたのか?次章にご期待ください。
いつも応援ありがとうございます。この小説への評価やブックマーク設定は、連載継続の上での励みとなりますので、お手数ではありますが、よろしければお願いいたします。また感想も受け付けておりますので、重ねてよろしくお願いいたします。




