カーナとターナ
「おおっ……君は確か……ブースだったね?サーケヒヤー王宮攻撃の決死隊で、ゴーレムを一緒に組み立ててくれた……照準器の担当者だったな……君たちも一緒にゴーレムを組み立てた……。」
「はいっ……かの戦争時、自分はワタル公爵様と一緒に戦わせていただき、大感激でございました。また、お役に立てますとは……至極光栄であります。」
週末、浮島から直接セーレ達の待つ軍艦へ出向くと、すでに王宮側から飛竜が到着していて、これから講習を受ける工兵たちが甲板で、整然と整列していた。
そのうちの3人の顔は、つい最近まで一緒に戦った間柄なので、よく知っている。
「はっ……自分も、ワタル公爵様とご一緒出来て、大変光栄であります。」
「自分もであります!」
声をかけた3人とも姿勢を正し敬礼しながら、大声で挨拶を返してくる。
「いやいや……あの時も言ったが、俺は軍人ではないから、そういった軍隊形式のかしこまった挨拶はしなくても構わない。もっとフランクに会話できた方がうれしいよ。
あれ……?君たちは……。」
さらに、ちょっと懐かしい顔が……
「お久しぶりでございます……ワタル殿……いえ……今はワタル公爵殿でしたな……。」
ブースたちの後ろに並んでいる工兵たちは、オーチョコでサーケヒヤー軍を迎え撃った時に、敵戦艦へ特攻として突っ込んだ時の砲兵たちではないか……。
「急遽配置換えで、カンヌール王宮の工兵たちへの指導を任されましてな……まずはこちらへ寄って最新機器の使用方法の講習を受けて来いと指示されました。」
小柄な兵士たちは、敬礼しながら笑顔を見せる。そうか……ヌールー王宮の工兵たちでは、身内の悪行を暴くようではばかられるため、オーチョコから調査要員を呼ぶことにしたのだろうな……そのほうが人間関係が、悪化しないからいいだろう。
たしかベテランの砲兵で、大砲の教官をしていたはずだったからな……適役といえる。
「やっぱり君たちが選抜されたか……今回の作戦は、はたから見れば身近な製品を模したスパイグッズを、王宮や政府建物の各所にさりげなく置いてくるだけで楽な活動に思えるが、その実、内部腐敗の証拠集めとして非常に重要な役割を担っている。
サーラの犯した悪事の全容解明が出来るか否かは、君たちの手腕にかかっているといえるわけだ。今日からの講習で学んだことを生かして、しっかりと調査に役立ててくれ。」
『はっ、かしこまりました!』
全員が敬礼しながら大声で答えてくれた……頼もしいな……。
「おはようございます……この方たちが、本日から講習を受けられるのですね?講習は、使い方や設置方法だけでなく、故障した際の修理に関してもご説明いたしますので、各機器の原理からとなっております。
そのため2日間の講習となりますので、よろしくお願いいたします。
ワタル殿たちには……私たちの交代要員が本日よりサートラの拘留担当者となりますので、紹介しておきます。カーナとターナです。女性ですが、総合格闘技カッコンの大陸王者と準優勝者です。」
工兵たちと雑談をしていると、セーレ達が甲板へ上がってきて、体が大きいというよりグラマラスな女性2人を紹介してくれた。日に焼けた健康的な肌の色をしているが、2人とも目がクリックリに大きくて、かなりの美女だ……彼女たちが格闘技の使い手だとは……信じられない気持ちだ……。
いや……トオルの姉たちだってすさまじい美人だったな……カッコンって美容にいいのかな?
「では、講習会場へご案内いたします。」
セーレは30名ほどの工兵たちを連れだって、艦橋へ入っていった。
「カーナです……よろしく……。
セーレ達から事情を聞いているわ……サートラとは因縁があるそうね……でも、あたしたちだってナガセカオル様とは、並々ならぬご縁があるのよ……連合国を今のような近代社会に発展させた立役者……いえ、まさに建国の神と言っても差し支えない方なの。
もちろん、あたしたちが生まれた時にはすでにシュッポン大陸へ来ていたようだから、直接会うのはあたしたちだって初めてだけどね。だから彼女を自由放免するとは言わないけど、やっぱり神と崇められる存在だから、虐待などは絶対に許さないからよろしく……。」
カーナはそう言いながら、胸元まで伸びた真っ赤な長い髪を、右手でたくし上げた。うーん……ボンッキュッボンッ……すばらしい……。
「もちろんさ……俺達だって刑が確定する前のサートラを虐待しようなんて、金輪際思っていない。まあ、刑が確定したところで、懲役か禁固刑だろうから、拷問じみたことには絶対にならないだろうけどね。
だが……サートラ……いやサーラと名乗っているのだが……彼女は相当凶悪な性格をしている。ナガセカオルやサートラとは別人格らしいのだが、いつサーラの人格に入れ替わるかわからないから、拘留中は拘束具を装着させている。
これは安全に彼女を拘留しておくために必要な事項なんだ……サートラだって納得しているし、決して虐待なんかじゃないぞ……。」
とりあえず、その拘束具のことを指摘しているのだったらまずいので、弁明するとともに、やめるつもりもないことを強調しておく。
「そのあたりのことも引き継ぎを受けているから、納得はしているわ。
でも、食事やトイレの時は外しても構わないのよね?」
「ああ……もちろんだ……営倉のカギをしめて、外の通路に待機者を置いてからになるがね。決して一人だけで対応しようなどと考えないでくれ……サーラはかなりの手練れだし危険だ……。」
サートラの取り扱いに関して、十分注意が必要と警告しておく。
「それも伝えられているわ……まあ、あたしたちが遅れを取るとは思えないけど、やはり神様でしょ……?ちょっと遠慮する気持ちが出ちゃうかもしれないから、そういった事態にならないように十分注意するつもりでいるわ……。
それはそうと……あなたたちが昨日差し入れしてくれた、親子丼……っていうの?それと……ヤキトリ……?すごくおいしかったわ……。あたしたちは昨晩夜遅くに到着したのだけど、セーレ達が気を利かせて取っておいてくれたのね。引継ぎをしながら夜食に頂いたわ。
あんなおいしいものを持ってきてくれるのなら、毎週でもダンジョン挑戦してくれても構わないわよ……いえ……いっそのこと、毎日挑戦して、その帰りにおいしいものを差し入れしてくれるだけでも結構よ。
どうせサートラの取り調べは、一旦終了しているのでしょ?お世話だけなら、あたしたちだけでも十分だからね……食事や運動などのお世話時間以外は、基本的にモニターを見て監視しているだけだから、大きな負担ではないのよ……変な動きがあれば、自動的にアラームが鳴るしね……。」
「そうそう……ヤキトリはふっくらと優しい味がして、本当においしくて……ビールとの相性が最高だったわ。だから……本当に毎日でもいいと思うのよ……。」
真面目な話をしていたはずだが、いつの間にか俺たちがダンジョンで獲得してきた魔物肉の話になった。昨日まで風系ダンジョン挑戦させてもらっていて、2日目の昼過ぎには終了できたので、トオルが気を利かせて50人分の親子丼の具と焼き鳥を調理してくれて、夕方に届けに来たのだ。
風系ダンジョンはボス魔物も超強力だったが、足場を作ってから対処すれば、さほど攻略が難しくはなく、回り道しても早い時間に終わらせることができた。
セーレ達とのお別れパーティでもできればと考えていたのだが、やはり軍艦上で勤務時間中は難しいとのことで、一緒に夕食を食べただけに終わった。
だが、その残りをとっておいて、遅くに到着したカーナ達に振るまったということか……おかげで、俺たちのダンジョン挑戦を応援してくれるようになった……その理由が食い気というのは少々情けないが……。
「ああ……それはありがたいな……だが、幾らなんでも毎日ダンジョンというわけにはいかないだろう。捕らえたサートラの身柄を拘束する適当な場所が見つからず、こちらにお願いして預かっていただいているわけだからな……それでも、週一か2週に一度くらいはダンジョン挑戦させていただいて、うまい土産を持ってくることにしよう。」
「きゃあっ……素敵……いつでも言ってちょうだいね。」
これで、おおっぴらにダンジョン挑戦休暇を願い出ることが可能となったわけだ……大変ありがたいことだ。定期的にダンジョン挑戦が可能となれば、食材調達に事欠かないからな……この船の乗組員分やジュート王子とホーリ王子たちの分なら、十分毎回賄えるはずだ。
食べる人数が多くなればなるほどトオルも喜んで調理するからな。これは、いい風に回っていけそうだぞ。
「それで……本日の予定はどうなっている?何もなくて見張っているだけなら、折角来たんだから俺たちが1日付き添っているつもりだが?」
週の曜日なのか何日置きなのか知らないが、運動日なるものが割り当てられているからな……今日の予定を聞いておこう。
「サートラの本日の監視業務は、半日は運動をさせて、あと半日は日光浴ね……と言っても外には出せないから、運動場で人工太陽の光を浴びさせるのよ……屋内だから水着じゃなくて、もちろんすっぽんぽんよ……楽しみでしょ?
凶悪犯罪者だから日光浴中でも変な動きをしないか、じっくりと観察していなければならないものね……役得ね……。営倉から出さなければならないから、もちろんあたしたちも付き添うわよ。」
ターナが艶っぽい目をしながら、含み笑いを見せる。ぶっ……は……鼻血が……。
甲板から、長い長い下り階段を下りて最下層の営倉へ行き、拘束具を着せたままサートラを車いすに乗せ、運動場まで連れていく。もちろんショウには甲板に残って、ミニドラゴンの相手をさせることにした。
半日、金網の中で運動するサートラの様子をじっと監視した後、昼食には昨日差し入れした焼き鳥が添えられていた。サートラというよりも、ナガセカオルに気を使ってのことだろう。
「おおこれは……懐かしいわね……この間のうな重もそうだったけど、あなたたち最近ちょくちょく顔を見せない日があるけど、ダンジョンへ潜っているの?
その都度気を使って、獲得した魔物料理を持ってきてくれるのね?ふうん……義理難いわね……。
ダンジョンで倒した魔物肉を楽しむなんて、何百年ぶりかしらね……南の大陸の文明が進化してからは、ダンジョンは研究の場になってしまって、頻繁に南の大陸へ戻れなくなると今度は、生命石獲得の為に攻略することになってしまったわ。私が倒した魔物やボスは、連れて行った手下の魔物たちが骨も残さずに平らげるの。
途中から魔物肉のことまで気が回らなくなったのね……ダンジョンは攻略を楽しむ場ではなくなっていったのよ。サーラになってからは、さらに悲惨だったわ……生きるために必須な生命石を求めて、百年級ダンジョンを探し回っていたから……魔物肉を回収するなんて余裕は、全くなかったわ。」
サートラが、しんみりと焼き鳥の串を眺めながらつぶやく。サーラのことを少しでも弁明するかのように……。
トーマと表向きだけの結婚生活をしていたときだって、恐らくダンジョン攻略を繰り返していたはずだが、そんなことおくびにも出さなかったからな……トーマの記憶にもサートラが魔物肉を獲得してきたことなど、一度もなかった。
以前エーミが、深夜にサートラが姿をくらまして翌朝疲れ切って帰ってくるといっていたが、もしかしたらその時にダンジョンへ潜っていたのかもしれない。百年級ダンジョンを1日どころか夜時間だけで踏破するのだから、マラソンしながら魔物たちと格闘して広大なダンジョンを踏破するような事をやっていたのだろう。
そりゃあ、倒した魔物肉を回収しているような余裕なんかないわな……。せいぜい手下の魔物たちのえさになるくらいだ。
「ギルドを創設したメンバーだったはずなのに、ダンジョン攻略を楽しめないというのは、残念だったな……。
推察通りに俺たちは、このところダンジョン攻略を時々やらせてもらっている。あまり間を置くと腕がなまってしまうからな。
お前もサーラも……恐らくナガセカオルも……生きるために必死だったというのは分かった。だが同情はしないぞ。サーラは自分が生きるためなら他人の犠牲など、何とも思わない冷血漢だからな。
お前が今この場に生きていられるのも、大勢の犠牲者たちが流した血のおかげということを忘れるな。」
このままではサートラとサーラに同情票が集まってしまいかねないため、くぎを刺しておくことにする。特にナガセカオルを神格化している、カーナとターナが危ない。そもそも千年も生きてきて、さらにそれ以上生き続けようとしていることが、俺に言わせると間違っているのだ。
「わかっているわよ……だから……サーラと一緒にどんな罰でも受けるって言っているじゃない。これからは、私がサーラを押さえつけておくから、安心して……。」
『バッ』サートラはそう言って食事のトレイを置くと立ち上がり、俺の方へ向き直ってスウェットの上着を脱ぎ始めた。焦って反転して背を向ける。
「あら……見ていいのよ……私が逃げないように監視していなくてはいけないんでしょ?そもそも……表向きだけとはいえ……1時期は夫婦だった仲でしょ?あの頃よりさらに若い体に戻っているし、遠慮することはないわよ……。」
サートラが俺の背中に声をかけてくる。間違いなくニヤケながら、俺の背中の動きを眺めているに違いない。