おすそ分け
「何ですか、これは?」
「ああ……先週末ダンジョンへ行っただろ?その時に仕留めたウナギ系魔物肉のかば焼きと、ザリガーニの素揚げだ。軍艦の中では調理道具がないだろうからと、昨晩のうちにトオルが料理してくれて、冷凍してクーラーボックスで持ってきた。日持ちするから2人でゆっくり食べてもいいが、仲間にふるまってやってもいい。
20人前くらいはあるからな……この船の乗員分には到底足りないだろうが、親しい友人たちに分けてあげるといい。」
翌朝、セーレ達が待つ軍艦へ行き、持ち込んだクーラーボックスを手渡す。セーレ達にもおすそ分けだ。水牛系魔物肉なら、恐らく南の大陸だって珍しくはないのだろうが、ウナギのかば焼きは食べたことがないだろうと、調理して持ち込んだのだ。
この軍艦の中なら恐らく電子レンジもあるだろうから、冷凍ものでもおいしくいただけるはずだ。
「へえ……それはうれしいですね……このまま食べるのですか?」
「そうですね……ご飯をどんぶりにいっぱい盛って、その上に解凍してから温めたこのかば焼きを乗せて、たれを絡めながらご飯と一緒に食べてください。おいしい……はずです……。こっちの素揚げの方は、軽く塩を振ってありますから、ご飯と一緒に食べてもいいですし、ビールや酒のつまみとしてもおいしいはずです。」
トオルが、少し自信なさげに食べ方を説明してくれる。大丈夫だ……トークたちの教会でもふるまったが、すこぶる評判がよかったから、セーレ達の口にも合うだろう。
「わかりました……ありがとうございます。さっそく今晩、みんなで頂きましょう……こんな大きな船ですが……意外と乗組員の人数は少ないのですよ……特に今回はあくまでも平和のための交渉目的でしたからね。全員に行きあたらないまでも、少しずつなら味見はできますよ……。」
セーレが笑顔を見せながらクーラーボックスを受け取る。そうして、自分たちはあくまでも平和の使者であることを付け加える……抜け目ないな……。
「じゃあ、本日はいかがいたしましょうか?」
「ああ……サートラの身柄を預けっぱなしで申し訳ないから、本日は営倉の前で1日見張り番をする。
そうすれば君たちの負担も減るだろ?俺たちは週末をレクレーションともいえるダンジョン攻略で楽しんだから、君たちは今日はゆっくりしていてくれ。
サートラのための昼飯と晩飯も、調理して持ち込んできたから、心配無用だ。夜まで好きなことをしているといい……。」
今のセーレ達の役割は、サートラの監視と世話だけで、ほかの業務はないはずだ。だが毎日のことなので、休日なしにずっと連続して行わなければならないわけだ。それなのに俺たちはダンジョンへ潜りたいなんて勝手なことを言って週末は楽しんできたのだから、彼らにだって1日くらいは休んでもらおうというのだ。
サートラ用の食事として、ウナギのかば焼きとザリガーニの素揚げに水牛肉のステーキとごはんを弁当にして持ってきたので、それを与えてやればいいだろう……それで彼らは休んでいられるはずだ。
「何から何まで……お気遣いありがとうございます……それではお言葉に甘えさせていただくといたしましょう。まずは……この船の最下層の営倉までお送りいたします。」
セーレは魅力的な笑みを浮かべ、こっくりと頷いた。そうして空母の甲板から遥か下へと続く長い長い階段を下りていき、営倉へたどり着くとセーレとセーキ姉弟は引き上げていった。
「別にサートラに尋問することも何もないから、今日はここでただ1日過ごすだけだ。顔を見るわけでもないから、食事時以外はショウも一緒に居られるだろう。サートラの顔を見て相手をするのは、長時間は危険だろうからな……申し訳ないが、食事時以外は拘束したまま営倉で過ごしてもらうしかない。
いつまた狂暴なサーラに入れ替わるかしれないからな……だからあまり騒がずに、静かにしていよう。」
そういって、営倉前に持ち込んだパイプ椅子に腰かける。このままじっとしているのも退屈ではあるのだが、仕方がない……下手に騒いで、営倉の中のサートラに気づかれても悪い……拘束を解いてやるつもりはないのだからな。
「うん?これは……?」
昼食時間になり、ショウだけ残して3人は営倉へ入り、この時だけ拘束具の上半身は解いてやり、サートラに弁当を食べさせる。解錠の時だけはセーレを呼ばなければならないので、申し訳なかったが仕方がない。昼飯はうな重……携帯調理セットで温めた、肝吸い付きだ。早速うな重の味に、サートラが反応する。
「うな重だ……、カンヌールではたまに食べただろ?……うまいか?」
「ええ……おいしい……懐かしいわね……そもそも……いえ……こんなつまらないこと……どうでもいいわね……。」
サートラは何か言いたげな様子を見せたが、すぐに黙っておとなしく食べ始めた。自分では料理をしないサートラは、居城で出される料理は文句を言わずに何でも食べたが、そういえばうまいとか言ったことは一度もなかったな……あれはサーラだったからなのか?
昼食後は歯を磨かせ、トオルとナーミが付き添って営倉備え付けのトイレだけ済ませてから、拘束具を装着する。営倉から出てから、俺たちの昼飯だ……メニューはサートラと同じうな重肝吸い付きだ。
晩飯は、ステーキ重……ザリガーニの素揚げとサラダ付きを拘束を解いたサートラに与えてやる。
「これは、あなたたちが調理して持ち込んだの?この船で与えてくれる料理はそれなりにおいしいけれど、やっぱりカンヌールの味付けが一番よね……なんてこと言ったら、船のコックさんに怒られるかしらね。
でも……料理の腕とかではないのよ……味付けの好みだから……申し訳ないけど仕方がないわよね。」
サートラはステーキ重も、うまそうに何度もつぶやきながら味わって食べた。まあ俺が言うのもなんだが、トオルの手料理は世界一だと常に思っているさ……。
晩飯を食べさせた後、歯を磨かせてトイレも済ませ、拘束具を再び装着する。
「ご苦労様でした……おかげさまでゆっくりと久しぶりに読書などできました。大変にありがたかったです。
それに持ってきていただいた、ウナギのかば焼きとザリガーニの素揚げでしたか?特にかば焼きは、暖めてご飯にのせて食べるとふっくらと身が柔らかくて、たれの甘みと一緒に濃厚な味わいが絶品……ご飯が進みました。さらに素揚げもビールのおつまみに大好評でしたよ……。
半切れずつでしたが、おいしくいただきました。こんな特典があるのなら、私たちが一旦連合国へ引き上げているときに担当する交代要員にも話しておきますよ。皆さんのダンジョン挑戦に、協力的になってくれること、間違いなしです。」
サートラの世話を終え、通路でステーキ重を食べていたら、セーレが空になったクーラーボックスを持ってきてくれた。
「おおそうか……君たちが帰っている間も、冒険が続けられるとなればありがたいね……何も毎週とは言わないからね……。あれ?」
返してもらったクーラーボックスが、空のはずなのに重たい……。
「お返しに、お菓子を詰めてきました……サーケヒヤーではもう一般的でしょうが、チョコレートとスナック菓子に、コーラなどの飲み物も一緒に入れておきました。この船の乗員皆からのお返しです。」
クーラーボックスを開けてみたら、中には板チョコやポテトチップスの袋と、コーラの瓶がぎっしりと詰められていた。
「うわあ……こんなにたくさんのお菓子……食べきれないよ……。」
「こっ……コーラね?やったわ……サーケヒヤーに来れば普通に買えるって聞いていたんだけど、王宮のグロッサリーには売っていないのよ……一昨日久しぶりにギルドへ行ったから、ダンジョン帰りにお店によって買うつもりでいたのだけど、帰りは荷物番でボートから降りられなかったから買えなかったの……。
よかったー……ありがとう。」
ショウもナーミも、有難いお返しに大感激の様子だ。
「今度、トークの教会に行ったときに、施設の子供たちにも分けてあげよう……喜ぶぞ……。」
「うん、そうだね……こんなに食べたら虫歯になっちゃうから、みんなに分けてあげないとね……。」
ショウは、一抱え以上もあるお菓子の山を、うっとりと眺めている。
「じゃあ、また明日……今週末には迎えの船が来て、一旦戻るんだったな?」
「ええ……今週末に交代要員を乗せた船が来ますが……盗聴器や隠しカメラの使い方や設置の講習と、テレビ付き無線機の設置の仕方の講習が必要となりましたから、実際に向こうへ戻るのは来週中盤になりそうです。カンアツとカンヌールの工兵の方たちが、講習にやってくるのですよね?」
甲板へ上がって別れ際に、今週末の予定を確認しておく。
「ああ……両国の工兵たちに説明してもらい、帰国してから各所に隠しカメラや盗聴器を仕掛けて、疑いのある役人や要人たちの内定を始めるわけだ。同時に無線機も設置して使い始める。
カンヌールやカンアツと、簡単に通信ができるようになれば、ジュート王子たちの負担もかなり減るはずだ。
やはり一国の政治を司るというのは、かなり責任が重いからな……王様に相談したいときは多々あると思うよ……。
それらが全て整って初めて、サートラやサーキュ元王妃らに操られて犯罪に加担した奴らの捜査が出来る。
それからだな……サートラたちの裁判が始まるのは……何せ犯罪に加担したと証言されている奴らの人数が多すぎるからな……彼らに結託されてしまったら、全て隠蔽されてしまいかねない。
どんな証拠だって全て握りつぶされかねない……だからこそ、水面下で調査して証拠固めをしてから、彼らを一網打尽にするわけだ。時間がかかるが仕方がない。」
まずは、被疑者の証拠固めができるような環境を整える必要性がある。あまりにも加担者が多すぎて、口裏を合わせられたら、犯罪行為の立証など不可能だからだ……トーマの父親が当時の巨悪を暴こうと、国王へ告発したとき、信頼すべき部下たちに裏切られ、証拠ごと全て消えてしまった時のように……。
「わかりました。既にご承知の通り、連合国側がナガセカオルを神のように敬っていることは事実です。ですが彼女の別人格であるサーラの犯した犯罪行為を正当化するつもりはありません。真相を究明し、正当な裁定を下すことに協力いたします。
共犯者たちを洗い出しすることにより、サーラの犯したとされる数々の悪行を明確にして、首謀者たるサーラの罪を明確にするためにも、調査環境を整えてまいりましょう。」
セーレから力強いコメントが発せられる。これは、俺たちに対して言っているというよりも、イヤホンマイクの先の南の大陸の奴らに向けてのメッセージなのではないのかな……。
別人格とはいえ、ナガセカオルの体を使って犯した罪に対する処罰を、これから厳重に調査して確定していくのだということを、改めて宣言しているのだろうと俺は感じる。
帰りに王宮へ寄って、隠しカメラなど南の大陸からの秘密兵器といえる最新鋭機器が到着してからの対応詳細を詰めておく。カンヌール、カンアツ両国の王宮や政府施設に秘かに仕込まなければならないし、それらを常時監視していく必要性があるわけだ。
今、サーケヒヤーに来ているわずかな工兵たちで賄える業務とは、到底考えられない。本国からの支援が必要なのだが、その場になって人工が足りないと慌てても、間に合わない。応援要請して、それらが到着してから始めるとなると、さらに時間がかかってしまうのだ。
「カンヌールでは施設管理を担当している工兵のうち、就業態度が真面目で愛国心が強く、悪事に加担していることが認められないものを秘かに選抜済みで、10名が今週末に到着予定です。
サーケヒヤー王宮駐在中の工兵3名と合わせて教育いただき、彼らが本国へ帰って調査担当する飛竜部隊に対して手順説明を行う予定でおります。」
「カンアツも同様に、150名の調査担当者を選抜済みです。工兵20名が今週末に到着予定でして、彼らを教育していただく予定でおります。」
心配ご無用とばかりに、ジュート王子もホーリ王子もすでに対応者を準備していると回答する。これで予定通り講習会が行われれば、セーレ達は引継ぎを終えて一旦南の大陸へ戻ることになるわけだ。
セーレ達が再び戻ってくる頃には、数々のスパイグッズはすでに稼働していて、多くの証拠をつかんでいるかもしれない。最終的にサートラが犯した罪がどれくらいになるのかは、南の大陸側でも興味がある点だろうからな。
その罪の重さと想定される刑罰によっては、ギルドの連中たち同様嘆願書にして減刑を願ってくるのかもしれない。如何に神であるナガセカオルでも、彼女自身が犯した罪であれば仕方がないとしても、別人格が犯した犯罪行為なのだ。しかももともと別の体を使っていた、全くの他人の人格のようなのだから、尚更だ。
彼女に罪はないと主張されても気持ちはわかるし、そうなると対応が非常に難しくなってしまう。
恐らく彼女の裁判に関して、誰もが納得できるような量刑の裁定が下されることはないであろう。必ず誰かが不満を持つ形になることが予想される。それがどちら側に傾くのか……俺は当たり前だが、トーマが味わった苦痛を考えると極刑を望んでいるのだが、果たしてそれがトーマの意思といえるのかどうかも分からない。
意外と、父と祖父の名誉さえ回復されれば、それだけで満足だというのかもしれないからな……。
あえて極刑は不要という考えも分かる……さらに、カンヌールでは死刑制度がないということも理解はしている。だが……。