久々のダンジョン制覇
「よし、出発だ……。」
翌朝朝食後、テントをたたんで小ドームを後にする。
「うん?いやな予感がする……ショウ……悪いがこの通路サイズの火炎を、2層目へのスロープに沿って発射してくれ。それから降りていくことにしよう。」
「うんいいよ……中炎玉!」
『ボシュワッ』小ドーム奥の出口でショウにお願いすると、幅3mの洞窟一杯の炎の玉が、ゆっくりと前方の緩やかな坂を下っていく。確か以前水系ダンジョンに挑戦したときは、ここでえらい目にあったような気が……。
『ブッシュワーッ』案の定、炎の玉は2層目まで達することはなく、凄まじい水蒸気とともに消滅した。
「どりゃあっ!」
『ブンッ…………グザッ』遥かスロープの先の通路の真ん中目がけて、思い切り銛を投げつける……と岩盤ではなく何かに突き刺さる音がしたので、急いで駆け出した。
「やっぱりだ……。」
スロープの下では真っ白い大きな腹を上にして、ウシガエル系魔物がひっくり返っていた。
『グザッ』すぐに剣を抜き止めを刺しておく。前回はこいつに、いやというほど水を飲まされたからな……。
「じゃあ、行こうか……。」
2層目も最短ルートを取らずに寄り道をして、隅々まで回っていくと、『ブッシュワーッ』かなり本道から外れた場所で、ようやくそいつはやってきた。
「火弾!火弾!火弾!」『ボワボワボワッ』『ブシュワァーッ』『シュシュシュッ』『シュシュシュッ』ショウが放つ火弾も、ナーミの矢もトオルのクナイも全て弾きながら、一直線に猛スピードで突っ込んでくる。
「まっ……まずは避けるんだ……壁に貼り付け!」
すぐに洞窟の壁面にしがみつくようにして貼り付くと、『ブシュワアーッ』背後をものすごい勢いで、巨大な影が通り過ぎていった。
「あっ……戻ってくるよ!」
巨大な影が通り過ぎていった先を眺めていたショウが叫ぶ。『ブッシュワーッ』そいつは仕損じたことを悔いるかのように、すぐさま方向転換して再度加速しながら突進してきた。
「隆起!」
『ズザザザザッ』すぐ後ろ側に洞窟幅いっぱいの岩壁を盛り上げ、壁の上の方に俺のオデコに付けていた輝照石を埋め込む。
「トオルの輝照石はすぐに隠せ!いいな?」
「はいっ!」
「ようしっ……また壁に貼り付け!」
『ブッジュワァァーッ……ドッゴォーンッ』またまた巨大な影を避けるように洞窟壁に貼りつくと、背後でものすごい衝突音が響き渡る。
「いまだっ……止めを!」
『グザグザグザッ』『グザグザッ』俺とトオルが魔物の腹めがけて、側方下から何度も剣を突き刺すと、『んもーっ』ようやく水牛は息絶え、壁に埋め込んだ輝照石を回収し、
「沈下!」
『ズゴゴゴッ』洞窟をふさいでいた岩壁を、沈下させる。
「やりましたね……まさか水牛まで仕留められるとは……。」
トオルは大喜びで、早速水牛の皮を剥ぎ始めた。
「2層目はウナギ系魔物の数が極端に減ったが、回り道してよかっただろ?」
2層目は、ゲンゴロウやタガメみたいな昆虫系魔物に悩まされたが、寄り道してきたかいがあった。全員の冒険者の袋のアイテム分に詰め込めるだけ詰め込み、残りはトオルの持ち込んだクーラーボックスに詰め、後ろ足2本はそのままトオルと俺が担いで持っていく。
モーターボートは6人乗りだから、十分積めるさ……。
「ふうっ……ようやくボスステージまで来ましたね……。」
トオルがよろめきながら、広いドームの端に持ってきた水牛の骨付きすね肉と、肉が詰まったクーラーボックスを下ろす。
「ああ……ようやくだ……ここで回復水を飲んでおこう……体力回復してから、いよいよボス戦だ。」
俺も骨付きすね肉を下ろし、持ち込んだクーラーボックスの中から竹筒4本を取り出し、全員に配る。
ほぼ無傷で進んでこられたので、回復水の消費は一切ないのだが、さすがにボス戦……疲弊したままでは戦えないので、ここらで体力を回復しておくことにする。
魔物たちとの戦闘より、欲張って持てるだけ持ってきた、ウナギ系魔物や水牛の魔物肉を運んできたことで、疲れてしまっている。恐らく俺の荷物もトオルのも、百キロは軽く超えていることだろう。こんなのを甲冑を着込んだ上に持ち運んでいるのだ。疲れは並大抵ではないが、まあこれも訓練と思えば……。
ナーミやショウだって、肩から下げているクーラーボックスの中には目一杯ウナギ系魔物とザリガーニが入っているからな……かなり重いはずだ。
このダンジョンのボスであるオオサンショは、一筋縄ではいかない相手だ。無理は禁物、回復水を飲んで一息つく。
「では……作戦通りに……まずはショウ君とナーミさんが、オオサンショの正面と背後に立って、正面に立つショウ君がオオサンショの気を惹いて、大炎玉をぶつけオオサンショの水撃砲と打ち消し合います。
そのすきに背後に回ったナーミさんが、大炎玉でオオサンショの背中を攻撃し、バリアーともいえる粘液を焼失させます。そうして初めてオオサンショに物理攻撃が効くようになるので、私とワタルが銛でついて止めを刺します。いいですね?
ショウ君はうまく逃げなければ、水撃砲の餌食になる可能性がありますから、油断せずに慎重に相手の出方を見極めてくださいね。」
回復水で一同回復した後、トオルが対オオサンショ戦の作戦を説明する。まあ、一度戦った相手だからな……前回はトオルと俺のコンビネーションが悪かったから苦戦したが、全員が息を合わせて戦えば負ける相手ではないだろう。おっとそうだ……
「ちょっと待ってくれ……そう言えば、ちょっと俺にも別な作戦があるんだ……この前のサーケヒヤー王宮との戦闘で、トオルの水の壁やショウが放った超巨大炎玉を見ていて思いついた。
悪いが今ここでそれを試してみたい……失敗するかもしれないが、大きな危険性はないだろう……オオサンショはさほど動きが素早くはないからな……真正面に入らない限りは攻撃を食らう心配はないだろう。
みんなは横で見ていてくれ……俺が一人でオオサンショの正面に立って攻撃を仕掛けてみる。」
この間の戦争で、浮島から王宮を攻撃しているときに思いついた……だがその時は、俺の魔法の使用回数制限を超えていて、魔法効果が発揮されなかったためにできなかった。
相手が……しかもかなり大きな相手がいなければ、発することができない魔法なので、この場で試してみることにする。
「ワタル一人で丈夫ですか?」
トオルが心配そうな顔をして、俺の方を見る。
「ああ、相手がオオサンショなら問題はない。注意すべきは水撃砲だけだからな……確かに超強力な攻撃だが、俺のイメージ通りの魔法効果なら、十分対抗できる。それよりも……万一弾かれたときに危険だから、俺一人だけのほうがいい……みんなは離れていてくれ。」
そう言い残して、俺一人だけドーム中央へ歩いていき、10mを優に超えるオオサンショの前へ立つ。
「げーこげっこげっ」
『グバアッ』オオサンショはいきなり水撃砲を唱えてきたようだ。正面に見えているオオサンショの姿がゆがむ……完全透明の水の玉が光を曲げ、ゆがんで見えるのだ。
「巨岩弾!」
『ビュガァッ』『ビチャーッ……』そのゆがんだ空間目がけ、巨大な岩が一直線に飛んでいく。オオサンショが放った水撃砲の勢いをものともせず、水しぶきを外周にまといながら一直線に突っ込んでいく。
『ドッゴォーンッ……ドッターンッ』巨大な岩は、ほぼ勢いを殺されずにオオサンショに正面衝突し、突き上げるようにしてその巨体をひっくり返しながら、ドーム奥の壁までオオサンショの体を突き飛ばした。
『ダダダダダダッ』「脈動!」『ダッ……シュタッ』すぐに駆け出し、大ジャンプ……仰向けになったオオサンショの腹に飛び乗る。
「おお……胸のあたりに呼吸用のエラが開いているぞ……それに腹側の粘液は、背中ほど厚くはないから、ちょっとは滑るが、攻撃は通じるはずだ。トオルも来てくれ……エラから銛で突けば、仕留められるだろう。」
『ガスンッ』ひっくり返ったオオサンショの胸のあたりにある巨大なエラに、銛を突き刺しながらトオルを呼び寄せる。
「超高圧水流!」
『ジュバッ……シュタッ』すぐにトオルも駆け寄ってきて、オオサンショの上に乗っかってきた。
「すごい魔法効果ですね……あれは何ですか?」
『ドスッ』トオルが銛でオオサンショのエラ部分を突きながら尋ねてくる。
「ああ……トオルのバリアーともいえる水の壁と、ショウの300年ダンジョンの精霊石を使った大炎玉を見ていて思いついた。
俺が使っている岩弾は中級魔法だが、これの上級魔法だとどうなるだろうかな?とね……隆起で薄い岩の壁を作れば、確かにちょっとした攻撃なら防げる防壁になりえるし、もちろん岩弾だって攻撃力は半端ない。
だが……それらをミックスした形にできるのではないかと考えたわけだ……あんな大きなサイズの岩の玉なら、当然敵の攻撃だって全て弾きながら突っ込んでいくだろ?そうして敵に当たれば、強大な破壊力を生む……つまり一石二鳥というわけだ。」
巨岩弾を思いついたいきさつを、簡単に説明しておく。実際、トオルやナーミに比べて、俺が一番魔法の呪文の数が多い……ショウだって1種類だけの精霊球に限れば、俺の方が多いはずだ。
よくもこれだけ魔法効果が思いつくものだと、我ながら感心しているのだが、土系魔法はあらゆることに応用が利く……地味だが一番使い勝手がいいのだ……土系魔法最強説だな……。
「きゅうっ」
そうこうしているうちに、オオサンショの動きが止まる……どうやら仕留めた様子だ。
「パパすごい……オオサンショをたった一人で……。」
『シュタッ』『パチパチパチ』オオサンショの腹から飛び降りると、ショウが拍手でほめたたえてくれた。
「いやあ……あれはオオサンショだからできることだ……ワーニガメだったら、岩より硬い甲羅に閉じこまれて、不発に終わっただろうし、他の動きの素早いボスだったら、簡単に避けられてしまったか、あるいは巨体のボスになら弾き返されていたかもしれない。
動きがさほど素早くなくて、しかも自分の水撃砲に自信を持っているオオサンショだからこそ、一撃で仕留められたというだけさ。だが……先ほどトオルにも説明したのだが、あれは半分は防御目的だ。
敵からの攻撃をはじきながら進んでいく……いわば動く障壁だな……恐らく暴風だって逆らって飛んでいけるはずだ……そうしてその陰に隠れて進んでいき、敵が避けたすきをついて倒すわけだな……だが……弾かれてこっちに飛んで来たら、こっちが被害を被ってしまう……なので十分な注意が必要だ。
相手を見て使わなければならないわけだな……おいおい、こういった戦術を確立して行こう。」
ショウに、あまり過大評価しないよう説明しておく。全てに対して完全な攻撃法などないのだ。
すさまじい威力を発揮した攻撃法だって、一つ間違えば放ったこちらが被害を受けてしまう可能性だってある。相手によって様々な攻撃手段の中から最適なものを選択しなければいけない。だからこそ精霊球は4種類あり、魔法効果の種類も5種類存在するのだと、俺は思っている。
「水の精霊球がありましたよ!」
オオサンショの胸のあたりを裂いて確認していたトオルが、水色の輝く宝玉を掲げる。
「ほかに、特殊効果石のようなものは見当たらないわね……。」
ドーム壁をくまなく調べていたナーミが、残念そうにつぶやく。
「そうか……まあいいさ……魔物肉は持ちきれないくらい収穫があったし、精霊球だって手に入った。これ以上は贅沢だよ……ここまでにして、引き上げるとしよう。」
クーラーボックスと大きな骨付きすね肉を担ぎ、ドーム奥の出口を通って出ていく。
港の係留場にボートを停め、大きな肉を晒していたら、猫や海鳥たちが寄ってきてしまうので、トオルたちにボートに残ってもらい、俺一人だけギルドへ行って清算した。もちろん精霊球だけを清算し、持ち帰った魔物肉は全て、俺たちが消費するつもりだ。
そうして浮島へ帰ると、ミニドラゴンと一緒に王宮へ向かい、ジュート王子とホーリ王子たちに、収穫したウナギ系魔物肉や水牛肉をおすそ分けした。こうしておけば、次またダンジョンへ行くときに、協力してくれるだろう。
兵士たちと日々の訓練を行ってから浮島へ戻り、ミニドラゴンには久しぶりに骨付きの水牛のすね肉を与えてやったら、喜んで食べていた。俺たちの夕飯は、久しぶりの牛ステーキだった。