自供
「あとは……会計監査役のケーリ課長ね……カンヌールの王宮・元老院及び政府役人で、こちらからの誘いに乗ってくれたのは以上よ。
といっても、こちらからアプローチするのは王宮だと侍従長以上で国軍では中尉以上、お役人では主任以上と決めていたから、その人たちが自分の部下を懐柔していた場合はもっと多くなるわ。
実際、毎月の付け届けは、大目に請求される場合が多かったから、そこからさらに広がっていたでしょうね。
買収した者たちには情報が漏れることを防ぐため横のつながりができないよう、他の買収に応じた者の情報は一切与えなかったから、彼らは互いにけん制し合っていたわ。連絡も常に一人ずつとっていたから、仲間がすぐ近くにいることすら、知らなかったはずよ。」
サートラは、これまでに買収したカンアツとカンヌールの要人たちの名を、平然と挙げ連ねていった。さらに、渡した金額とその受け渡し日時まで克明に……。
台帳等につけると、それだけで大きな証拠になってしまうから、記録を残さずに記憶していたのだろうが、よくもこれだけ正確に……。
「こ……これでは……カンヌール王宮内と元老院は約1/4の要人が買収され、政府役人と軍部に至っては1/3近くがサートラン商社とつながっていたということになりますね……。」
サートラの証言内容を漏らさずメモしていたトオルが絶句する。確かにすごい数だ……。
「いや……カンヌールはまだいいわよ……カンアツに至っては王宮及び政府、軍部含めて半数近くの要人が買収されていることになるのよ……サートラの証言が本当であれば……だけど……。
この期に及んでうその証言をしても仕方がないので、恐らくは真実……信じたくはないけど……。
ただし……本人たちがこのことを素直に認めるはずもなく、確たる証拠もなしに彼らを処罰することもできないでしょ?……なにか、彼らとの接点を証明する手がかりなどないの?」
同じくメモを取っていたナーミが、サートラへ向き直る。
「ああ……当たり前だけど、領収書など頂いていないのよ……どの道、価格上乗せで不正に稼いだお金だったしね……。だけど毎月、カンヌールでは月末に……カンアツでは月中に……それぞれ時間を決めて順に呼び出し、お手当とその月の指示が入った封筒を渡していたのよ。
その時を利用すれば、彼らを捕らえることは可能でしょうね。」
サートラが、不敵な笑みを見せる。
「おおそうか……その手順は?」
「まずは……サートラン商社からの納品が必要ね……納品の現物の中や納品伝票に待ち合わせ場所を書いたメモを入れておくと、それぞれの担当が気づいて、その場所へ時間通りにやってくるという算段ね。
でも……カンヌールもカンアツもサーラはサートラン商社を消滅させてしまったから、今取引している業者経由でもいいと思うわ……欲深い彼らのことだから、サーラが手をまわしてもうけ話を持ってきたと勘違いして、引っかかるのは間違いなしね。
メモ紙の左上には細長い四角の真ん中に一本の棒を引いて、右隣にはその真ん中の横棒よりも1/3ほど高い位置に横棒を引いて、その中央から縦棒を左隣の四角の下部位置まで垂直に下すの。頭を少しだけ出してね。
そうしてその十字の交わり合った下側から左右に斜め下へ多少下カーブを描いて緩やかな曲線を下ろすのね。
下ろす角度は約45度で、横棒と同じくらいの幅まで行ったら今度は垂直に降りた線の下から1/4の位置に短い横棒……斜めに下した線と交わらないくらいの長さの横棒ね……それを引いたら終了……。
このマークはナガセカオルの国って知っているけど……こんなおかしな記号……マジで見たことがないから絶対に見間違わないわ。私はこの字の意味をナガセカオルの記憶から知っているから読めるし書けるけど、普通なら記憶していることも難しいくらいの形よね……。
待ち合わせの場所と日時は、さりげなくこんな形で……。」
サートラがメモに記す合言葉ともいえる記号を説明して見せる……拘束服で両手が使えないから言葉で説明するのみだ……言われた通りを俺が頭に描いた限りでは、日本……という漢字になるな……。
確かに、これならこの世界の人間では記せない文字だろう……サートラの身元確認としてうってつけだ。
「分った……関係者が明らかになったところで、それぞれの事件の概要を聞いておこう……一つ一つ説明して行ってくれるかい?」
「いいわよ……じゃあまずは……カンアツで実直すぎて不正を嫌い、どうやっても懐柔不可な会計局部長を、暴行の罪に陥れた件……。あれはかわいそうだったわよね……川に落ちた子供を救おうとしただけだったのに……。」
サートラが、川に落ちた少女を助けようと自ら川に入って救出し、人工呼吸を施そうとした時を狙って証拠ビデオを撮影し、暴行罪をでっち上げた件をあきれ顔で打ち明ける。なんとおぼれたはずの少女もやらせの罠で、彼女は泣きじゃくりながら無理やり襲われたと証言した。
相手が12歳の美少女であったがために、彼の証言はすべて否定され、永い懲役刑が下され会計局は懲戒免職となりそうな時、家族を守るために自決したという……ううむ……カンヌールだけではなくカンアツでも、このようなひどいことが……。
「以降は楽だったようね……誰もが協力的で……サーラのやりたい放題だったわ……。」
サートラがしたり顔で話す……それはそうだろう……サートラン商社からの不正の話を断れば、無実の罪をでっち上げられるのだ……どれだけ気を付けていても、組織ぐるみで常に監視されすきを突かれればひとたまりもない……誰だって気を抜くひと時はあるはずだからな……。
「じゃあ、今度は……ヌールーの忠臣……国務大臣を陥れた件ね……。」
サートラがそういった後、俺の顔を見てクスリと笑う。さあ……一番聞きたい事柄でしょ……?とでも言いたげな表情だ……思わず身を乗り出したのに気が付き、すぐに姿勢を正し壁に背をつける。
「あれは見ていても大変だったわ……サートラン商社との取引価格が、以前の業者よりも割高であることに気が付いたアックランス2世は、政府の購買担当役人2人に指示をして調べ始めたのよ。
どうして数年前から、それまでの業者よりも1割も高いものを、わざわざ新規のサートラン商社から購入しているのかを、発注担当者から決裁者まで綿密に調べ始めたわ。
確かにサーキュ王妃に子種が宿ったのは、サートラン商社の手配した受胎石のおかげだとはみんな知っていたけど、その見返りの莫大な報酬はすでに支払い済みだったからね……以降も、南の大陸の珍しい物産に関しては、サーキュ王妃が高値で購入していたけど、誰もそれを咎めなかったわ。
そうではなくて、地元の業者から購入可能な日用品や食料品に文具や雑貨に資材に至るまで、あらゆるものが業者を変更しつつあることに疑問を持ったのね……なにせわざわざ価格が高いほうの見積もりが、採用されるのだから、誰だって疑うわ……。
それでも、サーキュ王妃の影がちらついていたから、誰もがしり込みして、それを正そうとはしなかった。
そこで、国務大臣自らが立ち上がったのよ。」
サートラが、俺の目をじっと見ながら話す……ううむ……心を見透かされているようで怖い……。
「信頼できる子飼いの部下を使って、しかも役所ではなく、わざわざ定時退社後に郊外の居城で、調査していることすら誰にも見つからないよう、極秘に調べ始めたわ。
当初はサーラもそのような調査が行われていることすら知らなかったようだけど、やはり人間ね……。
サートラン商社からの付け届けというか、キックバックがあるということが分かり、その証拠もつかみかけた時に、シーフ……だったかしら……一人の役人が同僚に酒の席で、自分は大きな仕事をしているんだって自慢してしまったのよ。
その同僚が、上司からの指示でサートラン商社への変更を推進していたものだから、その話がサーラの耳にまで入ったのよね。すぐに懐柔することになったわ……。
でも……国務大臣子飼いだけあって、買収に応じる気は全くなかったみたい……仕方がないので、色仕掛けに出たわ……。当時は2人とも独身だったから、サーラが自ら誘ったのよ……極秘調査をノンフェーニ城で毎日深夜まで行っていたのは、サーラにとっても好都合だったのね。
勿論やらせはしなかったけど、かなり親密なところまではいって、そこから先へ進むには、調査資料をもって身を隠すよう指示をしたのよね……2人とも大喜びで、すぐに身の回りを整理して何も残さないようにした後、サーラのもとへ走ったわ。
それから半年ほどは、ヌールーのサートラン商社の2階で、魔物たちと一緒に匿っていたのよね。その間に催眠を使って、彼らを商社の社員に仕立て上げたのよ……それからあとは……あなたが知っている通りよ。
調べ上げた贈収賄のルートも証拠も……それを調べていた担当者自体が消えてしまって、告発したはずの国務大臣にすべての疑惑が向けられた……もちろんサーキュ王妃にも協力させて、シーフたちの役所での痕跡は全て消していたからね……。」
サートラがにやりと笑う……その証言を記録していたトオルのペンですら、小さく震えている……何ということだ……そのようなことが裏で行われていたとは……自分たちの保身のために、協力者を色仕掛けで誘惑し、内部告発者を貶めるとは……まさに鬼畜……。
思わずサートラの胸ぐらをつかみそうになったが、じっと我慢する……彼女は同じ外見ではあるが、サーラではない……サートラなのだ……そう自分に言い聞かせる……。
サートラはカンアツ、カンヌール両国でサーラが引き起こした事件を次々と証言していき、当然1日では足りず、3日もかけて、ようやく全てを聞き出した。
「なんと……カンアツは半数近くの要人が買収され、さらにここ十数年間で発生した犯罪事件の大半がサーラが起こしたものだったとは……しかもその数……死に追いやられた事件も含めて百件近い……このようなことが平和なカンアツ国内で水面下で行われていたとは……信じられん……。」
「カンヌールもそうですよ……50件もの重大事件を陰で操っていたのがサーラだったとは……信じられません……。」
サーケヒヤー王宮へ戻って最終報告すると、ジュート王子もホーリ王子も目を丸くした。尋問途中の間も毎日王宮へ立ち寄って兵士たちと訓練を終えてから帰宅していたのだが、途中経過報告は事態を混乱させてもまずいので行わずに、本日ようやく最終報告となったのだ。
1件1件説明していると大変なので、それぞれの案件を表にまとめて文書で報告した。その量の多さに、手書きの報告書は供述のメモをもとに、4人で手分けして書き上げたのだった。
「はあ……文書で報告いただけたのはありがたいですね……電信のFAXでは情報漏洩の危険性があるため、飛竜隊に持たせるつもりです。
買収されていたものたちをおびき寄せる作戦に関しては……あらかじめ教えていただいておりましたので、出入りの業者に協力していただきメモを折りこみ、待ち伏せして捕らえる作戦を指示いたしました。
何かだまし討ちみたいで嫌な感じもしますが、今のところ証拠となるものがないので仕方がありません。のこのこと出てきたところを捕まえて、言い逃れがきかない状態にして取り調べるつもりです。そうして家宅捜索などを行い動かぬ証拠を見つけます。
口の堅い信頼のおける人でなければ任せられないため、セーサ近衛隊隊長とサーマ副隊長の飛竜部隊はカンヌールへ戻っていただき、陣頭指揮を執っていただくことになりました。
飛竜部隊員たちは先生との特訓が受けられなくなると、非常に残念がっておりましたが、セーサ近衛隊隊長たちが直接鍛えてくださるということになり、納得させました。」
ジュート王子が、少し眉を曇らせながら打ち明ける。不貞を働くものたちが多すぎて、誰を信じていいのかわからなくなったのだろう。名前の挙がっていないものたちだって、裏では繋がっている可能性があるので、下手に指示も出せないのだ。
セーサたちだったら、事件の起きていた時はまだオーチョコで新人兵士たちの教官をしていたか、もしかすると現役の冒険者だったかもしれないから、大規模な汚職事件に関わっていたはずもないからな……彼らになら任せられる。
「カンアツはあまりにも反逆者が多すぎるため、国王に相談して王宮守備隊を使うことにいたしました。本来なら王様や王妃様を守る役割なのですが、信頼のおける兵士となると、国軍の中ではほかにいないのです。
下手をすると、カンアツでクーデターが勃発しかねないため、慎重に行うことにしますよ。幸いなのは、反逆者同士横のつながりがないということなので、少しずつ切り崩していくことにします。
そのため時間がかかりますね……反逆者全員を捕らえるまでには……恐らく半年ほど……そこから取り調べをして、一人ずつ犯した罪を確定させていくとなると……取り調べだけでも1年以上かかるでしょうな……つまり……全員の犯した罪を調べるだけでも1年半もの歳月がかかることになります。
その後、裁判で刑を確定していくのですが……あと何年かかるものやら……それらが全て済んでからとなるのでしょうね……サートラの……いや……サーラの刑が確定するのは……現時点ではサーラの裁判も難しいということになりますね……。」
ホーリ王子がため息交じりに告げる……はあ……数年がかり……。
「カンヌールも恐らく同じ状況でしょう……カンアツに比べて人数的には少ないのですが、規模の違いから、取り調べる側の人間も足りておりません……恐らく数年がかりとなりそうです……。」
続いてジュート王子もため息をつく……はあ……そうなのか……サートラ……サーラを捕まえて、ナガセカオルに切り替わり、今度はサートラに人格が入れ替わった。
サートラはずいぶんと協力的で、サーラがしでかした数々の悪事を、洗いざらい証言してくれた。いわば自供だ……これでトーマの父親や祖父の冤罪を晴らせるのだと思っていたのだが……どうやらまだ数年はかかりそうだ……。
しかもその間もだが……刑が確定して禁固刑や懲役刑になったとしても、サートラは生かし続けなければならないのだ……貴重な生命石をどれだけ使う事になるのだろうか……。