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サートラ覚醒

「まだ、ナガセカオルのままなのかい?」


「ああ……千年生きてきたナガセカオルのままだ……恐らく起きている間に突然入れ替わるということはないのだろう……これまでだって、目が覚めたら場所が変わっていたということが多かったからな……。


 悪いが、ちょっと眠らせていただくぞ……昼寝程度の仮眠でも、人格が入れ替わるかもしれぬのでな……。」

 ナガセはそう言ってから目を閉じた……。



「うん……?ここは……???ああそうか……サーラが捕まって収容された、シュブドー大陸の軍艦の中の営倉ね……取り調べの最中だったわね……私はサートラよ……。」


 1時間ほど経過して、こっちまで眠くなってきたころ突然ナガセが目を開けて言葉を発する……さっ……サートラ……?ううむ……予想外……。


「サーラではなくて、サートラなのか?ナガセカオルとサートラは全く別の人間だと言っていたが、サーラとは何者だ?」


 サーラはサートラでもナガセカオルでもない別人だと言っていたが、もう少しわかりやすく説明してほしい。やはり多重人格なのか?


「ナガセカオルというのは、いつの間にかこの体に入っていた、よその世界から来た人物よ。あたしはこの体の持ち主……ダンジョンから出てきた魔物に襲われて死んでしまった時に、ナガセカオルが転生してきたみたいね……ところが私が生き返ったものだから……こんな複雑なことになっているというわけ。


 サーラというのは、私のもう一つの人格ね……実験が失敗してダンジョンが崩壊し、カルネが不治の病を患って、ナガセカオルが落ち込んで出てこなくなった時、私も同じように落ち込んだわ……。


 自暴自棄になりかけていた時に、サーラという人格が目覚めたの……私の意識がナガセカオルと同じようにこの世から消えたいって思った途端に、表に出てきたのよ……。


 彼女が出てきてとても後悔したわ……サーラはとても凶暴な性格をしていたから……目的のためには手段を選ばないといった感じでね……。


 そりゃあ商社という商売をやっていくうえで、贈り物をしたり接待をすることはあったわよ……でも彼女の場合は高額な賄賂を渡して背任行為を促したり、その行為が明るみに出ようとすると、告発者を貶めたり拉致監禁して脅したり、ひどい時には殺してしまったりと、平気で犯罪行為に手を染めていたわ。」


 サートラは、目を伏せながら何度も小さく首を横に振った……。


「やはりサーラは、凶悪な殺人者ということだな……?それはそうと、どうして君はサーラのことを知っている?ナガセカオルは知らなかったぞ……別人格のことは、自分ではわからないと言っていたからな。


 サートラのことだって日記を互いにつけて、互いの人格の時に行ったことを知らせていたと言っていたが、サーラは日記を記していなかったのだろ?サーラはナガセカオルのことも君のことも知っている様子だったが、どうして君はサーラのことを知っているのだい?」


 サーラがサートラの名を語っているのではないのかと、疑いたくなる……私は犯罪行為に手を染めていませんって主張して、サーラという人格に罪を全部着せようとしているのではないのか?


「私はこの体の持ち主だから、サーラが目覚めているときの記憶もあるのよ……でも自分でコントロールはできないけどね……だから歯がゆかったわよ……サーラが犯罪行為に手を染めようとしても、それを止めることができなかったから……でも、もう大丈夫よ……私が出てきたから……。


 私が出ている間は、サーラの意識が出てくることを抑えることができるのよ……そうして彼女の犯罪行為を証言することもできるわ……。」


 サートラが笑顔を見せる……その表情は、トーマの意識の中にあった冷たい性格を感じさせるサートラのものとは全く異なる……柔らかで温かみのある、魅力的な女性のものだ……。

 やはり彼女は、極悪非情なサーラではなくサートラなのか……?


「それはありがたいけど……別にあなたがサーラではなくてサートラで、犯罪行為を犯したのがサーラだけだとしても、あなたも一緒に罰を受けるのだということは分かっているの?


 ナガセカオルは、同じ体を共有しているものの犯罪行為の責任は同じようにとると言っていたけど、あなたも同様で構わないの?体を分けるわけにはいかないでしょ?懲役や禁固刑になったら、刑務所に入れられるのはあなたの体なのよ……それでもあなたは証言する?」


 するとナーミがサートラに目を合わせて、真剣な表情で問いかける。不思議とナーミはサートラ寄りというか……中立的な立場で意見を言っているようだな……カルネの敵として憎んでいたはずなのに……。


 私はサーラじゃない!とか、刑が執行される時に泣き叫ばれても困るから、今のうちに念を押しておくつもりなのかな?サーラの犯罪行為を知っていたとしても、証言しないほうが彼女としては有利なはずだ……。


 もちろん俺としては何度もしつこく尋問して、どうにかして証言をとってやろうとするつもりではあるから、非協力的であったとしても、全然かまわないのだが……。


「助言ありがとう……優しいのね……あなたはカルネの娘のナーミでしょ?サーラが捕まるときにサーラの目を通してあなたの名が呼ばれるのを聞いて、ピンときたわ……カルネが自分にはナーミという素晴らしく可愛い娘がいるって言っていたから……生まれてから一度も会っていないというのにね……。


 一応、赤ん坊の時の写真を持っていて、見せてもらったわ……黄色い髪の毛の女の子……。」

 サートラは15歳の姿には似つかわしくない、母性を感じさせる優しい目でナーミを見つめる……さすが千年も生きていると違うな……。


「あ……あたしとしては……どんな犯罪者だとしても、法の下で平等に審査されて裁かれるべきと思うのよ……誰もが自分の身がかわいいのだから……無理してまで証言する必要はないと言いたかっただけよ。」


 ナーミは少し恥ずかしそうにほほを染めながら答える……なぜか知らんが、サートラに対する敵意は完全に消えているようだな……。


「それから……あなたは少年の姿をしているけど……エーミ……私の娘よね?あなたがサーラの正体を暴いたのよね……おかげで大事に至らなくて助かったわ……ありがとう……。」

 そうして今度は、さらに慈愛に満ちた表情でエーミへ目線を向ける。


「ま……ママ……本当のママなの?」


「えっ……ショウ……ちょっと待て……こっちへ……セーキ……一緒に来てくれ。」

「ちょ……ええっ……?]

 すぐにエーミの肩に手を当てこちらを向かせ、『ガチャッ』セーキに営倉のドアを開けさせると、ショウを引っ張り出す。


「ショウ……ショウには申し訳ないが、サートラの尋問は立ち会わないほうがよさそうだ。


 セーキ……悪いがショウを甲板まで連れて行ってくれないか?ミニドラゴンの相手をさせていたほうがいい。サートラは催眠の術を使うから、サートラの娘であるショウには危険すぎる。」 

 セーキを伴いショウを営倉の外へ出し、彼に甲板まで一緒に上がってもらうようお願いする。


「そのようだな……ナーミちゃんもやばそうだから、彼女もいっしょに連れて行こうか?」


「いや……ナーミはサートラとの面識は、サーラとなった王宮での事件以外はなかったから、多分大丈夫だろう。ナーミは性格がまっすぐだから、不利な状況をだまっていられないだけだと思う……逆に、サートラに負の感情を抱いていて、拘束して動けないサートラに暴力を振るわないかと、初日の取り調べは遠慮させた。


 余計な心配だったと思って、反省している。

 じゃあ、悪いがショウは……外で待っていてくれ……いいね?」


「うーん……僕としては……ママが小さなころのママに戻ってくれたのはうれしいけど、サーラっていう人格のことがよく分からないから……見ないほうがいいというなら……仕方がないね……。」

 ショウは多少不満気味にほほを膨らませながらも、セーキと共に甲板への長い階段を上がって行ってくれた。


『ガチャッ……バタンッ』

「悪かったね……申し訳ないが、ショウ……というかエーミは席を外させてもらったよ。さすがに肉親を取り調べる席に同席させるのは、よろしくない。外観の全く違うナガセカオルだったらよかったのだがね……。


 恐らくエーミとしても、サーラという人格には違和感を感じていたのかもしれない。君が本物のサートラだね?」

 営倉へ戻って、サートラに念を押して確認する。


「そう……私はサートラよ……でも……サーラのことも悪く思わないでほしいの……彼女だって最初から悪だったわけではないわ……傷心のナガセカオルが表に出てこなくなって、あたしも同様に心を病んで……その隙間から新しい人格が生まれたのね……サーラという……。


 彼女は何も知らないのに突然、命の危機にさらされ、状況を理解するために私とナガセカオルが記した日記を読み漁り、生命石がなければ急速な老化で死んでしまうことを理解したわ。


 すぐにこの大陸へ来た当初に攻略した猛獣ダンジョンが、ヌールーの王宮地下にあることを突き止め、カルネに構造図を見せて手助けを頼んだの。サーキュにお願いして王宮内に忍び込むための、手はずも整えてね。


 ところが彼の返事は無理……の一言。カルネはすでに不治の病と診断されていて、起き上がることがやっとの状態で、それでも仲間に電信で問い合わせてくれていたみたいだけど、彼らの返事も同様だったようね。


 いくらお妃に手引きされると言っても大人数で王宮に忍び込むわけにはいかないから、せいぜい数人……サーラに加えてカルネのチーム4人程度じゃあ、300年規模のダンジョン攻略は不可能という見解だったわ。


 せめて3チーム12人は必要だけど、さすがにそんな大人数で人目を避けて、王宮の離れの地下へ潜りこむなんて、不可能だと言われたわ。仕方なく彼女は一人で仲間の魔物たちを引き連れて、幾つかの百年級ダンジョン攻略をして当面の生命石を確保したの。


 ナガセカオルの名で冒険者登録をしていたから、ギルドではたった一人だけでも百年ダンジョンへの挑戦を拒まなかったわ……なにせ、ギルドの創設者なのよね……。」


「ああ……ギルドを作った話はすでに聞いている……。」


「そう……サートラン商社ビルで飼育していた魔物たちは、ダンジョン攻略のための仲間として飼育していたのよ……サーラは間違った使い方をしていたようだけどね……当初の目的は違っていたわ……人間の冒険者仲間は裏切るけど、魔物たちは裏切らないからね……。


 そうして生命石を安定供給させる目的で、養殖用の精霊球を確保するために、どんどんと悪事に手を染めていったのね……さらに300年ダンジョンの存在を覚えていたサーキュが、ジュート王子を葬るためにそれを利用したりと……一度歯車が狂いだすと、次々とおかしくなっていったのよね……。」


 サートラが、ため息交じりに告げる。段々と話が繋がって来たようだな……。


「ようし……じゃあ、証言していただけるのなら有り難い……だが、本当にいいんだな?証言したから君だけ助けるなんてこと……土台無理なんだからな?」

 最後にもう一度念を押して聞いておく。


「サーラの犯罪行為は許せないけど、そのおかげで私とナガセカオルは延命できていたのよ……だったら、その罪を一緒に償うのも当然よね……仕方がないわ……。


 でも……まさか死刑なんてことにはならないわよね?せいぜい懲役刑か禁固刑でしょ?」

 サートラが小さく何度も頷きながら、最後はすがるようにして尋ねてくる。


「あ……ああ……俺が判決を下すわけではないから確約はできないが、カンヌールでは死刑制度はないそうだ。だから、禁固刑ではないかという予想だな……何十年になるかは分からないがね……。」

 とりあえずジュート王子が言っていたことを、そのまま答えておく。


「だったらいいわよ……その刑に服している間は、生かしておいてくれるのでしょ?生命石の粉を与えてくれて……まさか、放置ってことはないわよね?


 私が自由の身であれば、ダンジョンへ潜ってでも生命石を手に入れられるけど、刑務所のなかだと絶対に無理なんだものね……だから、そのまま死なすなんて、人道上許されないわよね?」


 サートラがにっこりとほほ笑む……しまった……そうか……いわば持病の治療薬ともいえる生命石の粉……収監中は与え続けなければ、サートラたちは死んでしまうのだ。


 与え続けないことは、保護責任者義務違反……とかいうことになるのではないのか……?生命石の供給を絶って、老衰で死んでいただく……というわけにもいかなさそうだ……少なくとも禁固刑中は……。


「そっ……その辺りは俺一人の判断で答えるわけにはいかないから……皆と相談してみるさ……。じゃあ、サーラの犯罪行為を洗いざらいぶちまけていただこう……。」


「いいわよ……まずはどれからにする?」


「そうだな……まずは精霊球の使用期限を半分の年数で廃棄させるために買収した軍幹部と、購買担当者の名前を教えていただこう。この件に関してはカンヌールのみならずカンアツでも恐らく同様だろうから、両方の軍の担当者の名前を教えてくれ。


 当然ながら本人へ確認するし、しらを切られたときのための証拠物件なども必要となる。ただ単に名前だけ言えばいいということではないから、簡単ではないぞ。」


 まずは疑獄事件の発端ともいえる、精霊球の使用期限短縮のために買収した軍幹部の名前を聞いておく。

 この案件を隠すために、様々な裏工作や役人たちの買収が行われていたはずだからな……。


「いいわよ……まずは……カンヌールのサーギ大佐……はすでに分かっているわよね……。」

 サートラは、ためらうこともなくゆっくりと話し始めた。


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