取り調べ再開
「では、明日にでも刑務所を建築する旨を、南の大陸政府へ伝えることにしましょう。セキュリティシステム
構築に協力していただくよう、要望もしておきます。彼らだって英雄であるナガセカオルを、極刑に処されては困るでしょうから、懲役刑や禁固刑に服するための協力なら惜しまないと考えます。
何年間も軍艦を派遣していただくわけにもいかないですし、シュッポン大陸側でサートラの身柄を拘留可能な場所を、早急に作るのはいいことですね。犯罪者の収容施設ですから、幾ら最新鋭設備でセキュリティが完璧でも自慢できるものでもありませんが、軍の基地よりは平和利用目的といえるでしょうからね。
では、本日はこれで帰ります。」
「そうですか……頂いたビデオテープはダビングして、カンヌールとカンアツ王宮向けに、飛竜にて送付しておくことにします。勿論、先に頂いていたサーラと名のった時の取り調べの様子は、サーキュ元王妃と一緒にカンヌール王宮宛に送付済みです。
証言が出そろっておりますから、裁判は比較的スムーズに進むことでしょう。
それよりも……せっかくですから兵士たちの訓練に参加いただけませんか?」
すでに夕刻のため、早々に浮島の自宅へ帰ろうとしていたら、ジュート王子に訓練への参加を促されてしまう。そういえばこのところ、軍の訓練を疎かにしていたな……ホーリ王子にはカンアツ国軍の兵士も分け隔てなく訓練すると約束していたはずなのにな……申し訳ない……。
「そっそうでしたね……丁度夕方の全体訓練の時間でしょうから、参加させていただきます。トオルたちもいいね?」
頭をかきながら苦笑いをし、トオルたちにも促す。
「はいっ。」「いいわよ……。」「もちろんだよ……。」
久々に、全員参加で軍の兵士たちと一緒に汗を流した。もちろん毎日の訓練を欠かしたことはないのだが、やはり若い兵士たちと一緒に訓練すると、余計に張り切ってやるものだから、息も切れる。
普段の訓練は決して気を抜いているつもりはないのだが、慣れというか散漫になっているのだろうな……改めて気を引き締めて、真剣に訓練に没頭した。
訓練後ミニドラゴンと一緒に浮島へ戻り、シャワーを浴びて夕食。今日の夕食メニューは巨大フランクフルトとジャガイモのフライにスープとパンだった。フランクフルトにはビールがよく合って酒が進んだが、さすがに溜めていた食材も使い果たし、王宮内のグロッサリーで購入したということだった。
もうしばらくすれば、生ハムが食べられるようになるというので、それは楽しみではあるのだが、そろそろダンジョンが恋しくなってきたな……。
<ナーミ……これまでいろいろと心配をかけたな……だが俺はナガセカオルに毒殺されたわけではない。あれは不幸な事故だったのだ。ナガセカオルを責めないでやってくれ……彼女のせいでは決してないのだ。
彼女だって貴重な実験装置や、元の世界へ帰る為の唯一の道筋であるダンジョンを破壊されてしまったのだ。心の傷はすごく大きいはずだ……彼女を支えてやってくれ……>
緑色の髪に精悍な体つきの若者が、ナーミに囁きかけてきている。
「うん?パパ?パパなの?……はっ……」
カルネからの呼びかけを感じ、ナーミはベッドから飛び起きたが、見回しても周りには人影もない……夢だったようだ……。
「パパが不幸な事故にあって、それで不治の病になったことは理解したわ……パパのことでサートラを恨まなくて済んで、あたしもほっとしているのよ……サートラにはパパからの養育費の仕送りをネコババされて、ママが病気になったり、あたしが人買いに売られたという恨みは残っているけどね……。
でも……少しはすっきりしたかな……パパを殺されたんだったら……刺し違えてでも恨みを晴らすつもりでいたからね……。そうしなくてすんで……ほっとしている……なんでだろ……ちょっと前までだったら、何が何でも犯人にすべての恨みをぶつけようと……必ず見つけ出すんだって死んだママに誓っていたはずなんだけど……。
ワタルたちと一緒に冒険を続けてきて、色々な人たちに出会って関わりを持ったせいかな……少しは周りの人に、やさしくできるようになった気がする……あたしが力になれるのであれば、助けてあげてもいいとも思えるようになってきたわ。パパも天国から見守っていてね……おやすみなさい。」
ナーミは真っ暗な部屋のカーテンをめくりあげ、月明かりに照らされた湖の様子を眺めながら、ひとり呟いた後ベッドへ戻った。
「そうですか……最新鋭の警備システムの刑務所を建築するというのですね。センサーや認証装置にオートロックなど、連合国側から支援は惜しまないと……申しております。
……軍艦は1年程度はサーケヒヤー国に滞在させる予定でしたが……ナガセカオルのその後の収容施設が確保されることは、大変喜ばしいと申しております。
幾らシュッポン大陸では凶悪犯罪者であったとしても、やはり処刑されるのは忍びないようです。」
翌朝、いつものように空母へ出向き、セーレ達に刑務所建築のことを打ち明けたら、早々に協力を申し出てくれた。イヤホンマイクからの返答をセーレが伝えてくれた。
ナガセカオルは南の大陸では神のような存在だからな……下手をしたら南の大陸へ連れて帰ると言い出すのではないかと心配していたので、刑務所建築の計画を聞いて協力を申し出てくれた時は、ほっとした。
「まあ、サートラ……いや、今はナガセか……には言わないで置いたほうがいいだろうがね……自分を収容するための施設建築だなんて、有難くもなんともないだろうから。
それよりも……南の大陸側では、今後もナガセカオルの延命というか長寿を望んでいるのかい?」
収容施設建築とは別に、確認しておきたいことを聞いておく。
「長寿……と言いますと……?どういうことでしょうか?」
「いや……生命石を粉にして、ナガセカオルに与え続けるのか……ということを聞いておきたい。もちろん裁判の判決が下されるまでは、生命石の粉を与え続けてでも生かしておく事になるだろう。
それくらいであれば、ナガセカオルの手持ちの生命石でも何とか持つだろうしね。10gあれば1ヶ月は持つと言っていたから、あと数ヶ月は大丈夫だろうと考えている。
俺が聞きたいのは、それ以降のことだ……南の大陸の養殖場から産出される生命石を与えてでも、彼女を延命させるつもりなのかどうか……ということだ。
これは俺個人の考えだが……禁錮刑になったとしても、これ以上彼女に対して生命石を与えなければ、間もなく死んでしまうだろう。処刑ではなく、どちらかというと天命を全うするというか、生命石やダンジョンの台座を使って、無理して伸ばしていた寿命を全うするという形になるだろう。
いい加減、死なせてやってもいいのではないのか?千年も生きながらえてきた目的である、元の世界へ帰る夢も、もう叶わないのだからな……これ以上長生きする意味はないわけだろ?」
処刑ではなく自然死……ともいえないのだが、わざわざ罪人に貴重な生命石を与えてやる義務はないはずなのだ。たとえそれが、彼女が調達してきた精霊球から養殖された、生命石だとしても……だ。そもそもその精霊球の調達方法が、犯罪がらみなわけだからな……。
「そっ……その件に関しましては……はい……はい……連合国側でも議論いたしますので、結論が出るまではお待ち願いたいようです。やはり神の延命を望む声が多いようですね……。」
すぐにセーレが、イヤホンマイクからの指示を伝えてくれる……ううむ……やはりか……何せ神なのだものな……だがしかし……凶悪な犯罪者であるということも、まぎれもない事実なのだ……。
とはいえ、そう簡単には結論が出ないだろうな……死なせてしまってからでは取り返しがつかないのだから、南の大陸側が納得するまでは、生命石を供給してでも彼女を生かし続けることになってしまいそうだ。
不本意だが仕方がないか……今だって彼女を収容するために協力してもらっているのだしな……彼らの意見だって尊重すべきだろう。
そういった地域的な考え方もあるから、軍基地を利用しての収容施設建設は必要なのだろうな。
「分った……まだ多少時間的な猶予はあるから、早めに南の大陸としての見解をまとめておいてくれ。貴重な参考意見として、本国へ伝えるつもりだ。
じゃあ、本日の取り調べを行うとするか。」
どのような結論になるかわからないし、カンヌール王やカンアツ王がそれをどの程度まで受け入れるかもわからない。だがまあ、完全に無視してまでこちら側の意見を押し通すということだけには、ならないだろう。
「本日は、どのような内容の取り調べを行いますか?ナガセカオルが、こちら側世界へ来てからのおおよそのあらすじは、すでに昨日で聞き終わっております。尋問は終了したと昨日伺いましたが・・・?」
「ああ……サートラ……サーラと名のっていたが、奴が行った犯罪に関しては、全て黙秘しているからな。逆に言えば黙秘しているのは自分が関与したと、認めているようなものではあるのだが、裁判の証拠としては使いにくいだろう。同じ体を共有しているナガセカオルになら、何か情報が伝わっていないかと思ってね。
今日はナガセカオルへの尋問ではなく、サーラが犯した犯罪に対する尋問を行いたい・・・追加で申し訳ないがね。」
サーキュ元王妃が指示をした犯罪行為に関しては、サーラは包み隠さずに話したが、自分が関与した件に関しては全て黙秘だ。否定したわけでもなく黙秘ということは、関与したという自白ともとれるのだが、それを無理やりこじつけて、裁判の証拠とするわけにもいかないだろう。
揉め事の裁定は基本的に決闘で、裁判が行われることが少ないこの世界だとしても、裁判自体は法にのっとった裁判であるべきだ。疑わしきは罰せず……とまではいわないが、やはり確定的な証拠がない事柄に関しては、明確な自白が欲しい。
「そうですね……サーラと名のっていた人格を問い詰めるはずが……ナガセカオルという人格に入れ替わってしまいましたからね。彼女を追求するのは気の毒なような気もしますが、やむを得ない面もありますね。」
セーレが、ためらいがちに……それでも同意してくれる。
「擬態石を与えてやればいいんじゃない?サートラの人格が現れたのは、擬態石を粉にして飲んで、サートラ本人の容姿に擬態してからだって言っていたじゃない。実験が失望して心を閉ざしたナガセカオルの人格が現れたのは、擬態石の効果が切れたからだろうって言っていたでしょ?
黒髪の姿の時には、サートラの人格は現れないって言っていたから、サートラの姿に戻してあげれば、サートラなりサーラ……?なりの人格が、現れると思うのだけど……。」
すると突然ナーミが口を開く……確かにそうなのだ……俺もそれは考えたのだが……。
「ナガセカオルの証言を信用するのであれば、確かにあの姿のままでは、サートラやサーラの人格は出現しないのだろう。人格を入れ替えるには、擬態石の粉を与えてサートラの姿に戻してやるしかない。
だが……危険性もあるぞ……サーラは狂暴な犯罪者だからな……その点ナガセカオル自体は温厚でまじめな性格……南の大陸で神と崇められた時の人格であろうと理解している。今の姿のままであれば、サートラやサーラの人格が現れないと聞いて、俺は少し安心しているんだ。
特に狂暴そうなサーラの人格だと、いつ暴れだすのか気が気じゃないからね。何せ俺たちは彼女を捕まえたわけではなく、貴重な装置を壊されないよう、サーラが自主的に投降したのだからな。
だから拘束服を着せていても、サーラと向き合っていた時は、俺はずっと緊張していた。」
華奢な体つきにもかかわらず、片手でジュート王子の体を持ち上げたり、トオルの投げたクナイを、至近距離から簡単に受け止めたサーラ。千年もの永きに渡って生き続けてきたとは分かっていても、その強さは人間離れしている……まさに神だ……。
そんな彼女が暴れだしたらと思うと……臆病者の俺は怖くてたまらない。ナガセカオルなら、その点安心なのだ……ずっと彼女の人格のままでいてほしいと、俺は考えている。
「でも……別の人格でやったことは分からないわけでしょ?互いの行動を日記に付けて知らせていたって言っていたじゃない……でも……わざわざ犯罪行為をしましたって日記には書かないわよね?あたしだったら、そんな証拠になるようなこと、絶対に残さないわよ……。
かといって、ただ怪しいというだけで決めつけるのは、どうかと思うわよ……証拠がないのなら、本人からやったかどうかきちんと証言を引き出さないと……。」
ナーミはあくまでも擬態石を使用してでも、サーラの人格を呼び出すことを主張する。
「ああ、そうだな……ナガセカオルを捕らえたダンジョンに残されていた日記には、最近の様子は記載がなかった。だから、もちろんサーラが犯した犯罪のことは何もわかっていないわけだ。
だが、同じ体を使っているわけだろ?うっすらとでも、その当時の記憶が残っていないものかと思ってな。」
俺がこの世界へ転生してきたとき、すぐにトーマのこれまでの記憶が意識の中に流れてきた。おかげでトーマとして生活してこられたわけだが、ナガセだってこの世界へ転生してすぐにサートラの記憶が流れてきたと言っていた。
人格が変わるときに前の人格時の記憶が流れてきてもいいように感じるのだが、それはないとナガセは否定した。その為日記をつけていると言っていたわけだ……だが……うっすらとかぼんやりとかでも、記憶がないのか聞いてみたい。そんなような気がする……的な……。
あるいは、本当は記憶が流れてきているのだが、知らないふりをしているとか……罪を認めることになってしまうからな……。
「取り敢えずナガセカオルに聞いてみて、ダメだったら、ほんの少しだけ擬態石を削って与えてみたらどうなの?量が少なければ、短い時間で擬態が解けるかもしれないでしょ?」
ナーミがくりくりの大きな目を輝かせながら、笑顔を見せる。擬態石の効果に興味津々の様子だ……やはり、女の子だな……。
「どうでしょうね……擬態石は装着することで顔か体かどちらかの擬態を促すものです。与える量を減らしたら、擬態する期間ではなく箇所が減ってしまったりするのではないでしょうか?目だけとか唇だけとか……そんな気がしますけどね……。」
擬態石を実際に利用しているトオルの意見は、ナーミとは異なり少々否定的だ。
「ナーミのいう通り、まずはナガセにサーラの時の記憶がないか聞いてみて、ダメなら擬態している期間を短縮する方法がないかどうか、ナガセカオルに聞いてみるとしようか……奴なら詳しいだろうからな。」
とりあえず、この場で議論していても始まらないので、ナガセカオルがいる営倉へ向かうことにした。