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サートラの身柄はどこへ?

物語は佳境へ入ってまいりました。終章間近の14章、開始です。

「そんなことが・・・じゃあ、カルネが不治の病に侵されたのは・・・?」


「ああ・・・その事故が原因じゃ・・・別に毒薬など飲ませてはおらぬぞ・・・まあカルネなら、どんな毒薬でも見破ってしまったであろうがな・・・。


 プラズマの電子雲の中に一定時間以上さらされて、彼の体中の細胞の構造が原子レベルから変わってしまったのじゃろうと推測しておる。放射性同位元素に置き変わったり、あるいは不安定な遷移体に変化してしまったようじゃ。


 最早人としての体裁を保つことすら困難な体だったというのに、彼はそれでも明るく我を励ましてくれた。


 じゃが・・・事故から1年ほどして、灼熱の溶岩の熱も収まったと思える頃、再び我が転生してきたダンジョンを尋ねて見たのじゃが、旧王都はすでに場所を移しており、さらにダンジョンは異次元世界へつながる迷宮への入り口ではなく、ただの洞窟と化しておった。


 ダンジョンが繋がっていた異次元世界との接続が途切れ、異世界への入り口は閉ざされたようじゃった・・・それでも地殻変動でマグマが噴き出したことにより、地下へと続く洞窟は形成されておったが、1キロも進めずに、その先はふさがっておった。最早ただの洞窟じゃ・・・。


 つまり年に一度、台座で過ごして老化してきた体の細胞をリフレッシュするということが、不可能となったわけじゃな。千年もの悠久の時を過ごしてきて、何とか元の世界へ戻る術を探っておったのじゃが、これで完全に望みは絶たれたというわけじゃ・・・。ふうっ。」


 ナガセは少しうなだれながら、小さくため息をついた。


「こつこつと集めた部品で作った貴重な実験装置を失い、ダンジョンは破壊され、さらに一番大事な実験の協力者をも失ったのじゃ。傷心した我は、もうこの世界へ留まることは意味がないと考え心を閉ざした。


 じゃが・・・擬態が解けてナガセカオルの姿に戻ってしまったがために、我の意識が復活したのじゃろう。

 この姿でいる限りサートラが現れることは、これまでになかったからな。」


 ナガセカオルがこの世界へ転生してからの、永い永い人生を語ってもらったが、まさに波乱万丈の人生だったようだ。それはそうだろう・・・何せ千年間も生きながらえてきたのだ・・・しかもその大半を、指導者として過ごしてきたのだ・・・この世界の文明レベルを向上させるために・・・。


 ナガセの努力がなければ南の大陸で、電機や通信、自動車やジェット機に軍艦などの技術がここまで発達することは、なかったであろう。それは、ナガセが国の指導者として積極的に統治をしようとしなかった、ここシュッポン大陸の文明の発展状況を見ればわかる。


 魔法を使えるようになる精霊球や、不思議な力を持つ特殊効果石に加え、3竜が存在するシュッポン大陸では、エンジン付きの乗り物など必要と感じなかったであろうからな。


 さらにカルネの死は病死ではなかったが、聞いた状況から察するに事故死だ。サートラが誰にも分らないように毒を飲ませた・・・ということではなさそうだ。話の流れからしても自然だし、恐らく嘘ではないだろう。


 ナガセカオルの言葉を全て信じなければならないとも思わないのだが、否定する理由も見当たらない。カルネの死にかかわっていようがいまいが、サーラとして犯した犯罪行為が消え去るものではないのだ。それは彼女だって認識していることだろう。


「パパの死は・・・事故死・・・。」

 カルネの死の真相を探ろうと、まさに生活のすべてをかけてきたナーミが、呆然自失となる。


「あなたは、この世界へ転送してきてから、生命石やダンジョンに存在する命の台座ともいえる場所で何度も再生し、生き永らえてきました。そうしてシュブドー大陸の女帝として人々を導き、シュブドー大陸の文明の発展に寄与されてきました。それは大量虐殺や民衆からの略奪などの犯罪行為なしで、行ってきたのですね。


 そうしてさらにシュブドー大陸の人民たちの独立心が芽生えると、民主国家への道筋を指導してからシュッポン大陸へやってきて、こちらの大陸では指導者的な立場にはつきませんでしたが、サーケヒヤーとシュブドー大陸との交易を通じて、この大陸の文明の発展にも多大な寄与をされました。


 それも全てはあなたが元の世界へ戻るための装置・・・を作成するためとはいえ、その貢献の度合いを否定するものではありません。


 ところが、その実験の最中の不幸な事故により、大事なパートナーであったカルネが不治の病に侵され、その上実験装置や元の世界へ戻るカギとなるべきダンジョンも破壊されてしまった。


 それで失望し、あなたは心を閉ざした・・・サートラというもう一つの人格も心を病み、サーラという凶暴なもう一つの人格を作り出したのかもしれません。あなたが生きながらえるには大量の生命石が必要となったからです。そのためには人を騙したり操ったり、犯罪行為をも辞さないという、サーラという人格・・・。


 全ては、サーラという新たに発生した人格の犯した罪といえるのでしょうね・・・。」


 トオルが神妙な面持ちで、あらすじをまとめる。その通りだろうな・・・せっかく元の世界へ戻れる算段がつきかけてきたときの大事故・・・これによりすべてを失ったナガセカオルとサートラは、この世界に居たくはないと心を閉ざし、サーラという別人格が生まれたのだ。


「アカシロ連合国の人々も喜ぶでしょう。人民の恩人であるナガセカオル様に再会できるのですから。すぐに艦長に報告いたします。」


 セーレはかしこまって深々と頭を下げた。シュブドー大陸の人間からは、ナガセカオルの指導力や神がかった科学の知識の話しか聞いていなかっただろうからな。


 まさか、その正体が、彼らが探し求めていたサートラであるとは露知らず・・・だがまあ・・・今は空母の中で恐らく監視下にあるのだろうから、余計な言葉を発するわけにはいかない。取り敢えずはシュブドー大陸側の人間として、ナガセカオルと相対するしかないのだろう。


 どちらにしても、探し求めていたサートラが、ナガセカオルというこの世界に転生してきた人物と同居する別人格であると知り、少々面食らっているだろうな・・・どう対処すればいいのか、分からないのだろう。


「ちょ・・・ちょっと待ってくれ・・・部屋を出よう・・・。」

『ガチャッ・・・バタンッ』ナガセの目の前で議論するわけにはいかないので、一旦営倉を出る。


「だが、どうする・・・狂暴なサーラという人格が同居しているのだぞ・・・このままにはしておけない。俺たちと一緒にいる時間くらいはいいだろうが、それ以外は拘束して拘留するしかないのではないか?

 いつまた、サーラの人格が目覚めるかわからないのだからな。」


 ナガセカオルの人格に切り替わったのだとしても、自由にはしておけない。なにせ見た目では、どの人格でいるのか分からないのだからな。たまたま今は、日本人的な外観のナガセカオルでいるからいいのだが、人格で外観が切り替わるということはないのだろう。


 彼女の話ではナガセカオルの外観では生きづらいので、サートラの容姿に擬態していたと言っていたからな。たまたま今は擬態石の効果が切れているだけなのだ。


「でも・・・この姿でいる限り、サートラの人格は出てこないと言っているではないですか。・・・擬態石を使ってサートラの姿にならない限り、・・・サートラにもサーラにもなりえませんよ。


 拘束を解いて・・・自由に生活していただいても問題ないのではないと、連合国側は判断しているようです。」


 セーレがイヤホンマイクからの指示を聞きながら告げる。カルネの敵と思って調べていたサートラだったが、死の原因が事故が起因していたことを知り、サートラへの恨みも消えてしまったのだろうか。

 加えて自分たちと同じ黒髪を持つナガセカオルという人物に、親近感を覚えているのかもしれない。


「それは彼女自身が言っていることで、実際はどうだか俺たちは検証していない。油断なく対処する必要性がある・・・自由にしていて逃げられたらことだぞ・・・さすがにもう一度捕まえられる自信はない。


 毎回養殖実験のダンジョンに潜むことはあり得ないのだからな・・・探し出すのだって砂漠の中で一粒の砂を探すようなものだし、しかもあの時は貴重な装置が周り中にあって、壊れるのを惜しんだサーラが戦うのをやめただけだ。だからこそ、俺たちは無傷で彼女を拘束できた。


 だが、次はそうはいかない・・・返り討ちだってあり得るわけだ・・・彼女を自由にするわけにはいかない。」

 シュブドー大陸政府の指示に従おうとするセーレに対して、待ったをかける。一方的な話だけで何も検証せずに、彼女を開放するわけにはいかない。


 しかも別人格と言っているが、間違いなくサーラもサートラもナガセカオルも、俺に言わせれば同一人物なのだ。サーラが犯した罪だって、ナガセカオルもサートラも償う必要性があるのではないのか?


「心の病ともいえる多重人格に関して、一つの人格が犯した罪をどう償っていくかということですが・・・医療技術の進んでいる連合国側でも、難しい問題のようです。ですが一つの人格が犯した罪を、別人格にまで償わせることはできないという判決が、最近の裁判では下されているようです。


 何でしたら、彼女を連合国へ引き取って病院へ入院させたのち、多重人格かどうかの精密な診断や、サートラとサーラとナガセカオルの人格区分なども解析させてもいいと申しております。

 いかがでしょうか?」


 セーレが、シュブドー大陸政府からのコメントを告げる。いかが・・・と言われてもな・・・。


「だめだ・・・申し訳ないが、彼女は渡せない・・・サーラなのかサートラなのかわからないが、彼女の被害者は、シュッポン大陸側にだけいるのだからな。被害者のいないシュブドー大陸側では裁けないはずだ。


 捕まえたのも俺達だし・・・彼女が催眠という高度な術の使い手で、サーケヒヤー国もカンヌール国も彼女の拘束に関して安全とは判断できなかったため、暫定的に拘留場所としてこの船を使わせてもらってはいるが、彼女の身柄を引き渡したつもりはない。


 彼女をどうするかは、悪いがこちら側で判断させてくれ。」


 サートラかサーラか不明だが、彼女の被害者は大勢いるはずだ・・・直接手を下されたものだけでなく・・・。


 トーマだってナーミだってエーミだって被害者であるし、トーマの場合は家族全員が被害者といえる。だからと言って、俺達だけの判断でどうこうすることはしない。トークにも相談する必要性はあるだろうし、カンヌール王やカンアツ王にだってお伺いを立てる必要性があるだろう。


「わかりました・・・ではこうするのはどうでしょう・・・この船はこのままこのマースの港に停泊を続けます。といっても・・・乗組員たちを帰国させる必要性がありますから・・・来月にでも代わりの軍艦を送ってきます。その軍艦と乗員を入れ替えて、この船は引き続きこの港に停泊し続けます。


 この船はセキュリティが万全で・・・IDがなければ外へ出るどころか、通路を歩くこともままなりません。何の認証も持たないナガセカオルであれば・・・営倉を出ることも不可能です。


 外へ出なければ瞬間移動できないというのは彼女の証言だけではなく・・・これまで拘束を続けられたことから確かなことだと考えます。さらに、移動石という特殊効果石の効果が切れていることは・・・かなりの確率で確からしいです。


 この船の営倉に拘留している限り、彼女は逃げ出すことはままならないはずです。ですので、この船に引き続き拘留させてください・・・偉大なる恩人のナガセカオルに対し、これ以上ひどい仕打ちは出来ないというのが・・・連合国側の人民の総意です・・・。


 どうか賢明なるご判断を・・・お願いいたします・・・。」

 セーレが、人が乗り移ったかのように宙を見つめるうつろな瞳で、イヤホンマイクからの言葉を俺たちに伝える。


「わかった・・・ここにいるものたちだけで決められることではないから、持ち帰って検討することになるが、正式な対応が決まるまでは、彼女の身柄をこの船に置いておくことには同意しよう。


 だが、彼女の罪をどう罰するのかは、あくまでもシュッポン大陸側で決めさせていただく事になるだろうと、俺は考えている。もちろん南の大陸の人たちにも報告するし、理解して頂くよう努力はするつもりだ。


 彼女のおかげで人が死んでいるし、さらに精霊球の横流しに関して多くの被害が生じているうえに、役人たちを買収するための裏金も動いていたはずだ。


 これらは現在調査中で、大きな権力を持っていたサーキュ元王妃を追求することで、全貌は明らかになっていくことだろう。サートラは手助けをしただけだと言っているが、実際のところどこまで悪に手を染めているかも、追々わかってくると考えている。


 処遇が確定するまでは、ここに預けることは構わないだろうと俺も思う。確かにここに拘留しておけば万全だ。あのような拘束服は不要であれば、彼女の負担も減るはずだしね。」


 取り敢えず、当面の間ナガセカオルの身柄は、この船に預けることには同意しておく。連れて帰ると言い出したらシュブドー大陸側と争いが発生しかねないし、何より拘留しておく適当な場所が思い当たらないからだ。


 一旦王宮へ戻って、カンヌール王やカンアツ王も含めて、ナガセカオルという人格の存在に対して、今後の対応を決める必要性があるだろう。


 サーキュ元王妃と一緒に裁判にかけて正式な判決が下されれば、シュブドー大陸側だって納得するしかないだろう。この世界に死刑制度が存在するかどうか俺は知らないし、基本的に決闘でけりをつける風習が残っているのだから、裁判の判決の効力だって、どれほどのものか・・・トーマの記憶を手繰っても不明確だ。


 それでもこれだけの大事を起こしたのだから、正式な裁判にかけて、誰もが納得する罰を下したいと俺は考えている。カルネのことが事故であったとしても、サートラが犯した他の罪は消えないのだ。


 その根本原因が、カルネの死と実験の失敗にあったとしても・・・だ・・・それがナガセカオルが元の世界へ帰りたいとの望みが絶たれた絶望感からだとしても、あくまでも個人の都合でしかない。周りの人間を巻き込んで、迷惑をかけてもいいといったことには絶対にならないと俺は考える。


 これまでどれだけこの世界に貢献してこようと、千年間も生きながらえてようやく見え始めた希望の光が消えてしまったのだとしても、それは彼女一人だけの都合でしかないのだ。


 同情の余地はないことはないが、犯罪の正当性には至らない。どのみち生命石を与えずに放っておけば、彼女は急激な老衰で死んでしまうことだろう。さらに生命石だけで若返りを続けるのは難しいということだから、より生命石が必要となるのであれば、その供給まで面倒を見てやる必要性はないはずだ。


 すでに千年間も生きたのだ・・・だからこそ、より死というものについて過敏に反応するという気持ちも理解できないでもないが、そのフォローまでしてやる必要性はないと俺は考える。


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