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移送実験

 ナガセがシュッポン大陸へやってきてから300年経過したころには、すでに南の大陸からLSIなどの半導体が輸入されるようになっていた。勿論サートラン商社が独占で輸出入を行っていた。


 半導体技術を持たないサーケヒヤー国では、シュブドー大陸から提供された図面に従って、それらを使って主に通信機械を作る程度ではあったが、それでも大陸中であればどことでも連絡可能な技術は大陸中の国々の行政機関や軍隊から必要とされ、サートラン商社は莫大な収益を上げ、もちろんサーケヒヤー国をも潤した。


 組み立て技術の進歩から、そのうちにビデオカメラやモニターなども生産可能となり、工業製品の収益を使ってダンジョンから取得されたダイヤモンドやルビーなど宝飾品の原石を大量に仕入れて、シュブドー大陸から輸入される半導体製品の代金に充て始めた。


 ナガセは自分の研究のために高周波発生装置や電磁波発生装置など、独自に設計した実験装置を作り続けていたが、もっと部品の供給を受けるには、それに見合った精霊球が必要だった。シュブドー大陸では、宝石の原石も珍重されたが、生命石や擬態石を養殖する際の副産物として得られる輝照石を何より有難がっていた。


 大量の精霊球の見返りとして最新戦艦や超LSIなども輸入可能となっていたのだが、それを継続するためにはもっと多くの精霊球が必要だった。既にギルドという組織を作り上げ、冒険者という職業を生み出し、ダンジョン攻略をナガセ自ら行わなくても、精霊球の取得は可能となっていた。


 当初からサーケヒヤー王国内で購入する精霊球を使用期限半分で取りやめ、シュブドー大陸への輸出に当てていたが間に合わなくなってきていて、カンアツ国やカンヌール国からも使用途中の精霊球を集める必要性に迫られていた。カンアツ国とカンヌール国へサートラン商社の支社を設立してサートラが支社長となる。



「ナガセカオルという人はいるかい?」


 深い緑色の髪に茶色の瞳。精悍な顔つきで筋肉質のがっしりとしたたくましい体つきの男が、ヌールーに設立して間もないころのサートラン商社にやってきた。


「あ……ああ……それは我のことと思うが……そなたは何者だ?どんなご用件かな?」


 カンヌール支社はまだ商社として旗揚げしたばかりで、どことも取引を開始していない時であり、従業員をこれから募集して、まずは従業員教育から始めようと考えていた矢先のことだった。商売を始める前の商社に、一体何の用があるのか……雇い入れてくれという売込みなのだろうか?


 すでに通信機器やビデオ装置などカンヌール政府や王宮にも販売していたが、それらはサートラン本社との直接取引であり、支社は間に入ってはいなかったのだ。その為、新設される支社への入社希望と考えられた。


 だが、訪ねてきた男は日焼けした褐色の肌に筋骨隆々の体つきだ……どうにも商社マンというデスクワークがお似合いとは言えない風体だ。


「き……きみ……なのか……?なんだ……黒髪で悩んでいるだとか……どうしてこの世界へ転生してきたのかわからないとか、元の世界へ帰りたいなんて書いているノートを読んだものだから……助けてやろうと思ってやってきたのだが……なんだ……空想上のお話か……。


 わざわざサーケヒヤーから、何年もかけてカンヌールまでやってきたと言うのに……がっかりだ……。」


 真っ白い歯を見せながら笑顔を浮かべていた男の顔が一瞬で曇り、そうしてその場にしゃがみこんでしまった。ナガセの言葉に相当なショックを受けた様子だ。


「ああ……あの……ダンジョンの日記を読んだのかな?マーレー川の河川敷に存在するダンジョンを見つけたのじゃな?よくぞ、あの場所にダンジョンがあると分ったな……そなたは冒険者か?」


 ナガセは男が尋ねてきた理由は何とか理解できたが、どうして落ち込んでいるのかまでは分からなかった。


「ああ……俺はカルネという冒険者だ。ダンジョンが近くにあるかどうかは、その場の雰囲気というか臭いでわかる……。


 だが、あのダンジョンに入って3層目まで行ったときに違和感を感じた。なんと水飲み場に四角い鉄板でできた変な箱が所狭しと置いてあったわけだ・・・。さらにボスステージにはわざと傷をつけた精霊球が、ごまんとドーム中に陳列されていたり、ボスはそれなりに強力ではあったが、人の手が入っているのは間違いがなかった。


 ギルド未管理の百年ダンジョンとときめいたのに、ショックだったよ……。


 あんなダンジョンを俺は初めて見た。そうして水飲み場の装置のそばに置いてあったノートを読もうとしたのだが、どうにも見たことがない文字の羅列でね……だが一緒に置いてあったもう一つのノートだけは読むことができた。あれは日記だったのか?


 そこに容姿の悩みとか、元の世界へ戻るための実験がうまくいかないなんて書いてあったから、俺が助けられないかと考えて、ナガセカオルなる人物を探してみようと思ったわけだ。だが……ショックだ……。」

 カルネと名のった冒険者は、しゃがんでうつむいたまま力なく答える。


「いや……空想上の話などではないぞ。我は本当に別次元の世界からやってきたのじゃ……実験が失敗してな……。我の髪の毛の色が黒髪なのも本当だ。だが今は擬態石を粉にして飲むことにより、髪の色も変えられることが分かり、顔や体を我が転生してくる前の体の持ち主……サートラの姿に戻している。


 なぜ転生して容姿まで入れ替わったのかもわからんが、黒髪を忌み嫌うこの世界では生きにくいので、この姿でおることにした。でも……なぜ我のことを助けようなどと考えられたのじゃ?」


 ナガセはカルネに、自分が転生してきたことを正直に答える。どうせ日記を読まれていたのではあるが、空想上の話だと一笑に伏せばそれで済んだことではあるのだろうが、自分のことを心配してはるばる訪ねてきたカルネに対して、それは失礼だと感じたからだ。


 それに彼になら正直に打ち明けても大丈夫であろうと、なぜか初対面なのにそう感じていた。それよりも、別次元から転生してきたなどと、まともとは思えないことを真に受けて、しかも手助けを申し出に来たということに関して、どうしても信じられないでいた。


 サートラの容姿はナガセが見ても美しく感じるのだが、カルネはサートラに会ったこともないのにもかかわらず、わざわざサーケヒヤーからカンヌールまでやってきたのだ……それはなぜなのだ?


「ああ……俺は子供のころに両親と死に別れて、家もなく家族もなく浮浪児として彷徨っていた。そんな俺を拾ってくれたのが、サトルと名乗る元冒険者の老人だった。


 彼は俺に剣術と武術を教えてくれて、俺を冒険者にしてくれた。いわば俺の恩人なのだが、病床に伏したサトルが時々、自分は元は日本という国から来たのではないかと言っていた。彼はその国で結婚して子供もいたのだが、突然の事故で死んでしまったのだそうだ。


 ところがなぜか、この世界へ生まれ変わっていた。

 元居た国はこの世界とは全く異なる世界で、はるかに文明が進んでいる未来の世界だとも言っていた。その国での生活の様子を、病床に伏してから突然、夢に見るようになったと打ち明けてくれた。


 どうやってこの世界へ生まれ変わったのかもわからないし、戻り方も知らないが……帰りたい……そう言い残して亡くなった。


 その時は何も感じていなかったが、少し前に黒髪の姉弟を拾って冒険者に仕立てることにした。サトルも夢の世界にいる時は、この世界ではありえない黒髪だったと言っていたから何かの縁と感じ、周りからは不吉と嫌がられたが、彼らを保護してやることに決めたわけだ。勿論その理由は、彼らには教えていないがね。


 そうこうしていたら、お前さんの日記を読んだわけだ……本当にそんな突拍子もないことが、起こりうるのだと思い、だったら俺がその子を助けてやろうと思った……そうすることがサトルへの供養にもなるんじゃないかと考えたというわけだ。」


 カルネは真っ白い歯を見せながら、笑顔で答える。


「そなたが子供のころに、この世界へ転生してきたのかも知れない者に助けられたから、同じようにこの世界へ転生してきた我を助けてくれるというのか?」


「ああそうだ……実験がどうやってもうまくいかないと、書いてあっただろ?プラズマが安定せず、サージによる放電が収まらないから、検体をうまくセットできないと書いてあったよな?放電とはいわば雷の稲光のことだって、わざわざ注釈まで入れて書いてくれていた。


 俺は冒険者で、まれに雷撃を使う魔物たちとも戦う場面があるから、稲光を避けるのはお得意さ。何だったら実験の手伝いをしてやろうと考えてね……どうだい?俺が協力できるかな?」


 カルネが少しかしこまって、ナガセに上目遣いで問いかける。できるも何も……ナガセだって雷を使う魔物たちとの戦いには慣れているから、いち早く稲光の先を予測して避けるくらいはできるつもりでいる。だが実験の最中には、条件設定をしながら検体の様子を観察し、さらに位置も変えなければならないのだ。


 そんな一人3役もこなせないので途方に暮れていたのだ。唯一の協力者であるサートラにもわかりやすいように、簡単な表現で日記に書いておいたのだが、よく考えたら一つの体を共有しているサートラに理解を頼んでも、彼女が加わったところで別に手が増えるわけではないということに、後から気が付いたのだ。


 だが……カルネが加わってくれれば変わる……電磁波を使った次元移動の実験が、一気に加速するかもしれない……そう、養殖実験のダンジョンは、ナガセが元の世界へ戻るための実験を行う場でもあったのだ。


 シュブドー大陸へいちいち戻らなくても済むように……というよりも、シュブドー大陸の初めのダンジョンは、恐らくナガセが元の世界へ帰るためのワームホールをかけるために必要なので、下手に実験をしておかしくさせては困ると考え、基礎実験は別のダンジョンで行うこととしたのだ。


「もちろんだ……この世界のいたるところにあるダンジョンというのは、いわゆる別次元の世界であって、そこは魔物たちが生息して精霊球が宿る場所なのじゃ。ダンジョンの入り口というのが異世界への扉で、どういうわけか、常に安定して異世界とつながっている。


 我がこの世界へやってきたときに、その異世界とこの世界がつながっているルート……ワームホールというのじゃが……そこへ脇道から入ってきたのだろうと推定している。だから、もう一度ダンジョンの入り口から脇道へ抜けることができれば、元の世界へ帰れるというわけだ。


 元の世界へ帰るために、ワームホールを制御するための装置を作り出そうと考え、実に千年かけてこの世界の科学文明の発展に寄与し続けてきた。ようやく元の世界と同レベルの科学力まで発展したと喜んでいたのだが、肝心の実験がどうやってもうまくいかない……失敗というわけではなく一人ではできない実験なのじゃ。


 だから……もし協力いただけるのであれば……大変ありがたい……お願い申す……。」

 ナガセはそう言いながら深々と頭を下げた。


「そうか……じゃあまずは……結婚だな……家庭を持つことにして……俺は冒険者を辞めよう。」


「へっ……?」

 ナガセは、カルネの言葉の意味が全く理解できないでいた。次元移動実験の協力をしてもらうはずが、どうして結婚ということになってしまうのだ?


「若い男女が一緒に過ごすわけだ……世間体から言っても結婚するしかないだろ?だが……ずいぶんと若いな……生命石で若返っているのだろ?いくつの設定だ?」


「13歳……。」


「じゃあ、2年後に結婚するとして……ようし……仲間にはヌールーが旅の最後の地で、ここで冒険者を辞めるかもしれないとすでに打ち明けているから……あとは士官先だな……先行で一緒に生活する分には問題ないだろう。


 それじゃあ……親兄弟など親戚がいるなら、結婚することを知らせておいてくれ。」


 そう言い残してから、カルネはサートラン商社のカンヌール支社を後にした。そうして数日後、伯爵家の息子の剣術指南役として、住み込みの仕事が決まったと知らせに来た。


 それからナガセとサートラとの、不思議な暮らしが始まった。

 昼はカルネは伯爵の息子トーマの剣の指導を行い、サートラはできたばかりの支社を軌道に乗せるために頑張っていた。そうして週末になると、一緒にマーレー川ほとりにあるダンジョンへ出向き、実験に没頭。


「もう50センチほど奥へ検体を置いてくれない?置いたらすぐに逃げてね……。」

「任せとけ……。」


『バリバリバリバリッ』ドームの至る所に放電が発せられる中、カルネはひょいひょいと軽い足取りで、ホーン蝙蝠を入れた篭を大理石でできた巨大なステージ上奥へと運んでいって、篭を置くとすぐに駆け出してステージから離れた。


 実験も佳境に入り、プラズマ発生技術も進んで、装置の外にでもプラズマの保護膜を作り出すことに成功していた。だが、その発生場所のコントロールが難しく、プラズマの渦に検体が少しでも振れれば黒焦げとなってしまい実験失敗だ。


 サージの様子を見ながら広い実験ステージ上で、どこにプラズマの渦が発生するか予測して、その中央に検体をセットしなければならない。この作業は、到底ナガセ一人だけでは不可能な作業で、実験が百年近くも停滞していたのだ。


『ブワーン……』プラズマの渦の中で、検体が乳白色の光に包まれて、段々とその姿が透け始める。


「18,19,20……いいわ……成功よ……検体は20秒もの間、プラズマに包まれていた……その周囲環境は数百度の灼熱だったというのに、ホーン蝙蝠はぴんぴんしているわ。これは、プラズマ放電で守られていたというよりも、その間あの篭は別次元……というより次元の狭間にいたはずなのよ。


 だから……ものすごい高温環境にも影響がなかった……これなら行けるかもしれない……いよいよ、あのダンジョンで試すときが来たのよ……。」


 ナガセは……いや……サートラは嬉しそうに駆け寄ってカルネに抱き着いた。カルネと結婚して家庭を築くにあたり、ナガセという日本名ではなく、サートラというこの世界にあった名前に変えた。そうして女帝としての地位が永かったための堅苦しい口調も、普通の女性のように直させられた。


 だがカルネのそんな要求も、ナガセには少しも苦ではなかった。シュッポン大陸へ来てからサートラン商社を経営するために自分の子供が必要となり、愛のない結婚を繰り返して子供を身ごもっては離婚を繰り返していたが、カルネとは本当の家庭を築けたような気がしていた。



 ところがそんな幸せな時は、長くは続かなかった。


『バリバリバリバリッ……ドッガァーンッ』『ガッガァーンッ』『ドーンッ』実験を続けていたある日、突然ドーム内を眩く照らす閃光の後に凄まじいまでの爆発音が続き、それを皮切りに至る所で爆発音が鳴り響いた。


 次々と連鎖的に起こる装置の爆発を抑える術もなく、ただただドーム内を逃げまどうだけで、後は次々と誘爆していく千年越しでようやく作った高価な装置を眺めているだけだった。さらにドーム天井が崩れ巨大な岩がドーム内を転がり地面は裂け、至る所からマグマのような高温の溶岩が湧き出し始めた。


 装置が爆発した衝撃が地中深くのマグマを触発し、火山活動を引き起こしたようだ。


「すぐに逃げるんだ!」


 すぐにカルネがやってきて、サートラの手を引いてドーム奥の出口へ駆けだす。『シュワーッ』ドーム奥も灼熱の水蒸気が至る所から噴き出していて行く手を阻んだが、カルネは躊躇わずにそのまま突っ込んでいき、辛くも脱出に成功した。


『ヅッグォーンッ』『ガッガァーンッ』ダンジョンから脱出に成功はしたが、そこはまさに地獄絵図。周り中を赤熱した溶岩に囲まれた灼熱地獄だった。次元の向こうの地殻変動が、こちら側の次元にも影響を与えてきていたのだ。それくらいすさまじい爆発だったということだ。


「つかまって!」

『シュッ』すぐに瞬間移動して、ヌールーの住み込みの自宅であるノンフェーニ城へ戻った。


「け……怪我をしているじゃない……。」

 自宅へ戻ってようやく何が起こったのか自分でも理解できて来たとき、サートラはようやくカルネの背中が血まみれであることに気が付いた。


「ああ……ちょっとな……何ともないさ……かすり傷だよ……。」

 カルネは強がったが、このまま病床に伏すことになる。すぐに医者を呼んで治療して、外傷はすぐに癒えたのだが、カルネの体が癒えることはなかった。


 そうして数週間後、爆発したダンジョン近くへ瞬間移動して戻ってきたサートラは、惨状を目の当たりにする。ダンジョン近くに建立した旧王都の半分近くがマグマに浸かり燃え尽きていた……さらにあまりの高温で、ダンジョンへ近づくこともできなかった。

 


 続く


ついにナガセカオルはカルネと出会います。ナガセカオルの日記を見つけて、彼女を助けるためにわざわざ訪ねてきたカルネ。カルネの助けを借りて順調に進むかに見えた実験でしたが、突然大事故が発生。果たしてナガセ達はどうなってしまうのか・・・次章必見です。

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