表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/216

サーケヒヤー皇子

「ええい!150年の歴史を持つシュッポン王朝が、なぜ父の代で崩壊したのじゃ?玉璽はどうなっておる?

 初代シュッポン王は文武に長けていたが、仲間たちとともに畑仕事をしているときに闇に取り込まれ、そこは魔の巣窟であった。暗い洞窟の中を何日間も仲間たちを守りながら魔物たちから逃げまどい、そのうちに神々しく光り輝く巨大な神と出会う。


 神は王の存在に気づかず居眠りをしていたが、王はそのすきに神の背後の抜け穴から外の世界へ戻ることができた。ついでに神の居る玉座から竜の形をした宝玉を持ち帰ったと伝えられている。


 その宝玉こそが玉璽で、初代シュッポン王が願うと3竜がいつでも付き従い、たった30名ほどの兵力で旗揚げした初代シュッポン王は地方豪族たちを平定し、やがてこの大陸の統一王朝を建立した。玉璽はおよそ50年でその輝きを失ったが、シュッポン王朝は永遠に輝き続ける……これはわが王家に伝わる家訓じゃ。


 玉璽を手に入れさえすれば、わずかな手勢だけでも大陸制覇も夢ではないのじゃ。

 父は信頼する重鎮に裏切られ王の座を追われ、それから早10年。大陸中を回り玉璽を探し回ったが、未だに玉璽が存在する場所の目途すら立たぬではないか。何をぐずぐずしておるのじゃ?」


 朝も早くから、サーケヒヤー皇子が苛立たしげに臣下をたきつける。無理もない、常に命の危険にさらされながら、10年間も大陸中を逃げ回っていたのだろう。彼に安住の地はない。自ら旗揚げして領地を確保して己が国を作るしかないのだ。


 だが、その方法は常に玉璽であり、兵の増強や訓練ではなかった。ひたすら玉璽の情報を得るためにわずかな手勢を大陸各所に放っていた。


「ははー……申し訳ありません。現状までの情報を総合いたしますと、玉璽が存在するのはこの大陸のはるか西のヌールー近郊ではないかと絞り込みはできております。初代シュッポン王さまの生まれ故郷もヌールーであったことから、この地で間違いがないものと考えております。


 ですが……その地はすでに有力な豪族であるカンヌールによって平定され、つい先日カンヌール王国として建国を宣言いたしました。まさか他国の領地へ侵入し、玉璽を捜索することは難しいかと……。」


 黄色い髪に黄色い口ひげを生やした、甲冑姿の兵士が皇子の前に跪きながら答える。サーケヒヤー皇子の一番の重臣であり、元は彼の教育係だった爺やだ。


「玉璽をとってくるだけなら、誰の領地であっても一人の間者を送り込めば簡単であろう?場所さえ特定できれば、ひそかにその地へ出向き、魔物たちが生息するという洞窟内に入り込み、玉璽を持って帰るだけであろうが……そんな簡単なことが、どうしてできないのじゃ?」


 ところが世に疎い皇子は、簡単に玉璽を手に入れられるはずと主張して譲らない。


 数万人を擁していた兵士たちも皇子のお付きと護衛兵士たちだけとなり、残った兵士たちもシュッポン王朝崩壊とともに逃げだした皇子の盾となり、あるいはおとりとなり散り散りになったりして、今ではわずか10騎を残すのみとなってしまった。


 それでも王子のためにその身を犠牲にしても構わないくらいの、完全なる忠臣が残ったのはいいことだと爺やは考えていた。臆病者のくせに野心だけは強く、自分は何もしないのに人には結果を要求するその性格は、平和で安定した政権でさえあれば、わがままの一言で片づけられるが、四面楚歌の逃亡生活向きではない。


 皇子のあまりにもひどい仕打ちのために、時には寝返って近隣の豪族たちに皇子の居所を教えてしまう臣下すら、以前は多数いたようだ。都度多くの犠牲を出しながら、何とか皇子を安全に逃がしてきたのだが、もはや盾となるべき兵は皆無だ。次に襲われたならば、皇子の身の安全は保障できない。


 そのため兵力を立て直すまでは、おとなしくこの地に潜んでいようと常になだめているのだが、落ち着きのない性格の皇子は毎日同じことを主張し、同じことを要求する。すべては玉璽ありきで、小さな領地でも確保して土地を耕し兵を募るとか、地道な活動はすべて否定されていた。


「まあまあ皇子……私は以前ヌールー近郊に居を構えていたので、なんとなくその玉璽が産出されるという洞窟の見込みは立ちます。ですが……玉璽というものはダンジョンという魔物たちの巣窟で日々成長して輝くもの。その洞窟はつい数年前に私が踏破いたしましたが、精霊球以外に宝玉は見つかりませんでした。


 恐らく玉璽ができるまでには、今後幾百年も必要ではないかと考えます。」


 ナガセは、猛獣ダンジョンで取得した赤い精霊球をサーケヒヤー皇子に見せながら説明する。玉璽が出現するのであれば、ナガセがこれまでに出会ったことのないダンジョンであろうから、猛獣ダンジョンで成長するのであろうと、皇子から玉璽の話を聞いて仮説を立てていた。


 初代シュッポン王は、ボス魔物が眠っているすきをついてダンジョンから逃げ出せたのだ。確かに、シュブドー大陸でもナガセがダンジョン制覇をするまでは、魔物たちも異敵であるはずのナガセに対して見向きもしなかった。供物で十分に腹が満たされていたせいもあったのだろうが、人という存在と敵視していなかった。


 ところがナガセが長い洞窟生活で力を蓄え、最終的にボス魔物を倒してダンジョン制覇した時点から、人間という生き物に対しての評価が変わったのだろうと考えている。魔物たちと対等以上に戦える戦士として認められたのだろう。以降、人間がダンジョン内に入り込むことは非常に危険なこととなった。


「玉璽ができるまでに、百年以上もかかると申すか?それでは我が代で、この大陸を制覇できぬではないか。シュッポン王朝の再興は、わが王家の命題なのじゃ……いかがいたす?」


 いかがいたす……と言われても、たったの10騎あまりの兵力で、どうするつもりだったのか。玉璽を手に入れるためのダンジョン攻略ですら、逃げ回ってばかりで戦闘経験に乏しい兵士たちでは難しいだろうとナガセは考えていた。サーケヒヤー皇子に従っている兵士は、剣の指南役であった爺やを覗いて文官だけだ。


 甲冑など仰々しい格好をしていないために街道を歩いていても目立たず、旅の行商人としか見られなかったために、長い道中も何とか逃げおおせてきたのだろうとナガセは感じていた。


 玉璽を手に入れることができれば、確かに強大な力を持つ3竜を従えられるのだから、大きな兵力はなくとも周りの豪族たちを平定していくことは可能かもしれない。だがしかし、戦いの最中に王を守るための兵はどうするのか?如何に強力な攻撃手段があったとしても、その長の首を取られては崩壊してしまう。


 天から降ってくるはずもない玉璽にばかり、大陸制覇の夢を託すサーケヒヤー皇子の性格には、ナガセもだんだんと嫌気がさしてきていた。


「まずは、この地にサーケヒヤー国を建立しましょう。幸いにもマース湖周辺の土地は肥えてはおりますが、マース山脈から流れ出るマース川が時折氾濫し、集落を飲み込む濁流により、幾度も大災害が発生していると聞いております。そのためこの地を平定しようとする有力な豪族もおらず、ほぼ手付かずの状態です。


 まずはマース川の氾濫を抑えて、安定した耕作地を作り領民を増やし、領地を豊かにさせてから兵力を整えましょう。マース川は急流の割に蛇行が多く、雨期に増水すると川が氾濫しやすくなっております。川の流れを変えて蛇行を少なくし、さらに支流を作って流量も調整しましょう。


 そうしてその支流の中に街を作るのです。今後何百年間も発展し続けるような街を……。」


 ナガセが地道な国づくりを提唱する。巨大なマース湖の水源であるマース山脈を源にするマース川は、当時は雨季ともなると氾濫を繰り返していた。川の両端には土を高く盛って堤防が作られていたが、自然の驚異の前に、人の介在はほぼ無力とみられていた。


 それならばいっそのこと流れを変えてしまえばいいと、ナガセはマース川の改造を提案する。


 もちろん、この案はナガセ一人の発案ではない。シュブドー大陸で人工衛星を打ち上げこの星の気象観測データを積み重ね、シュッポン大陸東部マース湖のマース川の氾濫は常に問題視されていた。衛星写真の解析より、マース川の異常な蛇行が原因と目されていたのだ。そうして、理想的な流域予想もされていた。


「ふうむ……マース川の氾濫さえ押さえることができれば、マース湖周辺は元々肥沃な大地。豊かな実りが与えられるはずですな……近隣の農民たちを集めて灌漑工事をさせ、さらに川の流れの改造をやらせればいいでしょう。農民たちのための工事ということであれば、文句も出ないはずです。


 すぐに、お触れを出しましょう……そうして、この辺りをサーケヒヤー国として独立宣言いたしましょう。」

 すぐに爺やが賛成する。玉璽玉璽と毎日騒がれても、何の進展も果たせないのだ。ナガセの提案は、可能かどうかはともかくとして、今できうる最良のことと感じることができた。


「ばかな……このような東の果ての地に小さな領地など作ってどうするのじゃ?

 玉璽を手に入れて、一気にこの大陸中を制圧してしまうのが一番の早道じゃ。まずは玉璽を手に入れよ。」

 ところがサーケヒヤー皇子は、ナガセの提案など聞く耳持たないといったふうだ。


「では、皇子様お一人で玉璽をお探しにヌールーへ出向いてください。初代シュッポン王が成し遂げたことを、サーケヒヤー皇子様にも果たしていただくのです。玉璽を手に入れた暁には、全員で皇子様に従い、この大陸統一のための兵を旗揚げすると約束いたしましょう。


 我ら臣下は、この地で吉報をお待ちしておりますので、すぐに旅立ちの御準備を……。」


 このような不毛な押し問答を続けていても、何の進展も望めないと判断したナガセは、玉璽にこだわるのであれば自ら手に入れてくるように提案する。元々初代シュッポン王が、たまたまダンジョンに落ちたことで入手した玉璽なのだ。今度も自分で取得してくるように提案しても、無茶ぶりではない。


 尤も、シュッポン大陸でもナガセ達がダンジョン攻略を何度も行っているので、恐らく一般人が入り込んでもすぐに魔物たちに襲われて、食い殺されてしまうであろう。すでに人はダンジョン内の魔物たちの敵として認識されているはずだ。


 サーケヒヤー皇子もダンジョンへ迷い込めば、数歩も歩かずに殺されてしまうだろうが、ナガセには臆病者の皇子が、この提案に従うはずはないという自信があった。


「朕は戦う術を知らぬ……そうじゃ……爺やはどうじゃ?爺やがヌールーへ出向いて、玉璽を入手してくるのじゃ。朕は爺が戻ってくるのを、ここで待っておるぞ……。」

 どこまでも身勝手な皇子は、爺やにその大役を押し付けようとする。


「玉璽を手に入れたものがこの大陸を制するのです。爺や殿が玉璽を手に入れることになれば、この大陸は爺や殿の手中に収まることになりますが、皇子は爺や殿のお付きにでもなるおつもりでしょうかね?それはそれで構わないのでしょうかね?」


「うん?爺やは爺やであろう?いつでも朕の味方じゃ。爺やが玉璽を手に入れて、朕のためにシュッポン王朝再興を果たしてくれると、信じておるぞ。」


 ナガセは玉璽を入手したものが王になるという、至極当然のことを皇子に説明してみたが、サーケヒヤー皇子の答えは、ずいぶんと自分にだけ都合の良いものだった。幼いころから大陸を統一する王朝の跡継ぎとして、甘やかされて育ったのであろう。


 世間知らずというよりも、ある意味おバカだ。そもそも皇子がひ弱なのは、腕利きの剣術指南役である爺やの指導を拒み、剣術の稽古を一切してこなかったからだ。このような状態で、国を興す戦いに勝ち抜けるのか、ナガセは心配でならなかった。


「どうされます?」


「爺は……皇子様の御身をお守りするのが大使命……お側を離れて玉璽を取得に参ることなどできませぬ。それよりも……ナガセ殿の提案通り、この地に小さくとも国を興して、土地を改良して豊かにしていくことを提案いたします。この提案であれば、爺は王子様とともに活動できますからね……。」


 忠臣の爺やは、皇子のひどい態度にも愛想をつかすこともなく、再度国家建立を申しでる。ナガセにとっても、爺やにとっても、今が格好の時期なのだ。いずれ有力な豪族たちに、この地に目をつけられてからでは遅いのだ。なにせ、戦うための兵力というものが存在しないのであるから。


「わかった……爺やがそこまで主張するのであれば仕方がない。マース川の改造なりなんなりやるがいい。ただし……玉璽をあきらめたわけではないぞ。ヌールー近郊のダンジョンとやらに似た情報が入り次第、そこへ兵を送り玉璽を取得にかかる。


 当てもなく玉璽を探し回っても効率が悪いから、とりあえずは足元を固めるだけじゃ……よいな?」


「承知いたしました。国が豊かになり次第、南の大陸との交易を始めることにいたしましょう。玉璽など使わなくても強力な兵器を手に入れることも可能です。それを使って大陸統一を図るのが得策と考えます。」


 仕方なくサーケヒヤー皇子が折れた形で、マース湖西岸にサーケヒヤー王国を建立し、マース川の氾濫対策として大規模な改造と護岸工事が行われることになった。国が潤った暁にはシュブドー大陸との交易を行う可能性も示唆しておく。こうすればいつまでも玉璽にこだわることはなくなるだろうという判断からだ。


 定期的な川の氾濫に悩まされていた農民たちは、地域住民を取りまとめて行う大規模な工事の提案に、一も二もなく賛成した。それだけ収穫期前に発生する氾濫に悩まされていたのであろう。だが、大きな工事となるために一人一人の力ではどうしようもなかった。


 サーケヒヤー皇子が国を立ち上げて、マース川の修復工事を行うという御触れに反対する農民は、一人も存在しなかった。こうして武力に頼らず人心を掴むことにより、サーケヒヤー王国が建立された。


 マース川の流れを変え、山脈から平野部へ注ぎ込む流れに抵抗せず、なだらかに大きく湾曲させるよう調整してマース湖へ導き、さらにその支流を作って湖との間にできた三角州にマースという巨大な近代都市を作り上げた。


 国が潤うにしたがって増強された兵力は、爺やが指導して訓練もされたが、さらにナガセが主導してダンジョン攻略に励み、精霊球や特殊効果石の所得とともに、戦闘技術を学ばせていった。そうして軍事大国の基礎が固まりつつあった。


 ナガセはマーレー川の川岸に存在するダンジョンを見つけ、そこを特殊効果石養殖のための試験場として、養殖研究を始める。すでにある程度の基礎技術はシュブドー大陸で確立されていたが、何せ20年30年スパンの養殖なのだ。


 シュブドー大陸といつになったら友好な関係を結べるのか不明なため、シュッポン大陸でも確認実験を行い始めた。勿論、元の世界へ戻るための実験装置も作り出そうと計画し、シュッポン大陸のダンジョンでも、異次元世界へのアクセス実験を始めた。


 国がある程度機能し始めてようやく、ナガセは南の大陸との交易のための商社を立ち上げ、南の大陸の議会へ働きかけ独占の交易権を得る。そうして巨大戦艦による年に一度の交易が開始された。


 当初は、あまりにもかけ離れた文明水準の違いから、最新科学技術や戦艦などの最新兵器は交易の対象から外されていたが、長年の交易によりマヒしてきたのか、最新兵器のほかに集積回路技術にコンピューター技術など、シュブドー大陸の最新科学技術も伝わるようになってきて、マースは近代都市として発展していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ