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北の大陸

 ナガセがこの世界へやってきてから700年ほど経過して、大陸中に電線が張り巡らされ、通信技術も確立し、電話やFAXなど使用可能となっていた。ガソリンエンジン車が一般家庭にも普及し、ジェット旅客機は大陸の端から端までの長距離移動でも、20時間程度と飛躍的に物流時間をも短縮させていた。


 さらに電子計算機が普及し始め、ロケット技術は人工衛星を打ち上げるまでに発達していた。ようやく、元居た世界への足掛かりが出来つつあった。


 遅々として進まない科学技術の発展に、時には苛立ちを覚えていたのだが、そのようなときにはサートラが自分の代わりに表に出てきて、女帝らしい優しさにあふれる政治を行ってくれていた。


 医療技術も確立し、人々の暮らしが豊かになってくると、帝政という政治形態に人々は疑問を持ち始めた。

 学校教育が充実し、十分な知識を得た民衆たちは、自分たちで考え判断する政治を望むようになってきていた。


 すでに大陸中のダンジョンは網羅し、ギルドという組織を確立し、ダンジョンの管理を徹底させて、一般人へ魔物たちの被害が及ぶことはなくなっていた。ロボット技術も発展させて、精霊球や特殊効果石などは冒険者ではなく、ロボットにより収集することも可能となっていた。


 さらに生命石などごくまれにしか出現しない特殊効果石を生み出すために、精霊球を用いての養殖技術も確立させつつあった。もちろん移動石をも手に入れて、瞬時に最初のダンジョンまで移動できるようになっていたナガセには、この大陸にとどまっている理由はなかった。


 それよりも、この星にあるもう一つの大陸に興味があった。航海技術は発展し、戦艦までをも作り出したシュブドー大陸だったが、シュッポン大陸との交流は皆無に等しかった。


 それもそのはず、今でこそこの星には2つの大きな大陸があることは、互いの大陸の住民たちは認知しているが、両大陸間の太洋には行く手を阻むかのように常に暴風雨が吹き荒れている海域が存在し、海流はその海域でUターンするかのように、星の北側と南側で完全に分割されていて、互いの存在は知られていなかった。


 そこを航行する船は簡単に沈没してしまい、その先の様子は知られることはなく、当時は大陸東西の海洋と同じく人外境として、人がその先をうかがうことはあり得ないこととされていた。


 シュブドー大陸の人間ですら、人工衛星を打ち上げ、この星の様子を遥か高空から把握できるようになって初めて、もう一つの大陸の存在を知ったのだ。


 有史以来、一切の交流がなかった両大陸だったが、ナガセはシュッポン大陸にも進んだ文明を確立しようと考えた。そうして両大陸間で競わせることにより、より一層科学文明の振興に拍車をかけるということを思いついたのだ。


 それから10年ほどかけてナガセは民主主義という考え方を教育に取り入れ、さらに選挙制度というものも確立して法律を修正すると帝政を解体し、議会制民主主義に移行するよう譲位することにした。



 移動石による瞬間移動は可能ではあったが、さすがに行ったことがない場所へは念じても瞬間移動できないため、ナガセは長さ百mを優に越える超巨大戦艦を建造し、衛星で少しでも暴風雨が弱まる時期と海域を割り出させた。


 巨大戦艦の推進力を頼りに何とか大陸間を仕切る壁を乗り越え、もう一つの大陸へ到達し、そこがシュッポン大陸と呼ばれていることを知る。


 そこはナガセがシュブドー大陸へ来た時と同等か、もしくはそれよりもさらにメルヘンチックな世界であった。なにせ魔法が飛び交い魔物たちが襲い掛かってくるほかに、竜族なる強力な力を持つ存在がいた。竜族は人には優しく友好な関係にあり、地域ごとに守護神として崇められていた。


 大陸西部南の海岸に到着したナガセは、すぐに巨大戦艦をシュブドー大陸へ帰らせると、ウルフやバッドの子孫たち仲間の魔物だけを引き連れて、大陸内の様子をうかがい始めた。


 当時は長くこの大陸をおさめていたシュッポン王朝が崩壊したばかりで、群雄割拠のまさに戦国時代が到来していた。この地では未だにダンジョンの存在も、精霊球の扱い方も知られておらず、魔法はダンジョンから飛び出した狂暴な魔物たちの専売特許だった。


 人々は高い塀で囲まれた城塞都市を形成し、地域ごとにまとまって生活していて、地方豪族が村々を魔物たちから守っていた。ナガセはすぐに北上し、大陸中央部にあるヌールーという街へたどり着き、その地の豪族である初代カンヌールと知り合う。


 シュッポン王朝崩壊後、村の力自慢だった何の後ろ盾もない男が、王朝から派遣されていた官僚たちが早々に逃げだして無防備となった村を守るため、数人の仲間たちとともに立ち上がったばかりだった。


 ナガセは竹やりと皮の防具という貧弱な武具しか持たないカンヌールたちを、たった一人でしかも素手で打ち倒し制圧すると、彼らを部下にして剣術や体術を教え始めた。


「俺達だって、この村の周りに潜むホーン蝙蝠や猛進イノシシ程度は簡単に追い払われるし、今のままでも十分に強いはずだ。こんな厳しい訓練など必要ない。」


 子供のころから仲間内では体が大きい方で、力自慢だったカンヌールは、柔軟体操や筋トレなど地道な訓練は苦手だった。拳法の組み手や木刀を使っての打ち込み稽古などは率先して行ったが、基礎訓練はすぐに根を上げた。すでに人一倍体力だけはあったので、訓練など必要ないと若いカンヌールは大声で主張する。


「この辺りに救う魔物たちは、どれもダンジョンから抜け出してきて幾世代も経て、野性味が薄れた世代が多いはずだ。日のささない薄暗い洞窟内に閉じ込められた魔物たちは、普段はエサに困らない限り人や他の獣を襲うことはないが、ひとたび戦いになると非常に戦闘能力が高い。


 森などのえさが豊富にある環境で、肥え太った魔物たちなど比べ物にならないくらい手ごわいぞ。素手の我に勝てぬようなおぬしら等、すぐにダンジョンの魔物たちのえさになってしまうはずだ。それでもよければ、休んでいるがよい。だが力を持たねば、この村一つも守り抜くことは難しいのだぞ。」


 ナガセは不平を口にするカンヌールたちを叱咤し励ますと、自らも一緒になって訓練を行い、彼らを鍛え上げていった。


 恐らくは、まだ十代だったであろう。体は大きいが顔に幼さを残す若者たちは、それでも家族や地域の人々を守る為に仕方なく立ち上がったのだろう。もともと戦うことを好まない、平和主義者だったのかもしれない。


 もちろんナガセだって元の世界ではただの研究員であり格闘技のプロではなかったが、長年のダンジョン攻略を通して有効な攻撃や防御の技は、体に染みついていた。数百年の経験に裏打ちされた技があるのだ、地方の力自慢程度ではナガセに敵うはずもなかった。


「いよいよ、ダンジョン攻略に向かうぞ。」


 カンヌールたちを鍛えて使えるようにしてから、この地域で黄泉の穴として葬祭に使われる場所を聞き出し、ダンジョン攻略へ向かった。そのダンジョンは、これまで攻略したダンジョンと違い、猛獣系の魔物が多く出現した。鋭い牙はカンヌールたちを手こずらせ怯えさせたが、それでも日々行った訓練は無駄ではなかった。


 猛獣系ダンジョンを攻略し構造図をしたためると、彼らの集落から少し外れてはいたが、このダンジョンのある地を拠点に、城を構えたほうがいいと進言する。


 ダンジョンは年数を経るごとに成長し、やがて大きな精霊球や生命石などの特殊効果石を育むことをすでに知っていたし、これまでと違う特色を持つダンジョンであれば、一味違う特殊効果石も期待ができた。


 ダンジョンは攻略後も保護して、人々の安全を確保することも重要であるが、ダンジョン自体を他のものたちから守ることも考える必要性があった。誰でも中に入っていくことができる状態であれば、精霊球や特殊効果石を奪われてしまう可能もあるからだ。


 特に生命石などの希少な石を算出する可能性のあるダンジョンは、ナガセの永遠の若さを保つためにも確保しておく必要性があった。


 それから数年かけてカンヌールの領地を広げていき、ヌールーのダンジョンも領地に加え、ダンジョン攻略で鍛え上げた兵士たちは、他の豪族たちを圧倒する力を持ち始めていた。


「俺の嫁になれ。そうしてこの地を永く治めていく助けをしてくれ。」


 そうしてある時、ナガセは初代カンヌールから結婚を申し込まれる。擬態石を使い美しいサートラの外観で、さらに生命石を使って若返っているナガセよりも、カンヌールはまだ若いはずだった。


 20代後半の見た目の若さのナガセに対して、当時のカンヌールはまだ18か9だったはずだ。本来ならば恐るべき年の差婚なのだが、生命石とダンジョンの台座で若返っているナガセとの間では、さほどの違和感はなかったのだが、ナガセは断った。


「ど……どうして……これまでこの村のために……俺のために色々としてくれたではないか。最初はおせっかいの特訓マニアだとばかり思っていたが、それでもナガセカオルのいうことを守って訓練を続け、ダンジョン攻略を通して戦術を身に着け、戦う術を知った。


 今ならその辺の大きな豪族相手にだって引けを取らない戦力を蓄えていると思っているのも、決して過信ではないはずだ。ここまでしてくれたのは、俺のことを好いているからと思っていたのだが、違うのか?」


 カンヌールは申し出を断られたことが信じられないとばかりに驚愕の表情を見せ、ナガセに詰め寄ってきた。

 体は大きいが、まだ精神的には子供だ……。


「我は村の人たちの安全のために必死で戦おうとしているお前たちのことを案じ、強くしてやりたいと思っただけだ。そうして、この地が安住の地になればいいとも考えた。


 決して村の長になり、この地を統治していくつもりなど持っておらん。だが、お前にもしその気があるのであれば、この地を……この大陸を統治するための戦いに、補佐として参加してもいいぞ。


 我は王にも王の后にもなるつもりはないが、この地を平定した暁には学校教育に力を注ぎ、文明の発展に力添えをしてくれる約束をしてくれればそれでよい。」


 ナガセはシュブドー大陸ですでに懲りていたので、王を目指すものの妻になるつもりも自分が女帝となるつもりもなかった。自分が元の世界へ戻るために必要な部材を調達できるような文明レベルにまで、引き上げることが目的なのだ。


 そのためにはもちろん教育機関の構築や、電力や交通機関などのインフラ整備が必要となり、その地を統治するものに頼る必要性があったが、あくまでも補佐として統治をサポートし、その見返りとして文明の発展に力を注いでもらえればよかった。


 下手にその地の有力者と婚姻関係など結んでしまうと、自らが率先してその地の統治に力を注がなければならなくなってしまう。それでは文明の発展に力を注ぐことが出来なくなってしまうのだ。


 そのため決して表には出ず、陰ながらサポートに徹しようと、この大陸に来た時から決めていたため、カンヌールの誘いは断るのが当然と考えていた。


「わかった……残念だが、お前にその気がないのであれば無理は言わない。ここまで俺たちを育ててくれた、いわば恩人だからな……これからもよろしく頼む。」


 一瞬不満げな表情を見せたカンヌールだったが、それでも潔くあきらめ、これまで同様の関係を申し出たので、ナガセもほっとした。今ではこの地域の有力な豪族となったカンヌールとの決別は惜しいのだ。特に、猛獣ダンジョンがあるこの地を、ナガセは離れるつもりはなかった。


 ナガセはシュッポン大陸へ来てからも、年に一度は瞬間移動して、シュブドー大陸の最初のダンジョンの台座で1週間過ごす必要性があったが、その年にリフレッシュして戻った時、なぜか村の砦は閉鎖され、ナガセの入村を拒まれた。


「どうしたというのじゃ?カンヌールはどこへ行った?なぜ門を開けぬのだ?」

 ナガセが、閉じられた門の外から声を張り上げて叫ぶ。


「申し訳ありませんが、御屋形様からナガセ様とは縁を切ると通達が回っております。我々はこれからナガセ様には頼らずに、この地を統治していきます。ナガセ様は別の地を目指してくださいませ。」


 門番が門の向こう側から大声で返答してきた。それは思ってもいない事態であった。少し村を開けただけで、この様変わり……というより、ふられた腹いせに、カンヌールがナガセを追放したのだろうということは、すぐに理解できた。


 瞬間移動で村の自宅の庭であれば戻ることは可能であったが、その能力を教えていない村人たちが異常に感じるだろうし、何より無理やり村に入り込めば戦いになることは目に見えていた。自分の弟子ともいえるカンヌール及び兵士たちと、ナガセが戦うことなどありえないことだった。


 ナガセは仕方なくヌールーを後にして、大陸を東へと移動し始めた。


 そうして遥か東の地で、元シュッポン王朝の末裔であるサーケヒヤー皇子と出会う。落ちぶれたとはいえ、元統一王朝の世継ぎを倒せば、その者が次の王へとってかわる事が出来る……そのためサーケヒヤー皇子は常にその命を狙われ続けていた。サーケヒヤー皇子を担ぎ上げて、王朝の再興を願う者など現れることはなかった。


 10騎だけという、わずかな手勢だけを連れて大陸中を逃げ回り、ようやく巨大な湖であるマース湖の葦でできた浮島に隠れ家を見つけ、そこに潜んでいたのだ。


 ナガセはサーケヒヤー皇子に、自分は決して王族に加わるつもりはないと明言し、統治した国の子供たちの学校教育に力を注ぐことを条件に力を貸すことを申し出て、その旨の契約書を取り交わした。

 そうしてサーケヒヤー王国を建立させるために心血を注いでいく。


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