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再生

<状況はなんとなく理解できたわ。私は自分の子供と言われても、王子たちをそのように思うことはできなかったから、可能であるのならと思って自分が女帝になる道を選択したわ。


 これからは、何かする前にはあなたと相談してから決めることにするわ。当面のことで何か注意することはあるかしら?>


 この体を共有しているサートラが現れなくなっていたが、擬態石の粉を飲んでサートラの外観に戻ることができた途端に、枕元に返事が記されていた。サートラの人格はサートラの姿の時でなければ出てこないのかもしれない。


 ナガセは擬態石の効能と有効期限50年と書いて、万一擬態が解けた場合の対処方法を念のために伝えることにした。そうして、ナガセとサートラの共同生活が始まった。



 それから数十年、ナガセは発電装置を設計し、水力発電により広く電気が使えるようにした。電気のある暮らしは、人々の生活を劇的に変えていった。何より電球を使った照明は、日が暮れた夜でも人々の生活を明るく照らし、生活時間を長くしていくことで科学の振興を加速していった。


 ナガセは蓄音機に写真技術など、あらゆる分野で道筋を作り文明の発展に力を注ぎ続けた。元の世界と同程度の科学技術まで発展すれば、元の世界へ帰る手段を見出せると信じて。



「うん?一体どうしたというのだ?」


 ふと気が付くと、いつも見慣れた寝室とは別の場所にいた。シャンデリアが吊られた王宮の寝室ではなく、白く無機質な天井にむき出しの蛍光灯の明かりの下の硬いベッド……さらにすぐ横には白いカーテンで間仕切りがされている。


「誰かおらぬか?ここはどこじゃ?我はどうしたのじゃ?」

 ベッドから起き上がり、大声で叫ぶ。


『バタンッタタタタッ』「お目覚めでございますか……?よかった……。」

 すぐにお付きの召使が、ドアを開け駆け寄ってきた。


「ここは?」

「ここは病院です。」


「病院?」

「はい……御屋形様は突然倒られまして、数日間意識不明の状態でした。」


「意識不明?」

「はい……実は……。」

 そういいながら召使は、手鏡をナガセに手渡した。


「こっ……これは……???一体どうしたのじゃ?」

 渡された鏡で、自分の顔を映してみて驚いた。しわくちゃのお婆さん……その皴の数と深さから考えると、百歳は越えているような印象を受ける。


 なぜだ……?つい1年ほど前に、生命石の粉を飲んで若返ったはず……20歳にまで若返ったはずだから、あれから80年も経っている事はあり得ない……。


「宮廷医の話では、恐らく本来の寿命が来ているのではないかと……いくら生命石で若返っても、本来の寿命は越えられないのではないかと、診断されました。


 生命石を身に着けていると老化のスピードが緩くなり、何年たっても若々しく居られます。ですが、それでも百歳を超えて長生きした者はおりません。80歳の老人に生命石を身に付けさせても、90歳を超えると寿命で他界してしまいます。


 生命石を使っても、あくまでもその人の寿命の範囲内で、若々しく生き続けることしかできないのではないかと想定しております。」


 召使が神妙な顔で答える。確かに、ナガセがこの世界にやってきてからすでに百年はゆうに経過している。つまり、ナガセの実年齢は余裕で百歳を超えているのだ。


 いくら生命石を使って若返っても、その寿命は越えられない……若返ることにより新陳代謝が上がり、けがや病気が治りやすくなって寿命を全うする確率は上がっても、それを超えることはできないのだ。既に120歳を超えていては、さすがに寿命とあきらめるしかないのか……。


 そういわれるとなぜか納得してしまった。ナガセが百を超えてまで生きているのは、若い時から生命石を使って若返っていたからだろう……その分重い病にかかりにくく体への負担が軽かったと考えられた。


 この当時、冒険者なる職業はまだできておらず、ナガセと部下の兵士たちでダンジョン攻略を行っていたのだが、若いダンジョンが多かったのだが、稀にその地方に伝わる古の黄泉の穴という伝説の場所のダンジョンに挑戦すると、大抵の場合は百年ダンジョンであった。


 攻略にはそれなりに手こずったが、それでも兵士たちの数と、ウルフやバッドのような魔物の仲間のアシストもあり、上級ダンジョンを次々と攻略していっていた。


 そのため生命石は十分な余裕があり、自分は寿命を全うすればいいといって、決して生命石を飲もうとしなかったシュブドーの二の舞はさせないと、息子たちには生命石を持たせていたので、すでに百歳近い高齢ではあったが、まだ息子は元気でいた。


 粉にして飲んだ場合の副作用など、分かっていなかったために、わが身で実験して十分な安全性が確認されるまでは飲用はさせなかったが、複数個持たせたりもしていた。


 永遠の命を得られたので、この世界の科学力を発展させて元の世界へ帰ろうとしていた夢が、もろくも崩れていく感じがして、体中の力が抜けていく感じがした。


「す……すぐに行かなければ……。」

 ナガセは、よろよろと立ちあがった。


「お待ちください……そのお体で一体どこへ行かれるというのですか?」

 召使が焦って引き留める。始めて大陸を統一した偉大な女帝なのだ……安静にして少しでも長く生きていただかなければならない。


「ふん……少しでも長く生きるよう、安静にしていろと申すか?出来ぬな……ダメもとで試してみたいことがある。ついてこなくてもいい……半年たっても我が戻ってこない時は、第1王子を皇帝に据えるのじゃ。」

 ナガセは、そう言い残してたった一人だけで病院を後にした。


 そうして王都郊外にある森の中へ、おぼつかない足取りで入っていく。シュブドー大陸を統一した後も、サートラのいた村を王都として、大陸中央への遷都をかたくなに拒んできたのだ。


 なぜなら、自分がこの地へやってきた森の中のダンジョンに、元の世界へ帰る為の足掛かりがあるはずと考えて、暇さえあればダンジョンへ入り浸っていたのだ。


 ウルフとバッドと森の中で落ち合い、彼らとともにダンジョンへ入っていく。つい先日もダンジョン内の魔物たちを一掃したばかりなので、ダンジョン内を歩いていても、ボス魔物どころか雑魚魔物ですら出てくることはなかった。


 擬態石や生命石などの特殊効果石を生み出す珍しいダンジョンであるため、本来なら百年ダンジョン化したいところだったが、やはりこのダンジョンだけは研究のためにいつでも入って行けるようにしたいと考え、1年未満の定期的な攻略を心がけていたのが功を奏した。


 よろよろとしたおぼつかない足取りなので、途中途中で休憩しながらボスステージのドームまで2日かかって到達し、黒みがかった赤色の台座に持参してきた綿入りのマットを敷いて横になる。すると、なんだかぽかぽかと体が温かくなり、久しぶりに気持ちが落ち着いてきた。緊張がほぐれ、そのまま深い眠りについた。



「ふあー……よく寝た……。」


 台座の上で目を覚ますと、体が軽くなっていた。自分の両手を見ても、来た当初のようなしわくちゃな枯れた手ではなく、若々しくみずみずしい手に戻っている。すぐさま懐に入れていた手鏡で見ると、顔だって元の美しいサートラの姿に戻っていた。


 成功だ……この台座で眠ることにより、1年前に生命石で若返った年齢相当にまで戻ることができた。この台座は、生命石を粉にして飲むよりも歳をとらない効果が大きいのだろうと考える。なにせ、この台座の上で過ごせば腹も減らないのだ。


 新陳代謝が止まるのかと思っていたが、よく考えてみれば新陳代謝が止まれば死んでしまう。止まるのではなく活性化するのだろうが、制限なく老化を伴わずに無限に新陳代謝が行われ、その時必要なエネルギーもまたこの台座上では供給されるのではないだろうか。


 細胞分裂してDNAが再結合するときに消費されるはずのテロメアの消費が行われないのかもしれない……いや……もしかすると、その年齢に見合うまでテロメアが再生されている可能性だってありえる。


 そのため本来であれば寿命として、効果が無効となっていた生命石の粉で若返っていた時の状態まで、この台座上で復活したのだ。つまり、この台座上で過ごす限りは、まさに永遠の命を得られることになる。


 これなら生命石は必要ない。王都はこのダンジョンのすぐ近くなのだから、毎晩このダンジョンまでやってきて台座で眠ればいい。


 恐らくこの台座で眠っている期間分は、寿命に影響しないのだろう。ナガセがすでに120年も生きていられたのは、若いうちから生命石で若返っていたからではなく、当初の30年ほどはこの台座で過ごしていたからであろう。


 毎日が無理なら1日おきでもいい。少なくとも、科学力が元の世界に追いつくまでは、この台座で過ごして生き永らえなくてはならないと決心し、ナガセはそのまま王宮へ戻って行った。


「御屋形様……よくぞご無事で……。」


 王宮へ帰ると、お付きのメイドが涙を流して喜んだ……よくよく聞いてみるとさもあらん、老化して病院からダンジョンを目指してから、すでに1年経過していた。ダンジョン内の台座上で、なんと1年間も眠り続けていたということのようだ。


 わが身がどうなるか全く分からなかったので、半年ほど時を置いてなお戻らなければ、帝位を息子に譲るつもりで半年待てと言っておいたのだが、まさに的中した格好だ。帝位を次皇帝となっている息子と世継ぎ争いもしたくはないので、自分は上皇となり息子の政治の後押しを行うこととした。


 そのうちに、かえってこの形のほうが、文明の発展に力を注げるので有難いとも思えたが、それでもナガセが提唱する以外に、科学技術の発展に寄与するものは現れなかった。


 蒸気機関に引き続き、大陸中を探し回って油田を掘削し、灯油や軽油にガソリンなどの精製技術の基礎研究を行わせ、ガソリンエンジンなどの内燃機関の原理も提唱。真空管を作り出して回路設計技術を発展させると、さらにシリコンインゴットを作り出し、抵抗やトランジスタを形成する技術に、パッケージ技術も発展させた。


 ナガセがいた世界では当然のことのように存在したLSIですらも、その基礎技術から作り上げなければならなかった。ナガセだって天才科学者というわけではない。元の世界にあった全てのものを自ら作り上げることができるほど、知識や技術に長けていたわけではない。


 それでもそのものの基本原理というか、仕組み程度は知識として備えていたので、基礎となる部分を伝えて、後は研究させて技術として確立させた。


 この世界の人間は、ある程度の出来上がった姿をイメージさせてやれば、それなりに時間はかかるが、その為の基盤技術を作り上げることはできた。だが新しい発想で、これまでになかった新技術を作り上げるという独創的な思考を持つものは、なかなか現れてはくれなかった。


 想像力に乏しいというか、新しいものを作り出すということに関しては、元の世界に比べて劣っているようにも感じられた。だが、それも無理はないのかもしれなかった。電気すらなかったこの世界でいきなり発電を行い、さらに集積回路技術まで作り出そうとしていたのだ。


 思考がついていかないということは、十分に理解できた。学校教育を充実させて、先端技術が進行していけば全体的に科学力は上がっていくと信じて、ナガセはより一層教育に力を注ぐことにした。



 最初に発見したダンジョンの台座で眠ることにより、ほぼ永遠の命を得る方法は確立されたのだが、1年間も再生に時間がかかるのでは、ちょくちょく立ち寄ることは難しいと感じられた。


 80年に一度程度1年間台座上で過ごせば、テロメアが再生されてリフレッシュされることはほぼ間違いがなかったが、2回目に1年間経って戻った時に帝国が崩壊寸前になっていた。


「ど・・・どうしたというのじゃ・・・。」

 城門は完全に破壊され、王宮のあちらこちらから煙が上がっている光景に、ナガセは絶句した。


「これは・・・ナガセカオル様・・・よくぞお戻りになられました。」

「お前たちは・・・一体・・・?」

 見知らぬ男たちがナガセの姿を認め、すぐに集まってきて目の前に跪いた。


 だが、どの者もナガセの側近でもなければ、皇帝に据えた子孫の部下でもない。彼らは鎧や鎖帷子など身に着けてもおらず、粗末な服装のまま手に持つのは鍬やスキなどの農機具ばかりだった。こんなやつらに、2百年以上続いた帝国が滅ぼされかけているのかと思うと、ナガセは頭が痛くなってきた。


 息子たちには生命石で老化を押さえる術は教えていたが、粉にして飲むこともダンジョンの台座で眠る方法も明かしてはいなかった。


 当初はその安全性に疑いがあるから飲用はさせなかったのだが、ナガセと違い元の世界に戻るという命題がない息子たちには、その寿命を全うさせることが自然と考えたのと、永遠の命を持つ自分という存在を神格化させ永く帝国を維持するためにも、長寿の存在を増やすつもりはなかった為、皇帝は代替わりを重ねていた。


 帝政は順調に続いていくと考えられていたが、ナガセの玄孫のさらにその孫は臆病で猜疑心が強く、不具合があると全て臣下のせいにして罰するという性格的に問題がある存在で、それでも他に跡継ぎたる存在がいなかったので、仕方なく皇帝に据えた。


 ナガセが皇帝の暴挙を一つ一つ嗜めて、何とかうまくとりまわしていたのだが、ナガセがダンジョン内に籠っている間にクーデターが勃発して、戻った時には王宮は反乱軍に占拠されていた。

 なんとたったの1年も持たずに、皇帝は民衆たちからNoの判定を下されたのだった。


「我らは圧政から市民を開放するために立ち上がった、シュブドー開放戦線です。国中の農民や町民たちが蜂起いたしました。対する皇帝軍は我らの進行を妨げることなく、すぐに武装解除に応じてくれました。

 王宮守備隊も抵抗することはなく、取り残され城門を閉じて籠城を決めた皇帝も捉えることが出来ました。


 すでに皇帝ニートは処刑されております。どうか、ナガセカオル様も抵抗なさらずに、我らと同行をお願いいたします。」

『カチャッ』手製の槍や大きなナタ包丁を持った数人の男たちが、ナガセを取り囲むようにする。


「お前たちと戦うつもりなど毛頭ない・・・大事な国民だからな・・・。民を苦しめた皇帝の親ということで、同罪として処刑するというのか・・・それもいいだろう。好きにせよ。」

 ナガセはそういうと、大きなマントを脱いで腰に付けた短刀を外し、武装解除して両手を上げた。


 つぎはぎだらけの粗末な服は、虐げられた期間の長さを物語っている。皇帝の政治のサポートを行っていたつもりだったが、民衆の生活の困窮に気づかずにいた自分に腹が立っていた。再生前まではサートラでいた期間が長かったとはいえ、そんなもの何の言い訳にもならないのだ。


 ショックだった・・・だが仕方がない・・・それもこれも全て自分の責任なのだ。ナガセは、絞首刑に処せられることも厭わないつもりだった。近衛部隊も王宮守備隊も蜂起した民に抵抗することなく、大量の死傷者を出さずに済んでいることに、感謝していたくらいだった。


「まさか・・・その豊富な知識力で我ら民を導いてくださった、神とも評されるナガセカオル様を罰することなどありえません。現皇帝は、何処かお加減が悪くご乱心なされたのです。その悪い芽はすでに取り除かれました。どうか今一度、ナガセカオル様御自らこの国を導いてくださいませ。」


「はあ?」

 男たちのいっていることに、わが耳を疑う・・・。


「どうか、今一度、シュブドー帝国の皇帝になってくださいませ・・・。」

『どうか・・・』

 男たちは、再度ナガセカオルの周りに跪き、深く深く頭を垂れた。


 ナガセが戻り、皇帝に変わって再度国を預かるという形でクーデターは収まったが、以降は上皇という政治手法は取りやめ、自分が女帝として君臨し続けることにした。


 跡継ぎは不要となったので、結婚も子供を作ることもせず神として祭られる、まさに生き神としての存在を確立していった。


 1年毎に1週間程度台座で眠ることにより、テロメア修正が行われて若さが保てるということを、何度か試行錯誤繰り返しながら確認し、日常は生命石で若返ることを行いながら、年に一度休養と称してダンジョンへ入るという併用を行うことに決め、サートラにも枕元の手紙でその旨伝えた。


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