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サートラと接触

 身に着けていて効果が出るのであれば、粉にして服用すればより強く効果が出るのではないかと考えたのだ。

 まずは自分で一つまみ飲んでみてからウルフやバッドに同じだけ飲ませ、体重差から量を増やした場合の毒性を確認しておき、一気に粉にして1/4ほど飲んでみる。


 その後体形の変化を願っても何の変化もないため、少しずつ量を増やしてついには1石丸ごと飲んでしまった。そうしてから体形を替えられるよう願うと……何とサートラの体系を手に入れることができた。


 さらにサートラの顔と髪の毛も欲しいと願うと……美しい顔とともに髪の毛の色も黄色に変化した。飲用することにより、より強く作用するようになり、顔も体もさらには髪の色まで変化させることが出来たようだ。ナガセはこの石を擬態石と名づける。


 そうして壁の傷がもう4千近く増えたころ、洞窟壁には水色の輝く球と暗闇で光り輝く石ができていた。ナガセはその2つも持って、ドーム奥の出口から再び森へと出ていった。

 そうして今度は、村と反対方向の道を歩き始めた……。



「ここが、ナガセカオルの生まれ育った故郷だな?そうして村人たちは家族を殺された、いわば仇といえるわけだ・・・。」

 鎖帷子に身を包み、額には大きな星のマークが刻まれた鉢金をつけた大男がナガセに振り返る。


「ああ・・・この村にはいい思い出はない・・・。」

 ナガセがしんみりと答える。


「俺が、その恨みを晴らしてやるさ・・・。おいっ・・行くぞ!」

『おーっ!』

 男は乗っていた馬の横腹から大きなナタを抜くと、それを手に号令をかけ、仲間たち十騎程とともに一気に走り出した。


「あっ・・・いや・・・待て・・・別に恨みなどどうでも・・・。」

 別に恨みを晴らしてくれと頼んだ覚えはない。この地を平定してここを足掛かりにしようと提案しただけだ。

 サートラの記憶では、季節ごとに豊かな実りを与えてくれる、芳醇な土地であったから・・・だがシュブドーに、その気持ちは伝わってはいなかったようだ。


 ナガセが洞窟を脱出してから数年後、サートラが生まれ育った村は、地方豪族の襲撃にあい滅ぼされる。豪族の名はシュブドー。本名はブードウというのだが、当時ワインの研究をしていたナガセが、ブドウの産地で出会った豪族に、ふざけてつけたあだ名がシュブドーで、なぜか彼はその名が気に入り名乗るようになった。


 シュブドーの妻はナガセ(外観上はサートラ)だった。


 洞窟を再脱出したナガセは、当初サートラの家族が村から迫害を受けて、どこか遠くへ移住したのではないかと考え、近くの村へ向かってみたのだが、その村でサートラの家族の悲惨な末路を知る。


 先祖代々住んでいた村から出た先の当てもなく、そのまま滞在を続けたサートラの家族に対し、村の人々は完全に村八分を決め、一切の付き合いをやめた。そのため食べるものも着るものも不自由になったサートラの家族は、1ヶ月も経たずに一家心中してしまった。


 ナガセは、心無い村人たちの仕打ちに憤りを感じるとともに、その原因は自分がこの世界に転生してきたことにあるのだと、申し訳ない気持ちで一杯になった。


 放浪の末着いた先はなじみのない村ではあったが、親切な村長宅にお世話になることができ、ようやく人間らしい生活ができるようになった。勿論、魔物であるウルフとバッドは、村の近くの森で待機させるようにして、深夜時間帯に村長宅を抜け出しては、エサの木の実や晩御飯の残りを与えてやっていた。


 そのうちに近郊に拠点を構える豪族シュブドーが領地の見回りにやってきて、サートラを見初めて嫁にしたいと言い出した。この世界の住人ではないナガセは当然お断りをしたが、それでも見回りのたびにあきらめずに彼女のもとへやってくるシュブドーの真摯な態度に気持ちが動かされた。


 ナガセとしては、何とかこのおとぎ話のような世界から元の世界へ帰るための行動を起こしたい気持ちでいっぱいだったが、それを行うためには、まずはこの世界の科学力を向上させる必要性があった。


 武器といえば刀や弓矢で、大砲や鉄砲など存在しない。火薬などはまだ発明されていない世界。当然発電などは行われていないし、明かりはもっぱら暖房を兼ねた暖炉や、菜種を絞った油を皿に盛り、木綿糸を油に浸して火をつけた、いわば行灯くらいしかなかった。


 そのような世界でナガセが洞窟から持ち帰った、暗闇で光る石は大変重宝された。ナガセは、その石を輝照石と名づけ、深い洞窟の奥の巨大な魔物がいるドーム内で、ボス魔物を倒してはじめて手に入れられたことを告げると、さっそくシュブドーは興味を示した。


 聞けば魔物が時折出現してくる黄泉の穴は、各地に点在しているようで、どの地域でも斎場としてまつられているということだった。


 ナガセはさっそくシュブドーと手下の腕利きの兵士たちと、他の地域の黄泉の穴攻略に向かうことを提案する。自分がいた洞窟内では、後何十年かしなければ、石は出現しないことを知っていたからだ。


 仲間であるウルフやバッドにも協力してもらい、まずは近郊数ヶ所にある洞窟の探索を行ったが、入った途端に狂暴な魔物たちに襲い掛かられ、数人の手下たちが命を失った。


 この地域のダンジョンも黄泉の穴として祭られていたのだが、供物の有無ではなく魔物たちの領地を犯す存在に対して、襲い掛かってくるような印象を得た。魔物たちのものであったダンジョンや精霊球が、ナガセによって人も介在するようになり、魔物と人とダンジョンへの覇権争いが勃発した感じだ。


 それでも残った者だけでなんとかボスを倒したが、ピンクや茶色の光沢のある球が加わっただけで、輝照石も擬態石も手に入らなかった。


 さらに永遠の命を得られるとも想定している真っ赤な台座は、どこの洞窟のドーム内にも存在しなかった。サートラの村の近くの森にある洞窟は、他の洞窟とは異なる特別なものであることを認識する。


 それでも時折、炎系や水系の魔法を使うボス魔物が出現し、キラキラと光沢のある球が実は魔法の力を秘めていることに気が付いた。


 特に過去に魔物たちが多く出現して、今では魔物が出てくることはなくなり祭ることをやめた古い黄泉の穴のほうが、より強力なボス魔物がいて大きな球や特殊効果石が出現する確率が高いことを認識したが、当たり前だがこちらはより攻略が大変だった。


 まれに人語を話すボス魔物から魔法の呪文を学び取り、ナガセは土水火風の魔法を使えるようになり、のちに雷の魔法も取得する。


 勿論、兵士にも魔法が使えるようになる球を持たせ、魔法を学ばせ戦闘力を上げていった。この魔法の玉を精霊球とナガセは名付けた。


 精霊球も粉にして飲んでみたが、魔法を使えるようになるどころか、削って変形した精霊球は輝きを失い、魔法を使えなくなることを認識する。そのため精霊球は傷をつけないよう、チェーンを取り付けて首から下げて使うことを徹底した。


 このころになると、教会で修業をして徳を積んだ僧侶であれば、魔物たちとの戦闘で傷ついた兵士の体を、霊力で癒せることが分かってきた。精霊球が外の世界に出た事により、精霊たちの力が強まったのだろうと、今では考えている。


 いくつもの魔物たちが生息する黄泉の穴と呼ばれる洞窟……ダンジョンを攻略して、魔法や戦闘技術を向上させたシュブドーの部隊は、サートラが元住んでいた村へ進軍し、攻め滅ぼして領地に加える。


 ナガセは虐殺を望んではいなかったが、サートラを祭壇から洞窟へ突き落とし、さらにその家族を村八分にして死なせたという、大まかな事情を聞いていたシュブドーが、サートラの家族の敵とばかりに村人たちを皆殺しにしてしまった。(当初ナガセは、その外観上からサートラと名乗っていた。)


 のちにこの復讐劇が形を変えて世間に広まり、死人返りの伝説となり、黒髪がますます忌み嫌われる対象となっていく。


 永遠の命を得られると考えられる、真っ赤な台座がある洞窟を領地に加えたかったから進軍を提案したのだが、文明社会で育ち平和主義のナガセは、シュブドーの行為にはショックを受けたが、自分のあいまいな説明がまたもや不幸を招いたことについて、深く反省した。


 以降は、自分がサートラの体に転生したというか、体ごと入れ替わったことは、決して思いださないと決めた。このことにこだわり続けると、不幸になると感じたからだ。


 それでも元の世界へ帰る事を、あきらめるつもりはなかった。

 広がった領地内に学校という教育機関を作り、有識者を募って子供たちへの教育を始めた。もちろん理数系の科目に関しては、ナガセ自ら教科書を監修し、当時のレベルよりも進んだ技術を学べるようにした。


 試行錯誤を繰り返し、木材の繊維から紙を作る技術を確立。和紙に近いものであったが、それまで羊の皮を用いた、いわゆる羊皮紙とは違い、大量に紙を作り出すことが可能となり、また活版印刷技術も持てる知識をフルに活用して確立させた。


 これにより学校教育の効率も数段向上したが、何より記録や情報の伝達が容易になった。


 さらに人家に被害を及ぼす魔物たちの駆逐のために、黄泉の穴と呼ばれる存在に兵を送り、洞窟内の魔物たちを駆逐し、精霊球や特殊効果石を回収。領民からは感謝され、さらに兵たちの戦闘力が向上する、まさに一石二鳥の派兵を続けていった。


 そうしてとある洞窟で、洞窟内の台座と同じ色をした黒みがかった赤色のハート形の石を見つける。その石をペンダントにして首から下げていると、確かに体は疲れも感じにくく、活力も薄れにくい。


 それでも食事は必要でトイレにも向かう。新陳代謝が止まるわけではないので、老化を抑える機能はあるのかもしれないが、止めることはできないと認識する。


 そこでまたまたその真っ赤な石を削って粉にして飲んでみた。すると、少し口にしただけで、間違いなく数年分は若返った。肌の張り艶などまさに少女に戻ったかのようにみずみずしく変わった。これは衝撃的だった。おかげでいちいち洞窟内の台座で眠らなくても、歳をとっても若返ることで対処できると考えられた。


 ナガセは、この石を生命石と名づける。 



 元々百騎程度の小さな地方豪族であったシュブドーだが瞬く間に勢力範囲を広げ、20年ほどで大陸の1/4を占めるようになるとさらに進軍を進め、50年で大陸を統一することに成功。だがここで、長年連れ添ったシュブドーが老衰のために倒れ、帰らぬ人となった。


 生命石を使って若返り、今でも20台の美貌を保っていたナガセは、次の皇帝をどうするのか多くの息子たちの中から選択を迫られたが、いつの間にかシュブドーの代わりに大陸の皇帝として君臨することになっていた。なぜか気がついたら皇帝の玉座に座っていたのだ。シュブドー大陸に長く君臨した女帝の誕生であった。


 時折自分の記憶が何日分もかけることがあることは認識していたナガセだったが、その間はただ眠っているだけで、何も行動していないのだと自分なりに考えていた。生命石の粉を飲んで無理やり若返ったので、体には大きな負担をかけているため、その反動で時折長い睡眠に入るのだと考えていたのだ。


 だが、いつの間にか自分が女帝として崇められていることに気づいたナガセは、もう一人の自分の存在を疑い始める。


<あなたは誰だ?なぜ私はシュブドー大陸の女帝に君臨している?>

 ナガセは眠るときに常に、こう書いた紙を枕元に置いてから眠るようにしていた。するとある時、


<私はサートラ。あなたこそ何者なの?なぜ私はシュブドーとかいう豪族と結婚していたの?私の家族はどこへ行ったの?家族に会いたい。>と書かれた紙が枕元に置いてあった。


 ほぼ予想通りというか、自分の体に別の人格が入り込んでいて、彼女はサートラ……サートラの父親が言っていたことから察するに、サートラの遺体が祭られていた祭壇に、異次元から飛ばされてきたナガセの体が重なった事で融合してしまい、この体にはサートラとしての記憶が伝わってきた。


 さらに人格というか、魂までも入り込んでいたとは……魔物に襲われて傷ついて死んでしまったサートラだったが、生きているナガセの体と融合して、魂も復活したのではないかとナガセは推測。


<私はナガセカオル。この世界とは全く別次元の世界からやってきた。私はサートラとして生きてきた記憶も持っていますが、あなたはナガセカオルとして生きてきた記憶はありますか?>こう書いて眠りについた。


<あなたがナガセカオル?私にもナガセカオルという人の人生の記憶はあるわよ。でも……どうしてあなたと私がつながるのか、どうしてこんな事態になっているのかさっぱりわからない。>と書かれた返事が、枕元に置いてあった。


 やはり眠ると時折人格が入れ替わるようだ。特に今は手紙のやり取りをしているためか、頻繁に人格が入れ替わっているようだ。サートラへ入れ替わるタイミングを、ある程度コントロールできるようになれればいいと、ナガセは自分の相棒ともいえる存在と、当面やり取りを続けることにした。


 ナガセは、自分がこの世界へやってきたときのいきさつと、サートラの父親に黒髪を忌み嫌われ黄泉の穴へ落とされたこと。暗い洞窟の中で何とか生き延びて、ボス魔物を倒して地上へ戻ってきたことなど、詳しく書き記したが、サートラの家族が村人たちに虐げられて死んでしまったことは書かなかった。


 代わりに、あれからすでに50年以上経過していること、自分はダンジョン内の台座に寝たり生命石を使って若返ったりしているから、若さを保っていられることを書いた。こうしておけば、親兄弟はすでに他界していると理解してくれるはずだ。


 そうしてシュブドーと出会い結婚し、部下の兵士たちとともにダンジョン制覇を行い精霊球や特殊効果石を貯め、さらに戦闘能力を上げて領地を拡大していき、ついには大陸を制覇したことなどを書き記した。


 ところが翌日、返事の手紙は枕元にはなかった。『ガシャンっ』今回はサートラになり損ねたのかと、残念に思っていたところ、朝食を運んできたメイドが持ってきたティーポットをお盆ごと落とし、そのまま慌てて部屋から出逃げるように出て行ってしまった。


 不思議に感じていたナガセだったが、すぐに鏡を見て納得する。そこには黒髪の日本人……ナガセカオルの姿があった。擬態が解けてしまったのだ。


 幸いにも数々のダンジョン攻略で、擬態石もいくつも在庫を持っていた。とりあえず、擬態石を身に着けるだけで体と顔だけをサートラのものに戻し、髪の毛はかつらを用意するつもりでいたのだが、擬態石をチェーンで首から下げて、擬態化をイメージしても変化がない。


 仕方がないので大きなマントを羽織って王宮内の工作室へ駆け込み、そこで擬態石を粉にして急いで飲み込んだ。ナガセは時折工作室で自分の研究を行うことがあったので、さほど怪しまれずに、声色だけを使って姿を隠したままで何とか擬態石の粉を服用することができた。


 擬態石を飲用した場合の効能は、50年程度であることを肝に銘じた。これまでは、外観に合わせてサートラと名乗っていたのだが、一旦擬態が解けたことを機に、自分は本来は黒髪であることを近しい臣下には打ち明け、さらにナガセカオルと名のることにした。


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