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死闘

『バリバリバリバリ……ゴンゴンゴンッ』甲高い金属音の擦過音をさせながら、装置の外装のステンレス板を渾身の力で折り曲げていく。引きちぎられた部分は鋭利に尖っているので気をつけながら剥いで行くと、装置の内部チャンバーが現れた。案の定、チャンバーは割れていた。


 直径15センチで高さ20センチの円柱状で、厚さ20mmのステンレスで作られている頑丈なはずのチャンバーは、ほぼ真っ二つに割れて半分だけこの場所に存在していた。


 ナガセはその片割れを吊っているゴムチューブを引きちぎり手元に引き寄せ、『ガンガンガンガンッ』外装の薄いステンレス板を、手に持ったチャンバーをハンマー代わりにして叩いて引き延ばすと、その後は同じ個所を何度も反対向きに折り曲げを繰り返し、ようやく1枚のステンレス片を折り取った。


『ガンガンガンガンッ』『ザッザッザッザッ』ナガセは地面から露出している岩の、なるべく平坦な部分を選び、折り取ったステンレス片をその上においてチャンバーで叩き、1枚の平板に加工。長方形の平板の対角線から再度斜めに分割し、対角線部分の辺を岩肌のざらざらした面に何度もこすりつけ、刃をつけていく。


 そう……ナガセはステンレス製の刃物を作り出そうとしていた。


『シャシャシャシャッ』ステンレス製の刃物が出来上がると今度は、洞窟の岩壁からところどころ露出している木の根を、出来たばかりの刃物で切り取っていく。


 少し壁の土も掘り進んで、なるべくまっすぐな木の根の棒を切り取ると、先端に切り欠きを入れてそこにステンレス板を挟み込み、同じく壁から露出している蔦や地下茎を切り取ってロープ代わりとして、刃が外れないようにぐるぐる巻きにして、しばりつけた。


 1m程度の長い棒の先に付けた槍状のものと、10センチくらいの柄につけたナイフというか包丁のようなものの、2種類の刃物を製作……これを武器にするつもりでいた。


 自分の身を守る武器ができたことで、少し気分が落ち着いてきた。このころになると、漆黒の暗闇と感じられていた洞窟内も、ある程度様相が分かってきた。


 おおよそ幅3mほどで高さも3m程度の洞窟内で、一方は実験装置でふさがっているが、反対側の先は延々と続いているし、ところどころ分岐していて、迷路のように複雑に絡み合っているようだ。


 どのような構造をしているのかは分からないのだが、入って来たからにはどこかに出入り口はあるはずだ。ナガセは脱出を敢行すべく、洞窟内を探索し始めた。幸いにも実験ノートの空白ページは十分にあったので、紐でノートに結び付けられていたボールペンで、分岐の際の道順を記録することはできた。


 視界の利かない薄暗がりのため、文字は書いても読めないと判断し、右へ曲がったのか左へ曲がったのかわかるよう、順に太線の矢印で道順を書いていった。


 そのうちに屈んでようやく入ることができる分岐も発見し、さらにその奥には湧水が出ていて、野菜やキノコが生えている場所……水飲み場も見つけた。


 水飲み場には当然ながら魔物たちも出入りしていたが、なぜかナガセには無関心というか、自分たちのえさに困らないからなのか、ナガセの身に危険が及ぶことはなかった。そのため折角作った武器だったが、活躍の場は現れなかったが、これはこれでいいと自覚していた。


 魔物たちを駆逐することが目的ではない……生き永らえてこの洞窟を脱出することが目的なのだ。時折外の世界に魔物たちが現れて住民たちに襲い掛かるということは、どこかに出口があるに違いないのだ。


 毎日、少し先まで進んでは戻るという生活を繰り返し、途中からは水飲み場を拠点に更に足を延ばし、どれくらいの日数が経過しただろうか……寝た回数だけで数えても千回を大きく越える……3年以上は経っているだろう……このころのナガセは、オオカミ系の魔物と蝙蝠系魔物1匹ずつと行動を共にしていた。


 オオカミ系の魔物はウルフで蝙蝠系魔物はバッドと名付け、どちらも幼い時に傷ついて洞窟内に放置されていたのをナガセが見つけ、傷口を洗って食べ物を食べさせて助けてやったものだ。


 村からのお供えと水飲み場の野菜やキノコなど、それなりに潤沢な食料がある洞窟内でも、生存競争は行われているのだということを、ナガセはこの時に改めて認識した。


 洞窟内の魔物たちの中では比較的体の大きな人間であるナガセに襲い掛かるような外敵はいないのだが、子供の魔物に関しては、別の種族の格好の獲物となってしまう場合がありえる。


 特に獲物と考えていなくても供物の争奪など、親魔物が同行していない時は特に、幼い魔物は危険にさらされているといえる。仲よく共存関係にあるように見えた洞窟内の生態系も、やはり弱肉強食に近いのだ。


 一人ぼっちだったナガセにとって仲間ともいえる幼い魔物たちは、異郷の地のさらに地の底でも生きていく上の励みにもなったし、成長の早い彼らはやがて貴重な戦力ともなった。


 このころになると、洞窟内で増え過ぎた魔物たちの本当の生存競争が始まりかけていた。ナガセが落ちてきたころには、洞窟入口へやってくる魔物たちもさほど数は多くなく、村人たちの供物で十分に潤っていたのだが、今では供物を待ちわびる魔物たちで埋め尽くされていた。


 それは洞窟内に3ヶ所ある水飲み場でも同様で、十分な食料を確保するためには、他の魔物たちを出し抜くか、もしくは戦って勝ちとる以外の方法はなかった。


 生きるためのぎりぎりの食料で何とか生きながらえていた魔物たちは、そのうちに互いに他の種を襲って餌とし、自らの種を守ろうと変わっていった。


 その原因は分かっていた……洞窟最深部には大きなドーム状の空間があり、そこには巨大な魔物が生息していて、そこから定期的に様々な種類の魔物たちが、洞窟内へやってくるのだ。


 巨大な魔物はこのダンジョンのボスであり、ボスは精霊球を守り、ボスステージで生み出された魔物たちが洞窟内へ散っていき生態系を作るのだが、この時のナガセはまだ知らない。


 恐らくボスが幼い時には、ボスステージで生まれた魔物たちのうちいくつかは、そのままボスステージ奥から地上へ出て行っていたのだろう。そうして外の世界へ住み着き、人里近くであれば村人たちを襲う。


 そのような場所を村人たちは恐れおののき、そこへ供物をささげて精霊の怒りを鎮めようとして、さらに死んだ村人の魂を黄泉の国へ送るための斎場としても利用していたのだろう。


 黄泉の穴は定期的にその場所が変わっていくのは、ダンジョンのボスが成長して強くなると、魔物たちもボスステージを経由して外へ出ることが出来なくなってしまうからであり、若いダンジョンでのみ、魔物たちが外の世界へ出てこられたのだ。


 そうして、このダンジョンはボスが成長してダンジョンの初期レベルとして完成したことになる。生まれてきた魔物たちで、段々とダンジョンはあふれかえり、魔物たち同士の熾烈な争いが始まりかけていた。


 ナガセは直感的にボスステージ奥に外の世界への出口があることに気が付いていたが、手製の武器を持っているにしても、格闘技の経験もない研究員であったナガセにとって、身の丈3mを優に越える巨大な熊の魔物は脅威であった。


 それでも成長したウルフもバッドも、洞窟内に生息する魔物たちとも十分に戦えるようになってきて、日々の食料確保に役立っていたし、何より火が使えるナガセは、摩擦熱で火を熾して乾燥させた木の根に火をつけ、松明代わりに常に持ち歩いていた為、野生の魔物たちと違いウルフもバッドも火を怖がらなくなっていた。


 今ならやれる……当初ボスステージの巨大な熊系魔物を見た時は、その大さに恐れおののき、すぐさま実験装置が埋まっている洞窟入り口まで取って帰ってきて、一人蹲って震えていたのだが、やがて体の大きなボスは狭い洞窟内には出ては来られないのだろうと気が付き、洞窟内で力を蓄えることにしたのだ。


 あれから2年と少し、仲間となったウルフとバッドを従えて、今日こそボスを倒すのだ。もっと仲間となる魔物たちを増やすことも考えてみたが、年ごとに成長して体が大きくなっていくボスの体を確認して、もはや一刻も猶予がないことを理解していた。遅くなればなるほど、不利になるのはこちら側なのだ。


「よし……行くぞ!」

 広いドーム空間であるボスステージへ入り、洞窟奥で待ち構える熊系ボスに向かって駆け出していく。


「んがおー……」

 熊系ボスは、無謀な挑戦者たちを威嚇するかのように2本の後ろ脚だけで立ち上がり、両前足を突き上げその巨体を鼓舞してみせた。


『パタパタパタパタッ』5mを超すボスの鼻先にまとわりつくかのように、バッドがひらひらと飛び回る。

『ブンッブンッ……ブンッ』熊系魔物は右前足で追い払おうとするが、バッドは簡単にかわし、捕まえることも追いやることもできない。


『タタタタタッタッ……ガブッ』その時、一直線に地面を駆けてきたウルフが跳躍し、ボス魔物の脇腹にかみついた。


「ううっがぁー!」

 鼻先の小さな存在にばかり気が行っていて、足元がおろそかだったボス魔物は、今度は左腰にかみついた異敵を振り払おうと、左前脚をふるう。


『ブンッ……ゴンッゴロゴロゴロッ』「きゃいんっ」

 ウルフはものすごい力で弾かれ、そのまま地べたに転がされた。


『グザッ』しかし間髪を入れずに、今度は右腰に衝撃が走る……今度の傷はかなり深い……ボス魔物は激痛とともに、腰から下へ温かい液体が流れ出ていくことを感じた。


「んがあっ!」

『ブンッ……スカッ』すかさず右前足で、腰にまとわりついている存在を振り払おうとしたが躱され、『グザッ』今度は腹の正面……へそ下あたりに激痛が走る。


 ナガセはステンレス製の板を細い筒状に丸めて先端を斜めにカットした、槍状の武器をいくつも用意してボスステージ内へ持ち込んでいたのだ。いちいち抜かずに、次々と攻撃を仕掛けるために用意したものだ。


「ぐぉおーんっ」

『ブンッ……ドゴッ……ゴロゴロゴロッ』堪らず振り払おうとしたボス魔物の右前足が、ナガセの左腰にヒット……そのままナガセは数m飛ばされ、地面を転がる。


 だがナガセの体は、ステンレス板をまげて加工した鎧の銅とヘルメットで守られていた。実験装置のステンレス板を大きく切り取り加工し、装置の断熱材をクッション代わりに内側に貼り付けたもので、多少の衝撃は感じたものの、ほぼダメージを軽減できていた。


『パタパタパタパタっ』依然として、バットが顔の周りにまとわりつくように飛び回り、ボス魔物から確たる視野角を奪い取いり続けている。


「がうあっ!」

『ドガッ』『タタタッタッ……ガブッ』ナガセの体は払われたが、ダメージを負い膝をついた熊系魔物の喉元に、ウルフがその鋭い牙でかみついた。


『ダダダダダッ……グザッ』さらに起き上がったナガセが槍を構えて駆け出し、熊系魔物の心臓めがけて深く突き刺した。


「んがぁ……」

『ドッタァーンッ』熊系魔物は、そのまま仰向けに倒れ伏した……倒したのだ……。


「ふう……よくやった……。」

 ナガセはウルフの頭をやさしく撫でてやり、バットにも笑顔を見せてその労をねぎらった。


『ズババババッ……ザザッ』そうしてステンレス製の手作りナイフでボス魔物の腹を裂き、毛皮と肉の回収を始めた。


 ウルフとバッドの手前、蝙蝠系魔物やオオカミ系魔物たちを倒して肉などを調達することは遠慮していたが、ボス魔物であれば問題はないだろう……別種族なのだから共食いではない。


 ウルフやバットにも分け前として切り取った肉を与えてやり、自分は松明の火であぶって、その肉で腹を満たした。さらに巨大な熊の毛皮は、着物や防寒具に使えそうだ。


 肉片を実験装置から剥がしたステンレス板で作ったトレイにある程度乗せると、ようやく落ちついてボスステージドームを見渡すことができた。広いドーム内には常にかがり火が焚かれていて、洞窟内と異なり明るい。


 直径数十メートルはあろうかという広いドームの奥の方を見ると、光を反射する光沢のあるものを見つける。

 それは、真っ赤な球体だった。手のひらに収まる程度の真球の宝石のような光沢のある表面は、加工業者が磨き上げたのではないかと思えるくらいで、さらにその隣には人型の石もあった。


 どちらもその光沢から人工的なものを想像させたが、魔物たちの巣窟ともいえるこのような場所に人工物があるとは到底考えられなかった。それでも貴重なものであろうことは容易に想像でき、ナガセはその2つの石も持ち帰ることにした。


 それ以外ドーム内には、ボス魔物が寝床に使っていたのか、真っ赤な石でできた大きな平たい台の上に藁が敷かれていたほかには、これと言ってめぼしいものはなかったので、ナガセはドーム奥の縦横2m程度の抜け穴から奥へと進んでいく。


 背中にはステンレス板の刃をつけた槍を3本ツタのロープで括り付け、その上から熊の毛皮をかぶり、両手で熊肉を乗せた大きなステンレス製のトレイを持ち狭い洞窟内を何とか進んでいくと、やがて空気が変わってきたのを感じる。それまでじっとりと湿った空気だったのが、突然さわやかで草木の香りがし始めた。


『ガタガタガタッ……ドササッコンコンコンッ』突然目の前に大きな布が覆いかぶさってきたので、慌てて両手でそれを払うと、一緒に薄い木製の平板も落ちていく。


 出た先はやはり暗闇だったが、今までの洞窟内とは異なり外の空間であることはナガセには理解ができた。

 風がほほに当たり木々の揺れる音を感じる……地面を見たところ、木の板と支柱とみられる木の棒と、大きな紅白の布が落ちていた。ナガセの体が祭られていた、祭壇であろうことは容易に想像できた。


 広い洞窟内を相当な距離歩いたつもりでいたのだが、入った時と同じ場所に出られたことはちょっと意外ではあったが、それが事実であればそのように理解するしかなかった。

 空を見上げると、薄暗がりだが木々の葉の形は確認でき、ここは森の中で今は夜なのだ。


「くーんくーん。」

 ナガセは一緒についてきたウルフの頭をなぜると、祭壇の布にくるまり、その場で眠りについた。


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