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ナガセカオル

「そんなわけはありません。ドアを開ける時に見ていただいていた通り、営倉のドアは指紋認証と目の網膜パターンの認証でしか解錠されません。この営倉に関しては、私かセーキ以外のものでは、開けることは不可能です。オートロックですから、一度閉めると再び認証しなければあけることはできないのです。


 さらに運よく営倉から出られたとしても、10mごとに隔壁のドアがあり、このドアも指紋と目の網膜パターンの認証のみで開けられます。隔壁のドアを開けられるものは、階級と部署ごとに定められており、私たちはこの最下層のフロアと艦橋にある事務所と食堂と居住区以外の階のドアを開けることはできません。


 そもそも囚人を入れ替えるにしても、わざわざ黒髪にして入れ替える必要性はありませんよね?黄色の髪の毛の女性は非常に多いですから、そのような女性を選んできて入れ替えますよね?普通なら……ですから、誰かがサーラを逃がそうとして、入れ替えたと考えるのはちょっと……。


 それに、彼女はナガセカオルと名乗っています。少なくともサートラの前身であるナガセカオルである可能性がありますから、入れ替わっている可能性よりも人格が変わったと考えたほうが自然です。」


 セーレがおもいきり首を振る。ううむ……そんなにこの船の中はセキュリティが厳しいのか……絶対ということはないにしても……簡単ではないということだ。


 それでも南の大陸の人間が関わっているのであれば、セキュリティなどないに等しい……。彼らなら営倉のドアを開けられるはずだから、昨晩のうちに入れ替えてしまった可能性だって、ゼロとは言えないはずだ……。だが……わざわざナガセカオルと名のらせる意味も……ちょっと分からないな……。


 さらに……身代わりになった人は……拘束を続けられるのであれば、相当な苦痛のはずだ……。


「とりあえず、ゴーグルも外して拘束服も脱がせてみない?体形が本当に変わっているのだったら、分かるでしょ?髪の毛の色は……うーん……どうしてかは分からないけど……。」


 ナーミが一旦戻って、拘束を解いてみることを提案する。解かなくても別人であることは明確ではあるが、別人であるのなら拘束し続けることはまずい……。


「では……少々お待ちください。」


『ガチャッ……パタン』セーレとナーミだけが営倉の中へ入っていく。サートラは暴れるそぶりも見せずにおとなしくしているし、さすがに3日目ともなると、ナーミとショウも取り調べに加えることにしたのだ。外観が変わったことは、俺としてはありがたいと感じている。


『ゴンゴンゴンッ』暫くして内側からドアをノックしてきたので、『ガチャッ』セーキが解錠してドアを開けると、部屋の中にはセーレとナーミのほかに、黒髪の女性が簡易ベッドの上に正座していた。拘束服を脱がされゴーグルも外して、パジャマのようなカーキ色で無地のシャツとズボンを着せられている……囚人服かな?


 サーラはすさまじいまでの美少女だったが、こちらはそこそこの美人……というより、この世界の住民のような鼻筋が通っていて、目鼻立ちがはっきりとしている顔立ちではなく、どちらかというと日本人的な多少扁平な顔だ……というより、髪の毛の色といい肌の色といい、日本人そのものではないかと俺には見える。


「ふうー……ありがとう……ようやく我がナガセカオルであることを認めたのじゃな?ここは……周期的に微細な揺れを感じることから船の中……造りからすると軍艦を思わせる。


 サーケヒヤーでは、南の大陸からこのような巨大軍艦を輸入したというのか?武力を強化させてしまうと、むやみやたらと他国を脅かすことになってしまうから、決して武力供与をするなとシュブドーのものたちにはきつく言っておいたのだがな……それとも、南の大陸の軍艦の中なのか?


 だがそれでは……拘束されていた理由が分からん……サーケヒヤー王が血迷って、カンアツなりカンヌールなりへ侵攻しようと計画し、それをサートラが猛反対したため軍を動かせず、反逆者としてサートラを捕らえたという考えに至ったのだが、違うのか?」


 自由になったナガセカオルは、俺たちの顔を次々と見比べながら、現況を分析しようとしている様子だ。やはり昨日までいた、サーラとは別の人間であるとみて間違いはなさそうだ。


「ここは、シュブドー大陸のアカシロ連合国軍の空母の中の営倉です。サートラはサーラと名のり狂暴化し、サーケヒヤー王を焚きつけてカンヌールへ宣戦布告させ、戦争を仕掛けさせました。


 ところがカンヌール軍の急襲に会い王宮は陥落、サーケヒヤー王は圧倒的武力を持ちながらも、わずかな手勢のカンヌール軍に降伏したのです。


 サーラはその他にも、カンヌール国やカンアツ国に対して様々な悪事を働いており、その罪で捕らえられました。現状取り調べをしているところです。ですが……サーラではなくナガセカオルに入れ替わってしまったようですね。」


 セーレが、ナガセカオルに簡単に現況を説明してやる。


「さ……サーラ……?サートラではないのか?サーラなど……我は知らん……何かの間違いではないのか?そもそもサートラが犯罪を犯すことなど、ありえないはずだ……。」

 すると、先ほどまで冷静にしていたナガセカオルが、動揺を隠せない様子で小刻みに体を震わせ始める。


「サーラが元社員たちを王宮のお堀に飛び込まさせたり、カンヌール王や王子を狙って魔物たちを操って襲わせた場面など、ほんの一部だけではありますが、ビデオ映像がありますよ。御覧に入れましょうか?


 あなたは遠い場所へでも瞬間移動が可能ですよね?瞬間移動でこの星中であれば、どこへでも移動可能と伺っておりますが、その通りでしょうか?」


 するとトオルが、犯行ビデオの存在をアピールする。そうして、瞬間移動について問いかける。そういえば……瞬間移動に関しては、サーラに問いかけていなかったな……サーキュ王妃のコメントがあったので、それでいいと思っていた。


「瞬間移動か……移動石を粉にして飲み込んでおるものでな……だが……擬態が解けておるということは、擬態石の効果が切れておるのだろうから、移動石の効果も切れておるだろう……今は瞬間移動はできない……さらに……生命石の効果も切れておるはずだ……このままでは老化が一気に進んでしまう。


 すまないが、生命石と擬態石だけでも粉にして服用させては頂けないか?

 最悪、生命石だけでもいいのだが……この姿は、この世界では生きにくいものでな……。


 おや……?……お前たちは黒髪……のようだな……?ほほう……その姿で、生きるに支障はないのか?特に死人返りの伝説ができてからは、黒髪は忌み嫌われる存在だが……。」


 ナガセカオルは、生命石と擬態石を飲ませろと要求する。そうしてようやく、セーレとセーキの黒髪に気が付いた様子だ。


「俺たちは黒髪だが……」


「私たちは、恐らくこの黒髪のおかげで迫害を受けてきたのでしょうが、過去の記憶がないため今は分かりません。現在のシュブドー大陸では、黒髪は一部では忌み嫌われる存在のようではありますが、古くからの言い伝えによる迫害は人道上許されない行いということで、私たちに対する偏見も薄れてきております。


 特に、この軍艦に乗船している限りは、不自由は感じておりません。」

 セーキが答えようとするところを押さえて、セーレが答える……彼らは記憶喪失の設定だからな……。


 以前は迫害を受けていたなんて口走ろうものなら……この様子はビデオに残されているのだから……南の大陸の連中に、ウソがばれてしまうところだ……。


「おおそうか……ならば、擬態石は不要だから生命石だけでも服用をお願いする。我が持っていたはずの冒険者の袋の中に、恐らく生命石が入っているはずだ……それを削って粉にして飲ませてくれ。」


 ナガセカオルは、生命石を飲むことを求めてきた。定期的に服薬しないと死んでしまうというのは本当のようだ。心なしか、しわが多くなってきているような気が……。


「確かに、サートラ……サーラが所持していたとされる冒険者の袋の中には、生命石と擬態石のほかに移動石が入っていました。収納石の設定ができるものが既に設定を解除して、開けております。


 ですが……言われるがままに与えてもよいものかどうか……こちらとしましても、打ち合わせを行って意見を取りまとめる必要性があります。すぐに服用しないと、何時間かで命を失う危険性がありますか?」


 セーレが、少し困ったようにして問いかける。千年近い時を生きてきているとはいえ、生命石を飲んでこそなのだ……しかも生命石を獲得するために数々の悪事を働いてきた可能性が高い相手だ……。


 与えずに死んでしまったところで、寿命はとっくに尽きているはずなのだから、人道上の問題はあるまい。あとは、南の大陸の発展のために多大なる功績を上げた、ナガセカオルをどうするのか……ということだな。


「すぐにどうこうということはないのだろうが……2、3日だろうな……それ以上経過してしまうと、新陳代謝が急激に落ち込んで、様々な老化現象が起きたり、病気にかかりやすくなってしまうだろう。


 生命石にて若返っているようだから、見た目は変わらないだろうが、細胞レベルでは一気に老け込むはずだ。


 10gずつ服用するのだが、以前はそれで1年程度は持ったが段々と効き目が持続しにくくなってきて、1ヶ月程度しか効かなくなってきてしまった。そのため、使用済みの精霊球を傷つけてダンジョン内に放置し、生命石を養殖することを加速した。


 25年ほどで生命石が産出できるので、送付する精霊球を増やしたはずなのじゃが……今はどうなっておる?」


 ナガセカオルが、南の大陸で行われているはずの、特殊効果石の養殖に関して問いかけてきた。やはり、生命石目当てで実験を行い、本格的に養殖を始めたということのようだな……。


「本格的に養殖を始めたのが20年程前のことで、大量収穫まではまだ5年ほど期間があるようですね。サーケヒヤーのサートラン商会にて保管されていた、養殖実験で作られた試作の生命石の在庫も尽きてしまい、お手持ちのもので、後はないようですよ……。」


 トオルが養殖の生命石の供給が始まるまで、5年かかることを告げる。


「おおそうか……我が出なくなって、すでに13年は経過しておるということだな……そうか……生命石の在庫が……だが、我が存在していた時点では、まだ潤沢に生命石の在庫はあったはずだがな……?


 その後の生命石の需要を計算すると20年先の見通しが立たなかったため、養殖の数を増強させたのじゃが間に合いそうもなく……その間のつなぎとして、カンヌールにある百年ダンジョンを狙っていたはずじゃぞ?


 グイノーミのダンジョンは、毎回生命石を算出していたはずじゃ。さらに……これは極秘だが……カンヌールの王宮地下にダンジョンがある。ギルド非管理のダンジョンだからな……我が攻略してから300年ほど経過しているはずで、ここなら生命石は確実に複数個産出している。


 だから既に5年分程度の在庫は所持しているはずなのじゃが……ないのか?」

 トオルの言葉に、ナガセカオルは動揺を隠せない様子で、少し考え考え言葉をつなぐ。


「あなたは……多重人格で、ナガセカオルとサートラとサーラという人格が、時々入れ替わると考えてよろしいでしょうか?そうして別の人格が出現しているときの記憶は、お持ちにならない……。」

 セーレが、ナガセカオルたちのことに関して、初歩的な質問をする。おおそうだ……多重人格の検証だな?


「ううむ……多重人格……一つの体に複数の人格があるのだから……そう言えないことはない。

 だが……我の場合はちょっと異なる。我は別次元の世界から、この次元へ飛ばされてきた存在だ。


 そうしてこの世界のサートラという女性の体と、融合してしまった……というか、ベースは飛ばされてきたほうのナガセカオルの体なのだが……この体にサートラという人物の人格も宿っている。


 魂が入っているといったほうが分かりやすいかな……一つの体に2つの魂が入り込んでいるのだ。だから、確かにサートラの魂が出現しているときの記憶はない。向こうが何をやっていたのかは、それぞれ日誌で確認する様、取り決めをしている。」


 ナガセカオルは、とんでもないことを言い始めた。


「べつ……別次元の世界から……飛ばされてきた?」

 一寸何を言っているのか、分からない……。


「ああそうだ……我は恐らく別次元世界であろう、天の川銀河という銀河系の端の方にある太陽系という星系の第3惑星……地球という星の日本という国からやってきた。


 夜空に輝く星々を観察すると、ここでも北斗7星や北極星など見つかるので、もしかすると同じ星なのかもしれぬが、大陸の形は全く異なるし、我は天文分野は全くの素人故、確認の方法がない。


 それでもこの星の1年は365日で、うるう年もあることは分かっている。同じ星で次元が異なるのか、あるいは時代が異なっているのかもしれないが、現時点では分かっていない。」


 ナガセカオルは、この星が地球である可能性も指摘しながら、異世界へやってきたのだと説明する。そもそも精霊球などが存在し、魔法が使える時点で同じ世界ではないだろう。異次元世界であろうと俺は思っている。


「飛ばされてきたと言っていたが、何か理由があるのか?当時、空を飛んでいたとかなのか?」

 俺がいた時代よりもはるかに進んだ文明の地球で、光速を越えるような乗り物にでも乗っていたのか?あるいは、時空間を飛び越える航行をしていたとかか?


「我がいた世界は、西暦2027年の日本という国なのだが……まあ言っても分からんわな……別に空を飛んでいたとかいうわけではない……ある実験をしていてな……装置不具合から爆風に巻き込まれて、この世界へ飛ばされてきた。


 当初は、ここが死後の世界だと考えたこともあったのだが、人々は普通に生活しているし、何よりこの世界でも死は存在する。そうであれば、ここは別次元の世界と考えたほうがいいという結論に至った。


 何より我の体は、この世界へ訪れる前と全く変わらぬ姿……この世界では珍しい黒髪を有しているのだからな……間違いなく異世界へ転生というか、飛ばされてきたということだ。

 しかも若くして死んだ村の娘の体に乗り移ったというか、体が置き換わったというのだな……。」


 2027年だと、俺が暮らしていた時代よりも数年先か……でも、ほぼ同じ時代だ……しかも日本……それにしても、ナガセカオルの話し方からすると、ずいぶんと古い時代から来たのかと考えていたのだが、女帝として長く君臨していたため、こんな口調になってしまったのかな?


「体が置き換わった?」


「そうだ……ちょうど娘の葬儀を行っている最中であったそうだ。娘の遺体を黄泉の穴へ送るために祭壇の上に安置していたところ、そこへ我の体が置き換わったようだ……葬儀に参加している人々の目の前で起こったのだから……それはもう……大パニックだったわな……。」


 ナガセカオルは、ゆっくりとこの世界へ来た当初のことを語り始めた。


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