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異変

「はい……一人の体の中に複数の人格が存在することですね……心の病の一つです。心的ストレスによって発症すると言われているようですが、豊富な知識により南の大陸の文明発展に寄与して、長く女帝として君臨したナガセカオルが、シュッポン大陸へ移住してきて生活を続けるうちにサートラという人格が形成された。


 さらにそのすぐ後に、サーラという性格も形成されてしまったと推察されております。


 現状わかりうることは、今出現しているサーラなる人格は、カンヌール国のジュート王子やカンヌール王の命を狙ったり、あるいはサートラン商社の元社員の命を奪った凶悪な犯罪者であり、彼女はサートラでもナガセカオルでもないということです。」


 セーレがとんでもないことを話し始めた……多重人格……だって???


「じゃあ、どうするんだ?サーラとして取り調べて、罰するだけか?」


「わかりません……現在会議中です。続きは明日以降にいたしましょう……本日はここまでです。」

 セーレは力なく小さく首を横に振る。


「サートラは拘束したまま営倉に放り込んであるし、今日からは浮島の家に戻ってもいいかな?この船の中は結構快適ではあるのだが、特にやることもないのでね。」


 空母のような巨大軍艦。客室を与えられて食事もそれなりにおいしいし、シャワーもあるし清潔な環境で寝られるのだが、俺はトオルと2人部屋で、エーミとナーミも2人で一部屋与えられている。以前なら、特に気にはしなかったのだろうが、やはりトオルが女だと知ってからは、同じ部屋でいるというのはちょっと気まずい。


 部屋に備え付けられたテレビでは、ドラマに映画やアニメに加え、野球にサッカーなど見慣れたスポーツ番組まで放送していることは、テレビの脇に掲示してある週刊番組表からわかるのだが、さすがにトオルの手前、そのような番組に興じるわけにもいかず、テレビをつけることもできない。


 ナーミやエーミに聞いてみても、テレビ放送ということに興味はないようで、彼女らもつけてない様子だ。そのため、部屋に戻ったらすぐにベッドで横になるくらいしかできないのが辛い。軍艦という性格上からか部屋での飲酒は禁止されているようで、酒は出してくれないので尚更退屈なのだ。


「ええ、はい……マース湖上に皆さんの浮島の家があるのですものね。2日間で拘束具をつけたサートラの扱い方も分かってきましたし、夜間の監視は我々だけで行えます。


 明日も朝から尋問を行うことになるでしょうが、8時までに来ていただければ問題ありません。ちょっと待っていてくださいね……頼まれていたダビングした尋問のビデオテープを持ってきますから。」


「俺がとってきてやるよ……セーレは皆さんを甲板まで連れて行ってくれ。俺はエレベーターを使って上がれるから、それほど待たせずに甲板につけるはずだ。」

 すぐに駆け出そうとするセーレを静止して、代わりにセーキが通路を勢いよくかけていった。


「では……甲板まで参りましょう。」


『カッカッカッカッカッ』軍艦の中の細い通路を進み、そこから鉄パイプの手すりのついた、鉄製の階段をいくつも折り返して登っていく。取り調べを行っていた部屋から車いすのサーラを運ぶときにはエレベーターを使えたのだが、甲板へ出る通路にはエレベーターがないのか?


 はるか見上げるほどの急な傾斜の階段を、延々と登っていくと息が切れそうになってきた。

『ギイッ』そうしてようやく、甲板に辿り着くことができた。


「じゃあ、また明日。」

 甲板で待たせていたショウ達とともにミニドラゴンの背に乗り、巨大空母から飛び立つ。王宮までは10分もかからず短いフライトだが、なんだか違う世界へやってきたような感がある。


 ミニドラゴンの背から降りると、トオルがワーニガメの骨付き肉を与えてくれ、ミニドラゴンは喜んで食べ始めた。


「おかえりなさい……サートラの尋問はどうですか?進んでいますか?」


 2日間ほど食事の時間以外は構ってやれなかったので、久しぶりにミニドラゴンの相手をしていたら、ジュート王子が王宮中庭に出てきてくれた。


「いえ……サーキュ元王妃が主犯の件に関しては、驚くほど明確に証言していますが、自分が主犯の件は全て黙秘で、証言が取れません。明日以降もしつこく追及することになるでしょう。


 サートラとしては、サーキュ元王妃の謀略のように、自分が主犯でない事件に関しては罰せられることはないと高をくくっている様子でしたが、サーキュ元王妃ですらも、状況によっては罰せられるということを伝えておきました。今頃、正直に証言したことを後悔しているかもしれません。


 尋問の様子をビデオに撮って、ダビングして持ち帰ってきましたので、これからご覧に入れますよ。」

 セーキが持ってきてくれたビデオカセットテープを見せて、ジュート王子とともに王宮本殿へと歩き始める。



「うーん……そ……そうですか……やはり母君が亡くなった事故の陰には、母上……いえ……サーキュ元王妃がいたということですね……明日にでも、サーケヒヤー元国王も含めて、サーキュ元王妃の前でこのビデオを映して追及いたします。


 本日中に、カンヌールにはサートラの証言内容を電信で報告しておきますから、よほどのことがなければ、サーキュ元王妃はカンヌールへ連れかえって裁判と言うことになるでしょう。」


 サートラの証言内容を見て、ジュート王子はがっくりと肩を落とされた。無理もない、不慮の事故としてあきらめていた生みの母の死が、実は仕組まれたものと分かったのだから……しかも事故以降、義理の母となり長年にわたって一緒に生活していた、サーキュ元王妃の陰謀だったと分かったのだ……。


 幼い王子を残して散っていった母君の無念さを考えると、胸が締め付けられるようだ。


「私が北方山脈で魔物の群れに襲われたのは、やはりサートラの手引きによるものであった可能性が高いようですな……サートラはなかなか認めようとはしないでしょうがね。


 カンアツでしたら、この程度の状況証拠があれば、十分に裁判で有罪にできますね。証言を拒否して黙秘を続けるのであれば、サートラはカンアツへ連れて行って裁判にかけるということも、検討いたしましょう。

 極刑に処すことができますよ。」


 ホーリ王子が突然物騒なことを言い始めた。それはまあ……危うく命を落としかけたわけだからな……俺たちがたまたま近くにいたからよかったが、到底脅しだけで放免してくれるような感じではなかった。文字通り、魔物たちに骨までしゃぶりつくされていただろうからな……。


「サートラの扱い方に関しては、南の大陸の人たちとも相談して取り決める必要性があります。なにせ、長く女帝として君臨し、南の大陸の文明の発展に多大なる功績を挙げた人のようですからね。


 南の大陸では民主化の礎まで築いた後、自ら退位して議会制民主主義に移行したということですから、恐らく今でも人気があるでしょうし、簡単に処刑とすることは難しいでしょう。」

 簡単にサートラを処刑することは難しいことを、説明しておく。


「ですが……南の大陸の発展に寄与したのは、ナガセカオルですよね?サーラはサートラでもなければ、ナガセカオルでもないと、主張していたではないですか。サーラの悪行の一部はビデオもあり明らかとなっておりますから、その点だけでも追及して極刑に処せられるはずです。


 あくまでもサーラとして、処刑してしまえばいいのですよ。」


 ホーリ王子は、サーラとしての処刑を主張する。確かに、奴自身が自分はサーラと名乗っているわけだからな。ナガセカオルやサートラとは別人物として評価することも可能ではある……だがしかし……南の大陸がそんなことで納得するものかどうか……。


 指紋や網膜パターンなどで、ナガセカオルであるということは判明しているのだからな。


「一応、こちら側の主張として伝えておきますよ。サーラの件のビデオは渡してありますからね。その上で、どのように対処していくのか、検討していくしかないでしょうね。


 人道的にも優れていたナガセカオルが、どうしてサーラという凶暴な悪人と変わってしまったのか、その辺りを確認していきたいですよね。

 では、失礼いたします。」


 ジュート王子たちに別れを告げて、ミニドラゴンの背に乗り王宮を後にする。朝晩の兵士たちの訓練は、このところジュート王子とホーリ王子が参加して、毎日行ってくれているそうなので、ほっとした。


 訓練時間には間に合わなかったので、浮島へ戻ってから皆で日常訓練を行った。

 久しぶりに食べるトオルの手料理は、やはりうまかった……家が一番だな……。



「おはようございます。本日も、よろしくお願いいたします。」


 空母の甲板にミニドラゴンで降り立つとセーキとセーレはすでに甲板で待ち構えていたので、そのまま営倉へ向かう。『カッカッカッ……ガチャッバタンカッカッカッ……』長い長い階段を下りてからさらに長い長い通路を経て、恐らく最下層の一番奥にあると考えられる営倉に到着した。


『ガチャッ……ギイッ』セーレがドアのドアノブ右の壁に記された、手の形をかたどった四角いボードに右手を合わせると解錠されてドアが開けられる。恐らく指紋認証であろう。いちいち営倉のカギを持ち歩かなくてもいいのだ。


「むー……むー……むー……。」


 なぜか、ベッドの上で拘束服を着せられたままのサートラが首を振り、拘束されて不自由な足をばたつかせうごめいている。昨日まではおとなしく寝ていたのだが、寝返りがうちにくいから、寝ずらくなってしまったのかな?


「さるぐつわが苦しいのでしょうかね?外してもよろしいでしょうか?」

 見かねたセーレが、さるぐつわを外してもいいかトオルへ振り返って尋ねる。


「外しても構いませんが、気を付けてください。外すときに接近しますから、襲われる危険性があります。」


「わかりました。」

 セーレが、慎重にサートラのさるぐつわを外す。


「むー……むー……ぷはー……これは一体どうしたことだ?我はナガセカオルぞ……我を拘束してどうするつもりだ?サーケヒヤーの手のものだな?今は何代目のサーケヒヤーなのだ?よもや、我のことが伝わっていないはずはあるまい?サーケヒヤー王を呼べ!」


 さるぐつわを外された途端、大きく息を吸い込むと、サートラは一気にまくし立てた。いや……ナガセカオルだって?


「おいっ……お前はサーラではなくナガセカオルだというのか?」


「………………サーケヒヤー王はどうした?早くサーケヒヤー王を呼ぶのじゃ!……………」

 ところが俺の問いかけは無視して、サートラはサーケヒヤー王を呼べと叫ぶのみだ。


「せめてヘルメットを外さなければ、会話になりません。」

 そう言いながら、トオルが聴覚を奪うためのフードであるヘルメットを外す。


「な……なんだあ……」

 ヘルメットを外した下から出てきたのは、なんと肩までの黒髪……。


「さっ……サートラをどこへやった?」


 すぐに拘束具の胸ぐらをつかみ、両手で持ち上げると大声で叫ぶ……多少余裕を見ながら締めたはずの拘束具ではあるが、なぜかゆるゆるだ……。うまくすれば、腕の固定が外せるのではないかと思うくらい……。


「我はナガセカオルじゃ……サートラではない。おぬしたちはサートラを知っているのか?サートラの仲間なのか……?いや……仲間であれば拘束などはしないな……サートラの敵か?


 カンヌール王は平和をこよなく愛する王と聞いていたのだが……世代が変わったのか?何代目のカンヌール王じゃ?それとも……カンアツの手のものか?

 カンアツであれば、サーケヒヤーとは同盟国のはずじゃがのう……。」


 ナガセカオルと名乗るやつは、少しだけ自由になる頭を上に向け、大きく息を吸い込みながら今の状況を何とか理解しようとしている様子だ。カンヌールだのカンアツだのと……当たってはいるのだが、ちょっと今の状況を説明していない。一体どうしたというのだ?


『……バタン』セーレに目で合図をして、全員で一旦営倉部屋から通路に出てドアを閉める


「サートラは……いやサーラか……サーラはどこへ行ったのだ?ドアにカギはかかっていなかったのか?なぜ別人に変わっている?誰がすり替えたのだ?」


 すぐに、セーレに詰め寄る。極刑を望む俺たちに対して、ナガセカオルを英雄と崇める南の大陸の奴ら……ナガセカオルを救うために、こんな小芝居を始めたのか?


「まさか……恐らく、多重人格のナガセカオルが出現したのではないでしょうかね?」

 セーレが、予想していたと言わんばかりに何度も頷く。


「いや……奴はサートラ……サーラではない……サーラよりも体が小さい……さっき胸ぐらをつかんでみて分かった。サーラは15歳にしては体が大きめだからな……体形が変わっている。」


 ナガセカオルと名乗るものは、サートラ……いやサーラか……よりも体が小さめだ。


「それは……擬態石を使っていたからではないでしょうか?擬態石を飲んだと言っていたはずです……その効果が切れて、擬態が解けたのではないかと……。」

 すぐにトオルが代わりに弁明する。


「みんなも見ただろ?髪の毛の色……擬態石では髪の毛の色は変わらないはずだ……。入れ替わっていると考えたほうが、分かりやすい。」

 そう……あの黒髪は一体何なのだ?


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