取り調べと健康診断
「時代はともかく……同じ世界から来たのだろうと俺は思っている。ナガセカオルの実験ノートだろ?数字が書いてあるなんて言ってしまって、慌てて何が書いてあるかわからないと言ってごまかしたが、無駄だったようだな……あれは異次元世界の日本という国の文字だ。数字と平仮名と漢字だな……。
この世界の幾何学文字とは全く異質だから、分かるわな……ナーミやエーミにも気づかれてしまったかな……。」
ううむ……やはりトオルには見破られていたか……。
「サートラン商社社長を尋問したときに、ナガセと名乗り長い瀬ににじゅうさんと言っていましたよね……あれはワタルが私の名前やショウ君の名前を付けてくれた時にいった、名前の持つ意味と同じではないかと思い、もしやと感じておりました……その為、実験ノートに書いてある文字を読む姿を見て、ピンときました。
ですが……私がワタルの正体を知っているからであり、ナーミさんたちには気づかれてはいないと思っております……お二人とも、動揺している様子は見られませんでしたからね。」
トオルが、気づいたのは自分だけだろうと説明してくれ、ほっとする。
「だがなあ……ナガセカオルがやってきたのは……これまで聞いてきたことが正しければ、千年前の南の大陸だぞ。千年前の日本といえば、確か平安時代……今のシュッポン大陸よりも同等か、それよりも前の文明レベルだ。
鉄砲なんてないし、馬車ではなく牛車……鬼とかが町中に出てきたなんて伝えられたような時代だからな。
そんな時代から来たものが、南の大陸の科学文明発展に寄与したなんて考えにくい。だから……違うような気もしないでもないのだがな……それでも文字が同じという事は……同じ国から来た気がしている。
だからと言って、俺が殺人をもいとわない凶悪な存在に変わることは絶対にないぞ……これだけは信じてくれ。」
ナガセカオルと出身が同じだからと言って、サートラのようになって、平然と人を殺めるようなことをするつもりはさらさらない。あんなのは個人の問題だからな、出身は関係ない。
「もちろんワタルが、あんな凶悪に変わるとは思っておりませんよ。それでも2度と、実験ノートには触らないほうがいいと思いますよ。その忠告のためです。」
『シャー』トオルが体の周りのシャボンの泡を、シャワーで流しながら忠告してくれる。確かに、もう一度見たら、また書いてある内容を話してしまいそうでヤバイ……。
シャワー後はトオル指導の下サートラに流動食を与えた。サートラにまともに話す余裕を与えないよう、スプーンですくっては口へ運ぶを繰り返し、早々に食事を終わらせた。逆らうことなく、黙々と食事を平らげたサートラの様子は少々意外だった。
その後、歯を磨かせてトイレを済まさせ、先ほどの会議室に戻り、軍隊食で夕食となった。やはり、南の大陸の人間と接触する可能性がある食堂への出入りは禁じられているようで、4人だけの食事だった。
豆と野菜を炒めたものと鶏肉の唐揚げにパンとスープ。プレスで間仕切られた金属トレイに盛られた食事を、スプーンですくいながら食べる食事は何とも味気ないものだったが、料理の味付け自体は悪くはなかった。
トオルが料理をゆっくりとかみしめるように味わいながら、時折メモを取っている。恐らく、南の大陸の味付けを勉強しようとしているのだろうな……。
「私の名はサーラだ……サートラではない。ましてやナガセカオルなどでは断じてない。」
翌朝からサートラの取り調べが始まったが、未だに自分はサーラであると主張して、頑として譲らない。取り調べは俺とトオルとセーレとセーキの4人で行い、カルネの敵として感情的になりすぎるナーミと、実の娘であるエーミは、ミニドラゴンの世話をさせることにした。
「分った……お前がサーラであるにしても、サートラン商社の社長であるナガセの親せきと偽ってカンヌールのジュート王子様に近づき、サーキュ王妃の誕生会に招かれたときに正体を暴かれてしまい、飼いならした魔物たちを王宮に呼び寄せ、カンヌール王様とジュート王子様のお命を狙ったことに間違いないな?
俺たちはその場にいたのだからな……しらばっくれようとしても無駄だぞ。」
「黙秘する。」
サーキュ元王妃の誕生会での暴挙は遠間からの映像ではあるのだが、東門のカメラの映像も残っているし、言い逃れできないはずだが黙秘するときやがった。
「では、その後すぐにヌールーのサートラン商社を家宅捜索したがもぬけの殻で、出勤してきたときに捕らえたサーギ大佐以下3名を、カンヌール王宮の牢獄から脱獄させ、お堀で殺したのはお前だな?」
こちらの方は、王宮地下牢の隠しカメラの映像で顔までわかる鮮明な映像が残っているから、言い逃れはきかないはずだ。
「あれは……私が殺したのではない。奴らが勝手にお堀に飛び込んだのだ。」
ううむ……今度は彼らが勝手に飛び込んだと主張する……確かに映像でもサーラは直接手を下してはいないからな……。
「あらかじめ彼らに催眠をかけておいて、つかまった時はどうやって逃げるか指示していたのでしょう?お城の地下牢から脱獄して、お堀を泳いで渡って逃げられると、催眠をかけていたはずです。」
トオルが催眠術で操っていたのだろうと、指摘する。
「黙秘する。」
都合が悪くなると黙秘だ……。
「では……少し前のことになるが、カンアツ王宮にも入り込もうとして、やはりサートラン商社社長の親せきと称して、ホーリ王子様の縁談相手として紹介されたが断られ、腹いせにホーリ王子様を北方山脈で水竜と魔物たちに襲わせ、亡き者にしようとしたのもお前だな?」
これは証拠も何もないが、サートラの仕業である可能性が高い。
「黙秘する。」
ううむ……。
「生命石を手に入れるために、その核となる精霊球が大量に必要となったお前は、カンヌール王宮内に入り込んでサーキュ王妃と共謀して軍部の上層部を抱き込み、精霊球の使用期限を半分に偽り、余計に精霊球を購入させるとともに、廃棄された精霊球を横流しして、南の大陸に送付し養殖させていたな?
そのことにいち早く気づいたノンヴェー卿……俺の父だが……を陥れるため、部下だったスーチルとシーフを抱き込み収集した証拠とともに姿を消させ、全ての罪を父に着せて追い詰めた……間違いないな?」
俺の推理では、間違いなくあの事件はサートラの指示によるものだ……精霊球がらみの汚職のはずなのだ。
「黙秘する。」
ちいっ……。
「では……汚職事件の数ヶ月前に、ジュート王子様の母君がカンアツへ里帰りをした際、帰国するときに馬車の事故にあって亡くなっているのだが、これもお前が仕組んだことなのだろ?」
この事件だって、裏でサートラが糸を引いていた可能性が高い。
「あれは……サーキュの仕業だな……私は相談を受けて、事故に見せかける場合の手筈と、それをすることが出来るカンアツ国内の馬車の整備工場を紹介してやっただけだ。
私の指示ではない……サーキュの指示だ……。」
なんと……人がやったことなら素直に証言するのか……なんというやつ……。
「では……半年ほど前のジュート王子様の戴冠式に賊を王宮内に忍びこませ、ジュート王子様のお命を狙ったのは、お前の仕業だな?」
トーマが自刃した事件だが、これだってサートラが絡んでいたはずだ。
「あれも……分かっているはずだ……サーキュが仕組んだことだ。私は、暗殺者の人選をしてやっただけで、賊を王宮へ引き込む手はずも、トーマというお人よしを1時的に近衛隊隊長に据えたのも、全てサーキュが指示して行った。私は何もしてはいない。
相当な使い手ばかりを選んだはずなのだが……失敗したのは残念だったがな……。」
拘束服で両手両足が動けないように拘束されたままで、聴覚を奪うための革性のヘルメットとさるぐつわだけを外され、目隠しのゴーグルはつけたままで車いすに座らせられたサートラは、首から上だけが唯一自由に動く部分だが、そんなこと意に介さないかのように口元を緩ませた。
「2つの事件ではサーキュ元王妃が主犯であるとはいえ、お前が加担していたということは証言として受け止める。それだけでもかなりの罪となるな……。
それと……これは犯罪というよりも、お前の人間性にかかわることだが、お前は実の娘であるエーミを人買いに売ったな?自分が生命石を使って若返るのに、娘の存在が邪魔になると判断して売ったのだ。これも間違いないな?」
ついでに、エーミを人買いに売ったことも、サートラの犯罪リストに加えておいてやる。如何にこいつが狂暴であるかという証拠だ。
「ふん……サーケヒヤー王宮陥落の際に、王族の命の保証をしたはずだぞ……サーキュもサーケヒヤー王族だ……重大事件の主犯だからと言って、処刑できるのか?ましてや手引きしたわけでも何でもない、アドバイスしただけの私を、どう裁くというのだ?」
ところがサーラはふてぶてしく笑みを浮かべる。
「だったら……エーミのことはどうなのだ?」
「黙秘する。」
こいつは……都合が悪くなると黙秘だ……黙秘するということは自分の犯罪と認めていることと同意語なのだろうが、それを結びつけるだけの証拠がない……。
「取り調べの最中ですが一旦中断して、これから彼女の健康診断を行います。」
追及しても暖簾に腕押し状態で弱っていると、セーレがとんでもないことを言い始めた。
「健康診断?」
「はい……サートラ……彼女はサーラと主張しておりますが、健康状態をチェックします。収容が長くなることが予想されますので、重い病気にかかっていないかどうかの確認ですね。
彼女の心配というよりも、伝染性の病気にかかっていないか等のチェックで、いわば乗組員たちの安全のためです……この船の中は閉鎖空間ですからね……まずは確認することとなりました。」
なるほど……未開の地に長く居たから、地域性のある病に侵されていないか確認したいわけだな……。
「じゃあ、俺たちも彼女に続いて健康診断されるのかい?」
俺達だって、変な病原菌を持っていないとは限らないわけだからな……。
「いえ……皆さんは宿泊は本日までで、明日からは通いでお願いすることになります。行動範囲は限定されていて直接接触する人間は、私とセーキに限られていますから、健康診断の必要性はありません。
ご希望されれば、診断はしていただけるとは思いますけどね。
サートラの場合は、勾留が長くなりそうなことと、万一逃げだされた場合に、限定範囲を逸脱したり、不特定多数の人間との接触の恐れがあるからということです。
と……いうのは、あくまでも建前で、実際はサートラの長寿の秘密を解き明かしたいようです。生命石は、粉にして服用することで身体を若返らせますが、本人の寿命まで伸ばすものではないというのが、南の大陸の研究機関の見解なのです。
なぜ彼女が、女帝として長年にわたって君臨することができたのかを、解明したいようですね……。当時はクーデターのようなもので、彼女は女帝の座から追われましたが、それでも民を苦しめていたわけではなく、どちらかというと神のように崇められていましたからね。」
セーレが本当の理由を説明してくれる。そうだろうな……生命石で本当に永遠の命が与えられるのであれば、いくら医療技術が進んだ南の大陸だって、欲しがる輩は大勢いるはずだ。若返りは出来ても寿命が延びるわけではないと分かっているから、長寿である南の大陸では、さほど重要視されていないだけだ。
合法的にサートラの体を調べる、絶好の機会だからな……。
「わかった……ここまでの取り調べの様子は、ビデオに撮ってあるよね?催眠の影響が心配なので、サートラの顔の部分を隠すような加工はできるかい?テープにダビングして、王宮へ持ち帰りたい。
それにより、シュッポン大陸側でも彼女を裁くことになるだろう。」
取り調べの様子を撮影したビデオのダビングをお願いする。ゴーグルをしているから目は見えないのだが、それでも安心はできない。後発催眠とやらが起きると厄介なので、顔をマスクしてもらう。
「了解いたしました。映像は加工してからダビングいたしましょう。健康診断は本日中と明日の午前中までかかる予定です。検査の間、立ち合いをお願いできますか?診断するには、拘束具を外さなければならないのです。」
サートラの健康診断の立ち合いをお願いされる。立ち合いというよりも、彼女が暴れださないよう、監視役だな……彼女と直接接触する人間を、極力少人数にしておきたいのだろう。
「ああ……彼女に逃げ出されると困るのはこちらの方だから、もちろん協力させていただくよ。」
それから延々と、サートラの健康診断が始まった。セーレとトオルが拘束服を脱がし、検査着に着替えさせ武器の所持も綿密に確認してから行われた。
身長体重を図り、視力検査や聴覚の検査。尿検査に始まり肺のレントゲンと胃のレントゲン検査が続き、眼底や心電図に超音波検査など、自宅で引きこもっていた時に、無理やり親に連れていかれた、まさに人間ドックのような検査に立ち会った。
サートラは、それらの検査を珍しがるでもなく当然のように受けていたので、これらの技術も彼女が女帝の時に確立されたものなのだろう。ここがシュブドー大陸で作られた軍艦の中ということも、恐らく理解しているのだろうな……。
さらに、丸い輪のような大きな装置に上半身まですっぽり包まれたり、カプセルのようなものに押し込められたりと、様々な検査が半日ずつ2日に渡って行われた。
俺たちが常に身構えていたせいか、サートラは暴れだすそぶりも見せず、終始おとなしく検査を受けていた。