サートラの影
「ここが、パパたちが22年前に攻略したダンジョンね?ギルドで評価すればC+級のはずだし楽勝ね!」
翌朝、離宮を出発して河川敷にあるギルド未管理のダンジョンへ向かうため、マーレー川を下っていると、マース湖東岸とレーッシュのちょうど中間地点に密林のような木立が途切れ、河川敷が開けているところを発見。そこへミニドラゴンで降り立った。
ダンジョン攻略に一番張り切っているのは、ナーミのようだ……カルネが攻略したダンジョンは、感慨深いのだろう。
「いや……そうでもなさそうだぞ……このダンジョンのカルネの構造図は3枚ある。つまりカルネが攻略した時点では百年ダンジョンだったわけだ……3層構造だな。
22年前にカルネが攻略しているからボスはC+級ではあるし、精霊球も若いから、魔物たちが魔法を唱えることはないだろう。それでもかなり広いダンジョンだし魔物たちも多いだろうから、隅々まで見て回るのは、容易ではないだろうな。」
今回挑戦する未管理ダンジョンが3層構造であることを説明する。一度百年ダンジョンとなって3層構造化してしまえば、再度百年以上経過するまでは3層構造だからな……ボスが若くても広大なダンジョンであることには変わりない。今回の目的はダンジョン攻略ではなく、サートラの捜索だからな。
水飲み場含めてすべて回り切るのは、相当骨が折れるだろう。
「えー……そうなの……楽勝と思ってたのに……その分、ダンスの練習をしようと思っていたのよ。新生サーケヒヤーも落ち着いて来たし、近いうちに祝勝会かねてパーティを開くって言っていたから……。」
ナーミが肩をすくめる。そうだな……近々新生サーケヒヤー建国パーティを開く予定なのだ。ダンスは苦手と敬遠していたナーミも、最近の上達ぶりから、腕前を披露したくなってきたのだろう……いいことだ。
だがまあ……今はダンジョン攻略……というよりもサートラの捜索に専念だ。奴を捕まえない限り、安心できないのだからな……。
「だが……少なくとも120年前からこのダンジョンは存在していたわけだ……最近できた新しいダンジョンではない。だから、もしかしたらサートラがこの大陸へきた当初に見つけたダンジョンだった可能性もあるというわけだ……改造とかしたわけだから、120年前まで使っていたのかもしれないよね……。」
そう……このダンジョンが当たりの可能性は結構あるのだ……それだけに期待はしている。
「なるほどね……いよいよパパの仇を捕まえられるというわけよね……ううむ……腕が鳴るわ……。」
ナーミは俺の言葉を聞いて腕まくりをし始めた。
「いや……だから……あくまでも可能性だからな……可能性……サートラが使っていたダンジョンである可能性は、ゼロではないということだ。それに……カルネの死因がサートラが原因かどうかも、まだわかってはいないわけだからな……サートラは間違いなく悪だが、その点は見失わないようにね。」
どうにも先走りしそうなナーミに対して、ブレーキをかけておく。
「それでもダンジョンが広ければ、色々な種類の魔物がいて食材が手に入る確率も上がりますよね……。最近は王宮の仕事が忙しくて、ダンジョン攻略へ向かえませんでしたから、さすがに食材が乏しくなってきて、王宮のグロッサリーで購入することが増えてきましたからね。久々のダンジョン挑戦はありがたいです……。」
トオルの方は逆に、ダンジョンが広いということで元気が出てきた様子だ。ううむ……最重要課題への認識が、どうにも薄いのだが、サートラという得体のしれない強敵に対しても、リラックスできていると言うことで良しとするか……。
「そうだな……今はまだやることが多すぎて仕方がないが、いずれ落ち着いたら王宮の仕事も休日を作ってもらって、休みの日にはダンジョン挑戦する事にしよう。冒険者を辞めたつもりはないのだからな。」
このままでは完全に新生サーケヒヤー国軍の一員になってしまいそうだが、俺たちは冒険者なのだ。落ち着いたら冒険者に戻る意思は捨てていないつもりだ。
「じゃあ、ダンジョンに入るぞ……このダンジョンも、いずれはギルドの協力を得て鉄格子の檻で囲って施錠管理することになるのだが、まずは俺の動きをまねて、ついてきてくれ。少しずれるとダンジョンへ入れない恐れがあるから、気を付けてくれよ。」
河川敷にうっそうと茂っている雑草をかき分けていくと、川からは見えないように木立の陰に小屋が建てられている。一見すると物好きが釣りのための宿泊用として、手作りの小屋を建てたように感じられる。だが、その目的は異なる。
『ギイッ……バタンッ』『バリバリバリバリッ』小屋へ入った途端に、部屋中央の床板を剥いで縁の下をむき出しにする。床下へ降り立つと、歩数を数えながら右へ折れて左へ折れて・・・四つん這いで進んでいく・・・と、突然目前が真っ暗闇と化した。
焦って手探りで冒険者の袋の中から輝照石を取り出すと、そこは高さ3mほどで幅も4mはあるやや大きめの洞窟の中だった。
「ふうん……水系ダンジョンって言っていたわよね……どんな魔物が出てくるのか楽しみね……行きましょ……。」
張り切っているナーミを押し止め、輝照石をおでこにつけて俺が先頭で歩き出す。
『シュシュシュシュッ……ボタボタボタボタッ』歩き出してすぐに、俺の後方から洞窟天井に向けてトオルのクナイが発せられ、地面に落ちた。
「ヒル系魔物が、洞窟天井から獲物が通るのを狙っていました。」
トオルが、ヒル系魔物の死骸からクナイを引き抜きながら呟く。ううむ……吸血系のヒルなどは苦手だな……
しまったな……ダンジョン捜索するのだから、魔導石を借りてくるんだった……魔物が襲ってくる心配がなければ、早く進めただろうからな……いや……それだとトオルが怒るか……。
「うわっ!」
『ゴンッ』更に少し進むと動く黒い影が見えたので、慌てて盾を目の前に掲げると、鈍い衝突音が……『グザッ』足元を見ると、こぶし大の黒い塊がひっくり返った状態でくるくると回っていたので、剣で突き刺した。
「ううむ……ゲンゴロウ系の魔物だな……猛スピードで飛んできて、喉笛にかみつく危険な魔物だ。輝照石の明かりにつられて飛んできたのだろうな……みんな……十分に注意するようにね……。」
最近は、ダンジョン内では常に盾を装備しているので助かった……やはり、安全第一だな……。
「うおっ!……よっと……。」
『ズザッ……バシュッ』正規ルートから外れて大回りしていると足元に何かが絡み、転びそうになる。何とかバランスを保ち、よろつきながらも剣で掃う……。
「やったぜ……ウナギ系魔物ゲットだ……おっ……ここにも……。」
『ドゴッ……バズッ』周りをよく見ると、すぐ先にも数匹の群れを発見し、ダッシュで仕留める。
「ようやくですね……このダンジョンにはヒル系かゲンゴロウ系などの、虫系魔物しか存在しないのではないのかと、あきらめておりましたからね……。もう他にはいないでしょうかね?」
俺がウナギ系魔物をゲットしたのを確認して、やたらトオルが張り切りだして洞窟の先へと駆けだした。
「おいおい……単独行動は危険だぞ!」
仕方なく、全員速足でトオルの後を追う事になった。
『シュシュシュシュッ……グザグザグザグザッ』「やりました、ザリガニ系魔物ゲットです。」
トオルが嬉しそうに大量のザリガーニからクナイを外し、網袋に詰め始める。おお……また食材か……出口へと向かう正規ルートでは食材になりそうな魔物は全く出てこなかったというのにな……。
『シュシュシュシュッ』『ドガッ……グザッ』その後も脇道へそれては戻り、本道である正規ルートをたどり、1層目の最深部手前の水飲み場までやってきた。
「結構大きなダンジョンだし、隅々までくまなく回ったから、かなり疲れただろう……久々のダンジョン挑戦ということもあるし、今日はここまでにして、ここで野営しよう。」
水飲み場の存在を知ってからは、ダンジョン内で野営するには水飲み場が適しているということを学んだ。
トオルたちが食事の支度をしている最中に、テントを設営する。
「先ほど立ち寄った、本道を遠く外れた水飲み場には、豊富に洞窟キノコと洞窟野菜が育っておりましたが、本道から近いこの水飲み場には、キノコも野菜も芽生えたばかりで収穫できるものはありません。
本道では虫系魔物にしか出会わないというのに……どうしてでしょうかね……?」
今日の夕食は、捕ったばかりのウナギのかば焼きにザリガーニの素揚げと、洞窟キノコと野菜の炒め物だが、キノコと野菜はサートラ捜索のために寄り道した、本道を遠く離れた水飲み場で収穫しておいたものだ。
確かに、先ほど水を汲みに水飲み場ドーム奥へ行ったが、収穫できそうな洞窟キノコも野菜もなかった。
「うーん……本道ではゲンゴロウ系の魔物がやたらと多かったから、あいつらが食っちまうんじゃあないかな……穀物の害虫被害というのは結構深刻と言われているからな。」
あり得るとするなら虫が食べてしまうということくらいだが……ゲンゴロウ系魔物が洞窟キノコを食べるかどうか、俺は知らない。
「そうでしょうかね?久しぶりのダンジョンだったので、途中の水飲み場からも洞窟キノコや野菜など収穫できるものは全て収穫しておいたからよかったのですが……まあ、野菜もキノコも数日分は確保出来ましたからいいのですがね……。」
トオルはどうにも納得できない様子だが、事実なのだから仕方がない。ここの洞窟のキノコや野菜は、少なくとも数日前には収穫されつくしているようだ。
「こ……これは……魔物の死骸でしょうか……?」
「そうね……しかも水牛よ……こんなの倒しちゃうような魔物が、潜んでいるってこと?このダンジョンも猛獣系だったのかしら?」
翌朝から2層目の本道を回っていると、白骨化した魔物の死骸を見つける。大きなあばら骨にL字に曲がった角があるところを見ると、ナーミのいう通り水牛の死骸で間違いはないだろう。
「ああ、そうだろうな……大きな骨格の割に腐敗している残骸が少ない。魔物たちにほぼ食い尽くされて残った残骸といった感じだな……結構日数は経っている様子だが、水牛を倒すくらいの凶暴な魔物がいることを、頭に入れておいた方がいいだろうな……。」
老衰や病死であれば本道を遠く離れた場所でひっそりと息を引き取るはずで、そうなれば死骸が腐乱してひどい腐敗臭を放っているはずだ……。
300年ダンジョンでジュート王子たちの部隊が倒した猛獣系魔物たちの死骸は、本道であったために別の魔物たちに食い散らかされていたとは言っても、広範囲に腐敗した死肉を巻き散らかしていたが、これはそうではない……骨格の周りにほんの少しだけだ。
どんな魔物の群れかわからないが、きれいに食べられてしまったと考えられる。
「いえ……恐らく剣などの刃物を使う……人間……というか冒険者の仕業でしょう。頭蓋骨は砕かれていますし、あばら骨の数本に鋭利な刃物でつけたと思われる傷があります。
水牛を解体して持ち去ったのでしょう。牛系魔物だと心臓に胃と腸に舌なども全て食材として食べられますし、脊髄などの骨だって、いいスープが取れます。私たちの冒険者の袋に詰められる量に限りがありますから、私はモツは回収しないのですが……骨はスープ用に持ち帰るときはあります。
恐らくサートラでしょう……これまでの状況も加味して、彼女が先行して、このダンジョンに入っているものと推察できます。」
トオルが残骸の様子を見ながら、恐ろしいことを口にする。
「サートラだって?やっぱりこのダンジョン内にいるというのか?だが、恐らくたった一人のはずだろ?一人だけで水牛を相手にして、倒してしまったとでもいうのか?」
俺一人だけで水牛を倒せと言われたら、はっきり言って自信がない。隆起で土壁を作って自滅させるのが有効なのだが、まずは水牛が襲ってくるのを確認して一旦は攻撃をかわさなければならない。その時には、ナーミの矢攻撃とかトオルのクナイにショウと一緒に作る水の壁などが有効となる。
水牛がUターンして戻ってくるまでの時間で、隆起で壁を作ってそこに輝照石を貼り付けるなどの小細工ができる。
ただ歩いている洞窟内で水牛が突進してきたなら、恐らく一人だけだと壁に張り付いて躱すことも難しいだろう。向こうは目をつぶって一直線に突進してくるわけではないからな。ちゃんとこちらの動きを見て、鋭い角で突いてくるのだからな……威嚇や気を惹くための攻撃や、防御が必要となるわけだ。
つまりチームとして戦って初めて水牛を仕留められると俺は思っている。それを……サートラはたった一人で成し遂げているというのか?恐るべし……。
「恐らくそうでしょうね……1層目の本道に食材系の魔物たちがいなかったのも、恐らくサートラがすべて回収して行っていったのでしょう。水牛は丸ごと持ち運べませんからね。多分、冒険者の袋のようなものをいくつも持っているのではないでしょうか……この大陸内のギルドの発展に貢献したと聞きましたからね……。
このダンジョン内に長期間潜むつもりなのでしょう。」
どうやらトオルの推察が正しいのだろう……水牛は皮もきれいにはがれて持ち去られているし、残ったあばら骨についているはずの肉も、きれいにこそぎ取られている。魔物が食いつくしたのではない、刃物を使った人間の仕業だ……。
「サートラがこのダンジョン内に潜んでいて、さらにこの先にいるということは間違いがないだろう。潜んでいるとしたら、恐らく水飲み場かボスステージだろうな……生活のしやすさから考えると、やはり水飲み場か……3層目のボスダンジョン手前の水飲み場が一番怪しいということになる。
食料調達もかねて、ダンジョン内を徘徊しているとしたら、途中で出会う可能性もあるだろうし、十分に警戒しながら進んでいこう。ここからは、移動中は極力会話は厳禁だ。足音も忍ばせて進んでいこう。
輝照石は、さすがに使わないとかえって危険だろうから、すぐ前の足元とか天井など照らすことにして、先の方を照らすのは避けたほうがいいな……。」
ここからは、いかにこちら側が先にサートラを見つけられるかにかかっていると言っていいだろう。向こうに先に気づかれてしまうと、逃げられる恐れよりも、潜んで影から攻撃される恐れがある。下手をすればこちら側が全滅だ。封魔石を握り締め、サートラは敵なので魔力を封じるよう念じておく。