美少女ナーミ
「じゃあ、まずは名前を聞こうか。」
「うるさいっ……お前なんかに名乗る名はない!」
「だったらこのまま死ぬか?お前が突然仕掛けてきたんだ。ギルドへ届け出れば、こっちは正当防衛だ。」
「なっ……ナーミよ!」
めんどくせえー……だがやはりカルネの娘で間違いなさそうだ。さてどうやって説得するかだが……。
「よしっ……向こうを向いたままで構わないから、服を脱げ!」
「なっ……こんな往来でか?はっ破廉恥な……こんな往来でお前は私のことを……。」
ナーミが耳たぶまで真っ赤にして両手を挙げたまま、首だけ回してこちらを睨む。
「外ではあるが、幸いにも人は通っていない、俺達だけだ。何せ近場のダンジョンはあまり人気がないからな。
かといって、裸にひん剥いてお前に何かしようというわけではない。何とかして誤解を解きたいのだが、どうにもお前の装備が危険そうでね。脱がさなければ近づくこともできそうもない。
下着は脱がなくていいから、装備は全て外せ!」
別に美少女を裸にしたいというつもりではない……そりゃ確かに見たい気持ちはやまやまだが……。
見たところナーミは熟練の冒険者だ。その彼女がたった一人だけで2人組の俺たちを待ち伏せして狙ってきたのだ。構えていた弓だけが武器とは到底思えない。
何か武器を隠し持っていて当然に思えるので、用心のためだ。
トオルが使えれば、奴が無理やり衣類をはぎ取るのだろうが、さすがに俺には無理だ。
緊張して手が震える以上に、何が何して前かがみになってしまう。
トオルは俺が彼女を無力化したことを知って、両肩に刺さった矢をなんとか抜き、ナーミを睨みつけながら回復薬をゆっくりと飲んでいる。矢は深くは刺さっていない様子だから、いずれ復帰するだろう。
「本当に、何もしないんだな……。」
「ああ……本当だ……。」
『ドサッ……ドサッ』観念したのか、彼女はついに装備を脱ぎ始めた。やはり重そうな音がするので、ただの布だけとは到底思えない。
「ようし……じゃあそのまま5歩ほど前に進んでくれ。」
以外にも素直に装備を外し、ブラとパンツだけになってくれたので、少し前に進むよう指示する。
背後から見るだけでもその美しいプロポーションは伝わってくる……透き通るような白い肌にくびれた腰と健康的で魅力的なヒップライン……このままじっと眺めていたいくらいだ。
『パサッ……ボサッ』「それを着ろ!それと、回復水も飲め。」
ずっと裸にしておくわけにはいかないので、スートからはぎ取った装備をナーミの足元へ投げつけ着替えさせる。中古だが、転売するかもしれないのでクリーニングしておいたものだからいいだろう。
先ほど水弾を食らった左目じりからの出血が止まらないようなので、回復水も与えておく。
「こっ……これは女物?お前は変態か?」
ナーミが足元の衣類を手に、俺のほうをさげすむような眼で睨みつけながら振り返る。
「俺は変態じゃない。それは俺たちを襲って荷物を奪い取ろうとした女からはぎ取ったものだ。
クリーニング済みできれいだから、問題ないだろう?恐らくサイズも合うと思うよ。」
スートもスタイルはよかったから、おそらく大丈夫じゃないかな……あくまでも1時しのぎだしな。
「ちっ……仕方がないな……。」
ナーミはぶつぶつ言いながらも、すぐさま渡した装備を着用し始めた。
やはり男2人の前で下着だけにさせられ、今後の展開が不安だったのだろう。ほっとしているはずだ。
「ようし……少し待っていてくれ……お前の装備を回収しておく。」
ナーミが回復水を飲んでいる間に、彼女が脱いだ装備を回収する。
『シュッ』毒針が射出するエルボ……『シュパッ』『シュッ』つま先とかかとに飛び出しナイフが仕込まれたブーツ。脛と腕用の細いナイフを仕込んだストラップ、帽子の淵には何本もの極太針が仕込まれていた……全身凶器だな……脱がせてよかった。
危険な装備は全て俺の冒険者の袋に納める。そうして彼女も冒険者の袋を所持していたことに気が付く。
「ふうんB級冒険者か、さすがカルネの娘だけあるな。」
カルネから聞いていた話から察するに、恐らく17くらいのはずだ。この若さでB級はすごい。
「なっ……冒険者の袋まで。」
服を着ることができたためか、ナーミはこちらに向き直り、今にもとびかかって来ようと身構える。
「まてまて……預かっておくだけだ……これから事情を説明するが、お前もたった一人だし不安があるだろ?だから、ギルドに行って話そう、あそこなら中立だし安全だろ?」
まずは相手に安心感を抱かせることが先決だ。交渉の場で危険を感じると、突然暴れだされる場合があり、そうなると対処に困る。
「いいだろう……ギルドへ向かおう。」
ナーミの弓も俺の冒険者の袋に納め、回復したトオルとともにギルドへ戻ることにした。
クエストの途中だったのだが、期限は3日後だから大丈夫だろう。
「これを読んでくれ、カルネからお前さんに宛てた手紙だ。サートラが送付してなかったようだがね。」
ギルドに到着すると、待合室に向かいナーミを椅子に座らせ、カルネの手紙の束を渡す。
未開封の封筒のままで、何が書いてあるかわからないが、カルネのことだトーマが不利になるようなことは書かれていないだろう。トオルにナーミの相手をさせて置き、急いで宿に戻り取ってきたものだ。
「かっ……パパの……」
ナーミは渡した手紙の束をいとおしそうに胸に抱いた後、封を切って中の手紙を読み始めた。
「どうだ?」
最期の手紙が後半に入ったところで、ナーミに問いかける。いつしかナーミの大きな目は、あふれんばかりの涙で埋もれていた。長いまつげが堤防の役割を果たし、何とか決壊を防いでいる状態だ。
「うっ……ぐっ……」
うつむいたナーミの肩が小刻みに震え始める。
「うわーん……パパー……。」
先ほどまでの勇ましい姿はどこへやら、ついにナーミはテーブルに突っ伏して大声で泣きわめき始めた。
「なっ……おっ……おいっ……」
女の涙……特に美少女のには弱い……どっどうすれば……冒険者たちがうろつくギルドの中で、待合室が注目の的となりつつあった。
「これをゆっくりと飲んで……落ち着くから……。」
すぐにトオルが待合の奥にある喫茶部のカウンターから、飲み物を買ってきてナーミに与えてくれた。
「ひっ……ひっ……ごく……あつっ……ふー……ふー……ごくっ……。」
ナーミが湯気が出ているカップの白い液体を、ゆっくりと飲み始める。ホットミルクか何かだろう。
「ひぎっ……ふぐっ……ちーんっ……わ……わかったわ……サートラね。
パパを色仕掛けでだまして結婚して、それで毒殺したのね……よくわかったわ。」
病床に伏してから態度が変わったサートラに対して、疑っているような表記もされていたのだろう、トオルがついでに与えたティッシュボックスから紙を抜き取り、鼻をかみ涙をぬぐい立ち上がったナーミは、すぐさま冒険者の袋をもって出ていこうとする。
「まてまてまてっ……サートラではない。確たる証拠はないのだが、サートラではない。」
すぐにナーミの手をつかんで引き留める。逆上したままカンヌールへ行かれては大変なことになる。
「じゃあ、やっぱり……」
「いや……だから……俺でもない。よく考えてみろ、超が付くほどの一流の冒険者であるカルネが、ただの一般人であるサートラや俺に毒を盛られる事などありえるか?」
「そ……そりゃそうだけど……だったら誰が……。」
ナーミが振り向き、不満そうにほほを膨らませる。
「だ・か・ら……病気なんだ。俺もサートラを最初は疑ってみたが、さすがに彼女がカルネを毒殺することには無理がある。ナーミが調べた通り、カルネ亡き後サートラは俺と結婚とされているが、実際には届け出をしていないし、対外的に結婚をにおわせていただけで夫婦の営みすらしていない。
俺との生活の時にも彼女は料理など一切しなかったし、給仕すらしたことはない。つまり毒を盛る機会すらなかったわけだ。彼女の行動は限りなく疑わしいが、恐らく白だ。」
トーマもカルネの死に関しては疑問を感じていた。何せ突然発症して急速に体を蝕んでいく進行性の病気と診断されたが、国中の医者が総動員しても病名すら分からなかった。
新種の毒薬かともうわさされたが、世界中を飛び回っていたカルネに知らない毒はないはずだ。
そのため、病気であるというふうに考えるしかなかったわけだ。
「びょ……病気……パパは病気で亡くなった……。パパは病気で……」
呆然自失といった感じで、ナーミが同じ言葉を呪文のように何度もつぶやく。
「カルネの病気は仕方がなかったとしても、約束していたはずの生活費が送られていなかった点に関しては謝りたい……サートラの性格に気づけなかった……申し訳ない。」
席を立って深々と頭を下げる。
地域で1,2を争うほどの豪商の娘が、旦那の元恋人の養育費くらいケチるとは全くの想定外だった。
しかし、考えてみれば資金援助を約束しながら平気で約束を反故にしてはばからない性格と言い、金に関してはかなりがめつい性格をしていると言える。
だが、トーマの優しい性格では、しつこく何度も確認するようなまねはできなかっただろうな。
「そんなあ……パパの無念を晴らそうと冒険者になって腕を磨き、情報を集めていたというのに……ようやく仇の情報をつかむことができたから、チームを飛び出して単身乗り込んできたのに、あたしはこれからどうすればいいのよ!」
ナーミはそのかわいらしい顔をゆがめ、ヒステリックにイラついて見せる。
「もう一度戻って、同じチームに入ればいい。仲間なんだ、断らないだろ?」
「断るわよ!仇討ちなんか今どきはやらないから行くのはよせって……確たる証拠もないんだから絶対無理だって、みんなあたしの気持なんか無視してやめろやめろばかりで……しまいに喧嘩別れしてきたのよ。
今更どの面下げて……戻れるっていうのよ。」
やれやれ……猪突猛進タイプだな……こうと決めたら周りが見えなくなる性格だ。
「それはまた……みんな友達思いのいいメンバーと言えるじゃないか。こうなることを予想して引き留めてくれていたというわけだろ?素直に戻ってごめんなさい、すればいいんじゃないのか?」
「いやよ!絶対に嫌!謝りたくない!あたしは悪くないもん!」
ナーミはつんと上を向いたまま、声高に拒否る。俺たちにどうせえというのだ?
「ワタル……どうでしょう……彼女は冒険者で今は一人だけ。そうして私たちのチームは2人だけで、適正人数まで2人も足りません。彼女にメンバーに入っていただくというのはいかがですか?」
すると突然、普段はあまり口を挟まないトオルが意見する。そりゃまあ……俺たちはチームメンバーを探しているところではあるのだがな。こんなわがまま娘をチームに入れたら、連携なんか無茶苦茶で苦労するに決まっている。
俺は反対!と速攻で言いたかったが、もしかするとトオルがナーミを見初めたのかもしれないから、彼の気持ちは尊重したいとも考えて、思いとどまる。
「あんたたちのチームにあたしが入るの?えー……。」
彼女が目をかっと見開きながら、俺とトオルの顔を交互に眺める。まるで値踏みしているかのように。
「いいか……俺たちのレベルは今のところC+級だ。だが2人だけでもC+級のクエストであれば安全に攻略できているし、このクラスであれば問題ない。
だが、今後B−、Bとクラスが上がっていくにつれ、2人だけでは負担が大きいと考え、メンバーを募集しているわけだ。君がB級だからといって、決してその力におんぶにだっこするつもりは到底ない。
そもそも、先ほどの戦いで君は俺たちに敗れているわけだろ?俺たちのほうが実力は上だ。」
こういうことは最初が肝心だ。どちらが上なのか、まずははっきりとさせておく必要性がある。
「うーんC+級か、お子ちゃまたちの面倒を見なくちゃならないということか……うーんどうしようかな。」
ナーミは俺が言ったことを全く無視して、胸をそらし上向き加減で目をつぶる。
「いやっ……だからだな……。」
「まあいいわ……あたしが入ってあげる。ただし、あたしのほうがクラスが上なんだから、クエスト中はあたしの指示に従ってもらうわよ、いいわね?
C+級のダンジョンを2人だけで攻略できるのだったら、あたしが入ればB−級のダンジョンでも大丈夫じゃないかしらね。早速、クエストを申し込みに行きましょう。」
一人納得したナーミが、待合を出てホールへ向かおうとする。
「あっ、待ってください……我々が受けたC+級のクエストが残っていまして……。」
すぐにトオルが追いかけていった。
「なによ……まだクエストが残っているですって?面倒をかけてくれるわねー……仕方がないわね、ダンジョンはここから近いんでしょ?これから行くわよ!ほらっ、早く立って……。」
あまりにも速い展開についていけない俺を、ナーミが急かせる。あのー……お前のせいで中断したクエストなんだがな……と突っ込みたくはなったが、そのまま立ち上がる。
「ほらっ速く……駆け足っ!」
「はいはい……わかりました。」
とりあえず、仲間が一人増えたようだ。