南の大陸の協力
トークの有難い講話が終わった後、兵士たちの日常訓練を行う。やはり本日もジュート王子とホーリ王子が、剣術の訓練に参加した。兵士たちの士気をあげる効果は絶大だが、怪我でもされたら困るので、かなり緊張する。木刀では当たり所が悪いと大怪我するので、撃ち込み稽古用に竹で作った竹刀でも準備するか……。
訓練が終わったら、トークとともに浮島へミニドラゴンで移動する。ジュート王子たちも来たがったが、さすがに王族が毎晩王宮を開けるのはよくないと、お付きの丸眼鏡が止めてくれた。
「セーレとセーキか……あいつらはかわいそうな身の上でな……この世界では忌み嫌われる黒髪で生まれたためか、生まれたばかりの状態で、教会の前に捨てられていたらしい。教会の孤児院で育てられたのだが、やはり他の子供たちから疎外され、遊ぶどころかまともな食事すら、与えられていなかったようだ。
もちろん教会の牧師は他の子と分け隔てなく、大切な命と考えて育てていたのだろうが、常時目が行き届くわけではない。陰では他の子供たちに迫害を受けていたらしい。
俺たちは冒険の傍ら、各地の孤児院をめぐって、土産物を持っていってやったりパーティをしてやったりと、慈善活動の真似事みたいなことをやっていたのだが、彼らに出会った時は、あばらが浮き出るほどガリガリにやせていたし、全身あざだらけだったな……。」
トークがセーレ達のことについて説明してくれる。昨日ちらっと聞いたが、やはり悲惨な状況だったわけだな……髪の毛の色が違うというだけで……。
「ちょうどそのころメンバー2人が引退すると宣言していた時でな……まだ10歳だった彼らをカルネが保護者として引き取り、1人前の冒険者として育てることにしたというわけだ。普通であれば、冒険者が赤の他人を養子に申し込むことなどできないのだが、彼らの事情を知っている教会側も了承した。
厄介払いというわけではなく、そのほうが彼らが生きていける可能性が、少しでも残されていると判断したのだろうな……。
そうしてチーム名も変えて、ナーミュエントが誕生したというわけだ。ちなみに引退した2名というのは、俺と一緒にナーミたちを人買い集団から救ったメンバーだ……奴らが人買いの移動スケジュールを探ってきたのだな……。」
タイミングもよかったのだろうが……セーレ達はカルネとトークに救われたということだな……。
「ふうん……かわいそうにね……。」
ナーミがしんみりとつぶやく。
「まだ体が出来てもいない子供に、いきなりハードな訓練は過酷とも思えたが、彼らは音を上げずについてきて、半年もすると初級ダンジョンに一緒に潜ることができるようになり、そこからの成長は早かった……わずか3ヶ月でA級ダンジョンもこなすようになり、ナーミュエントは伝説のチームとなっていったわけだな。
彼らにとってカルネは、親代わりという以上に恩人なのだ……カルネの死の真相を究明し、その仇を討つつもりでいる。俺もそれに協力しているというわけだ。」
セーレ達が命を懸けてまで、カルネの死の真相を追求しようとする理由が分かった気がする。そうか……まさにカルネのおかげで、生きぬくことができたということだな……その恩人の仇を討とうとして……。
だがしかし……すごいな……わずか10歳で……A級冒険者まで上り詰めた……俺やトオルは別として、エーミは2ヶ月ほどで上がったが、それでもナーミも含めて3人のサポートありきだったからな。
いくらS級冒険者のカルネとトークがいたとしても、2人もの足手まといがいたならば、A級ダンジョン攻略なんておぼつかなかっただろう。セーレ達がいかに早く成長したか……それだけ必死だったのだろうな……。
「ちょっとしんみりしちまったが……彼らが元気な姿を確認できて本当にうれしい。今はまだいないが、いずれ帰ってこられるだろう。再会を祝して、乾杯と行こう。」
トークが大きな杯を持ち上げる。本日の講話のお礼にということで、ジュート王子から樽酒を頂いてきたのだ。水牛肉のステーキをつまみに、酒が大いにすすんだ。
「昨日持ち帰ったビデオ映像を解析いたしまして、サーラ……及びサートラが、ナガセカオルであるという結論に至りました。なぜ彼女があそこまで豹変してしまったのかわかりませんが、シュッポン大陸の平和を脅かす存在であるということも、認識いたしました。
現在逃亡中のサートラを捕らえるべく、連合国側も最大限の協力をさせていただきます。」
翌朝10時になると、セーレ達を乗せた武装ヘリが王宮中庭に到着し、予定通り外交交渉が始まった。外交交渉というより、サートラを捕らえるための会議と化しそうなのだが、両大陸の平和を築くための打ち合わせであり、広義では外交交渉であろう。
「現在は10万のサーケヒヤー軍を分散して、北方山脈やマース山脈などの山狩りをしている。勿論カンアツでもカンヌールでも軍隊を派遣して山狩りをしている。だが、サートラは瞬間移動できるから、大軍勢で取り囲んだとしても簡単に逃げられてしまうだろう。
せいぜい、1ヶ所に長居できないと思わせる程度の効果しか期待できない。
やはりどこか建物の中に潜んでいるところに突入して、取り押さえるしかないのだが、幸いにも生命石で若返ったばかりで15歳ほどの外観と、さらにすさまじいほどの美少女だから、人前に出ればかなり目立つ。保護者も連れ添わずに、一人だけで行動するのは異常と感じられ、街中に潜むことは難しいと推測している。
もちろんサーラの写真を複製して、各国の主要都市の自警団に送付して捜索もしている。
そうなると……残るはダンジョン内に潜むこととなるが、ギルド管理のダンジョンは鉄格子の檻に施錠しているが、カギは忍びの技を用いれば解錠は可能なようだ。さらにこの大陸にはギルド未管理のダンジョンも多く存在する。これらを順に回ってみるしかないのだが、一度回ったダンジョンに潜まれたらお手上げだ。
そのためダンジョンの捜索に関しては、有効な方法が検討されるまで、お預けとなっている。」
サートラの捜索状況を、かいつまんで説明する。大陸中に数万は存在するダンジョンは、ギルド管理のものは施錠されているとはいえ、トオルに言わせると、解錠して忍び込むのはたやすいそうだ。
あれはあくまでも、一般人が誤ってダンジョンに落ち込まないようにするためのもので、ダンジョンへの入出を制限するためのものではないからな。
さらに未管理ダンジョンなどは、そのまま野原に放置されているのだ。恐らく元冒険者であったであろうサートラにとって、この大陸内に潜み続けることは、そう難しいことではない。
「センサーと発信機を提供させていただきます。シュブドー大陸内のダンジョンは、すでに冒険者に対して公開されてはおりません。冒険者自体が過去の職業となってしまい、今では一人も存在しないからです。
一部のダンジョンのみ、中古の精霊球を特殊効果石へと変化させるための養殖場として使われており、その他のダンジョンは堅牢な檻で出入り口を囲い、施錠しております。さらに扉と入り口付近にセンサーを設け、人が出入りした場合は、センサーが反応して監視場所にアラームが鳴るようになっております。
シュッポン大陸のダンジョンも、同様にセンサーと発信機を取り付けて、入出管理をすればよろしいと考えます。監視装置をギルドに設置すれば、冒険者の方がクエスト申請してダンジョンへ入ることは問題なく区分できますし、現状と変わらず活動できると考えます。
問題となるのは未管理のダンジョンですが、未管理のダンジョンの数と場所は把握できておりますか?」
セーレがセンサーと発信機の提供を提案して、さらに未管理ダンジョンに関して問いかけてきた。
「ああ……18年前までに発見された未管理ダンジョンの大半は、構造図を持っている。恐らくサートラも同じ構造図を持っているから、十分に対応できるだろう。」
カルネの遺品となったダンジョンの構造図は、サートラの手に渡ってしまったからな。
「そうですか……それでは各地域のギルドと協力して、未管理ダンジョンにも入り口を檻で囲って施錠し、センサーを取り付けたほうが良いですね。ただし、その前に冒険者がダンジョン挑戦している可能性がありますから、まずはダンジョン内を捜索する必要性がありますね。
普通の冒険者をダンジョン内に閉じ込めるわけにはいきませんからね。」
セーレが未管理ダンジョンにも、施錠管理が必要と提案する。確かにな……すべてのダンジョンの出入りを監視すれば、サートラが忍び込んだことも分かるようになるな……。
「分った……ギルド本部と連携して、まずは管理しているダンジョンの監視から始めよう。
未管理ダンジョンに関しては、いちいち誰かが潜って、誰も中にいないことを確認してから、檻で囲って施錠しなければならないわけだな。人里離れた場所にあるから、ダンジョン挑戦していた冒険者が閉じ込められたら困るというわけだ。
そうなると、結構時間がかかるな……幾つかの冒険者チームに依頼して、手分けして未管理ダンジョン内を確認してもいいのだが、サートラが潜んでいることを懸念すると、サートラと対等以上に戦えるチームである必要性があるから、誰でもいいというわけにはいかないだろうからな……。」
ううむ……山狩りは、大軍勢のサーケヒヤー国軍を分散させる目的が大きかったのだが、本格的にサートラを捜索しようと考えると、いかに大変な労力かが分かる。なにせ、相手は外であれば瞬間移動できるのだ。
つまり目の前まで追い詰めたところで、青空の下なら目の前からたちどころに消えてしまうわけだ。
かといって、全てのダンジョンを監視できるようになるまでには、相当な時間がかかってしまう。
「どこか、隠れ家的な場所はないのかな?サートラが真っ先に潜伏先として選択するような……。」
すると謁見室の端の方から、低音の声がかかる……トークだ……。
「隠れ家……?」
「ああそうだ……なじみの場所……とかでもいいさ……。昔よく遊んだ場所とか思い出の場所……行き当たりばったりでもいいのだが、この大陸中を軍隊を総動員して探すにしても大変だぞ……。
それよりも、まずは立ち回りそうな場所を見当つけて、そこに大軍を送り込んで捜索するのが正解だ。
サートラの実の息子のサートラン商社の社長や、サーケヒヤー元王やサーキュ元王妃など、協力的なのだろ?
サートラに近しい奴らに、行きそうな場所を聞いてみるのがいい。潜んでいそうな場所と限定すると想像が難しいから、以前よく会った場所とか思い出の場所はないか、聞きだすわけだ。
案外そんな場所近辺に潜んでいるもんだ……。」
トークやってきてが提案する。なるほど……潜伏先の見当はつかないか、尋問のたびに聞いたことは聞いたのだが、それだと聞き出すことが難しいということか……確かにな……普通に考えるとまさに隠れ家……誰にも知られていない家となってしまうからな。
そうではなく場所で聞くということか……よく待ち合わせや連絡に指定された場所の近くに、潜伏先があるかもしれないのだな……。
「そういえば……サートラン商社の社長は、この大陸にも特殊効果石の養殖用に試験的に改造したダンジョンが存在すると言っていました。そのような場所に潜んでいる可能性があるわけですね。」
トークの言葉にトオルが反応する。言われてみれば……確かにそんなことを言っていたな……。
「ようし……サートラン商社社長に、そのダンジョンの場所を聞き出そう。ほかにもサートラが以前話した、思い出の場所などないかもついでに聞くわけだな……サーケヒヤー元王とサーキュ元王妃にも同じことを聞いてみよう。手分けして行ったほうがよさそうだな……。」
「了解いたしました。サーケヒヤー元王と、母上には私から問いかけてみます。」
ジュート王子が、王家の担当をかって出てくれた。
「じゃあ俺たちは、ミニドラゴンでサートラン商社へ飛んで行って、社長に確認しよう。」
さあ、忙しくなってきたぞ……3人寄れば文殊の知恵というけど、やはりいろいろな人から意見を聞く事は大事なんだな……。
「そのまえに……だな……セーレとセーキの処遇について確認したい。
俺と一緒に過ごした記憶がないとはいえ、俺はお前たちの身内のつもりでいる。遭難して死んでしまったものだとあきらめていたのだが、生きていたのなら戻ってきてほしい。
記憶がないというお前さんたちにこう言ってもピンと来ないかもしれないが、これからの生活を考えると、戻ってくるべきだと俺は思っている。」
そういえばすっかり忘れていたが、セーレとセーキが戻ってこられるよう、交渉の必要性があるわけだな。彼らは記憶喪失のふりをしているから、南の大陸で保護しますなんて言われたら、ちょっと厄介だな……。
「そうですね……私たちの今後に関しまして、連合国側も検討していただいております。身元の確かな引受人がいらっしゃるのであれば、お任せしてもいいという許可は得られそうです。
ですが……今日明日というわけにはいきそうもありません。私たちも3年間生活してきて、それなりに人間関係もできておりまして、親切に面倒を見ていただいた方たちに、挨拶もせずにお別れするわけにも参りません。
まずはサートラを捜索するための機器類設置のレクチャーを行い、展開できましたら、一旦シュブドー大陸へ戻ります。サートラの行き先を捜索して、捕えることができたとしても、ダンジョンの厳密な出入り管理は、ギルドの安全な運用上有効となるでしょうから、設置は無駄ではありません。
そうして半年先の交易船で来訪して、トークさんのもとへお世話になりに戻ってくる所存です。
その時には監視衛星の今後の処遇に関しても、ある程度議論がなされていると思います。」
そう言って、セーレが頭を下げる。ううむ……南の大陸は人道的だな……こんな茶番劇みたいなことを全く疑わずに……なんだか申し訳なくなってきたな……。だがまあ……だましていると言っても、彼らが記憶喪失のふりをしているだけで、サートラの悪事は本当のことだからな……よしとするか……。
「分った……半年先だな……じゃあ、これが俺の連絡先だ。」
トークが教会の住所と電信のアドレスが記載された紙を、セーレに手渡した。
「では……せ……センサ……でしたか?それと発信機?に関してですが……ギルドの管理者とも詰める必要性はありますが、まずは軍隊の工兵にご説明を……。」
ジュート王子が、数人の工兵を連れてきた。彼らがダンジョン入り口にセンサーと発信機の設置を行っていくわけだ……。