トーク登場
「そうか……それじゃあ、サートラの存在が真の脅威であることを、南の大陸でも認識してくれたと解釈して、よいということだね?」
「いえ……昨日もその名前が出ましたが……その名前に関しまして、何も怪しい点はないようです。サートラという人物で脅威となりうる存在は、連合国では確認されていません……それでいいのですよね?」
玉璽の件が片付いたところで、サートラの名前を出しておく。いきなりナガセカオルの名前を出すと、話のつじつまが合わなくなってしまうからな。セーレも、いま改めて問いかけられたかのように、返してきた。さらに、イヤホンマイクで向こうにも確認して……。
「はい……はい……やはり連合国側では、サートラと名乗る人物で、脅威を感じるような存在はいないという認識です。」
右耳を押さえながら、改めてセーレが答える。
「おお……そうだった……サートラという名前は、彼女が若返って他の地域へ出向く20年ほど前に名乗った名前だった。この大陸に到着した時点からはずっと、ナガセカオルと名乗っていたらしい。
その名前だと、脅威を感じる存在となりうるか?」
そうしてようやくナガセカオルの名前を切り出す。
サートラの異常性と危うさは十分認識しているので、わざわざ過去の調査をすることもないのだが、聞くだけでわかるのであれば、ついでだから確認しておく……。
「はい?はっ……はい……わかりました。はい……はい……。
ナガセカオルというのは、シュブドー大陸に長く君臨したシュブドー帝国の女帝の名前のようです。齢7百歳とも評されておりましたが、はるか太古よりシュブドー大陸を統治し、豊富な知識を用いて大陸の文明の発展に多大な功績を残された英雄です。」
イヤホンマイクからの通信を聞きながら、セーレが解説してくれる。
「シュブドー大陸が現在のように近代化されたのは、全ては彼女の力によるようです。近代化が進むにつれ、帝政から独立しようとする風潮が芽生え帝国は崩壊し、今では大陸名に名を残すだけとなっておりますが、350年前までは、彼女は南の大陸を統治しておりました。
文明の発展に寄与したばかりではなく学校教育に力を注ぎ、当時は教会が行う寺子屋程度であった教育制度を、全国各地に学校を設立し、ロースクールを義務教育化するという市民教育の充実を図りました。
そうして優秀な人材を多数輩出し、自分の力が不要と感じた彼女は自ら進んで退位し、民主国家の議会制民主主義へ移行する手引書を残して姿を消しました。
やはり予想していた通り、シュッポン大陸へ流れてきていたのですね……ですが……彼女の存在自体は脅威ではありません。脅威ではないばかりかシュブドー大陸の……いえ、この星全体の恩人です……と、マイクの向こうの担当者が申しております。」
セーレがナガセカオルという人物についての、南の大陸の人間の見解を代弁してくれた。なんと……女帝……しかも700年間も君臨……やはり千年も生きていたということだ……。
さらに……文明が発展して自分の力が不要になったら自ら身を引いて、遅れているシュッポン大陸へやってきたのだ……しかも民主化への手引きまで残したうえで……なんという素晴らしい人物……本当にサートラなのか……?
「うーん……サートラがナガセカオルと名乗っていたことは、息子の証言だから間違いがないはずなのだが……そ……そうだ……彼女が生命石を使って若返り、少女の姿となって魔物たちを操ったり、元部下たちが捕まった時に彼らを助け出すどころか、死なせてしまった時の映像がある。
女帝としてシュブドー大陸の発展に貢献し、さらに国民たちが自立できるようになったら自ら身を引いたなんて、そんな素晴らしい人物ではない……自分の野望のためなら人の命さえも平気で奪うような殺人鬼だ。
いや……300年前まではそうだったのかもしれないが、シュッポン大陸へやってきてからは、人が変わってしまったのではないのかな……ジュート王子様……サーラのビデオがありましたよね?」
「ああ……はい……少々お待ちください……今準備させますよ……。」
ジュート王子はすぐにお付きを呼び寄せて、指示してくれた。
「こ……これは……。」
「いやあっ……。」
サーケヒヤーでは、プロジェクターだった。スクリーンに映し出される巨大な恐怖映像に、セーレもセーキも言葉を失う……そうだろう……特撮でも何でもない、事実なのだからな……。
「わかりました……このビデオをお借りできますかね?本日持ち帰って、皆に見ていただきましょう。」
「もちろんですよ……監視カメラの映像のうち、サーラが映っている部分だけを編集して、2本ダビングして持ってきておりますので、この1本を差し上げます。
彼女の異常行動から、どれだけ危険であるのかご高察いただき、彼女の捜索と捕獲にご協力いただきたいのです。このビデオに写っているのは、彼女の悪行のうちのほんの一部だけです。
ただ1日だけの行動にすぎません。
彼女を捕らえ、そのすべてを明らかにしたいのです。どうかご協力お願いいたします。」
ジュート王子が、ビデをデッキからテープを取り出しセーキに手渡す。ジュート王子も危うく騙されるところだったからな……なんとしても彼女を捕らえ、行おうとしていた悪行の全容を解明したいのだろう。
俺の場合はトーマの家族に降りかかった嫌疑を解消することと、王宮ぐるみの陰謀をサーキュ元王妃の陰謀も含めて明らかにすることだが、恐らくサートラが絡んでいることは間違いがない。
サートラを捕らえてから2人同時に取り調べることが望ましい。サーケヒヤー元王もそうだったが、今のままではサーキュ元王妃は、全てをサートラのせいにしてしまいかねないからな……。
「了解いたしました……持ち帰って映像の詳細解析を行い、サートラなる人物の特定と、ナガセカオルとの関連を調査いたします。
では、本日の協議はこれにて終了ですかね?明日もまた引き続き……。」
『コンコンコンッ……ガチャッ』「ご面会の方がお見えです。」
セーレが、打ち合わせの終了を告げようとしたその時、謁見室のドアがノックされ、甲冑姿の兵士とともに白髪交じりの大柄な初老の男性が入ってきた。
「おお……やはり……セーレとセーキたちだ……ワタル殿……ありがとう……連絡を受けてすぐに飛んできた……久しぶりだな……生きていたんだな……よかった……。」
トークは少し涙ぐみながら両手を大きく広げ、黒髪の美男美女のもとへ歩み寄っていく。
「えっ……えっ……。」
「あ……あなた……は……?」
ところがセーキもセーレも、トークに対して初めて会ったかのように、動揺したふりをする……もちろんお芝居だ……記憶喪失を演じているのだからな……。
「どうした?トークだよ……俺が分からないのか?」
トークには、電信で記憶喪失のふりを演じていることも知らせてある。
「あ……あの……申し訳ありません……私たちには、3年以上前の記憶がないのです……。」
セーレが申し訳なさそうに、肩をすぼめながら頭を下げる。
「うん……?記憶がない……?」
「はい、そうなのです……記憶喪失という病気と診断されております。」
「そっそうなのか……?俺はトークという……今は教会で司教をしているが、元は冒険者だ。そうして君たちは、セーレとセーキ姉弟で、俺と一緒にチームを組んで冒険者をしていた。もう一人カルネという仲間がいたがね……。カルネが結婚して引退した後俺も冒険者を辞め、教会へ戻った。
お前たち姉弟は若かったので冒険者を続けていたのだが、休日に俺の教会へ遊びに来ていた時、小さな船で沖へ釣りに行ったまま帰ってこなくなった。あの時は沖合に突然大きな台風が発生したからな……巻き込まれて沈没してしまったのだろうと、あきらめていたんだ。
そうか……生きていたんだ……よかった……これは、お前たちの冒険者カードだ。」
そういいながら、トークは顔写真入りの冒険者カードを2人に手渡す。船で難破して救助されたという事実を知っているということで、トークは彼らの本当の知り合いであるということを、南の大陸の奴らに知らしめることができたし、さらに冒険者カードもある。
「そうなのですか……船が大破して流されていたところをシュブドー大陸の沿岸警備艇に救助されたのです。ですが……私たちは記憶を失っていて、帰るべきところも分からず、シュブドー大陸でこれまで暮しておりました。自分たちの名前以外、何も覚えていないのです……すみません。」
「そんな、謝ることはない……病気ならば仕方がないさ……俺のことも覚えていなかったのだろ?
昨日ワタル殿が、お前たちに話しかけた時に態度がおかしかったが、確かにセーレセーキ姉弟で間違いがないはずだと、電信で連絡をくれていたんだ。
彼はカルネの知り合いで、お前たちの写真を持っているから、名前と顔を知っていたからな……ずいぶんとラッキーが重なったわけだが……いやあうれしい……まさかまたお前たちに会うことができるとは……。」
身元が特定されて身元引受人がいるということで、記憶喪失の彼らを引き取ることができるであろう。
今のやり取りを打ち合わせも何もなく、電信で知らされた内容だけで理解して、全てアドリブで出来るのだから、3人とも大した役者だ……感心する……。
「そうでしたか……昨日の帰り際のことでしたね……あの時は何をおっしゃっているのかわかりませんでしたが、本当にありがとうございました。」
セーレが、今度は俺のほうに向きなおって頭を下げる。
「いやあ……たまたまだよ……カルネの仲間のことは、よく聞かされていたからね。だが、昨日のあの態度から、ちょっと自信を失いかけていたのだが、念のためトークに連絡を入れておいてよかったよ。
記憶を失っているとは、夢にも思っていなかった……。
これで、帰ってくる場所ができたね……よかったよかった……。」
この俺の言葉で、彼らが帰ってこられるのは、確実になったのではないだろうか……むふふふ……。
「とりあえず、サートラなる人物のビデオ映像を本日は持ち帰らなければなりません。トークさん……でしたでしょうか?明日もまたお会いすることは可能でしょうか?」
セーレがわざとらしく、トークに問いかける。
「ああ……もちろんだ……本日はこちらに宿泊して、明日もまた来るとしよう。」
「そうですか……私たちの今後も検討していただくことになるとは考えますが……その前に、サートラなる人物の対応も検討が必要と考えます。
船に戻って本国含め協議して、明日また参りますので、よろしくお願いいたします。」
そういってセーレが頭を下げる。これで、サートラの捜索に南の大陸が協力してもらえる可能性が高くなってきた。科学力を駆使して捜索すれば……意外と簡単に見つかるのではないのかな……。
『パラパラパラパラッ』セーレとセーキを乗せた武装ヘリが、王宮中庭から飛び立っていくのを見送る。
「いやあ……ありがとう……まさか彼らが南の大陸の使者とはね……とても想像もしていなかった。連絡を受けた時は信じられなかったが、実際に会って確認したとなっていたからな……。
すぐに定期船に乗ってやってきた……下手な対応をすると、大陸間の国際問題となってしまいかねないから一寸ビビったが……うまく対応できてよかったよ、ワタルのおかげだ。」
トークが頭を下げて礼を言ってくる。
「いやあ……セーレ達のお芝居もそうだが、トークもなかなかのものだったよ……俺はそのおぜん立てをしただけさ……。
それよりも、今日は浮島に泊まってくれるだろ?まさかスースー達のところに泊まるなんて言わないよね?
ナーミたちも喜ぶから、ぜひ泊まってくれ。」
俺はただトークに連絡していただくよう、ジュート王子にお願いいしただけだからな。それよりも、トークが泊まっていくよう、改めてお願いする。
「ああ、ありがとう……スースー達はみな結婚して、家庭を構えているからな。ワタルのところの方が部屋数も多いと聞いていたし、お邪魔させてくれ……。」
「やったー……。」
「また、パパのお話を聞かせてよね……。」
トークが笑顔を見せると、ショウもナーミも飛び上がって喜ぶ。
「じゃあ、夕刻の軍隊の訓練が終わってから浮島へ戻るのだが……それまでは、どうしようかな……。」
「あっあの……司教様ですよね?先日は、魔力が枯渇した魔法軍兵士たちの治療を行っていただき、ありがとうございました。それでその……厚かましいお願いなのですが、王宮内には教会もございますし、もしお時間がありましたら軍の僧侶含め、兵士たちにご講話をしていただけますとありがたいのですが……。」
すると突然ジュート王子から、無茶な要望が……。
「ああああ……全然かまいませんよ……私でお役に立てるのであれば……。」
トークは快諾してくれ、夕刻まで講話をしていただけることになった……何ともありがたい……。