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大きな譲歩

「カルネが恩人……というのは……俺も簡単にしか聞いたことはないのだが、身元のない子供たちを引き取って、冒険者に仕立て上げたという件なのかな?それとも何か事件に巻き込まれていたということかな?」


 カルネに対して、並々ならぬ感情があるようだ……何せほぼ命がけで、彼の死因の調査をしているのだ。その執念の源は何なのだ?


「それは……お気づきのように、私たちのこの髪の色にあります。黒は闇に繋がるということで、シュッポン大陸では特に忌み嫌われていて、黒髪をもって生まれた私たちは、生まれてすぐに捨てられたようです。


 孤児院で育てられましたが、そこでも私たち姉弟は孤立していて、恐らく自立する年になっても社会で人とかかわって生活していくことは困難だろうと評価されておりました。


 そんな私たちを10歳の時からカルネは引き取り、冒険者としてのイロハを叩きこんでくれました。ちょうどお仲間が引退されたということで、その代わりとして引き取られたのですが、当初は何もできず足手まといでしかなかった私たちを、時にやさしく時には厳しく指導していただきました。


 伝説の冒険者カルネのチームメイトとして、今でこそこの黒髪は私たちのトレードマークですが、当初は店に入っても店員が気味悪がって相手をしてくれず、何も買えないばかりか、私たちだけでは宿をとることもままならない状況でした。伝説の冒険者カルネの後ろ盾があって、ようやく生活できていたのです。


 そういった意味もあったのでしょうね……私たちが南の大陸に漂着したときに、私たちの容姿からシュッポン大陸での生活環境を想像して、迫害から逃げてきたのだろうと勘違いして、温情のもと保護していただいたのではないかと考えております。


 南の大陸でも黒髪は不吉とされてはいますが、近代化とともに迷信は廃れてきているのです。」

 セーレが、寂しそうな笑みを浮かべる……ううむ……そんな悲惨な過去が……。


「じゃあ、いつまでも俺たちの姿が見えないと、湖に落ちたと勘違いされて大騒ぎになりかねないから、そろそろ戻るとするよ……今日はありがとう……特にナーミとエーミに出会えたことは、本当にうれしい。」

 セーキが何度も頭を下げる。カルネの娘に対する敬愛は、トークもそうだが本当に深いな……。


「ああそうだね……ちょっと待っていてくれ……。」

 すぐに表へ出てミニドラゴンを呼び寄せ、彼らの服を下ろして持っていく。


「完全に乾いているぞ……風邪をひかずに済むね……。」


「でも……これからまた数キロも泳ぐのですよ……。」

 セーレが乾いたスーツを受け取りながら、苦笑いを浮かべる。


「そのことなんだが……ジュート王子様……玉璽はお持ちですよね?」


「えっ?はあまあ……大切なものですから、もちろん肌身離さず持ち歩いております。」

 そういいながらジュート王子は、襟元からチェーンのついた竜のオブジェをつまんで見せる。


「玉璽を握って水竜を1頭呼び寄せていただけますか?」


「はあ……ちょっと待ってくださいね……。」

 ジュート王子が玉璽を胸元から取り出して握り、目をつぶる。 


『バシャッ』するとすぐに浮島の向こう側で水しぶきが上がった。


「水竜だ……君たちは彼の背中に乗っていけばいい……そうすればスーツが濡れることもないだろ?


 ジュート王子様……遥かこの先に見える、湖面よりずいぶんと高い位置にいくつもの明かりがついた巨大な建物のようなものが、彼らが乗ってきた軍艦でしょう。


 あそこまで彼らを送り届けるよう念じていただけますか?そうして、水竜は切り立った垂直の崖だって登っていくことが可能ですから、甲板の真下まで送り届けるよう念じてください。


 彼らは身が軽いですから、水竜の背に立ったままバランスをとることも可能でしょうし、軍艦の壁を登っている最中も、背中に張り付いていられると思います。ですから決して水中にもぐったりせず、頭と背中を水面から出したままで、水音を極力立てないよう静かに泳ぐよう指示してください。」


 そうして水竜に、セーキたちを軍艦まで送り届けるよう念じていただく。


「了解いたしました……私でもお役に立てることがあって……大変うれしいです。」

 そういいながら、ジュート王子は笑顔で玉璽を握って念じてくれた。


「玉璽というのは本来は戦争なんかに使用するのではなく、こうやって3竜たちと一緒に平和に暮らすためのものだと俺は思っている。操ることができるのは、野生の竜に限られているのだからな。人に飼いならされた竜は、玉璽の命令など聞かずに主人に従う。


 南の大陸の近代化された文明を取り込んだサーケヒヤーでは、水竜を利用することはほとんどなくなったから、成獣になるとほとんど放たれて野生に戻るようだが、カンヌールやカンアツでは、半数近い飛竜や地竜のの成獣は、人とともに生活していると言われている。玉璽で操られる竜も限られているということだ。


 玉璽を脅威として使用するかどうかは、その持ち主の使い方次第ということだな……。

 まあ、その辺も明日また、話し合おう。じゃあな……。」


「失礼いたします。」

『パシャッ』小さな水音を立てただけで、立ったままの2人の影は驚くほどのスピードで遠のいていった。



「南の大陸の使者の正体が判明しましたが、南の大陸は果たして……我々の味方となってくれるのかどうか。

 彼らは彼らの立場がおありでしょうから、どうなりますかね……ただ一つ、彼らもサートラを敵として認識しているようですから、サートラに対しては共通の敵として協力し合えると考えますが……。


 彼らの知り合いということで、トークという方を呼び寄せ、彼らの身元を証明してシュッポン大陸に戻すことになってしまいますと、ますます関係が薄くなってしまいますよね……下手をすると後任ともう一度交渉のやり直しもあり得る……。」


 セーレ、セーキ姉弟の姿を見送りながら、ホーリ王子がぽつりとつぶやく。


「そうですね……先ほど少し説明した通り、もともとは彼らがカルネの死に対して、サートラの関与を疑っていて調べていたのです。私はカルネの死は原因不明の不治の病とはいえ、自然死であっただろうと認識しておりました。


 彼らが調べたサートラの履歴に不審な点がありましたので、生命石を使って若返り、サーラと名乗ってジュート王子様に近づいたときに、サートラと認識することが出来ました。


 サートラの娘のエーミがいち早く彼女の正体に気づいたのですが、予備知識がなければ耳を貸さなかったでしょう。彼らの長く地道な調査があったからこそ、サートラのカンヌール内部崩壊という恐ろしい計画を、未然に防ぐことができたと言えます。


 ですがもうサートラの凶暴さや危険さというものが、いやというほど明らかになっていますから、今更サートラがシュッポン大陸に渡ってくる前のことを調べて正体を明かしたところで、何が変わるわけではないと思います。


 それよりも彼らを戻してトークとともに、サートラの包囲網を広げていった方がいいと考えております。」

 セーレとセーキをシュッポン大陸に戻すよう、行動することを提案する。


「そうですね……王宮へ戻り次第、電信の手配をいたします。宛先をお教え願えますか?」


「ああはい……レーッシュ近くのマーレー川沿いにレーシ教会という大きな教会があるのです。電信装置があるのであれば、恐らくサーケヒヤー王宮でアドレスが分かると思います。そこにいるトーカネント・ダリハネスという司教宛に、内容は……。」


 ジュート王子にトーク宛の電信の文面を伝えておく。うまくすれば、明日の午前中には到着するのか……十分だ。


「ナガセカオルという名前を使ってサートラが実は南の大陸出身であるということを明らかにして、シュッポン大陸の平和を脅かしていたのだということを、南の大陸の人たちに認識していただければ、サートラを捕らえることに協力いただけるかもしれません。


 ただその前に……衛星などというものから常に監視されていて、おかしな動きをしたらすぐに攻撃をしますよ……という、異常な関係を払しょくしたいですね……その見返りに玉璽の放棄が必要とあらば……本国とも打ち合わせて、対応を検討するのですよね……。


 真の脅威はサートラであるということを理解していただき、それ以外は南の大陸の平和を脅かすようなことは、絶対にないということを理解いただくよう、明日の打ち合わせで説明するしかないですね。」


 ついでに、明日の打ち合わせの大まかな方針を確認しておく。玉璽はいうなれば最終兵器なのだから、それを手放すにはそれなりの見返りが必要なのだ。脅されて屈服して手放すわけにはいかない。



『パラパラパラパラッ』翌朝、10時になると武装ヘリが王宮中庭に降り立ち、2人の黒髪の男女が降りてきて、ヘリはそのまま飛び立っていく。セーレとセーキがやってきたということは、昨晩は無事に軍艦に戻ることができたということだ……よかった……。


 念のために擬態していないか、封魔石で2人の魔力を封じるよう念じておくのは忘れない。



「昨日の……ワタル様のご意見は、連合国政府議会の議員たちの心を大きく動かしました。自分たちの驕りやエゴを、認識頂いたようですね……。


 ご意見を真摯に受け止め、今後議会にて衛星による監視体制の見直しを検討していくこととなりました。有識者の意見等も取り入れ、議会にて議論していくのですが、恐らく考えがまとまるまでに数年。仮に攻撃衛星の廃棄が決まったとしても、それを現実化するまでにさらに数年はかかると目されております。


 その間は、シュッポン大陸側の玉璽に関しましては、廃棄を求めないことも約束されました。


 加えて言葉足らずでしたが、衛星による常時監視や攻撃衛星の準備に関しましては、シュッポン大陸に対してのみ行われていることではなく、我々の住んでいるシュブドー大陸も同様であることを、追加させていただきます。


 シュッポン大陸だけを監視しているのではなく、この星中……陸地だけではなくて大海洋も含めて、異常時には即刻対応できるよう、常時監視しているのです。


 その目的は、台風や竜巻などの暴風雨に加え、地震や火山の噴火に津波などの自然災害の被害状況をいち早く確認し、被災者の救出に役立てる目的なのです。決して、攻撃衛星で先制攻撃を仕掛けるためではないことも、付け加えさせてください。


 そのうえで、攻撃衛星含めたこの星全体の監視体制の見直しを図っていく所存です。

 よろしくお願いいたします。」


 早速謁見室で昨日の続きの外交交渉が行われることになったが、開口一番……セーレが南の大陸側の大幅な譲歩を告げる。これで、ほぼ問題は解決したようなものだ……一寸拍子抜け……。


「そ……それでは……当面の間玉璽を……しょ……所持し続けてもよろしいのですか?」

 何事にもあまり動じることのないホーリ王子が、信じられないといったふうで、考え考え尋ねる。


「はい……もちろんです。連合国側は、決して自分たちが優秀であるとか優位であるとか、考えているわけではないのです。ですが……やはり長年の外交交渉で、大陸間の文明レベル差というものがあるため、高圧的な態度となっていたことを反省しております。


 元々は異世界ともいえるような文明レベル差に対して、混乱を招かないように交易品の制限をしていたはずなのですが、交易品を連合国側の担当者レベルの判断で、取り決めるように変わっていきました。


 しかも上から目線で、開発が遅れているシュッポン大陸の技術レベルでは実現できないような近代兵器を与えることで、まさに自分たちが神のごとく敬われることを当然としていたのです。」

 セーレは厳しい表情で、さらに言葉を続ける。


「今後は交易品だけではなく、人的レベルでも交流を深め、ともに成長していく方法を模索していくつもりです。ですが、シュブドー大陸の製品を全てシュッポン大陸側に供給することになってしまいますと、インフラ整備も整っていない現状では使うこともままならないものが大半ですし、何よりシュッポン大陸の製造業が、大打撃を受けてしまうでしょう。


 そのため段階的に進めていけるよう、実務者レベルで協議を進めてまいりたいと考えております。

 ここまでは一方的な連合国側からの提案となりますが、よろしいでしょうか?」


 セーレが、さらに言葉を続ける。なんともまあ……大譲歩どころか……さらに南の大陸の文明まで供与いただけるとは……しかもこちらに気づかいしながら……。


「それは、本当にありがたいことです。南の大陸との交易に関しましては、当面は新生サーケヒヤー国が窓口になりますが、いずれはカンヌール国でもカンアツ国でも、直接の交易を望む事になると考えます。


 本国とも協議の上、代表者を選定いたしますから、今後大陸間で協議してまいりましょう。 

 よろしくお願いいたします。」


 ホーリ王子が代表して頭を下げる……ううむ……なんという物分かりのいい……本当に信じてもよいものやら、勘ぐりたくなってしまう……。


「あまりにも好条件で……ちょっと疑いたくなってしまうのだが……玉璽の脅威というものはなくなったのかな?」

 とりあえず、確認……。


「いえ……玉璽が脅威であることは変わりません……特にワタル様が昨日おっしゃったように、玉璽を使って3竜にシュブドー大陸を攻め込ませた場合を想定すると、シュブドー大陸側でそれを未然に防ぐことは、不可能であるというコンピューターシミュレーション結果が出ております。


 つまり、現時点では連合国側の攻撃衛星も脅威でしょうが、玉璽も大変な脅威なのです。故に対等な立場といえます。決して、連合国側が高みの存在などと考えてはいないのです。お互いを信じあって、ともに平和を勝ち取りましょうということですね……。」


 セーレが俺の質問に対して分かりやすく説明してくれる。遥かに文明が遅れた大陸に古くから伝わる最終兵器は、近代化された南の大陸でも十分な脅威というわけだ。しかも、近代兵器の力で屈服させようとすることは、自らの命が危ぶまれるほどの……。


 俺の脅しの言葉が効いたということか……それで反省してくれたのか……まあ焦って攻撃衛星の発射ボタンを押さなかっただけ、ありがたいことだ……。


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