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彼らの事情

「どうせ帰りも泳ぐんだから、乾かさなくていいよ……。」


「ああ……帰りのことは、考えてある。ミニドラゴンは飛び回るのが好きだから、浮島上空を飛ばしておけば、そのうち乾くさ……。


 夕食は済んでいるのかな?まだなら庭に出ればバーベキューの残りというか……まだ食べている大食漢もいるから、一緒に食べられるぞ……。」


 洗濯して脱水したセーレとセーキの服を、ミニドラゴンの背中の座席間に張ったロープに洗濯ばさみで固定して、ミニドラゴンをはばたかせる。これで1時間もあれば乾くだろう。ミニドラゴンの運動にもなるしな。


「夕食は済ませてきております……お気遣いありがとうございます。」

 セーレが笑顔で会釈をする……ううむ……バスローブの胸元がまぶしい……下着をつけていないのだと考えると……ああ……鼻血が……。


「さて、どうして伝説の冒険者と言われたカルネのチームメンバーが、南の大陸の使者をやっているんだい?」

 再び家の中に入り、居間のソファーに2人を座らせ問いかける。家の中に入ってしまえば、酒を勧めてもいいだろう……グラスを持ってきて、ジュート王子たちのグラスも含めて、酒を注いで回る。


「ああ……トークに聞いたんだろ?俺たちが南の大陸までサートラのことを調査しに行ったということを……。」


「ああ……そうさ……ひょんなことからトークの知り合いと一緒にダンジョン攻略をして、その時にカルネの話題となりお互いのことを知った。昼間言いかけたのだが、俺の本名はトーマと言って、カルネがサートラを見初めて結婚したときに、ヌールーの居城でカルネに剣の指導を受けた。


 カルネが不治の病に陥って亡くなった時に、看取ったのもおれだ……。

 知り合いとともにトークに会いに来たついでに、マース湖に浮島を購入して、ここを冒険の拠点にすることにしたわけだ。


 それからサーケヒヤーとカンヌール間で戦争になったりしたのだが……それらの元凶がサートラだった。サートラの父親どころか実の息子である、サートラン商社の社長に聞いたのだが、サートラはやはり南の大陸から流れてきたらしい。


 だから、その名を出せば君たちの反応があるかと思ってみたのだが、全くの無反応だったね……。」

 とりあえず自己紹介と、いきさつをごくごく簡単に話しておく。詳細に話していると時間を食ってしまうからな。


「そうだったのか……俺たちはサートラの正体を探るために南の大陸へ渡ろうとしたのだが、南の大陸はシュッポン大陸の人間との交流を完全に拒んでいる。


 だから船に乗せてもらおうとしても常に拒否され、さらに直接漁船で大陸へ向かおうとしても、大陸間の海域に常に吹き荒れる暴風雨のおかげで、シュブドー大陸へ到達することは出来なかった。


 年に一度の交易船への密航も、5回試みてことごとく失敗……向こうはセンサーとかいう、光の監視装置を持っているから、どんなに身軽な奴でも忍び込むことはできないと言われたな……。


 もちろん、どの回も擬態石を使用して姿を変えて行ってはいたがね……仕方がないので漁船を仕立てて嵐の晩に方向を見失ったことにして、大陸間の移動を阻む常に暴風雨が吹き荒れている海域に突っ込み、救難信号を発して難破寸前にまで持っていった……そうして南の大陸の警備艇に救助してもらうことに成功。


 それでも身元を確認して、すぐに強制送還しようとしたから、難破のショックで自分の名前以外は何も覚えていないふりをした……何を聞かれても分からないとしか答えなかった。


 しまいに2人そろっては珍しいケースだが、記憶喪失という病気だろうと診断され、シュッポン大陸へ戻しても生活が難しいだろうと判断され、南の大陸で生活を許された。


 以降、様々なことを勉強させられ叩きこまれた……南の大陸の人間となるためにね。」

 セーキが南の大陸へ渡ったいきさつを説明する……そうか……記憶喪失のふりをして……。


「だが……それではサートラのことは何も調べられなかったのではないのか?」


「ああ……記憶喪失の俺たちが、サートラという人物のことを調べようとしたら、怪しまれてしまうからな。

 だから……時折……頭が痛いふりをしながらサートラ……とつぶやくことにした。そうすれば、何か俺たちの過去に関係がある人物かも知れないとして、調べてもらえるのではないかと考えたわけだ……。


 ところが南の大陸では、サートラなる人物について、俺たちとつながりのある存在は浮かび上がってこなかった……サートラという名自体は、さほど珍しい特殊な名前ではないからな……対象はそれなりにいたようだったが、どの人物もシュッポン大陸と関係するような人物ではなかった。


 ただ一人だけ……千年ほど前の伝説の人物……死人返りの噂のもととなったその人物が、南の大陸のサートラという女性だったということは分かった。死人返りの伝説自体の信憑性も薄いのだがね……。


 そのうちに……シュッポン大陸側で交易を一手に担っているサートラン商社と名前が似ているということで関係を取りざたされて、俺たちが交易の担当というか……窓口を行うこととなった。


 直接確認すると、何か事件に巻き込まれていた場合まずいことになるので、さりげなく会話などで互いに気づかないか、気を使ってくれたというわけだな……。


 つまり南の大陸とシュッポン大陸の架け橋だな……本来は交易担当だが、今回は平和の使者として参上したというわけだ……。」


 セーキが、サートランの調査は空振りに終わったことを告げる。死人返り……そうか……俺が転生したばかりの時も疑われたが……やはりサートラは俺と同じように……だとすると、千年も生きているのか?

 まさかな……。


「そうか……サートラのことが分からないまま……それでも記憶喪失のふりをしているから、こちらにも戻ってこられないということか……どうする?何かこちらからできることはあるかい?」


「いや……戻ってこようと思えば戻ってこられるのさ……年に一度は交易船で、マース湖までやってくるわけだからな……今回のように泳いできてしまえば、十分脱出できる。向こうだって記憶喪失とやらが治って、戻っていったとでも判断してくれるさ。


 だが……それではサートラのことが何もわからないまま終わってしまう……だから、もう少し調べたいと思っているのだな……。」

 セーキはサートラのことが分かるまでは、戻るつもりはないと答える……ううむ……そこまでして……。


「そういえば、サートラと名乗るようにしたのは、20年程前にカンヌールへ進出しようとした時かららしい。

 わざわざ戸籍まで作って、サートラン商社社長の娘として向かったようだ。サートラン商社の社長の証言で、十分な信ぴょう性がある。それまでは、ナガセカオルと名乗っていたらしいね。


 この名であれば、南の大陸で該当者が出てくるかもしれないぞ……どうだ?」

 サートラで引っかからなければ、ナガセカオルで調査してみるのも手かもしれない……。事情は不明だが、転生前の名を名乗っていた可能性があるからな……。


「そ……そうだったのか……まずはサートラン商社を調査してから旅立てばよかったな……社長の尋問で、そのあたりのことは確認できたということか……。」

 セーキががっくりと肩を落とす。


「当時は、そう簡単なことではなかっただろうな……カンヌールがサーケヒヤー国を降伏させて、戦争を先導したサートラを戦犯として捜査したからこそ、会社を守るためにサートラン商社社長も、正直にありのままを証言したのだろうと思っている。


 そうでなければ……自分たちも悪事の片棒を担いでいるようにもとられかねない、不利な証言をするはずもないからね。」


 トークたちが執拗にサートラのことを疑っていたからこそ、若返ってサーラになってジュート王子に近づいたときに、すぐに彼女だと認識することができた。そのような予備知識がなければ、如何にショウが叫んでも、ただの勘違いとして応じなかっただろう……そうなると、あの場が惨劇と化した可能性だってあったのだ。


「明日の打ち合わせで、今度はその……ナガセカオルという名前を出してみていただけますか?もしかすると反応があるかもしれません……。」

 セーレが口を開く。


「そうだね……さりげなく名前を出してみるか……この際だからできることは何でもやってみるさ……。


 それよりも逃げ出すのではなく、合法的に戻ってこられるように、俺が君たちの素性に気づいたということにしてやろうか?何だったら、トークを王宮まで連れてきてもいい。


 親しい友人に面通しをして本人と確認できたということにすれば、南の大陸の連中だって、帰国することを止めないはずだ。」


「そうですね……南の大陸の方々には……ずいぶんとお世話になりましたから、突然いなくなるということは、避けたいですね……ですが……セーキが申しました通り、サートラの件が進展するまでは……少なくともナガセカオルという名前に反応があることが分かるまでは、この状態のままでいいです。


 今回は無理でも半年後に戻ってくることも可能ですしね……。」

 俺からの提案に、セーレは小さく首を振った……ううむ……まさにカルネの死の原因を探ることに、全てをかけているといっても過言ではないのだな……。


「恐らくトークとの連絡も難しい状況なのだろう?トークにはすでに話してあるが、今回我々がサーケヒヤーに攻め込んで、サーケヒヤー王宮側が降伏したのだが、その戦争を先導したのがサートラだ。サートラはサーケヒヤー国を陰から操り、南の大陸との交易の利権なども独占させ、サーケヒヤーを軍事大国に仕立て上げた。


 その目的として、今現在分かっているのは生命石だ……昼間の外交交渉でもいった通り、サートラは生命石を年間に百g以上の服用を必要としているらしい。それもこれも彼女がこの大陸に渡ってきてから、なんと3百年以上も生きながらえていることに関係するようだ。


 そんな化け物のように長く生きてきたのであれば、如何に伝説の冒険者とまで謳われたカルネをも欺いて、死に至らしめたということもあり得ないことではないと、今では考えている。その理由は分かっていないがね。


 だからもう……サートラの過去に関して調査する必要性はないのじゃないかな?トークもこれからはサートラを捕らえる算段を検討すると言っていた。


 なにせサーケヒヤー国を占領してから捜索してはいるのだが、サートラの痕跡すら見つかっていない。どこに隠れているのか、全く分からない状況だからね。」


 記憶喪失のふりまでして、何とかしてサートラの正体を暴こうとしていた彼らには申し訳ないのだが、すでにサートラは十分に怪しい存在であると判明している旨を伝える。


「そんな……じゃあ俺たちがやってきたことは……。」

 セーキががっくりとうなだれる。


「無駄ではなかった……俺もトークにサートラが疑わしいと聞いていたおかげで、若返ってサーラと名乗った時にも対応ができた。そのおかげで、彼女の化けの皮を剥がすことができたというわけだ。


 サーケヒヤー国を降伏させたということも大きな背景ではあるのだが、一番は君らのおかげで、サートラという異常な人物の様相が、わかりかけてきたというわけだ……。」


「そうだったのですね……ありがとうございます……・」

 セーレも、少し寂しそうに口元をゆがませた……確かに微妙だろうな……今まで何年もかけて、何とかサートラの素性を暴こうと必死てあがいていたわけだからな……。


「とりあえず、シュッポン大陸に帰ってくる算段をつけたほうがいいだろう?明日の早朝から、トークを迎えにレーッシュまで行ってみるさ……そうすれば明日中は無理でも、明後日の打ち合わせには間に合うだろう。


 1日会議を長引かせる必要性があるがね……俺が君たちの知り合いを知っていることにして、トークに迎えに来てもらおう。」

 なるべく自然に彼らをシュッポン大陸に迎え入れられるよう、画策するのだ……。


「そうですね……別に迎えに行かなくても、レーシ教会には電信装置がありますから、王宮から電信を入れておけば、マーレー川を運航している高速定期便の深夜便に乗船して、明日の午前中にはトークがやってこられるでしょう。お手数ですが、電信をお願いいたします。」


 セーレがゆっくりと頭を下げる。そうか……電信か……。


「了解した。そういえば……紹介が遅れたが……こちらはナーミ……何とカルネの元恋人との間に生まれた娘だ。そうしてこちらの少年は擬態石を使っていて、本来は少女で名前はエーミ……カルネとサートラとの間に生まれた子供だ。もちろんトークにも一緒に会いに行った……すごく喜んでいたよ……。」


 彼らの事情も大まかだが分かったので、彼らが喜ぶ話をしてやる。


「ナーミよ……パパのチームメイトでしょ……あたしは会ったことはないけど、ママから話は聞いたことがあるわ……黒髪の若い姉弟……」


「エーミです……今はショウだけど……でも本当は女の子です……。」

 ナーミもショウも、神妙に会釈をする……まあ直接の知り合いというわけではないから、ちょっと応対がぎこちないわな……。


「な……ナーミ……と……エーミ……なのか?トークがいつも気にして、教会のネットワークで探っていた……二人とも元気で生活しているということは、トークからも聞かされていた……。


 だが……俺たちが出発した1年ほど前にナーミの音信がぱったりと途絶えて……心配していたんだ。

 そうか……よかった……だが……2人に会えるようなことになるなんて……まったく予想もしていなかった……。」


 セーキがとても信じられないといったふうに、両目を大きく見開いてナーミとショウの顔を交互に見つめる。


「こんなことが……あるのですね……私たちの恩人である……カルネの娘たち……2人にこんなところで出会うことができるなんて……。」

 セーレの目には涙が浮かんできた。


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