セーレ・セーキ姉弟
『パラパラパラパラッ』王宮中庭には、すでに武装ヘリが着陸していて、周囲を飛竜部隊が取り囲んで警戒していた。
「しっ……失礼だが……君たちはセーレ、セーキ姉弟ではないのか?俺はワタルと呼ばれていたが、これは冒険者名で、本名はトーマという……冒険の途中で見初めた娘と結婚のために引退した、カ……」
(しっ!)
セーレ達の後姿に向かって、カルネという冒険者から剣の指導を受けたものだ。直接会ったことはないが2人の若い時の写真を見て知っている……と言おうとしたら、セーレがすぐに振り向いて人差し指を唇にあてがい、しゃべるなポーズ……。
(あ・と・で)
さらにウインクした後、唇が後で……と動いた……そうか……イヤホンマイク……向こうで会話を聞いている奴がいるのだったな……。
「おおっとっとっと……。」
わざとバランスを崩し、躓いたふりをしてセーレのもとへ倒れこむと、セーレは優しく両手で支えてくれた。
「大丈夫でしょうか?」
「はっ……はい……すいません、足が絡まってしまいました。すごい美女の前で、緊張しちゃったかな?」
焦って飛びのき何度も頭を下げ、セーレの美貌を称える。
「まあっ……お上手ですね……。」
『バタンッ……パラパラパラパラパラッ』セーレはお愛想の言葉に笑顔を見せヘリに乗り込むと、セーレ達を乗せた武装ヘリが、上空高く舞い上がっていった。
「わ……ワタル……一体……何を……!!!」
「ど……どうしちゃったの?突然……ああっ……セーレって人に……?なあになあに?浮気?」
「パ……パパ……信じていたのに……。」
俺の今の行動に、トオルは口をあんぐりと開け、次第に鬼の形相となり、ナーミは驚いたように目を大きく開けて俺の顔を覗き込んできた。更にショウは悲しそうに、その目に涙を浮かべ始める。
「いやっ……何でもない……というか、何でもなくはないな……あれは、セーレ達に伝えたかった事があっただけだ……。倒れかかったどさくさに紛れて、メモを渡した……。
軍艦に乗っている南の大陸の連中と、無線で通じている様子だったから気づかれないようにね……下手をすると、我々の動きも衛星とやらで監視されていたかも知れなかったからね。」
「へっ?あの南の大陸からの使者だった人?」
「ああそうだ……俺の見立てでは、彼らはセーレ、セーキ姉弟……カルネの元冒険者仲間のはずだ……。
カルネからもらった彼らの写真で、若い時の顔は知っている。」
「ええっ……パパの……仲間だった人?」
「多分な……恐らく今日の晩にでも、なんとか抜け出して浮島へやってくるだろう……ホーリ王子様に浮島の場所を紹介しておこうと、浮島の番地と大まかな位置を記したマース湖の地図を持ってきていたから、それをそっと渡しておいた。」
トオルたちに、誤解のないよう事情を説明しておく。
「パパの仲間だった人が……どうして南の大陸の手先みたいなことをやっているの?トークおじさんが言っていた、サートラの悪事を暴くために、南の大陸へ調査しに行ったはずなのよね?」
「そうだな……その辺の事情を聞いてみるわけだ……。」
すべては今晩だな……。
「いやあ……さすがワタル殿だ……外交術にも長けて見える……あのような巨大な軍艦で押しかけられ、さらに空を飛ぶ箱のようなもの……生き物かと当初思っていたが、あれはからくりのなせる業なのでしょうな……。
地竜が引いているわけでもないのに動く戦車といい、サーケヒヤー国の技術力には目を見張るものがありましたが、それらは全て南の大陸から譲り受けた技術の賜物。飛竜を使わずとも天空を自由に行き来できる乗り物といい、まさに神と称されても逆らえないでしょう。
あのような進んだ文明からの使者たちに、はるか高みからいつでも見張られていて、さらにいつでも我々の街を破壊する事ができると脅され、玉璽の放棄を要求されては断ることは絶対できないと、内心あきらめていたのですが、それを跳ね返してしまうとは……しかも向こうにも主張を理解していただいた……。
あのような交渉術を、いつの間に身に付けられましたかね?
カンヌール・カンアツ合同軍の強化をお願いしておりましたが、今後ともこの国の重臣として働いていただくことを強くお願いいたします。ワタル殿なしでは……この国の平和は望めませぬ……。」
ヘリが軍艦に到着するのを見送った後、ホーリ王子が頬を赤く染めながら駆け寄ってきた。かなり興奮している様子だ。
「そうですね……恐れ入りました……ぜひとも新生サーケヒヤー国のために尽力をお願いいたします。」
さらに丸眼鏡までも……おいおい……君の役割は違うだろ?そもそもヘリとか飛行機とか、俺が持っていたわけではないが、それでも元の世界では当たり前のものだった。だから、その程度の技術にビビらずに冷静な目で、奴らの傲慢さを追求できたというだけのことだ。
あれが空飛ぶ円盤とかで来て、人が電送されて地中に降り立ったりでもしていたら……さすがに俺だってビビってなんでも「はいっ」て答えていたのかもしれないさ……。
「まあまあ……先生たちは冒険者を続けたい意向がおありでしょうから、無理に誘わないでもう何年かお待ちしましょう。それよりも……先ほどの使者の方たちは、お知り合い……なのでしょうか?今宵訪ねていらっしゃるのでしょうか?」
ジュート王子が何とか仲裁に入ってくれそうだ……。
「はあ……恐らく私の剣の師匠である、カルネの冒険者仲間であろうと推定しています。サートラのことを調べるために、南の大陸に密入国したと聞いておりましたからね……それがどうして南の大陸の使者のようなことをやる羽目に陥っているのか……。
うまくすれば、本日夜半にでも抜け出して浮島へ尋ねてくるでしょう。その時に確認するつもりです。」
セーレ姉弟のことは、ジュート王子たちにも伝えておいた方がいいだろうな……簡単にトークのことや、サートラを疑い調査を未だに続けていることを説明しておく。
「わっ……私も……お伺いしてもよろしいでしょうかね?夜時間は王宮にいても、何もすることはありませんしね……先生の師匠である伝説の冒険者のお仲間のお話も、伺いたいと思うのですが……。」
なんと……ジュート王子が浮島までやってくると言い出した……。
「ジュート王子はいいですよ……ワタル殿の生まれ育った国の王子ですからね……居城もあると伺っているし、いずれは戻られると分かっておられるわけだから、それから王宮へ招かれるおつもりなのでしょう?
こちらはワタル殿に命を救われたり、地域貢献として港湾作業者たちの生活の面倒を見ていただいたり、本当にお世話になりっぱなしなのです。ワタル殿のような優秀な人材を登用することにより、わが国民の生活を豊かで安定したものにしたいのです。
いずれカンヌールに戻られて、お国のために尽くされるとしても、それまでの間くらいは、この国のために尽力を願ってもよろしいではないですか……特に私はカンヌールからの依頼で、この国を統治するために参ったわけですからね……少しくらいは私のわがままを、お聞きただいてもよろしいのではないかと……。
それはそうと……伝説の冒険者として有名なカルネ殿のお仲間……だったのでしょうか?先ほどの使者たちは……。そうして、ワタル殿のお住まいである浮島に本日現れるであろうと……ぜひとも私も、お仲間に入れていただけますでしょうかね?本日私に、浮島の場所を知らせていただく予定だったのですよね?
ジュート王子の飛竜には……私の席はございますでしょうか?」
さらにホーリ王子まで……。
「もちろんですよ……私の飛竜は6人乗りの座席がついておりますからね。御者込みで7人まで乗ることができます。」
「そうですか……では……ご一緒させてください……。」
い……いつの間にか……ジュート王子が浮島へ来ることは、承認済みのようになってしまっている……。
「あ……あの……。」
「まあまあ……いいではないですか……ホーリ王子様にも、一度浮島をご案内してもよろしいかと……。
ジュート王子様にだって、あの時は王宮との戦闘だけで、浮島での生活状況をお伝えすることはできませんでしたからね。
訪問いただくことは問題ないのですが……お二方ともに、この大陸の未来のために必要なお方です。護衛の兵士を共にしていただくよう、お願いいたします。」
まだ終戦後間もない為、何が起こるかわからないので、不要不急の外出は避けたほうがいいとお断りしようとしたのだが、トオルが承諾してしまった。
そりゃあ確かに、サーケヒヤーへ来訪の際はぜひ……なんて話はジュート王子にしたさ……だからと言って、別に今でなくてもいいのではないのか?せめて、南の大陸の軍艦がいなくなってから……。
「もちろんです……私の飛竜部隊に同行をお願いしてみます。出発は夕刻の訓練後でよろしいですよね?今日から毎日の訓練には、なるべく私も参加させていただきたいと考えております。楽しみだな……では……本日の業務を片付けてから参ります。」
「おおそうだ……急いでやらなければ……。」
ジュート王子もホーリ王子も、急いで王宮本殿へ入っていった。
「晩飯が大変だぞ……。」
「大丈夫ですよ……まだウナギ系魔物肉も水牛肉もイボイノシシ肉だって在庫がありますし、クジャク系魔物肉に焼き鳥の肉と卵もあります……警護の兵士たちの数を入れても十分に賄えますよ。」
トオルが自信ありげに笑顔を見せる……料理好きのトオルにとっては、ふるまう対象が多ければ多いほどうれしいのだろうな……ダンジョン攻略していたのはずいぶん前のことのようにも感じるが、サーラの事件があってから、まだ1ヶ月も経っていない……3週間と半分くらいなのだ……。
普通ならば1ヶ月か2ヶ月に一度くらい挑戦するA級ダンジョンを、続けざまに攻略していたのだからな。
なぜかマースのダンジョンは、食材になる魔物の出現は少なめだったが、それでも十分すぎるくらいの量は確保できていた……。それから色々とあって拠出分も多かったが、それでもまだまだ各自の冒険者の袋の中に食材の在庫は十分にある。
とりあえず、南の大陸からの使者との関連が気にかかるので、サーケヒヤー元王たちの様子を確認したのち、監視役の兵士にはくれぐれも油断するなと伝え、王宮本殿と中庭を重点的に見回っておいた。
「では、参りましょう。」
日が暮れる前にジュート王子の班の飛竜部隊とともに、王宮を後にする。カンヌールカンアツ合同軍の日常訓練には、ジュート王子だけではなく無理やり業務を終わらせてきたホーリ王子まで参加することになり、兵士たちの緊張は半端なかった。まあ、士気が上がっていいことではあるのだが……。
浮島に戻ってシャワーを浴びてから食事の支度……とトオルが張り切っていたら、ホーリ王子が気を使って、コックたちと食材をコンテナで一緒に運んで来たらしく、すでにバーベキューの支度が出来上がっていた。
トオルはその光景を見て、ずいぶんとむくれていたが、飛竜部隊含めて豪華な食事に舌鼓を打った。トオルがあまりにも悔しそうにしていたので、芋の煮っころがしや肉じゃがなどカンヌールの郷土料理を作るようアドバイスした。これはこれで兵士たちやホーリ王子に好評で、ようやくトオルも機嫌を直したようだ。
野菜類はもちろん王宮にある職員用のマーケットで購入したものだが、種をまいて芽が出て根付き始めたところにゴーレムを設置され、踏みにじられた野菜たちの生命力はたくましく、撤去後に倒れた茎が立ち上がり花を咲かせた。キャベツなど丸い球状に形を成しつつあるが、いずれ大根やジャガイモなども収穫できそうだ。
『ザバッ……』さすがに王子たちの警護を行う飛竜部隊の手前、庭では酒を飲むことはできず、肉やハムにベーコン・チーズなど、腹一杯になるまで詰め込んでいたら、浮島の端の方で水音が……すぐに輝照石を取り出して照らすと、2つの影が上がってきていた。
「ふうー……ずいぶんと大きな浮島だな……こんなの一般人が購入して、何をやるつもりだ?
学校でも作るつもりなのかな?」
黒い影は、びちゃびちゃと水音を立てながら、ゆっくりと歩いてくる。
「やはり、セーレ・セーキ姉弟だったようだね……飛竜と住むにはこれくらい必要のようだね……濡れたままだと風邪をひくから、すぐに風呂に入ってくれ。案内するよ。」
2人は湖を泳いできた様子で、来ているスーツはびちゃびちゃだ……。
「悪いね……我々には常時監視がついているものでね……食事後甲板を散歩するふりをして抜け出し、泳いできた……さすがに服のまま数キロも全力で泳ぐと疲れるよ……。だから、あまり長い時間はいられない。」
「セーキはトレーニングをさぼりすぎだからですよ……毎日トレーニングを欠かしていなければ、この程度の遠泳は何でもありません。このくらいでへこたれていては、B級ダンジョンもクリアできませんよ……。」
息の荒いセーキに比べて、セーレは平然としている。しかし……昼間は感じなかったが、薄手のスーツは水を吸ったためかぴったりと体にフィットしているので、セーレの胸と腰にばかり目が行ってしまう……かなりでかい……巨乳だ……。
取り敢えず、封魔石で魔力は封じる様念じておく……擬態石でも使われていて、昼間と別人だったら厄介だからな。
「ここが風呂場だ……シャワー室も別途ついているから好きな方を使ってくれ。濡れた服はそのままだと困るだろうから、洗濯機に入れてくれれば洗って脱水できる。後はミニドラゴンの背に積んで、1時間ほど飛ばせば気候がいいから乾くだろう。そのスーツは洗濯できるやつかな?
乾くまでの間は……俺の部屋着で悪いが洗ってあるのを、ここに置いておくから使っていてくれ。セーレの分は……どうしようかな……ナーミのじゃあサイズが合わなそうだし……。」
こまったな……セーキは俺の部屋着の作務衣の洗濯したのがあるからいいが、セーレには大きすぎだろう。
かといって、ナーミよりは背がずいぶんと高めだし、さらに胸が……。
「私のバスローブを置いておきます……男女兼用ですからね……少々の時間ですから、我慢してください。」
セーレの分は、トオルのバスローブを貸すことになった……ナーミたちは使い方が分からないと言って未だに手洗いだが、冷蔵庫とともに洗濯機を買っておいたよかった……。