訓練開始
「そうは参りませんよ……ここ、サーケヒヤーで軍部のクーデターでも発生して、その戦火が大陸中に飛び火でもしたらどうされます?王座は奪い取りましたからどうぞ……と招かれましても、安定政権でなければ守り切れるものではありません。
少なくとも1年程度は、皆様のお力添えが必要と考えます……ご協力いただけますよね?」
それでもホーリ王子は自信満々で詰め寄ってくる……確かに正論ではあるのだが……聞いてないよー……。
「お手伝いと申しましても、しがない冒険者の身の上、剣を振っての戦いであればともかく、国を治めるといった政策に関しましては、何のお役にも立てませんよ……。」
とりあえず、無理だと断っておく。ただいれば良いわけではない……サーケヒヤーの政権を盤石なものにするために尽力しなければならないわけだ。かといって、俺に何ができる?何もできるわけがない……。
「そんなことありませんよ……先ほども申し上げました通り、サーケヒヤー軍を押さえるためにも、わがカンアツ軍の強化をまずはお願いしたい。北方山脈で魔物たちに囲まれていた私たちをお救い頂いたときもそうでしたが、今回のサーケヒヤー軍との戦闘に際しても、魔法を併用した面白い戦法を使われたとか……。
従軍記者の表現では、剣術の腕前もさることながら、信じられないようなアクロバティックな戦い方をするそうですな……さらに、これまでに見たこともないような巨大な魔法効果……これに関しましては300年ダンジョンの精霊球の効果によるものなのでしょうが、それにしても魔法効果が大きすぎます。
さらにさらに、超強力な破壊兵器まで登場しております。
それらの秘密を、ぜひわがカンアツ軍にもご指導賜りたいと考えております。
カンヌールとカンアツは友好国ですから、お教えいただいても問題ありませんよね?」
ホーリ王子は満面の笑みを見せながら迫ってくる。戦場の様子まで、克明に記録されて記事にされていたということか……ううむ……なんだか断れなくなってきたようだ……。
「そのほかにも……トオル殿には体術のご指導を……ナーミ殿にはもちろん弓術のご指導でショウ殿には魔法の戦術のご指導をお願いしたく、これらは全て一朝一夕に習得できるものではないと考えます。
皆様方全員ご協力いただき、末永くご指導お願いいたします。」
そう言ってからホーリ王子は、深く深く頭を下げた。参ったな……。
「すいませんねえ……ホーリ王子は一度言い出したら引かない性格でして……これまでは他国の冒険者の方ということで、仕方なく譲歩しておりましたが、今回は要望されて出向いてきているのだから、こちらの意向は受け入れていただいて当然と言って譲らないのです。
大変な重責でありご苦労をおかけするとは思いますが、どうかご協力お願いいたします。」
丸眼鏡も一緒になって頭を下げる。ふう……ますます断れなくなった……。
「どうする?確かに、このままお任せして、サーケヒヤー国で内乱でも発生したら大変なことになる。全てをホーリ王子様に押し付けて、俺たちは冒険者家業に戻りますとは言っていられない訳だ。俺たちが役に立てるのであれば……ということなのだが……みんなも協力してくれるかい?」
俺一人だけでは決められないので、トオルたちへ振り返って確認する。みんなは嫌だと言っても、俺一人だけでも協力するつもりではいるのだが……。
「仕方がありませんね……私でできることであれば、協力いたしましょう。これもシュッポン大陸の平和のためです。」
トオルはため息交じりに強力を承諾してくれた。
「あたしは……教えてほしいって言われれば教えないことはないわよ……そんなケチな性格はしていないしー……でも……弓の使い方の指導ってしたこともないから、どうやって教えればいいのかもわからないわよ……。」
ナーミは協力することは仕方がないと考え始めているようだが、指導という立場に自信がなさそうだ。
「僕だって……魔法の戦術って何を教えればいいのか分からないよー……。」
ショウも同様だな……。
「ナーミの場合は、正確な射撃技術を披露してやって、それを実現するにはどうすればいいのか教えてあげればいいだろう。射る時の呼吸法とか、精神集中の心得とかだな……あとは普段の訓練の方法を指導してやればいいんじゃあないのかな……。
いかに正確に急所に当てるかといった技術では、ナーミの弓は一級品だから、単純にそれを教えてあげればいいと俺は思うぞ。」
「ふうん……そんなことなら……いくらでも教えてあげられるわよ……別に隠すようなことじゃないし。」
ナーミは、不思議そうに首を傾げながら何度も頷く。
「ショウの場合は、複数の精霊球を持った場合の敵との戦い方だな……どの相手にはどんな魔法効果が効果的と考えるとか……主には魔物たちとの戦闘でもいいのだが、対戦車とか高射砲とか戦艦とか相手の場合も混ぜて、説明してやればいいんじゃないかな?
呪文の短縮法を指導してもいいが……範囲魔法としての対人戦闘では、呪文の短縮効果は俺は薄いと考えているからね……あくまでも参考としてだな……。
ホーリ王子様が言っていた通り、カンヌールとカンアツは友好国だから、雷の魔法も含めて、包み隠さず教えてあげればいいだろう。」
「うーん……なんとなく……わかった……。」
ショウは自信なさげにうなずいた。
「それでは……ご協力いただけるということですね?契約成立だ……では参りましょう。」
ホーリ王子を先頭に、一旦王宮の中庭から渡り橋を渡って、カンアツ軍の戦車部隊の前へ立つ。
「皆、今日から新生サーケヒヤー国建国のために、ともに歩んでいこう!ここにいるワタル先生たちに、明日からご指導いただけることになったから、無敵の軍を作り上げていただきたい。もちろんカンヌールの兵士たちと合同でだ……そうして、一刻も早く安定した平和な国造りを目指そう。よろしく頼むぞ!」
『おおーっ!』
ホーリ王子が大声で叫び右手を高く上げると、同時に地響きのような歓声が沸き起こった。さすがに1万の軍勢というのは大迫力だ……。
「将校と一部の護衛兵は王宮に入りますが、多くの兵士たちはこれから当面王宮正門前に展開して、ここを死守するつもりです。いずれはサーケヒヤー軍を併合して、軍基地を使用できるようになればいいのですが……。」
お付きの丸眼鏡が、当面の配備について説明してくれる。確かにカンアツ王位継承権第1位のホーリ王子が滞在する王宮を守らねばならないから、王宮前に陣取るのが合理的だ。そうなると毎日王宮前の平原で、部隊を指導することになりそうだな……近いから便利ではあるのだが……。
「ではまず柔軟体操をした後は、2キロのランニングと10分間の素振り。十分に体が温まったら、2人組に分かれて、打ち込み稽古。こちらは組み合わせを変更しながら1時間行う。まずはこれを日課にしてもらう。いいかな?」
『はい!承知いたしました!』
拡声器を使って後方の兵士にも聞こえるよう大声を張り上げると、腹に堪えるような重低音の返事が返ってくる。カンアツの陸軍には戦車部隊や弓隊に騎馬隊に加え魔法部隊も存在するが、やはり剣士が一番多いようで、7割の7千人が俺とトオルの担当だ。これに3百名のカンヌール軍の飛竜隊含めた剣士が加わる。
2キロのランニングといっても、重くて動きにくい甲冑をつけたままで行うので、素振り同様相当な体力を必要とする。これまでだって十分な訓練を積んできたのであろうが、まずはレベル合わせから行うつもりだ。
ナーミは千人のカンアツの弓隊に加えカンヌールの弓兵20人の担当で、ショウは千人のカンアツの魔法部隊と50人のカンヌールの魔法兵の担当で、残りはカンヌールの砲兵50人含め、戦車部隊と騎馬部隊は合同で別途訓練していただくことになった。
『カンカンカンカンッ』木刀同士がぶつかり合う、乾いた音が響き渡る中、打ち込み稽古中の兵士たちの中を歩いていき、めぼしい兵士を選別していく。
ひいき目ではないが、やはりカンヌールの飛竜部隊の剣士は飛び抜けていて、それでもカンアツにも同等以上の剣士は、数多くいる様子だ。
「では、これにて早朝稽古終わり。一般兵は通常業務について、警備にあたってくれ。
これから名前を呼ぶ選抜兵士は、追加の訓練があるので残ってくれ。一般兵も夕刻にも訓練を行うので、忘れず集合するようにね。お疲れ様、では、解散!」
『はっ……お疲れさまでした!』
日常訓練を終え、兵士たちを通常業務に戻す。夜勤含め12時間交代勤務のため、早朝と夕刻の1日2回合同訓練を行うことにしたのだ。
そうして、見込みがありそうな兵士は別メニューが追加される。
「えー……補助魔法として、俺が使っている土の精霊球と、トオルが使っている水の精霊球の魔法効果と呪文の短縮及び戦法を説明する。」
選抜メンバーには、精霊球を使った補助魔法による戦法を習得してもらう。
さすがカンアツ軍で……千名の魔法兵士に対し、千個の予備の精霊球を持参してきていた。サーケヒヤーの統治が長期化することを考慮しての安全策なのだろうが、やはり大国だなと感じる。ちなみにカンアツ軍は総勢5万の大群で、そのうちの1万をサーケヒヤー統治に派遣してきたのだ。
ホーリ王子の要望通りに、補助魔法を使った戦法を伝えるため、300名を選抜して土と水の精霊球を与えて、魔法の取得訓練を行う予定だ。予備精霊球はカンアツでも廃棄に回していた退役兵士の精霊球のようで、その分魔法効果取得には時間がかからないだろう。呪文の短縮に関しては、追々取得していくしかない。
カンヌールでも精霊球の廃棄を取りやめて余った精霊球を、補助魔法や魔法兵士に複数持たせるための予備として持参してきたため、こちらは飛竜部隊の剣士から選抜した50名に割り当てることにした。
残った精霊球は、弓隊用に割り当てる火の精霊球と、魔法部隊に複数持たせて、それぞれナーミとショウが戦法を伝授することになった。いずれはダンジョンに精霊球取得に向かわせることになるのだろうが、もう少し先の話だ・・・。
「はい……では本日の早朝訓練は終了。お疲れさまでした。」
『お疲れさまでした!』
カンアツカンヌール合同軍の訓練を開始して1週間も経つと、王宮前の平原での訓練もだんだんと板についてきた。当初はだだっ広い平原で、数千人規模での訓練のため、目の届かない部分もあったのだが、それでもトオルと手分けして巡回しながら、兵士たちの指導を行い、剣の技術は向上してきたと考える。
それもこれも、トーマやトオルの剣の技術が1段も2段も上であるため、兵士たちも言うことを素直に聞き入れてくれるやりやすさがあった。
「選抜メンバーは、追加の訓練があるから残ってくれ!」
『はいっ!』
そうして、精霊球を使った補助魔法の訓練に入る。人語に慣れた中古の精霊球のため、魔法効果の取得には時間はかからなかった。それでも呪文の短縮は簡単にはいかず、依然として長い呪文を唱えなければ魔法効果が得られない。
それもこれも、取得者として認められていないせいである可能性もあるのだが、まあいずれ使いこなせるだろうし、少なくとも隆起や沈下など、呪文が長くても使える魔法効果もあるし、脈動だって駆けながら呪文を唱えていればいいわけだからな。今できる方法で、併用していけばいいだろう。
「大変です!マース湖に巨大な戦艦……と申しましょうか……巨大な鉄の浮島が出現しました。」
補助魔法の訓練に取り掛かろうとしていたら、王宮から見張り兵が駆けてきた。
「戦艦?カンヌールに攻め込もうとしていた戦艦が、引き返してきたのじゃないのか?」
そろそろ2週間だから……オーチョコへ向かっていた戦艦が、到着してもいいころだろう。派兵した兵士のうち、陸軍は帰還させずに北方山脈の山狩りをさせているが、海軍に関しては何も指示をしていないはずだからな。敗戦の連絡を受けて引き返してきただけだろう。
「いえ……それが……戦艦とは少し異なる大型の船なのです。巨大な甲板には大砲などはなく、ただただ甲板なだけで、まさに巨大な浮き島なのです。
その目的は分かりませんが、もしかすると戦車などの上陸部隊を積んでいるのかもしれません。
サーケヒヤー元王にも、サーケヒヤー軍の将校にも確認しましたが、そのような形状の戦艦はサーケヒヤー軍は所有していないそうです。南の大陸の戦艦であろうという回答を得ました。」
ところが見張り兵は、サーケヒヤー軍ではなく南の大陸の戦艦だと答える。
「うん?南の大陸との交易船は、確か半年先に来るとサートラン商社の社長が言っていたぞ。こんなに早くどうして来たんだ?取り敢えず訓練は中断して、全軍戦闘準備に入れ!」
『はっ!了解いたしました。』
兵士たちに戦闘準備を指示してから渡り橋を渡って王宮中庭へと向かうと、確かに見上げるほどの巨大な船が、マース湖沖合に浮いているようだ……喫水線が異様に下の方で、確かに広い甲板だけが目立つ船だ……その他にもレーダー装置を備えた戦艦が10隻ほどを従えているようだ。
「どうやら交易船ではなく、やはり戦艦であろうという見解です。困りましたね……。」
ジュート王子に連れ立って、セーサとサーマに加え、ホーリ王子と丸眼鏡まで王宮から出てきた。大騒動のようだな……そりゃあそうだろう……見たこともない戦艦で突然やってきたのだからな。