新たな訪問者
「ご苦労様でした・・・サートラン商社本社には、サートラの姿はなかったようですね。」
王宮の謁見室へ行くと、ジュート王子が俺たちを待ちかねていた様子で、すぐに駆けよってきた。先に帰した飛竜部隊の班長から報告は受けているのであろう。
謁見室とはいっても、サーケヒヤー元王一族の姿はない。彼らは、それぞれの居室にて見張りの兵士をつけて、軟禁状態ということだ。
飛竜と地竜の大群で軍基地を取り囲み、すでにマース湖内には水竜の成獣たちが到着している。そのため、サーケヒヤー軍の脅威は薄れつつあるが、平和的にこの地を管理するには、サーケヒヤー一族の関与は必須なため、依然として彼らは王宮にいてもらわなければならないのだ。
戦犯としてとらえるという提案もあるようだが、戦火の拡大を望まず降伏したため、穏便に扱うということとなった次第だ。
かといって、ジュート王子が玉座についているというわけではない。無線設備やビデオ装置など整っている謁見室を、作戦本部として使っているだけだ。
「そうですね・・・サートラの捜索に関して、ご提案があるのですが・・・。」
すぐにトオルの推測を説明させ、サートラの捜索のためにサーケヒヤー軍を使って山狩りを提案する。冒険者の心得があるのであれば、別にダンジョンに潜伏しなくても、山奥であれば人目につかずに十分に生活していけるであろう。
といっても屋外であれば瞬間移動可能なので、サートラを捕まえられるとは考えていない。大陸中を捜索していることを知らしめて、彼女の居場所を狭めていくという作戦だ。捕まえられなくてもいい・・・どうせ半年先に交易船がやってきたら、積まれているであろう生命石を手に入れる必要性があるわけだからな。
それまで楽に潜伏させないという目的だ。
「承知いたしました。すぐにミール中将に連絡して、サーケヒヤー軍に山狩りをしてもらうことにしましょう。
実を言いますと、サーケヒヤー軍は総勢10万人もの大群のようでして、そのうちの半数の5万をカンヌール攻撃部隊として派遣し、半数の5万を王宮周辺の防備に当てていた様子です。
そのため今でもサーケヒヤー軍基地には5万の兵士がいて、さらに兵士を引き上げて10万もの大軍勢ともなると、さすがに3竜の大群でも対抗できない恐れがあるとミール中将に泣きつかれまして、北方山脈へ向かった陸軍は、そのまま山裾に待機させているのです。
ちょうどいいですから、北方山脈の山狩りを行っていただきましょう。カンヌールを占領下に置くつもりで、半年分の兵糧を携えているようですから、広い北方山脈もくまなく捜索できるでしょう。
戦車や装甲車を使うと環境破壊となりますから、もちろん徒歩で回っていただきます。いずれは、軍の縮小を図っていくのでしょうが、彼らにだって生活がありますからね、いきなりというわけにはいきませんからちょうどよかったです。
軍基地の兵士には、マース山脈やサーケヒヤー国内の山々の方へ向かっていただくとしましょう。」
突然の依頼に対し、ジュート王子はうれしそうな笑みを浮かべる。そうか・・・10万もの大軍・・・恐らくカンヌールの10倍は兵士がいるのだな・・・さすがにそれだけいると、扱いに困るわな・・・。
ちょうどいい作戦指示ができたわけだ・・・今回の騒動の元凶であるサートラの捜索という名目だから、文句も出ないだろう・・・。
それにしても、俺たちは5万もの大軍がいる真っただ中に、百騎程度で突入したということか・・・今更ながら、よく勝てたものだと感じる。ゴーレムの威力や、300年ダンジョンの精霊球のド迫力の魔法効果は大きかったのだろうが、何よりもあまりの大軍勢故、負けることはないであろうとの驕りがあったのだと思う。
だからこそ、王族は一番の標的になるであろう王宮に滞在していたし、さらに軍の将校たちも王宮に詰めていた。当たり前のようだが、だからこそ王宮を狙われたことにより降伏せざるを得なくなってしまったのだ。
王族をどこか安全な場所に隠して、軍の司令官たちも軍基地の安全な場所から指令を出していたなら、カンヌールはなすすべなく、敗北していただろう。
運がよかったと言ってしまえばそうなのだが、運だけではなく、人の感情や考え方など、勝敗の分かれ目になりうるということだ・・・重々心に刻んでおかねばなるまい。
それから数日間は、トークの教会へ魔法兵士を迎えに行った以外は、サートラン商社の業務内容確認に費やされた。
取引台帳の信憑性を確認するため、電信でカンヌール王宮や役所などの取引伝票を確認していくと、納品される品々は、サートラン本社から出荷される時点では、サーケヒヤー国内とほぼ変わらない取引価格で設定されていたが、カンヌール支社にて価格を上乗せしていたことが判明。
その上乗せ分でサーギ大佐らを買収し、使用期限内の精霊球を廃棄させていたのだろうと推定される。そうして不正がばれそうになると隠ぺい工作を行い、それに巻き込まれたトーマの父が失脚させられたのであろう。こうなると、ジュート王子の生みの母親の事故に関しても、誰かの工作とも疑われてきた。
カンヌール王宮には、改めて再調査をお願いした。サーキュ元王妃の保護はもうないのだから、恐らく全貌が明らかになるだろう。
それらの調査が全て終了してから、サーキュ王妃の処遇をどうするのか、決定することとなっている。サーケヒヤー王家の一員ではあるのだが、戦争を仕掛けてきて敗北したサーケヒヤー王と、サーキュ元王妃ではカンヌールへのかかわり自体が大きく異なるのだ。
恐らく、サーキュ王妃だけはカンヌールへ身柄を送られ、罰せられることとなるだろう。
そうして1週間目になると、新たな来訪者が・・・
「報告いたします。王宮正門前に、地竜が引く戦車部隊が駆け付けました。」
ようやくサートラン商社の取り調べに一段落してほっとしていたら、伝令兵が作戦本部と化している謁見室へ駆け込んできた。
北方山脈の捜索を行わさせている、サーケヒヤー軍の戦車部隊かな?徒歩で山狩りさせているから、戦車は不要と送り返してきたかな?
「ようやく到着しましたか・・・ホーリ王子とカンアツ軍ですね。」
ところが、ジュート王子は意外な人物の名を口にする。
「ホーリ王子様ですか?でも、今頃どうしてですか?サーケヒヤー軍との戦闘に際しての応援軍というわけではないですよね?いくらなんでも遅すぎですよ。
かといって、サーケヒヤー国の占領を面白く思わずに、我々を追い出すために攻めてきたということはあり得ないですよね?カンアツはカンヌールの友好国だったはずです。
一体どうしたのでしょうか?」
サーケヒヤーの平定がなされれば、いずれはカンアツへ訪問して挨拶することは必要と、サーケヒヤー国との和平交渉にご協力いただいた経緯があるため考えてはいたのだが、まさか向こうから来てくれたとも思えない。しかも戦車と地竜の部隊を従えてきているのだ。平和の使者とは考えられない。
3竜従えているから、相当な大軍相手でも負けるとは思わないが、それでも相手はサーケヒヤー王家が王宮に捕えられていたとしても、構わず砲撃してくるだろう。そうなるとこちらもある程度の被害は免れない。
もっと早く・・・カンアツ軍がサーケヒヤー国内に侵入した時点で発見できなかったのか?少数の飛竜部隊で特攻とも思える奇策でうまいことサーケヒヤー国を降伏させ、玉璽を使って3竜を呼び寄せることができ、気が緩んでいたとは言いたくないが、隙が生じていたことは確かだ。
参った・・・仕方がない・・・今からでもミニドラゴンの背に乗り込んで・・・
「では、お迎えに参りましょう。」
ところが、ジュート王子は意外なことを・・・
「お待ちください・・・いくら何でも、陥落したばかりのサーケヒヤーの、しかも王宮前に直接戦車部隊で乗り付けることなど、平和的使者とは到底考えられません。
いかにジュート王子様と縁戚関係があろうと、訪問の意図を確認してからでないと、お会いなされるのは危険です。私たちはこれから警戒のためにミニドラゴンで飛び立ちますから、まずは使者を送って訪問の目的をうかがってください。
お会いするのは、事情が分かって危険性がないことが確認されてからです。少なくとも戦車軍団は、射程範囲から外れるくらい後退していただく必要性があります。」
すぐにジュート王子を引き留める。いかにいとこ関係とはいえ、他国の王子なのだ。しかもこちらは強大国と謳われたサーケヒヤー国を占領下においているのだ。脅威を感じたカンアツ国が軍隊を送ってきて、混乱に乗じて攻め滅ぼそうと考えてきたとしても不思議ではない。
「いえ・・・ですが・・・カンヌールからの要望に応じていらっしゃっていただきましたのに、そのような邪険な扱いはできません。すぐに行ってお出迎えしなければ・・・。」
そういってジュート王子は、謁見室を出ていこうとする。
「は・・・はあ?・・・こちらから、戦車軍団でやってくるよう要望されたのですか?」
「はい・・・そうですよ・・・先日申し上げました通り、カンヌールとしてはサーケヒヤー国を統治するつもりはありません。かといってサーケヒヤー王家に戻して、また攻め込まれても困ります。
そこでカンアツ国に依頼して、サーケヒヤー国の統治をお願いしたのです。カンア王家であればシュッポン王朝の末裔ですから、サーケヒヤー国の王座に就いたとしても、国民感情は損なわれないでしょう。
当初はかたくなに拒まれたのですが、カンヌールがシュッポン王朝の再来を願う国民が多数を占めるサーケヒヤー国の統治は難しいと何度も説明し、ようやく納得いただきホーリ王子を暫定政権の王として、派遣いただくことになりました。
サーケヒヤー国の統治に失敗して暴動でも起きますと、国民へ被害が及びかねませんので、カンアツ国はしぶしぶながらも引き受けてくださったのです。
サーケヒヤー国軍はおりますが、ホーリ王子の安全のために、1万のカンアツ国軍を引き連れて、王宮へ入ることとなりました。ですので、文字通り平和的使者です。御心配には及びません。
先生たちにはあらかじめご説明しておけばよかったのですが、ちょっと難しい条件を突き付けられましたこともあり、更にサートラン商社の調査にお忙しそうでしたので、進行状況によっては私だけで応対するつもりでした。」
ジュート王子は、当然のことのように答える・・・はあー・・・そうか・・・カンアツにサーケヒヤーを託すということか・・・確かに妙案ではある・・・。
ジュート王子とともに、王宮最奥の謁見室から急ぎ足で正門へと向かった。
「お久しぶりですな・・・ジュート王子・・・わずかな手勢だけで攻め込んで、超大国であるサーケヒヤー国軍をうち破り、見事降伏させたと・・・カンアツでも号外が出るほどの衝撃でしたぞ・・・。
一体どのような手を使えば、このようなことが可能となるのか・・・更にせっかく手に入れたサーケヒヤー国の統治を、こともあろうにカンアツ国に依頼するなど・・・まさに奇想天外。ここ数日間に生じているあらゆる事柄が、全ては夢物語ではないかと感じるほどでした。
それもこれも全てはサーケヒヤー国の安定統治・・・さらにはシュッポン大陸の平和を願う気持ちからと理解でき、カンアツとしても協力せざるを得ないとの判断より、私が参りました。
玉璽を使用して3竜を従え、近代兵器を要するサーケヒヤー国軍との全面戦争となっては戦火が拡大し、国民に多大な被害が及ぶと判断し、特攻とも思えるような突撃作戦で、敵王宮の急襲という作戦をとったわけですな。それにより、ほぼ無血開城であったとお聞きしております。
圧倒的不利な状況を覆す、まさに神がかった采配・・・恐れ入りました・・・。」
正門の渡り橋の向こうから、巨体の地竜の背に乗る青年が大声で挨拶してくる・・・ホーリ王子だ。
「突然の無謀なお呼びたてにもかかわらず、ご了承いただき、本当にありがとうございます。特攻作戦が成功したのも、全ては先生たちはじめ、作戦に参加していただいた兵士たちのおかげです。
私は・・・お役に立つようなことは何一つできませんでした。」
ホーリ王子が地竜の背から降りて渡り橋を徒歩で渡ってくるところを迎えながら、ジュート王子は少し恥ずかしそうに頭をかく。そんなことはない、当初の作戦目標であった丘の奪取に際しても、白兵戦では十二分に活躍されていたし、サーケヒヤー王宮との降伏勧告など、難しい交渉を担当されていたではないか・・・。
「そうですか・・・やはりジュート王子の剣の師匠であるワタル殿・・・彼らの活躍が大きかったといえるのでしょうかね・・・まさに不可能を可能とする男・・・と言えますでしょうな。
ところで・・・敗戦国とは言え、いまだに多くの兵と兵器を有するサーケヒヤー国軍。王宮側が白旗を上げたとはいえ、軍部をいかに抑え込めるかが、サーケヒヤー国の安定統治のための課題といえます。
サーケヒヤーの統治はカンアツにて行いますが、この国が安定するまでは、ジュート王子はじめ、ワタル殿や家臣の兵士たち含め、全面協力いただくということで、よろしいでしょうな?」
丸眼鏡とともに地竜の背から降り立ったホーリ王子は、とんでもないことを言い出した。俺たちが、新政権の手伝いを行うだって?
「いえ・・・その・・・ご要求に対しましてお断り申し上げました通り、カンヌール兵に関しましては、私ともども全面協力をお約束いたします。ですが・・・先生たちに関しましては・・・冒険者でありますゆえ・・・難しいかと・・・。」
ジュート王子が申し訳なさそうに断ってくれる・・・そうだろう・・・俺たちはただの冒険者でしかないのだ・・・建国の手伝いなど到底無理だ・・・。