サートラも転生?
「失礼ですが、先ほどお伺いしたお名前に数字が……しかもにじゅうさんとおっしゃってましたが、サートラという人は、生命石を用いて何度も若返っていると伺っております。もしやあなたは23番目の……?」
ショウも降りてきて、4人で社長室に入りソファーに腰かけると、トオルが早速目の前のナガセに質問を投げかける。
「さすが……察しがいいですね……その通りです……サートラの23番目の息子……彼女が、この大陸にやってきてからとなるようですがね……いちいち覚えるのが大変ということで、息子の名前は連番でつけられているのですよ……そうして商売のイロハを幼い時分から叩きこまれました。
私の後に、どこかの冒険者との間にエーミという娘を設けたようですが……娘に関しては商売発展のために大口の顧客の息子の嫁に……という頭しかないようで、花嫁修業をさせていると言っておりましたがね。
もう1年以上も彼女と直接会うことはありませんでしたから、今はどうなっているのか私にはわかりません。」
そういってナガセが、恐縮するように小さく会釈をする。なんと……23番目の息子???はあ……ずいぶんと多産……というか、数百年間も生きながらえていたのだから、当たり前なのか?
「そうすると、ふみろう……がお名前……いわゆるファーストネームということですね。ファミリーネームが、ナガセでよろしいでしょうか?この大陸内では、少々珍しいお名前のようですが……。」
こうなりゃ名前に関して、根掘り葉掘り聞いてみるか……サートラが南の大陸出身ということが分かる、ヒントだけでも聞きだしておきたい。
「ええ……おっしゃる通りですよ……この大陸の、名前の付け方から言うと異色ですよね……とはいっても、サーケヒヤーはじめ、どの国でも命名の様式はかなり自由度が高いですから、どうとでもつけられますからね。ミドルネームをいくつもつけたり、あるいはファーストネームだけにする事も可能です。
サートラは元々南の大陸からシュッポン王朝崩壊時に流れてきたようですが、当時からナガセカオルと名乗っていたようです。といいましても、これが南の大陸の一般人の名前の様式なのかと聞いたところ、全く違うようですね……自分の半分は日本人なのだと、彼女は幼い私に常に言い聞かせていました。
日本人……一体何のことですかね?南の大陸はもう千年近く前からシュブドー大陸で、日本などという地名もないし、一族もいないと聞いておりましたからね……転生とかいう言葉も使っておりました。」
ナガセは笑顔を浮かべながら、とんでもないことを言い始めた……と言っても、とんでもないことと感じているのは、この部屋の中で俺一人だけなのだろうが……サートラというのは実はナガセカオルという日本人だというのか?つまり、俺同様、この地に転生してきた……ショックで頭が混乱してきた。
「サートラにそのあたりのことを詳しく聞こうとしても、あいまいな返事しかせず、まともに答えようとはしないのです。
自分の空想を幼い息子に話していたのだろうとは考えておりますがね……妄想癖があったのでしょう。それにしては、毎回変わらずぶれない内容ではありましたが……ですが私が成人してからは、そういった話も一切なくなりました。
カンアツとカンヌールへ進出するために、私の娘としてわざわざ戸籍を作り、名前もこの大陸の人間らしい名前に変えて、旅立っていったのです。それからは年に1,2度連絡が来るくらいで、付き合いはほとんどありません。
先日、カンヌールから逃げるようにしてマースの王宮へ戻ってきたということは聞いておりましたが、こちらには何の連絡もありませんでした。
彼女とは、ここ20年ほどは……ただの支社長と本社社長という関係でしかありませんでした……親子関係などといったことは全くありません……どちらが親なのか、時々分からなくなるくらいですから。」
ナガセは、今ではサートラとは関係がないとでも言わんばかりの説明をする。そりゃそうだろう……悪事に加担していたとなると、商社ごとつぶされてしまうだろうからな。俺たちに協力的に見えるのは、その為だろう。
「そうですか……でも、カンヌールでもカンアツでもそうでしたが、サートラン商社の支社は従業員がほとんどおらず、支社ビルの2階より上は魔物たちを飼育して飼いならし、騒動を引き起こそうと考えていた節があります。こちらの本社で、実際の商社業務を代行していたのではありませんか?」
深呼吸して頭の中を整理してから、まずは支社の異常さに関して確認してみる。本社の社長なら、知っているはずだ。支社と本社の関係性がはっきりとすれば、サートラとは無関係と言っていられなくなるはずだ。
「ああそうですよ……支社の従業員は、その地の期間社員だけで、実際の商社業務はここマースの本社で行っておりました。各支社では注文を受け付ける業務だけで、見積もりから物品の手配に価格交渉及び配送に至るまですべて本社から行っておりました。
支社はあくまでも、その地の会社として認めていただき、受注するための窓口としての機能のみあれば十分というサートラの方針でしたからね。ですが、あくまでも正当な商取引を行っていただけで、やましいことは一切ありません。サートラが逃げ帰ってからは、営業が停止しておりますしね。
過去の取引に関しましては、台帳などお調べいただいてお分かりと存じますが……。」
ナガセは再度、サートラの悪事とは無関係と強調し、隠すことは何もないとばかりに答えてくれる。
「そんな形だけの支社に、わざわざサートラが出向いていた目的は何なのです?別に本社社員のそれなりに優秀な人材を、支社長として送り込めばよかったのではないのですか?」
居心地のいいサーケヒヤーを離れて、わざわざサートラが出向いていた目的は何だ?魔物たちの餌付けが目的ということは、考えられないからな……。
「それは……この大陸の統一のため……というのはサーケヒヤー王に対しての謳い文句でしたがね……要するに、自分が近しいサーケヒヤー王にこの大陸を統一してほしいがために、自分がカンヌールとカンアツに乗り込んで、各王室に入り込んで、内部崩壊を誘うと言っていたわけです。
そうしてその後、サーケヒヤー国が攻め込んで征服してしまうという……まあ、気の長い計画でしたが、サーケヒヤー王のいとこのサーキュ妃まで巻き込んで、着々と計画は進んでいると聞いておりましたね。」
ナガセは平然と恐ろしいサートラの計画を打ち明けてくれる。彼女のことをかばおうとか言う気持ちはないのだろうか?
「やはり、カンヌールとカンアツを滅ぼして、この大陸を統一する野望があったわけですね?ですが……サーケヒヤー元王にお聞きしましたが、サートラほどの実力があれば、サーケヒヤー王など擁立しなくても、この地に国家を建国して、大きくしていくことは可能であっただろうと。
それをせずに、あくまでもサーケヒヤー王のアシストだけをして、さらに大陸統一のための足掛かりまでをも、サートラ自身の手で行おうとしていた……どうしてそこまでサーケヒヤー王に献身されるのでしょうか?」
シュッポン大陸を統一できたとしても、それはあくまでもサーケヒヤー王が頂点に上り詰めるだけであり、サートラにどんな利点があるというのだ?
「サートラの目的は、あくまでも特殊効果石であり、王座でも何でもないのです。
生命石で若返りを続けて数百年も生きながらえていることは、ご存知のようですが、生命石というのはあくまでもその個人の寿命の中で老化を遅くしたり、若返りするだけであり、本来は人としての寿命を超えるようなことはないそうです。
それでも通常に年を取った百歳の体と、若返りをして百年生きた20歳の体では、免疫力や新陳代謝が違いますから、病気にも強く生き永らえることができるようです。
ですが先ほど申し上げた通り、その人間の寿命を超えることは本来はできない……。」
ほう……生命石……永遠の命か……と思っていたら意外な言葉が……
「ええっ、ではどうやってサートラは数百年間も生きながらえていたのでしょうか……?」
「はい……サートラは少なくともこの大陸に移住してきてから、350年間もの長きにわたって生きています。生命石で若返りを繰り返していたということになっていますが、それ以外にも体を維持するために生命石を必要としていたのです。」
「体を維持するため?」
「はい……彼女は本来ならば数百年前には死んでいるはずなのですが、その寿命を延ばしてきたのは生命石を常用していたからと言われております。といっても我々がそう考えているだけで、サートラが打ち明けたわけではないのですがね……。
私の祖父はサートラから生命石を分けてもらっていて、90歳にもかかわらず20台の若者のような外観でした。元気に過ごしていましたが、ある日ぽっくりと死んでしまいました。見た目だけではありましたが若者の死は、家族にも大きな衝撃を与えましたね。
それ以来、私の父も私も生命石を使用することはなく、年相応の生き方をしていけばいいと考えるようになりました。私の家族の中では、今ではサートラ以外で生命石を使用するものはおりません。
ですが、寿命を超えた体を維持することは並大抵ではないようで、本来は1g飲むことで1年若返るはずの生命石ですが、寿命を越えてからは、より多くの生命石が必要となっていったようです。特にここ20年ほどは年ごとに使用量が増加し、十数年前には1年に百gの生命石の服用が必要となっていたようですね。
勿論シュッポン大陸内には百年ダンジョンが存在していて、生命石を定期的に算出しておりましたが、戦国時代も終わり3国での統治が行われ、ギルドという組織が確立し冒険者という職業が広まり、本格的にダンジョン攻略が行われるようになると、ダンジョンの攻略周期が早まっていったのですね。
百年ダンジョンの減少により生命石が不足し始め、サーケヒヤー国内分だけの供給で賄えていたのが不足することは目に見えていたため、カンアツやカンヌールへ進出することを決めたようです。」
カルネたちS級冒険者たちの活躍は、ダンジョンの攻略周期を短くしたのだろうな……。
「そうなると……この大陸で産出する生命石全てを独占……いや、それでも足りないくらいだったはずですよね?」
今では数年に一度しか解放されない百年ダンジョン……年に百gなんて多すぎる。
「百年ダンジョンでしか算出しない希少石ですが、無理やり作り出すことも可能なのです。」
「つ……作り出す……?」
「そうです、精霊球を使って特殊効果石を作り出すことが可能なのです。」
ナガセは、淡々と語り続ける。
「ど……どうやって、作り出すというのでしょうか?」
特殊効果石を作り出すって言っても、薬品同士を混ぜ合わせて作り出すとか?精霊球を使うとか言っているが、硫酸とか塩酸とかで溶かすとかか?
「特殊効果石というのは精霊球の出来損ない……球になれなかった精霊球ということはご存知ですかな?」
「はあ……そのような話は聞いておりますが……。」
「なので……精霊球に傷をつけて、無理やりいびつな形にするわけですな……生命石を望むのであれば心臓の形に削り込み、擬態石であれば人型に……といった感じです。ある程度型づくってダンジョン内のボスステージに置いておけば、20から25年程で特殊効果石となるようです。
とはいっても、思い通りの特殊効果石になる確率は1%にも満たないようです。大半の精霊球が傷ついたことにより輝きを失い、ただの石になってしまうか、若しくは特殊効果石となっても成長過程で全く別の形状になってしまうようです。輝照石となるのが一番多いと言っていましたね。」
「はあ……そんな方法が……いわゆる養殖……ということですね?その養殖を行っているダンジョンは、サーケヒヤー国内にたくさんあるのでしょうか?もちろんギルドで管理されたダンジョンでは、ないはずですよね?」
養殖用のダンジョンといっても25年待つ必要性があるわけだから、少なくとも25年分の精霊球を置いておく必要性がある……成功確率は相当低そうだから、かなり大きなダンジョンのボスステージということになりそうだな……あるいは数ヶ所に分散するかかな……。
「そうです……まさに特殊効果石の養殖……ですが、この大陸内にはそのような施設はありません。試験的に改造したダンジョンは、存在するとは言っていましたがね。
南の大陸に送るのです。大量の精霊球を南の大陸に送って、南の大陸に存在するダンジョンでこちらの要望通りに加工した精霊球を養殖していると言っておりました。南の大陸との交易が始まった当初から、養殖は行われていたようです。当時はずっと小規模であったようですがね。
20年ほど前から送り込む精霊球の数が増え始め……16,7年前からは極端に増加しました……大量の精霊球を供給して、特殊効果石の大規模な養殖を開始したのです……それまでも徐々に増やしてはいたのでしょうが、以前は年に1,2個の養殖生命石の産出して、一般にも販売しておりました。
ところが最近は全てサートラで消費してしまうので、一気に大量の精霊球を送るようになったのです。
南の大陸は文明が進んでいて、医療分野でも科学技術分野でも素晴らしい発展を遂げていて、精霊球や特殊効果石に頼らなくても、十分豊かな生活が送っていられるようです。
人の寿命が、こちらとは30年以上も違うと言っていましたし、鉄の塊が猛スピードで大陸中を走っていたり、空を飛んでいたりするし……何でも空のまた上の天空……宇宙と称しておりましたが、そこへ人工の星を打ち上げたりもしていると言っておりましたね。」
「星……お空に浮かんでいるお星さまってこと?お星さまを人が作って、何をしようというの?」
人工の星という表現に、ナーミが食いついた。
「星といいましても、夜空に浮かんで輝いているものではなく、はるか高みから、この星を監視したり天気の様子を見たりするようですね……その星にはだれが住んでいるのかとサートラに聞いたことがありますが、誰もいない……機械だけだと言っておりました。その言葉の意味は、未だに分かっておりません。」
ナガセは少し恥ずかしそうに、ほほを染める。サートラから色々と聞いていたことを説明してくれているようだが、彼自身はその意味は分かっていないようだ……そりゃそうだろう……この世界は未だに魔法が存在し、魔物たちや竜が闊歩している世界なのだからな……。
それにしても……人工衛星か……人工衛星を打ち上げるほど、文明が進歩しているということだな……。
「それでも、輝照石による明かりは省エネとかいうことで珍重されており、養殖でできた輝照石は全て南の大陸のものとするという条件で、生命石や擬態石など向こうでは不要な特殊効果石を拠出するのと、さらに近代兵器などを輸出してくれているのです。まさに、ギブアンドテイクですな。
南の大陸では、すでに冒険者といった職業は存在しておらず、ダンジョンはあってもそれを攻略する勇者はいないようです。養殖用のダンジョンは……ロボ……何とかいうからくり機械で、特殊効果石を取り出していると聞いております。
そのため、毎年多くの精霊球を必要としておりました……増量した精霊球から産出される特殊効果石の見返りとして、先行でサーケヒヤー国軍には、南の大陸から近代兵器を輸入させ、精霊球の魔法や水竜の手助けなど必要なくする代わりに、使用途中の精霊球の拠出をさせていたのです。
人が使用することにより成長した精霊球のほうが、特殊効果石になる確率が高いようですね。」
ナガセが説明を続ける。そりゃそうだろうな、水力発電でも火力発電でもそれなりの設備が必要となるし、金もかかる。対する輝照石はエネルギー不要で50年間、周囲が暗くなれば輝き続けるわけだからな……。
いかに文明が発展していたとしても、非常に有意義なツールといえる。その核ともいえる、使用途中の精霊球が輸出品というわけだ……。
「サートラが生きていくために必要な生命石が、もっと多く必要となったために、カンアツやカンヌールに進出しようとしたのですね?」
ううむ……さすがに何度も何度も若返るというわけにはいかないということのようだ……生きていくために必要な生命石の消費が激しくなって……。