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捜索

『カツンカツンカツンッ』美人秘書の後を追って、急ぎ屋上から階段を降りていく。足音が響き渡る鉄筋コンクリート製のビルの中の階段には、武装した兵士どころか行く手を阻む魔物の姿もなかった。


『ガチャッ』すぐ下の階へ通じるドアを開けて、美人秘書が中へ入っていく……社長室は、最上階ということのようだな……1階だけ従業員がいて、後は魔物たちの巣窟……と言った様子ではなさそうだ。60人からの飛竜部隊全員で、周囲に気を配りながら後についていく。


『カッコッカッ……カチャッ』「こちらです。」


 蛍光灯に照らされた長い廊下を歩いていき、美人秘書は一番奥の突き当りドアを開けて、振り返った……ドアには社長室と掲示があったな……部隊は廊下に残し、俺達だけ急ぎ部屋の中へと入っていく。

 中へ入ると応接用のソファーが備えてあり、その奥は衝立が立てられていて目隠しされている。


「こちらへおかけください……社長……ワタルさんという将校様がお見えです。」

 俺たちにソファーへ座るよう案内して、美人秘書が衝立越しに声をかける。


「おおそうか……これはこれは……ようこそお越しくださいました……初めまして……私はサートラン商社社長の、ナガセフミロウと申します。」


 すぐに長身の初老の男性が衝立の影から小走りにやってきて、両手で名刺を差し出しながら頭を下げる。目鼻立ちがはっきりとした、若かった時はなかなかの美男子といえただろう初老の男性だ。


「はあ……私はカンヌール公爵のワタルと申します。彼は同じく男爵のトオルで、彼女も男爵のナーミです。」

 向こうが名乗ったので、こちらも名乗って身分を明かしておく。それにしても……ナガセ……?


「ほおー……ワタル様にトオル様……この世界では珍しい名前ですね……どのような字を書きますかな?」

「はあ?」

 一体……こいつは何を言おうとしているのだ?


「あっ……いやあ……私の娘のサートラ……ところが実際は私の母親ということは……もうご承知おきですかね?」

「はあ……まあ……サーケヒヤー元国王から……お聞きしましたが……それが何か?」


「やはり……昔からずっと若くて……私が彼女の歳を追い抜いてからも……彼女は若返りを続けておりますので……娘のような言い方をさせていただきますね……サートラが申すには……ですよ……。


 私の名前は、長ーい浅瀬の瀬ににじゅうさんと書いて、イチロウジロウのロウと書くって説明するんだって、言うのですよ……何のことか、よく分かりませんよね?


 でも、お二人のお名前が、この世界の一般人のものとは響きがちょっと異なり、私の名前に近いものですから、その意味が分かるかと思いまして……ちょっと聞いてみた次第でして……済みませんです……。」


 社長は、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながら後頭部を掻く。そうか……長瀬二三郎……か……。


 うん?どういうことだ……???この世界は漢字文化の国はどこにもないはずだ……。文字だってアルファベットとすら似ても似つかない、幾何学図形の羅列だからな……トーマの記憶がなければ、何が書いてあるのか想像もできないくらいだ……。


「そうですか……私の本名はトーマ・ノンヴェー・スピニクン・アックランス3世と長ったらしい名前なのですが、冒険者名は自由につけられると聞いたもので……私の剣の師匠の名にあやかってワタルと名乗っております。同様に、彼もまたトオルというのは冒険者名で、本名はダーシュといいます。」


 とりあえず変な勘繰りをされても困るので、本名を名乗っておく。下手に名前に反応すれば、俺の正体がばれてしまう恐れがあるからな……トーマになり切らねばなるまい……。


「そうでしたか……これはこれは……大変失礼いたしました。」

 ナガセは手に持つハンカチで額の汗をぬぐいながら、何度も頭を下げた。ううむ……俺のことを、何か感づいているのだろうか?それにしても……ナガセという名は……???


「本日は、御社の家宅捜索をさせていただくために参りました……と言っても、サートラがこのビル内に潜んでいないか確認させていただくことと、御社の営業状況を確認させていただく程度ではありますが……捜索部隊を廊下で待たせてありますが、これから各階をチェックさせていただいてよろしいでしょうか?」

 いつまでも雑談してもいられない……無駄とは分かっていても、まずは捜索を開始しなければなるまい。


「ああもちろんですよ……サートラはこのビルには潜伏しておりませんが、念のために確認されるのは問題ありません。君がついていって各階の責任者に協力するよう、指示してくれ。」


「かしこまりました。」

『カチャッ』ナガセが指示をすると、傍らに立っていた美人秘書がこっくりとうなずく。


「では、案内をお願いいたします。」


 美人秘書の後に続いて社長室を出ていくと、廊下には兵士たちが待ちくたびれたようにひしめいていた。

これでようやくビル内の捜査が開始されるな……まあ、サートラはいないと言っていたから、彼女を捕まえることは出来そうもないがな……。


「この階は社長室と役員室のほかは、応接室と給湯室しかございません。役員というのはサートラ様のことですので、現在不在となっておりまして、この階にはほかに従業員はおりません。お改めください。」

 美人秘書は、ドアの上の応接などと書かれた掲示を指し示しながら説明する。


「じゃあ、手分けして各部屋のチェックだ。怪しい者がいたら決して一人で戦おうとせず、応援を呼ぶこと。いいね?」


『カチャッ』飛竜部隊に手分けして各部屋をチェックするよう指示してから、役員室と書かれた部屋のドアを開けて中に入る。入ってすぐに応接用のソファーが置かれていて、奥が見えないように衝立で目隠ししてある。


 先ほど入った社長室と同じつくりのようだ。衝立の向こう側には、重厚そうな木製の大きなデスクがデーンと置かれていて、壁際には書物が入った飾り棚、窓にはレースのカーテンがかかっていた。ここがサートラの部屋か……何か、彼女のことが分かる資料でもないかな?


『ガタッ……バタン、ガタッ……バタン』トオルが大きなデスクの引き出しを次々と開けて中を確認し、『バサッバサッバサッ』ナーミとショウが棚のファイルを確認し始めた。


「机の引き出しの中は全て空ですね。」

「こっちもよ……ファイルは何も閉じていないわ……。」


 トオルとナーミがため息交じりに答える。そりゃまあそうだよな……20年間もここへは戻ってきていないのだろうし、悪事の証拠となりそうなものは残すはずもないわな……。


「よし……じゃあ次へ行くか……。」

『ガチャッ』役員室を後にする。


「給湯室も応接室も、誰もいません。また、書類等も置いてありません。」

 廊下に出ると、すぐに飛竜隊の班長が敬礼しながら報告してくれる。よほど整理整頓が行き届いている会社のようだな……。


「では、下の階へ参りましょう。

 19階は、南の大陸との通商を行っている部署が入っております。」


『カチャッ……カッコッカッコッ』美人秘書が非常口と掲示されたドアを開け、下へ降りる階段を下っていく。エレベーターもあるようだが1階降りるだけだし、何より60人以上いるのだから乗れないわな。


 19階はいかにもオフィスといった感じで、通路の両側に整然と並べられたオフィス机で、若い社員が書類と格闘していた。そろばんのような計算機を使っている社員や、ホワイトボードに発注内容を書き記していく社員までいる……俺がいた世界のオフィス風景と何ら変わらないように感じる。


 といっても、まともな社会人経験のない俺が知っているのは、テレビ放送で見るトレンディドラマの会社風景でしかないのだが……。


「こちらが、外商部門責任者のレート部長です。カンヌール占領軍の方たちが、サートラ役員の捜索と、サートラン商社が不正な取引をしていないか確認にお見えになっております。ご協力ください。」


 美人秘書が、俺たちが廊下を歩いていたらオフィスの奥の方から小走りでやってきた、少々小太りの中年男性を紹介してくれる。彼がこのフロアの責任者ということか。


「ワタルと申します。お宅の従業員の確認と、取引状況の確認を行いたい。とくに南の大陸との取引に関しては、交易品が明確にわかる明細書を見せてもらいたい。」

 レート部長とやらに、案内をお願いする。


「承知いたしました……このフロアには200名の従業員が在籍しておりまして、全員が顔写真付きのIDをつけておりますから、誰でも遠慮なくご質問ください。それと……取引明細ですね……おーい……シュブドー大陸との取引台帳を持ってきてくれ。」


 レート部長の許可を得て、飛竜隊兵士がフロア内に散っていく。もちろんこのビルに到着したときにも念じたが、今一度サートラは敵なのですべての魔力を封じるよう、封魔石を握り念じなおす。こうしておけば擬態石は使用できないはずだ。


「取引内容は……やはりシュッポン大陸からの輸出の大半は、精霊球なのですね。そのほかは水牛や炎牛にウナギ系魔物たちなどの魔物肉……対する南の大陸からの輸入品は、高射砲に戦車に重機関銃。数年前までに戦艦も輸入していますね……サーケヒヤーの近代兵器の大半は、南の大陸からの輸入ということですね。


 そのほかに……ICとかLSIという名称の部品が大量に輸入されておりますね。何かわかりませんが、サーケヒヤー国の大陸統一計画のために、南の大陸が一役買っていたのは間違いがないでしょう。」


 トオルが、持ってきてもらった輸出入の台帳をチェックしながらつぶやく。そりゃそうだろうな……カンヌールやカンアツと文化レベルが圧倒的に違うのはおかしいと感じていたんだ……全て南の大陸からの輸入品だ。そうしてその近代兵器を用いて、この大陸中を制圧しようと考えていた。


 さらに、半導体部品なども輸入していたということか……ビデオとかに使用しているのだろうな……。

 ううむ……南の大陸とは……どんなところなんだろうか……?


「ありがとうございます。念のために、写しを頂けますか?」


「了解しました……おい、これを全部コピーしてファイルにしてお渡ししろ。」

「はい、わかりました。」

 トオルの要望に対してレート部長が女子社員に指示し、女子社員がオフィスの奥へと引っ込んでいった。


「怪しき人物はこのフロアにはおりませんでした。」

 飛竜隊の班長が報告に来た。


「では、次の階へ参りましょう。18階から13階までは、サーケヒヤー国内向けの商社部門です。」

『カチャッ……カッコッカッコッ』美人秘書と連れ立って、階下のフロアへ降りていく。そうして倉庫として使用している1階から5階まで含め、全てのフロアを確認したが、サートラは見つからなかった。


「いかがでしょうか?ご不審な点はございましたでしょうか?この会社は、このまま営業を続けていても、よろしいでしょうか?」

 1階のエントランスで、美人秘書が心配そうに尋ねてきた。


「ご協力、ありがとうございました。サートラが潜伏している様子は全く見られず、また、サートラの悪事に加担している様子も見受けられませんでした。ですが……南の大陸との交易において、大量の軍事兵器を輸入している点は気になりますね。


 南の大陸のバックアップがなければ、カンヌールへ攻め込もうということにはならなかったと考えますからね。南の大陸との交易に関しましては、追って指示させていただきます。


 シュッポン大陸内での商社活動に関しまして……というか、恐らく今ではサーケヒヤー国内向けだけとなっているでしょうが、そのまま営業を続けてください。下手に止めて商品の流通に滞りができて、市民生活に支障が出ると困りますからね。」

 まあ、これと言って大きな不正行為もなさそうだし、そのまま営業を続けるようお願いしておく。


「ありがとうございます、社長も喜ぶと考えます。」

 美人秘書が満面の笑みを見せる。


「それでですが……社長さんにお話を伺いたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」

 サートラの息子なのだから、サートラのことに関しては一番詳しいはずだからな。


「了解いたしました。では社長室へ戻りましょう。こちらへどうぞ……」

 美人秘書は、エントランス奥のエレベーターホールへと、案内してくれる。


「じゃあ、俺たちは社長に質問があるから、飛竜部隊はコピーしてもらった資料をもって、王宮へ戻っていてくれるかい?屋上へ行ったら、悪いがショウに19階の社長室へ降りてくるように伝えてほしい。」


「了解しました。ではお先に失礼いたします。」

 大人数の飛竜部隊をいつまでもビル内に待機させるわけにもいかないので、先に帰すことにした。このビル内に危険性はなさそうだから問題ないだろう。それよりも、王宮の警備の方が優先だ。


 美人秘書と連れ立ってエレベーターに乗って一気に19階まで上がる。そういや、飛竜部隊はこれから屋上までは階段になるのかな?60人も一度に乗れないからな・・・何回かに分けて、エレベーターに分乗するのかな?


「どうぞ、お入りください。」

 社長室には、ナガセがそのまま待ち受けていてくれた。さて……どこまで聞き出せるか……。


続く


予想通りといいましょうか、サートラン商社にはサートラの姿はありませんでした。ですが、彼女の息子であるナガセに、サートラのことを確認することは出来そうです。サートラとはいったい何者なのか・・・注目の次章にご期待ください。

この小説への評価やブックマーク設定は、今後の連載を続けていく上の励みになりますので、お手数ではありますが、よろしかったらご協力お願いいたします。よろしくお願いいたします。


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