治療
「数万の兵士がおろうとも、数百頭の成竜相手では敵うものではありますまい。水竜は大回り故、到着は明日になってしまうでしょうが、今でも十分抑止力として十分な効果を発揮しているでしょう。
これをお渡しに参りました……玉璽です。玉璽を手に握りしめ、3竜たちに命じることを念じていただけば、それだけで彼らは動いてくれるようです。知能の高い竜族は、魔導石を使って低級魔物を操るのと違い、望む結果や状態を念じるだけで行動してくれるようですぞ……。
ジュート王子様は、玉璽を取得した300年ダンジョンを攻略されたメンバーですからな。精霊球同様、玉璽も取得者として認めてくれるはずです。
すでに基地を取り囲む地竜と飛竜には、敵兵を一人も逃さぬよう監視を命じてありますが、改めて念じてみてください。では……私は軍基地の把握の役割がございますので、これにて……。」
ミール中将は、カンヌール本国は十分安全であることを強調してから、ジュート王子に黄金色に輝く竜のオブジェを手渡すと、そのまま飛竜に乗って飛び去って行った。軍基地の掌握に向かったようだ。
そうして王宮中庭にはコンテナから出てきた、数百名の応援兵士たちがひしめいている。
「や……やりましたね……これだけの数の兵士がいれば……交代で監視もできますし、何より3竜を従えることができたのであれば……サーケヒヤー軍もおとなしくせざるを得ないでしょう。」
「そうですね……これで少しは……安心できます……では……飛竜よ、地竜よ水竜よ……サーケヒヤー軍基地と王宮を取り囲み、兵士たちを逃がさないように監視してください……。決して、無駄な血を流さないよう……友好的に行動してください……。
こ……これで……いいでしょうか……ね……?」
「あっ……ジュート王子様……大丈夫ですか?」
ジュート王子の方へと振り返ると、笑顔を見せたまま王子が突然倒れてしまった。息はしているし、脈もさほど乱れてはいない様子だが……。
「恐らく応援部隊が予想よりも早く到着して、さらに十分な兵力があると知り、安心して気が緩んだのでしょうな……少し休ませてあげたらよいのではないですかな?
応援部隊に対しての引継ぎは、わしの方でやっておきますので、先に休んでくだされ……。」
セーサがコンテナの上から降りてきて、ジュート王子の様子を見て告げる。そうだな……疲れがどっと出たのだろう……ここ数日間はずっと緊張の連続だったからな……。
しっかりしているとはいっても、まだ18歳の若者なのだ。それなのに母国を救うため、決死隊ともいえる部隊の責任者として、皆を気遣いながら行動していたのだからな……人一倍疲れるのも仕方がない。
「わかった……じゃあ申し訳ないが、俺たちは浮島の家に戻って休ませてもらうよ……。セーサさんやサーマさんも、ひと段落したら休憩しによってくれ……客間はたくさんあるからね……。」
「わしらはどこでも寝られるので、大丈夫ですよ……お気遣いなく。」
「それと……300年ダンジョンの精霊球を扱っていた魔法兵士たちは、どこにいるかわかるかな?」
「おお……兵士たちは王宮本殿のホール内で休憩することにしましたからな……魔力が枯渇しているから、安静にしておくよう指示されておりましたので、そこで寝ているはずですぞ。」
セーサが俺の質問の意味は分からないまま、それでも答えてくれる。
「ああそうか……じゃあ、魔力回復の治療に彼らを連れていくから、3日ほどかかるけど心配しないでね。」
「そうですか……魔法兵の治療まで……何から何まですいませんな……。」
セーサが、そのいかつい顔をくしゃくしゃにしながら頭を下げる。
「ああ……ついでだからね……全然かまわないのさ……。
じゃあ俺は魔法兵を連れていくから、トオルたちはジュート王子様を連れて、先に浮島まで戻っていてくれるかい?すまないが……ジュート王子様の飛竜を操えるかな?」
「はい……もちろんですけど……。」
「じゃあすまないが、トオルたちと王子様を連れて浮島へ行ってくれ……王子様の飛竜の座席は6人乗りだから、十分に乗れるはずだろ?ここで休ませるよりも、向こうのほうがリラックスできるからいいよ。」
「了解いたしました。」
ジュート王子のお付きに確認すると飛竜を扱えるというので、彼に浮島まで送ってもらう様お願いする。
「ワタルはどうされるのですか?教会まで行くのですか?」
トオルが心配そうに確認してくる。
「ああ……魔法兵の治療のためにトークの教会まで行くつもりだ。大きな声では言えないが……俺の魔力もどうやら枯渇したようだ……丘を奪取するときに土系魔法を使い過ぎたからな……浮島へ来てから何度か魔法を使おうとしたがだめだった……それでも頭が少しくらくらするくらいで、倒れはしなかったがね。
兵士たちの士気にもかかわると思って黙っていた……だから、内緒にしておいてほしい。
俺はあくまでも、魔法兵たちの治療の付き添いのために教会へ行ったことにして、トオルたちは申し訳ないが、王宮の警備を続けてくれ。
玉璽を使って3竜を従えたことにより、強大なサーケヒヤー国軍に対抗する力は得ることができたが、全てを力で抑え込むことはできない。柔軟な思考のもとで対処する必要性があるだろう。だから悪いが、ここに残ってジュート王子様の補佐をしてもらいたい。
サートラのことは気にはなるのだが、俺がこんな調子だから、サートラン商社の捜索は、俺が帰ってからにしよう。どうせすでにサートラは逃げ出しているだろうから、今すぐにということではなくても構わないだろう。逃げるつもりなら何も手掛かりとなるものは残さずに、消えているだろうからね……。」
トオルに小声で耳打ちする。
「そのような事情でしたら仕方がありませんね……こちらは気にせず、治療に専念してください。
では、参りましょう。」
トオルがため息交じりに了承し、お付きと一緒にジュート王子の体を飛竜の背の座席に座らせ、シートベルトを固く締めて固定すると、自分も席へつく。
「パパは後から来るんだよね?」
「もちろんだよ……先に行っておいてくれ。」
ショウをだますようなことになってしまうが、仕方がない……ここで事情を大声で説明するわけにもいかないのだ。トオルが後で説明してくれるだろう。
『バサッバサッバサッ』トオルたちを乗せた飛竜が、王宮中庭を飛び立っていった。
「えーと……どこかな……おーい……魔法兵はどこにいるかわかるかい?」
トオルたちを見送った後、本殿内ホールへ行き入り口辺りをうろついていた兵士に尋ねてみる。ホール内の半分ほどには所せましと簡易ベッドが並べられてあり、全て満席状態のようだ……それはそうだろう。飛竜部隊10小隊ということは、それだけでも300名を超す兵士がいるはずだ。
特攻隊として攻め込んだ100名と合わせると400名以上となるので、恐らくこれだけのベッドがあっても足りない。3交代くらいで、ベッドを共有化して使う事になるのだろうな……。
「ああ……先発隊の魔法兵ですね……応援が来たので、ようやく我々も休むことができるようになったのですが、彼らの場合は安静が必要ということで、一番奥のベッドで絶対安静にしていると聞きましたよ。」
俺たちと一緒に来た飛竜部隊の兵士であろう若い剣士は、ホール奥を指さしながら教えてくれた。
「そうか、ありがとう……ゆっくり休んでくれ。」
そう言い残して、ホール奥へと足を運ぶ。
「おお……君たちだったね……300年精霊球の魔法兵士は……魔力が枯渇した場合は治療が必要だから、これから教会へ一緒に行こう。徳の高い司教に治療してもらえば、3日ほどで復活するはずだ。」
ホールの一番奥の、衝立で間仕切りされた狭い空間に並べられた2つのベッドで、魔法兵士が横になっていた。意識はあるようで、声をかけたらなんとか目を開けた。
「そっそうですか……何もせずにこのままいつまでこうしていればいいのか、指示がなかったもので困惑しておりました。まだくらくらしますが、ゆっくりとなら動くことは出来そうですので、治療に連れて行ってください。」
兵士たちは何とかベッドから体を起こし、よろめきながらも靴を履き、歩けそうなので連れていくことにする。ミニドラゴンの背の座席に座らせシートベルトを装着させると出発。まだ午前中の早い時間だから、日のあるうちに到着出来るだろう。
『ドンドンドン』「トーク……いるかい?ワタルだ!」
空が夕日に染まるころ、大河マーレー川河口に建てられた教会へ到着。ミニドラゴンの背から降りて、ドアを叩いてトークを呼び出す。
『ガチャ』「おお……お前さんたちか……おや?いつものメンバーと違うようだな……。」
すぐに背の高い大柄の男が出てきて、笑顔を見せる。
「ああ……これは土産の水牛のヒレ肉だ……牧師が大勢いるようだが、これだけあれば当分持つだろう。
先日ダンジョンで取得したものだ……ここ数日はサーケヒヤーとの戦争で忙しかったものでね……。」
取り敢えず手ぶらというわけにはいかないので、先日取得した水牛のヒレ肉10キロを、冒険者の袋から取り出して土産としておく。いつダンジョンに挑戦してもいいように、2,3アイテム分は、肉や魚介類を持ち歩いているのが幸いした。
「おおそうか……いつも悪いね……。そういや……サーケヒヤーとカンヌールが戦争になったようだな……昨日はマースで大規模な戦闘が繰り広げられたと報道されておったが……なぜかサーケヒヤーが負けてしまった……敗北宣言と終戦宣言を、ラジオでやっておったから知っておる。
当初は数日もあればカンヌールを陥落して、サーケヒヤー国の大陸統一の第一歩となるのだ……という謳い文句で戦争に向かったはずだったのだが、ふたを開けてみると全くの逆転だったようだな。
もしかすると、お前さんたちが関わっておったのかな?」
やはりサーケヒヤー王は潔く敗戦を認めて、国民へ報告していたようだな……下手に隠されていると、カンヌール兵である魔法兵士たちは警戒されてしまったので、助かる。
「ああ……特攻ともいえる作戦で、サーケヒヤー王宮を直接攻め立てて降伏させた。まあ、たまたまうまくいっただけで、逆の結果であってもおかしくはなかった……運がよかったよ……。だが、この戦争の陰にはサートラの存在があった。サートラは生命石を使って若返り……」
トークにサーラと名乗ってジュート王子に取り入ったり、ホーリ王子にも取り入ろうとしていたことなど、サートラの悪事を説明し、さらにサートラによって戦争が引き起こされたことを告げる。
「そうか……やはりサートラという女は、深い闇を抱えているようだな……カルネの死にかかわっている可能性が、十分に疑われる……これからはサートラの正体を探るよりも、彼女を捕まえる活動をしたほうがよさそうだな……。」
トークが腕を組んでじっと考え込む。
「それで……この2名は魔法軍の兵士なんだが、300年ダンジョンで取得した精霊球を使用したせいか、ずいぶんと活躍したんだが、魔法の使い過ぎで魔力が枯渇してしまった。その戦闘で俺の魔力も枯渇してしまったようだ……俺も含めて3名の治療をお願いしたい。」
魔法兵士2名がふらつきながらミニドラゴンの背からようやく降りてきたので紹介し、俺も一緒に治療してもらうよう、今回訪問の目的を告げる。
「おおそうか……精霊球を扱って、まだ日が浅い魔法兵士のようだな……魔力も体力もまだ十分に備わっていないのに無理をしたということだろうな……300年ダンジョンの精霊球を早急に使いこなせるよう、連日猛特訓していたのだろう?そうしてさらに実践で無理をしたな……ようし分かった治療してやろう。
だが……お前さんは別に何ともないのだろ?いくら何でも昨日魔力が枯渇して倒れたのであれば、今日だって足元がおぼつかないはずだ……通常ならまともに歩けるまでに数日はかかる……これだけ元気なら、魔力の枯渇はしていないはずだ。」
俺の言葉に、トークが意外そうな顔をする。
「いや……俺は地の精霊球を持っているのだが、昨日の戦いで広範囲な土系魔法を使ったから、魔力が枯渇して途中から唱えても魔法効果が発動しなかった……だから、魔力が枯渇したはずだ。」
確かに昨日は岩弾を唱えても、何も起こらなかった……だから魔力が枯渇したのは間違いがない。
「それは恐らく精霊球のリミットを越えたのだろう……冒険者の初期講習でも習うことだが、お前さんのことだ……カルネから詳しく聞いていたのではないのか?1日に唱えられる魔法には、回数制限があるということを……。
回数といってももちろん、初級中級上級魔法それぞれで異なるわけだがね……毎日訓練することにより使用可能回数は増えていき、同時に扱う者の魔力も向上していく。使用回数制限とは、精霊球を扱う人間側を保護するために精霊たちが設定したいるものだと、わしは考えている。」
トークが仕方なさそうに説明してくれる。
「精霊球を扱う……つまり、俺たちを守るため?」
「そうだ……精霊球を使って魔法を唱える術者を守る……魔力と体力は直結しているからな。呪文を唱えることにより魔力を吸い取られ、精霊たちによって魔法効果が現実化されるわけだが、呪文を唱えるという簡単な動作だけで行えてしまうから、術者の魔力総量を越えても呪文を唱えてしまう場合がある。
初級魔法程度なら体への負担は小さいかもしれないが、限界を超えた状態で上級魔法を唱えてしまうと、下手すると命にかかわる危険性が生じる場合もある。そうならないために、通常は術者の魔力総量のおおよそ90%程度でリミットがかかっているわけだ……これが魔法回数制限ということだな。」
「ああ……そういえば……精霊球を手に入れた当初は、回数制限で呪文を唱えても魔法効果が発揮できない時があったな……でも一晩寝ると回復していた。」
「そうだ……8時間魔法を使わずに安静にしていれば回復する。そうして日々魔力も向上して、制限回数も増えていくわけだ。ここまではいいかな?」
「もっ……申し訳ない……すっかり忘れていたが、今説明を受けて思い出してきた……。」
そういや、当初は回数制限に悩まされた気が……。