サーケヒヤー国誕生秘話
「いや、弱みなど……というか……確かに弱みは握られていたわな……。
サートラはシュッポン王朝崩壊後の戦国時代に、完全弱体化していた統一王朝の末裔の後ろ盾となり、この地にサーケヒヤー王国を建立させた、いわば立役者なのだな……。
王朝の権威は完全に失墜し、信頼できる将どころか従う兵士すらほとんどいない状態……わずか10騎ほどの手勢だけで、大陸中を逃げ回っていた初代サーケヒヤー王を、ここマースの地に導き建国させたのだ。
すでにカンヌール国もカンアツ国もそれぞれ旗揚げしていて、長い戦国時代から自国内の復興に必死の状態であったせいか、なぜかこんな大陸の東の端までは、気が回らんかったのだろうな……。
しかし、ろくな配下もいない状態で、まともに国の政策を唱えられるのはサートラ一人。彼女は当初国務大臣に外務大臣、経済環境大臣に厚生大臣と、政府の主要な役職全てを兼ねて、その恐るべき手腕で国を大きくしていった……とはいっても一人だけの力では限界がある。
サーケヒヤー国が他国との国境を確定し、サーケヒヤー国として機能するまでに約百年……サートラの手引きで南の大陸と貿易をはじめ、異次元を感じさせるほどの進んだ文明に接し、教育機関を整え文明を発展させ文官を募り、ようやくサートラ任せではないかじ取りができるようになるまでに約150年。
以降サートラの父……実は息子だが……を中心にサーケヒヤー国にサートラン商社が根付くまでに約50年。並行して30年程前からカンアツ進出も達成し、更にサートラは生命石で若返り、今度はヌールーへ旅立ったのが、20年程前ということだ。
いわば……サーケヒヤー国の恩人だな……今でこそ、シュッポン王朝の直系末裔だなどと言って、莫大な資産と強力な軍事力の上にふんぞり返っているが、もともとは大陸中を逃げ回っていた、小さな小さな存在でしかなかったわけだ。
初代からずっとサーケヒヤー国はサートラの傀儡政権でな……王政に復帰できたのは、ほんの50年程前の先代からということだ……それも、サートラがサーケヒヤー国だけで十分にやっていけると判断して、譲ってくれただけだからな……彼女がいなければ今はない……。」
はあー……サーケヒヤー国建国に尽力した……いわば恩人というわけね……しかも自立できるようになったら身を引くなんて……実に素晴らしい……というか、一体サートラの目的は何だ?国王育成ゲームでもやっているつもりだったのか?
「ですが……いまだにサーケヒヤー国はサートラン商社との取引を続けていますよね?サートラン商社が一手にサーケヒヤー国の資材調達を引き受けているのですよね?サートラは自社の利益のために、サーケヒヤー国に大きく発展してもらいたかったのではないのでしょうか?
もちろん国の要職についていた時は、それなりに手当てもいただいていたでしょうし……そう考えると、一方的な恩人ではなく、ギブアンドテイクといえるのではないのでしょうか?」
サーケヒヤー国の発展により、サートラン商社は成長していったはずだ。特に南の大陸との交易は、サートラン商社の独占といっていたからな……利益は上げ放題といえるだろう。
サートラはずいぶんとがめつい印象だったからな……サートラン商社の利益を上げるために、サーケヒヤー国に肩入れして会社を大きくしてきたと考えれば、十分納得できるはずだ。
「いや、そうではない……わずか10騎程の手勢を要する豪族など、戦国時代当時には履いて捨てるほどいたはずだ。いや……数百人や千人規模の配下を持つ有力な豪族だって多かったはずだ。数万人規模となると、すでに組織が出来上がっているから、入り込む余地はなかっただろうがね……。
つまりサートラほどのやり手であれば、初代サーケヒヤー王と組みする理由などなかったはずだ。もっと言ってしまうと、自分が女王となって建国することだって可能だったわけだ……あの美貌だし、十分なカリスマ性もあった……それなのにそうはせずにサーケヒヤー王を助けてくれた。
しかもサーケヒヤー王とは関係を持たず、妻を娶らせ世継ぎの心配までしていたというから……わしの方こそ彼女が何を目的に初代サーケヒヤー王に近づき、何百年にもわたってこの国を支え続けたのか、ずっと疑問に感じている。決して自分の商売のためではないはずだ。」
サーケヒヤー王がしみじみ語る……ううむ……サートラって一体???
「サートラがサーケヒヤー国から離れたのは、カンアツ国へ進出しようとしたからでしょう。その目的は不明ですが、最近では生命石を使って若返り、カンアツのホーリ王子の縁談相手になろうとして断られ、ホーリ王子を暗殺しようとして失敗しています。
並行してカンヌールへも進出しようとしています。こちらはカンヌール王宮地下に300年ダンジョンがあったからだと考えています。そのダンジョンでは3つの生命石のほかに、ご存知のように玉璽まで出現していました。玉璽を狙ったのでしょうかね?
玉璽があれば、3竜を従えてこの大陸をいつでも制圧できると踏んで……うまいことジュート王子に取り入ろうとして……とも考えますが、ところが当初はカンヌール国がジュート王子様を国王に据えようとした戴冠式を襲い邪魔をし、その後サーケヒヤー国にカンヌールのオーチョコ港を攻め込ませています。
さらに300年ダンジョンを初級のダンジョンと偽って紹介し、ジュート王子様を亡き者にしようと企てた様子で……そうなると玉璽目的ともいえない様子で……何せ自国の王子が犠牲になったダンジョンなど、つぶしてしまうでしょうからね……。
ところがジュート王子様が無事戻った後は、なぜか自分がジュート王子様の縁談相手として近づいているのです。この辺りの動きが、どうにもちぐはぐとしておりまして……。」
どうにもサートラという人物が、何を考えているのか、未だにわからない。
「ああ……ジュート王子の戴冠式を邪魔したり、300年ダンジョンを偽って向かわせたのは、サーキュの陰謀だ……オーチョコへわが軍が侵攻したのも、サーキュに泣きつかれたからだ……サートラは一切関与していない……こちらが勝手にやったことだ。
ダーウト王子は、わしの血縁だからな……カンヌールの次期王となれれば、シュッポン王朝再建も夢ではなくなるわけだ……。」
サーケヒヤー王が平然と述べる……はあ……恐ろしいことを……サートラに踊らされていただけかと思ったが、実際は違うようだな……。
「だが……ジュート王子に近づくことが失敗したばかりか、カンヌール王とジュート王子の暗殺が失敗して、こうなったら武力でカンヌール国を制圧しろと指示をしてきたのはサートラだ……。
まともな軍隊を持たない弱小国など、楽勝だと言ってな……しかもジュート王子から軍事機密はほぼ引き出したと言って、陸軍と空軍の軍備や兵力及び実行可能な作戦に暗号コード表など、持ってきてくれた。
後はこのまま待ってさえいれば、カンヌールは手に入るはずだった……万一特攻作戦に出たとしても万全な体制を整えていたしな……ところがふたを開けてみると、全く違ったというわけだ。
先制攻撃のために、宣戦布告より以前に国境沿いに待機させていた陸軍も、カンアツ国内を通過できないために迂回して山越えとなり、しかも山越えの最中にカンヌールの飛竜部隊に見つかり大打撃を受けた。
さらにその飛竜部隊はサーケヒヤーの王都にまで堂々と攻め込んできて、ついには王宮を陥落させたというわけだ……さすがのサートラも、このような事態は予測できていなかったようだな……。
まあサートラによって作られた国だからな……サートラの意思に沿って戦い、負けてしまっても仕方がないわな……多くの犠牲者も出さずに戦争が終結したことは、喜ばしいことだ……なあ?」
サーケヒヤー王は意外にもさっぱりとした表情で話す……敗戦したことを悔いてはいないということだろうか……意外と潔いな……。
『ガチャッ』「先生……ご無事でしたか?よかった……。」
「パパ……大丈夫だった?」
謁見室の扉が突然開き、数人が入ってきた……ショウとジュート王子たちだ……。
「はい……サーケヒヤー国は敗戦を認め、もう戦うつもりはなさそうです。」
振り返って笑顔で答える。
「そうですか……下ではセーサ近衛隊隊長が、武装解除した兵士たちを王宮の外へと開放しています。サーマ近衛隊副隊長の飛竜部隊も到着しましたが、それでも千人を超す兵士たちを拘束するには少人数すぎますからね。50人ほどいたサーケヒヤー国軍の将校は、全員王宮地下牢へ収容済みです。」
ジュート王子が神妙な顔で下の様子を説明してくれる。そうか……あまりにも兵士が多すぎて監視もできないので、将校以外は全て外へ出してしまうつもりだな……セーサの案か……さすが戦い慣れている。
王宮には王族が残っているし、城壁は湖側以外は健全だから、追い出して城門をしめて跳ね橋を上げてしまえば、攻撃してこれないというわけだ……。
「何とか勝てましたね……これも先生たちのおかげです。」
ジュート王子が神妙な顔で頭を下げる。
「とんでもありません……ジュート王子様を慕うみんなの力ですよ……もちろん王子様も含めて……。」
そうだ……勝ったのだ……圧倒的不利な状況にもかかわらず……よく勝てたものだ……。
「王宮中探しまわりましたが、サートラの姿はどこにもありませんでしたぞ。」
しばらくして、ひと際体の大きな兵士が息を切らせながら謁見室へ入ってきた……サーマだ。飛竜部隊兵とともに、王宮中を探索していたのだな……。
「サーケヒヤー王様……サートラの行き先に心当たりはありますか?」
サーケヒヤー王に、サートラの行方を確認してみる。
「ふん……わしはもう、この国の王ではないのだろ?王などとつける必要はないわ……。
サートラはカンヌールから逃げてきてからは、ずっと王宮内の客間で過ごしていたからな。そこからわしらにあれやこれや指示を出しておった……。
……どうだろうな……サートラン商社か……だがあそこは大きなビルで、社員が千人はいるからな……紛れ込まれたら探すのは容易ではないだろうな……。
だがまあ……ここ20年ほどはサートラの父親にふんしている実の息子に任せて、カンアツとカンヌールの商社経営に力を入れておったようだから、さすがに若返ったとはいえ、突然入り込めば違和感はあるか……?
いや……外観は15歳だから、商社には入り込めんわなあ……サーキュどうだ?サートラの行方に心当たりはあるか?」
サーケヒヤー元王は、少しふくれ気味に寂しそうに笑うと、行き先を考えてくれているようで、サーキュ元王妃に確認してくれる。
「わ……私は……サートラ……サーラの行方など存じませぬ……そもそも、この大陸中どころか星中どこへでも自由に行き来できる故、見つけることなど到底不可能……。」
サーキュ元王妃は、少しどぎまぎしながら答える。さすがに身内が多いせいなのだろうが……カンヌールにいた時のような、高圧的な態度は薄れている様子だ。ここでは王妃ではないのだからな……。
それにしても……そうなのか?サートラの瞬間移動能力は、この星中どこにでも行けてしまうのか?
「この星中とおっしゃられましたが……南の大陸含めてこの星中どこへでも、サートラは一瞬で移動できるのでしょうか?」
すぐに再確認する。
「そうじゃ……移動石なるもの……これも南の大陸限定の特殊効果石……通常は首にかけて使用するものじゃが、移動可能距離はせいぜい数百キロほどのようじゃ。
ところがサートラの奴は生命石同様、移動石を粉にして飲み込んでしまい、体中の全細胞が移動石の影響を受けるようになっておる故、何処へでも移動可能と称しておったの……しかももう一人までなら連れ立って移動出来ると称しておったわ……。」
サーキュ元王妃が平然と答える……何だって……?特殊効果石を粉にして飲み込んでいるって?
「サートラが魔女と称される所以よのう……。」
サーケヒヤー元王がしみじみとつぶやく。そんな無茶苦茶なことを……。
「先ほど、生命石を最初に粉にして飲んだのも、サートラとお聞きしましたが、そのほかにも特殊効果石や精霊球など粉にして飲んでいるのでしょうか?」
そうだとすると、本当の魔女というか……魔法を押さえるために精霊球を取り上げるなんて言うことも、出来なくなってしまうな……。
「いや……粉にして飲み込んでも効果が維持された……若しくはより強い効果が発揮できたのは、生命石と移動石だけと言っておったな……。精霊球は粉にすると、それぞれの魔法耐性だけが残り、魔法効果は発揮できなくなるそうじゃ。
擬態石に関しては、粉にして飲むと一度だけ別人に擬態できるが戻れないようじゃな。しかも、飲み込んで擬態してしまうと、今度は擬態石を使用しても擬態不可となるため、やめたほうがいいとも言っておった。
ほかの特殊効果石も同様で、石のまま必要な時に身に着けたほうが良いと申しておったな……。」
サーキュ元王妃が答えてくれる……結構親切に何でも教えてくれるな……有難い。
「そうですか……ありがとうございます。瞬間移動できるとなると、簡単に捕まえることは出来そうもありませんね……。
サートラン商社の家宅捜索を行いたいですが、セーサさんやサーマさんの部隊を送ってしまうと、今度は王宮の警備に支障をきたしますね。2日もあれば、オーチョコから飛竜部隊がやってこられるでしょうから、それから捜索しましょう。下手に、サーケヒーヤの国軍に頼んで、証拠隠滅されても困りますからね。
さすがに千人規模の会社であれば、一人残らず消えるなんて言うことはできないでしょう。」
ジュート王子に、サートラン商社の捜索は後回しと告げる。どうせサートラのことだ、いつまでもこの地に残ってはいないだろう。
「了解いたしました……まずはここ、王宮を確保することが第一ですね。」
ジュート王子もこっくりとうなずく。