サートラとは?
「よしっ……じゃあ出入り口は閉じて鍵をかけてください。湖の向こうから王宮の様子は確認していることを忘れずにね……王族を確認次第、大半の人たちは解放しますから安心していてください。
セーサさんはここに残って、皆を監視していてくれ。俺はサーケヒヤー王と王子たちを確認に行く。トーセさん……案内してくれるかい?」
「おおいいですぞ……将校と兵士を区分しておくとしましょう。所属と名前も聞いておいたほうがよろしいでしょうからな。」
セーサはそう言って、再度兵士たちのもとへと歩み寄っていった。
「よろしいですよ……こちらへどうぞ……。」
トーセに案内されて、エントランスの奥のある階段を上って2階へ上がっていく。1階床もそうだったが、2階の床も大理石でできているようで、ピカピカに磨き上げられた床の真ん中に、ふわふわとした毛足の長いじゅうたんが敷かれている。
壁も四角いブロック状に切られた石を積み重ねて作っているようで、まさに西洋の王城を彷彿とさせる。
それでも通路の照明は蛍光灯のようで、直管のむき出しの蛍光管はそれなりに明るいし便利なのだろうが、ちょっと重厚感が台無しだ。
さらに階段を上がって3階の廊下をひたすら歩いていく。廊下の窓からマースの湖と左側に街が見えるので、城の最奥の湖側を通っているのが認識できる。
「こちらが謁見室でございます。」
廊下の真ん中あたりの、ひときわ大きな扉の前でトーセが立ち止まり振り返る。
「ありがとう……いきなり入ると失礼でしょうから、面会をお願いできますか?」
「かしこまりました……ええと……どのようにご紹介すればよろしいでしょうか?」
「ああ、そうですね……カンヌールの公爵、ワタルと紹介をお願いいたします。」
「おおそうですか……公爵様とは……了解いたしました。」
『コンコンッ……カチャッ』「サーケヒヤー王様……カンヌールのワタル公爵様がご面会です。」
トーセがノックした後ドアを開け、中を覗き込みながら声をかける。
「通せ!」
『ギイッ……』「では、どうぞ……。」
トーセが重厚そうなドアをゆっくりと開け、右手で俺を中へといざなう。
中へ入ると、そこは広いフロアーで、奥は一段高くなっていて煌びやかに装飾された椅子が並べられている。
「サーケヒヤー王様……ワタルと申します。この度は無駄な血を流さぬよう、降伏を受け入れていただき、感謝しております。」
中央のひときわ大きな玉座の前へ進み出て、片膝をついて頭を下げる。
「ふん……あのような見たこともない巨大な火球……真夏どころか王宮ごと地獄の窯の中に入れられたかと感じたほどだ……熱中症で何十名も倒れおったわ……とりあえず僧侶に治療させて回復はしたがな……。
こちらからも魔法軍兵士が総出で、何とか火球を消滅させようと試みたが、一切通じなかった。更にこちら側からの攻撃は全て火球や水の壁で防がれてしまうし、そちら側からの攻撃は王宮どころか、こちらの兵器をも破壊してしまいおった……。打つ手なしだ……降伏もやむを得ん……。
お前たちは無血開城とか喜んでおるのやも知れんが、そんなことはない……それなりに負傷者も多く出ておるぞ……まあ、わしがカンヌールへ攻め込んだとしたならば、降伏勧告など絶対にしない。
白旗を上げて命乞いしてくるまで、攻撃を続けるのみだったろうがな……して、わしは何をすればいい?
どうすれば、皆を開放してもらえる?」
玉座に座る恰幅のいい中年男性が、薄ら笑いを浮かべながら尋ねてくる。カンアツ王都の無線での態度から、もっと年長者と考えていたのだがそうではない。恐らく40台の半ばだろう。60近いカンヌール王と、ほぼ同世代と見えるカンアツ王に比べると、ずいぶんと若い様子だ。
確かに王子たちもまだ若そうだ……と言っても第1王子は中学生くらいには見えるが……。よく見ると、端の方にはサーキュ王妃……というか元王妃と、ダーウト王子の姿もある。王族はこの部屋に集合しているとみて間違いなさそうだな……。
念のために先ほどからこの部屋の人間たちは全員敵だから、魔力を封じるよう封魔石に念じているが、擬態がはがれるものは見られないので、本人たちに間違いないだろう。
「そうですね……王族の方たちは、ここにしばらく滞在いただくことになるでしょうが、兵士や従者たちは問題なければ、すぐにでも開放いたしますよ……その前に、先ほど我々の電信宛に降伏の通達を頂きましたが、貴国の兵はすでにカンヌールに向けて進軍していたはずです。
貴国軍に敗戦を告げて、引き返すよう連絡はお済みでしょうか?」
念のために派兵した軍への連絡は済んでいるか確認しておく。
「無論だ……下手に小競り合いが起こって、王宮に巨大火球を落とされてはたまらんからな……王宮本殿が如何に石を積み上げた耐火構造をしていても、あれだけの火球となると内装や人間が持たないと、学者連中が降伏を勧告しに参ったわ。
マースの軍司令部にも、降伏したことは告げてある。奴らも手出しはしないはずだ。将校の大半は、この王宮内に残っているからな……。
マース周辺に布陣を敷き、王宮への突撃も防ぐ手立ては万全だったはずだ……それなのに……サーケヒヤー軍の相手はせずに、王宮を直接狙える地点を確保して攻撃を仕掛けてきた手腕は見事だった。
更にあの巨大な……なんだあれは……ロケットの類か?あのような高等技術がカンヌールにあったとは、想像もしてなかったわ……高い城壁を破壊して、遠距離からでも直接本殿を狙えるようこじ開けよった……完全な作戦負けだ……。
体が全く無傷でも、喉元に直接刃を向けられてしまっては降伏するしかないわな……。
先のオーチョコ港での戦闘といい……弱小国相手に簡単に拾える勝ちであったはずが……まったくの計算違い……カンヌールのことを調べ上げたはずが……全く分かっておらんかったということだ……それもこれも全て……サートラに騙されたということだな……。」
サーケヒヤー王は、少しうなだれてため息をつく。やはりサートラか……。
「そっ……その……サートラは……サートラは今どこにいますか?」
「ふんっ……逃げ足だけは素早い奴だからな……大方逃げてどこか遠くへ行ってしまっているだろう。城壁が破壊され始めた時点で、本殿から姿を消しおったからな……もう近くにはいないだろうな……。」
サーケヒヤー王は寂しそうに、遠くを見つめるような眼をする。
「そっ……そうですか……すいません……ちょっとこのままお待ちください。」
『ガチャッ』そう言い残して一旦、謁見室のドアを開けて廊下へ出る。『カチャッ……キィッ』そうして廊下の窓を開けて身を乗り出し、ポケットから黄色いハンカチを取り出して大きく振る。
斬りつけられて手傷を負った時の止血のために、清浄な布は戦闘時は必須なので、常にハンカチタオルを持っている。今日はたまたま黄色いハンカチだったので、これを手旗代わりに振ることにしたのだ。ハンカチを振った後で、両手で大きく丸を作ってから窓を閉める。
浮島から見ると王宮の正面の窓に当たるはずだが、望遠鏡で監視しているはずだから伝わっているだろう。
しばらくすれば、最初の小隊が到着するはずだ。
「お待たせしました……すいませんが、サートラとは一体何者なのでしょうか?サーケヒヤー王室との関係をお話し願えませんか?」
ジュート王子たちが来るまでは、まだしばらく時間がかかるだろう。その間、王家の方たちから目をはなすわけにはいかないので、ついでだからサートラの話を聞いておこう。
「サートラか?……サートラは……そうだな……魔女だ……。」
「魔女?……魔女といいますと……魔法を使う……いわゆる魔法使いの女性ということでしょうか?」
サーケヒヤー王は、ちょっとおかしな表現を使う。精霊球を持っていて魔法を使うのであれば、魔法使いでいいのではないのか?ショウだって中身はエーミなのだから、それだと魔女ということになってしまうからな。
「いや……そうではない……魔法はもちろん使う……精霊球を持っているからな……だがそうではなく、悠久の時を生きてきた、不死の魔女……ということだ。」
「悠久の時……それは……生命石を飲んで若返りを繰り返していたということではないのでしょうか?」
「おお……生命石のことを知っておるのか……そうだ、生命石を飲んで何度も若返りを繰り返し、実に数百年間以上も生き永らえてきた……まさに魔女だよ……。」
「すっ……数百年もですか……?」
サーケヒヤー王の言葉に絶句する。数百年って……せいぜい、ここ2,30年間若返りを繰り返して、年をごまかしているのだと思っていたのに……。
「ああそうだ……生命石というのは、太古より長寿の効用があると伝えられ珍重されていたようだったが、あくまでも身に着けることにより、老化しずらくなって寿命が延びるといった使い方だった。
その生命石を直接粉にして飲むことにより、実際に若返ることを発見したのはサートラだと自分で言っていた。もちろん動物実験を繰り返し、安全性を確認してから自分でも飲んだと言っていたが、そんな使い方……普通は思いつかんだろ?石を飲むなんて言う発想自体が、我々凡人には浮かばないからな……。
ましてや貴重中の貴重……百年に一度しか出現しないとまで言われていた生命石を、削って粉にしてしまう勇気というか探求心には敬服する。
精霊球をいくつかの小片にして防具に取り付け、魔法耐性を上げるという手法も、彼女が試行錯誤の上に編み出したらしい。貴重な精霊球ではあるが、ダンジョンから取り出してから50年間という使用期限があり、期限切れ間近の精霊球の利用方法として有効と言っておった。
砕いて防具につけ使用すると、魔法耐性が向上するだけで魔力付加効果はないが、使用期限は倍くらいに伸びると言っておったな……。
ギルドもそうだが……冒険者がダンジョンに潜って精霊球を取得する……そのためのダンジョン管理と安全のための格付けなども、彼女の指導で行われたようだ……この大陸に存在するギルドという組織をも作り上げたのだな……。数百年生きているということも……納得できるだろ?」
はあー……ギルドや冒険者のシステムは……彼女が作り上げたというのか……いや……元々冒険者はいたのだろうが……安全にダンジョン攻略出来るようなルール作りにかかわったということかな?
「今のサートラン商社の社長……サートラの戸籍上の父親になっているものだが、こいつだって実をいうとサートラの何十人目かの息子でしかない。役所で戸籍をごまかして、親子関係を逆にしただけだ。母親のほうが息子より若いと都合が悪いでな……。」
「その……戸籍を書き換えるのは、サーケヒヤー国の役場が王様からの依頼を受けて行ったわけですよね?どうしてまたそのようなことをしてまで、サートラに加担したのですか?
サートラン商社はこの大陸でもトップの商社ですが、おかげでカンヌール国の内部まで入り込んで、調達資材の大半を手掛ける商社になっています。しかも陰では精霊球の使用期限を偽って更新を早めさせ、不当な利益を得ていた疑いがもたれております。
さらにサートラン商社の家宅捜索時に逮捕した、元王宮関連の社員たちを殺害した、いわゆる犯罪者ですよ。どうしてそのような犯罪者に肩入れするのですか?サーキュ王妃様がダーウト王子を身ごもった時の、手助けをした功績が大きかったのでしょうか?」
サートラン商社はサーケヒヤー発祥の商社だが、カンヌールではさほど知られていなかった……両国間の関係は冷え切っていたからな……交流など全くなかったはずだから……ところが長年不妊に悩まされていたサーキュ王妃が懐妊されたのが、やはり大きかったのだろうか?
サーキュ王妃はサーケヒヤー王の身内だからな……。
「ああ……あれは……サートラン商社は、元々我が国では重用されていた。だが、いかな王妃とはいえ、自国の会社に嫁ぎ先の資材調達を一手に引き受けさせることは出来なんだ……。
当たり前だがカンヌールには代々使用している調達先があり、よほどの利点でもなければ取引先を変えることなど出来はしない。無理に変えれば、どう見ても影で不正が行われている印象を受けるからな……。かといって、ケチでがめついサートラは、商品単価を値引くことなど、絶対にするつもりはなかった。
仕方がないのでサーキュの不妊にあやかって、南の大陸から受胎石を調達したというわけよ……。もともとサーキュの家系は子供ができにくい体質でな……カンヌール国王もそれを承知のうえで妻に娶ってくれて、世継ぎはすでに側室との間にジュート王子がいたのだがな。まあ、おかげでダーウト王子が生まれたわけだ。
いわばまあ……出来レースともいえることだったわけだが、おかげでサートラン商社がカンヌール王宮どころか、政府筋までも掌握することに異議を唱える者はいなくなった……商品単価は逆に上がったにもかかわらずにな……。」
サーケヒヤー王が、笑みを浮かべる……ううむ……何だってまたそんなこと……。
「では、どうしてそこまでして、サートラに加担したのでしょうか?何か弱みでも握られて……?」
なぜ、こうまでサートラの暗躍に力を貸していたのだろうか……だまされていた様子は見受けられない。サートラという人物の本性を理解したうえで、協力していた様子だ。
一国の王ともあろう人が……一体どうして?