降伏勧告
「ようし……じゃあもう一度、王宮本殿の真上に巨大火球を移動させてくれ。」
「うん、わかった。」
ショウが念じると、太陽のような巨大火球がゆっくりと右方向へ動き始めた。破壊した壁の向こう側には、無数の人影が確認できたが、巨大火球が向かってくると急いで王宮本殿の中へと引き返していった。
まあ、すぐに落とされてしまったら、外にいたら一瞬で消滅してしまうような恐怖に駆られるだろう。建物の中のほうが、少しはましに感じるのだろうから、仕方がないか……。
「ジュート王子様……もう一度電信をお願いします。
直ちに降伏しなければ、本当に王宮本殿を攻撃するとしてください。」
ジュート王子に、再度降伏の勧告をお願いしる。
「わかりました……やってみましょう。」
ジュート王子が通信兵に命じて電信を発信させる。
「降伏してきますかね……。」
トオルが王宮の様子を遠目で眺めながら、厳しい表情でぽつりとつぶやく。
「わからん……わからんが……降伏しなければ、攻撃するしかなくなるだろう。なにせ、こっちは全部で百名くらいしかいないのだからな……向こうは兵士だけでも恐らく数万……この地に残って王宮や軍事基地を守っている部隊だけでも、1万人以上の兵士がいるだろう。
圧倒的武力で制圧……なんてことできやしないのだからな。そうなると、頭である王宮を叩くしかなくなるわけだ。だが……そうなると厄介だろうな……王宮を破壊したとしても軍部は恐らく降伏しないだろうから、全兵力を注いでカンヌールを攻略にかかるかもしれない。
その場合は長い戦いになるだろう……何万もの血が流れ出るような戦いに……そうはしたくはないから、なんとしてでもこの場でサーケヒヤー王に降伏させて、軍部を押さえこませるしかない。」
まさか本当に巨大火球を本殿に落とすわけにはいかない。そんな大量殺戮をショウにさせるわけにはいかないのだ。だから、降伏しなければ火球は消させて、ゴーレムの矢を直接本殿に撃ち込んでやるつもりだ。もちろん俺が命じて発射させる。
本殿の壁など簡単に突き破ってしまうはずなので、大きな被害を与えるはずだし犠牲者も出るだろう。そんなことを命じるのだと考えると、本当に胸が苦しい……サーケヒヤー国王よ降伏してくれ……とさっきから何度も何度も強く念じているのだ……。
「早く降伏してー……。」
コンテナの横では、ナーミが両手をすり合わせながら祈って居る。俺だって同じ気持ちだ……ショウはじっと王宮の上にとどめている巨大火球を見つめている。神経を集中させて、火球を保っているのだろうな……ショウの魔力の心配もしなければならない……いつまで待てるか……。
「ショウ君の巨大火球のおかげで、敵の砲撃はやんでいます。更に高射砲も大半は破壊されたことと考えます。この際ですから、もう一度先ほどの丘に陣を構えませんか?
ここは先生たちの新居のようですし、ここを攻撃されるのはよろしくないと考えます。戦艦や高射砲などはある程度制圧できましたが、水竜がいます。湖の上は不利ではないかとずっと考えているのですが……。」
サーケヒヤー王宮の反応を待っている途方もなく長く感じる時間の途中で、ジュート王子が移動を提案する。確かに……敵の本拠中の本拠に、俺たちは陣取っているわけだ……。
「そうですね……水竜に関しましては、恐らく成獣の水竜はほとんどマース湖にはいないと考えております。
ジュート王子様がおっしゃっていた通り、以前は成獣の水竜をサーケヒヤー海軍戦艦の推進力に使用していたのでしょうが、科学力の進歩によりエンジン性能が飛躍的に向上し、水竜に頼らなくても巨大戦艦での航行が可能となったのです。そうなると、巨体の成獣の水竜はただの無駄飯喰でしかありません。
マース湖での漁の補助や、一般で飼育するような場合は幼獣の水竜のほうが扱いやすいですし、恐らく成獣になると子供を産ませて、その後は水竜の洞に帰すのではないでしょうか……。
仮に成獣の水竜も大量に飼育しているのであれば、先の戦争前にホーリ王子が水竜の群れに襲われていた場面では、当然ながら成獣を使用したはずであり、幼獣相手であったからこそ勝てましたが、成獣の群れ相手では成獣になりかけのミニドラゴンとホーリ王子様所有の成獣の地竜2頭だけでは、恐らく敵わなかったでしょう。
もしそうであったら、以降の展開も大きく変わっていたはずです。わざわざ有効な戦力を出し惜しみする理由はありませんから、成獣の水竜を飼育していないとの推測が成り立つわけです。
当時は敵が誰かわかりませんでしたが、カンアツ王様とホーリ王子様にお会いして、その時の襲撃にサートラやサーケヒヤー国がかかわっていることが、ほぼ明白になりました。つまりサーケヒヤー国には成獣の水竜はほとんど存在していないとの結論に至るわけです。
私の推測では成獣の水竜はサーキュ王妃様が移動に使っている、船を推進させるための水竜だけで、サーキュ王妃様の性格を考えると、自分の船を動かすための大事な水竜を、こんな戦争に使わせはしないでしょう。
そう考えまして、この浮島へ移動してきたのです。
あくまでも私の勝手な推測であり、当初はドキドキしておりましたが、やはり水竜の群れの襲撃はありませんでした。近代兵器を誇るサーケヒヤー軍には、戦闘用の水竜の飼育はされていないのでしょう。
仮に幼獣の群れを飼育していることは想定もしましたが、こちらには成獣の飛竜が4頭もいるので、十分対抗できると考えておりました。
さらにトオルの水の障壁を使うにしても、湖の上の方が都合がいいようなので、この地を離れないほうが得策です。冒険者としてギルドに通うために購入した浮島ですので、できればこの浮島から攻撃を仕掛けたくはなかったのですが、もう今更ですよ……。
まあ実際はどうであれ、巨大火球に睨まれている現在では、向こうは手出しできないでしょうからね。火球が落ちてきたら全滅ですからね。」
取り敢えず、ジュート王子に安心材料を説明する。以前からこの推測はほぼ固まっていたのだが、実際浮島へ移動するにあたり俺も内心怖かったので、頭の中で安心材料を何度も集め反芻し続けていたのだ。おかげで説明しやすかった。
「はあ……恐れ入ります……ようやく安心できました……さすが先生ですね……。」
ジュート王子が笑顔を向ける。ううむ……いい加減、先生は引退したい……。
『バサッバサッバサッ』羽音がするので振り返ると、飛竜が1頭コンテナボックスとともに舞い降りてきた。戦艦を制圧に向かった部隊のうちの一つだろうな……無事制圧して、向こうはある程度めどがついたということか……。
「甲板と艦橋を制圧しエンジンを停止させ、船長以下全員を拘束し、鍵のかかる船倉に閉じ込めておきました。念のためにサーマの部隊は残し、我らは戻ってまいりましたが……何ですか?あの巨大な火球は……。
わしの長い冒険者生活でも、あんなに巨大な火球を作り出す魔物には、出会ったことはござらんですぞ……。」
飛竜の背からセーサが降りてきてジュート王子に報告するとともに、王宮上空に目を移し小さく何度も首を振る……信じられないといった表情だ。それはそうだろう……びっくりしているのはこっちだって同じだ。
「魔法軍の兵士は魔力が尽きてしまい、精霊球をショウ君に託しました。あれはショウ君が作った巨大火球です。それで……現在電信で降伏を呼び掛けております。」
ジュート王子がセーサに事情を説明する。
「そうですか……でもなかなか降伏してこないと……脅しだけで、実際は攻撃できやしないだろうと、高をくくっているのでしょうな……ふむ……。
ゴーレムとか申しましたかな……?城壁を突き破るほどの凄まじい破壊力を持っておりましたな……。
ワタル殿のことですから、すでに王宮本殿に向けて狙いを定めておるのでしょうな?」
セーサは自分の口ひげを触りながら、目を細めてはるか遠くの王宮のほうを眺めると、今度は視線をゴーレムに切り替え、さらにコンテナの上の俺を見上げてきた。
「ああはい……すでに照準は、王宮本殿のど真ん中に定めてあるつもりだ。いつでも撃てるようにして、今は降伏の返事待ちの状態だね。」
質問の意図はよくわからないが、現状をそのまま答えておく。
「お前が、この新型兵器の担当兵か?ワタル殿がおっしゃっている照準というのは、この目盛りのことを指しているのかな?今は86となっているが、これを動かすと左右に狙いが変わっていくわけだな?
それで……ここにある大きなレバーを倒すと……恐らく弦を固定しているフックが外れて、この丸太のような大きな矢が発射されるということで、間違いがないな?」
セーサは、なぜかゴーレムに興味を持った様子で、傍らに立っている工兵に操作方法を聞き始めた。
「ふむふむ……。」
そうしてゴーレムの背後からじっと身をかがめて、王宮方向を見つめる……。
「ああっ……いけません!そこを触ると照準が変わってしまいます。」
工兵が慌ててセーサを制止しようする……なんだなんだ?7発発射して、撃ちながら微調整してようやく王宮を狙えるよう、照準を定めたのだぞ……変えられちゃ困る……。
「まあまあ……ふうむ……元は86.2だったのが……81.7くらいかな?元々はここが86.2であったことを覚えておけよ!」
『カチカチカチカチカチ』うん?セーサの手元がよく見えないが、ダイヤルを回すような機械音が……
「そうしてこのレバーを倒す……。」
『ブン……シュカッ』ああっ……なっ……なんということを……セーサが発射レバーを倒してしまった……しかも、王宮ど真ん中のはずの狙いが……ちょっとずれているんじゃないのか?
せっかく合わせた照準は変えられ、さらに矢を発射されてしまったようだ……まずいぞ……残りは2本しかない……セーサは、この状況を知っているのか?知っててやっているのか?
「せっ……セーサさん……一体どうして……?」
発射された矢の軌跡を目で追いながら叫ぶ……全身から力が抜けていく思いだ……。
「本殿を射程に入れてあるなら、一発ぶち込んでから降伏を勧告しなければなりません。そうしなければ、向こうだって本当の恐怖を感じないから、なかなかあきらめませんよ。
長引けば長引くほど、こちらには見せかけ程度しか策はないと分かってしまいます……。
撃たねばならん引き金を、どうしても引けない様子なので、わしが代わりにひかせていただいた。手柄を横取りするようで申し訳ないが、これ以上膠着状態を長引かせるわけにはいかないようですからな……。」
セーサは当然のことのように説明する。確かに……確かにおっしゃる通りなのだが……。
望遠鏡で王宮の様子をうかがうと、王宮本殿の向かって左側に着弾した様子で、矢は本殿側壁をかするようにして壁の一部を破壊し、本殿すぐ横の中庭に斜めに突き刺さっていた……ふうっ……あれならけが人も出てはいないだろう……よかった……。
だがまあ、こうなると次打を放たなければならなくなったな……。
「照準を86.2に戻して、次の矢を準備してくれ。」
「はっ……承知いたしました……よし、引けっ!」
『キリキリキリキリ……ズッズッズッ』工兵はすぐに照準を戻し飛竜に弦を引かせると、3人がかりで矢を装着した。
「次も、わしが撃ってしまいますかな?」
「ま……待ってくれ、セーサさん……俺が悪かった……次の発射の判断は、俺に任せてくれ。」
コンテナの上から両手を合わせて拝むようにして、セーサにお願いする。確かに俺が悪かった……このままではショウの魔力だって尽きてしまいかねないからな……そうなってからでは遅いのだ。向こうが脅威を感じているときに、さらに恐れさせるくらいでないと、降伏などしてはくれない……。
「電信が入りました。サーケヒヤー王家一家含め、兵士及び国民の身の安全を保証するか?保証するなら降伏する。とあります。」
通信兵が、電信装置から出力された用紙を読み上げる。
「降伏するなら、サーケヒヤー王家にもサーケヒヤー軍の兵士にも、もちろんすべての国民に対しても、一切危害を加えないと返信してください。」
すぐにジュート王子が返信の指示をだす。
「先生っ!やりました……敵は降伏してきました。」
ジュート王子が嬉しそうに飛び上がって叫ぶ。
「そのようですね……まだ油断はできませんが……。」
意外とあっけなく降伏したな……こっちの兵力は恐らく分かっているはずなのに……やはり直接王宮をかすめた攻撃が、功を奏したということか……。そうだよな……向こうからこちらには攻撃が届かなくて、一方的に向こうは攻撃を受けているわけだ……それが脅しではなく、本当に直接狙ってきたのだからな。
巨大矢の攻撃だけではなく、超巨大火球を落とされる危険性だって一瞬で跳ね上がったわけだ……いうなれば、こちら側の覚悟を示したともいえる一撃であったわけだ。
玉砕覚悟で最後まで戦うという信念でもなければ、降伏もやむを得ないだろう……だが……おかげで助かった……。