超巨大炎玉
「水の壁も湖上で使えば、少ない魔力でずいぶんと大きなサイズにできるようですね。300年ダンジョンの精霊球ならではということも言えそうですが、これなら砲弾も炸裂弾も防ぐことは出来そうですよ。
津波同様、水の資源があれば膨大な魔力は消費せずに、大きな魔法効果が得られそうですよ。」
トオルが嬉しそうに笑みを浮かべる。確かにトオルの作り出した水の障壁は、向こう側が透けて見えるような薄いものではなく、巨大な丘ほどもありそうな分厚い水の障壁と化し、敵砲弾は全てその中に飲み込まれ、叩き落されてしまい通過できていない。
これなら火の精霊球の担当者と分担して、砲撃を迎撃することが出来そうだな……あとは、トオルと新人魔法兵の魔力がどこまで持つかにかかっているともいえるが……持久戦に持ち込まれた場合の、安心材料が一つだけできた……。
それにしても……電信はとっくに届いているはずだろ?休まず攻撃を続けているということは、降伏の意思はないということか?
「10分はとっくに経過してしまいましたね……どうします?もう少し待ちますか?」
下から工兵が見上げながら聞いてくる……ううむ……王宮から避難する様子は全く見られない……直接は狙えないと高をくくっているのだろうか……まずいな……確かに俺には人が残ったままの王宮に向けて、撃てと命じるだけの度胸はない……。
『ヒュー……ザッバァーンッ』『ヒュー……ドッボォーンッ』『パラパラパラパラッ』すると、浮島のすぐ横に砲撃が着弾して、舞い上がった水しぶきが雨のように降り注いできた。
「大丈夫かい?」
下を見ると、倒れた魔法兵をジュート王子が抱き上げていた……王宮側の砲撃を防いでいたのが、倒れてしまったか……ありゃりゃ……まずいな……魔力の枯渇だろう……砲撃が当たってしまう……。
「水の壁!水の壁!水の壁!水の壁!」
『ヒューヒューヒューヒュー』『ズバーッドバーッザバーッバシャッ……ドボザバザブザッバンッ』トオルがフル回転で水の障壁を張り、砲撃を叩き落しにかかる。だが……中級魔法をどれだけ連発できるか……トオルだって魔力が枯渇してしまいかねない……まずいぞ……。
「岩弾!岩弾!」
『ヒューヒュー……ドボザブンッ』とりあえず遠くの飛来物を狙って岩弾を唱えてみたが何も起こらず、砲弾はトオルの水の障壁に吸収された……ますますまずい事になったな……。
『バサッバサッバサッ』頭を抱えていたら、そこへ飛竜が舞い降りてきた……ナーミたちが乗っているミニドラゴンだ……戦艦との戦闘は終わったのか?
「戦艦は甲板を制圧して、後は艦橋を攻撃しにセーサさんたちが中へ突入していったよ……上空からは援護できないし、多分大丈夫だろうから戻ってきたけど……どう?」
ショウがミニドラゴンの背から降りながら状況を確認してくる……どうって言われても……大変なんだがな……そうだ……。
「ショウッ……そこで倒れている魔法兵士から300年ダンジョンの火の精霊球を借りて使ってくれないか?魔力が枯渇してしまったようだ……中級魔法の大炎玉で砲撃を落とすよりも、300年級精霊球の初期魔法の火弾のほうが、魔力の消費は少ないと思う……それでも負担は大きいのだろうがな。
無理はしてほしくないが……もう少し耐えれば……もしかすると向こうからの反撃が通じないと理解すれば、降伏してくるかもしれないんだ……やれるか?」
トオル同様、300年ダンジョンの精霊球を借りるよう指示を出す。最悪ナーミもいるのだから……火の精霊球に関しては、交代で使えば少しはもつであろう。
ショウであれば、この間魔力が枯渇して治療してもらったから、魔力は向上しているはずだ。無理すると魔力を失える場合もあるとトークからは言われているから無理はさせられないが、少しの時間だけでも稼ぎたい。
先ほどから何度も念じてはいるのだが、どうやら俺の魔力は枯渇しているようだ。岩弾を発しようとしても全く何も起こらない。トークの教会で治療してもらうにしても3日かかるのだ……回復したころには戦争は終結しているだろう……このままではカンヌールの敗北だ。
「うん分かった……やってみる。」
「こちらも呪文短縮の指の符号は、先生に教わった通りに設定してあります。お願いします。」
ジュート王子が魔法兵士の胸元から精霊球を外し、ショウに手渡してくれる。ショウはその大きな精霊球を重そうに首から下げた。
『火弾!火弾!火弾ッ!』
『ヒューヒューヒュー』『ボワボゴワボワァ……ドボンザブンザバンッ……ピューピューピュー』ショウの発した巨大な火球は、敵砲弾を叩き落した後も直進を続け王宮方面へ飛んでいった。
「やりましたね!……敵の高射砲を3台とも破壊しましたよ!……すごいですね……。」
距離がありすぎて何も聞こえはしなかったが、照準器で対岸を確認している工兵が、嬉しそうに叫び声をあげる。
言われてすぐに望遠鏡のピントを合わせると、確かに王宮の崩れた壁の向こうに火の手が3ヶ所上がっていた。砲撃を仕掛けてきた高射砲ごと破壊してしまったのだ……さすが300年級精霊球の威力の凄まじさといったところだろうが、正確に軌跡を辿るよう、コントロールしたショウの狙いもすごい。
「火弾!火弾!火弾!火弾!」
『ヒューヒューヒュー』『ボワッボワワッボワァボゴワッ……ドボンドボッザブンザッバンッ……ピューピューピューピューッ』それでも執拗な砲撃が止むことはない……破壊された王宮壁の向こう側では 壊れた高射砲をすぐに引っ込めて、新たな高射砲を設置して攻撃を仕掛けてきているようだ。
望遠鏡を向けてみると、ショウが放った巨大火球が今度は高射砲4台ともに命中し、爆発した勢いで台座ごと宙に舞い上がる。王宮の中庭が修羅場と化し、兵士たちの逃げまどう姿が確認された。
それでもあきらめることなく、爆発が収まるとすぐに高射砲の入れ替え作業が続いているようだ。
さらに王宮わきの湖岸には、続々と戦車や高射砲が配置集結してきている様子だ。丘周辺を守っていた全兵力を、王宮わきの湖岸に集中してきているのだろうか……。
『ヒューヒュー……ドッボォーンッドッバァーンッ』『パラパラパラッ』今度は浮島の家の奥側に着弾し、水しぶきが上がる。
「港側にも砲台を設置したようですね……ですがこちら側から反撃すると、商業施設まで被害が及ぶ可能性もあるからできませんね……そもそもこの周りにも一般人宅の浮島はないことはないのですが、向こうは何も気にせず砲撃してきています。中には流れ弾で被害にあっている浮島もあるのではないでしょうか……。
水の壁は、ある程度の時間ならそのまま維持できるようですから、設置する範囲を広げてみますよ……これ以上周りに迷惑をかけるわけにはいきませんからね……。
水の壁!水の壁!水の壁!」
『ズッボォーンッザッボンッドッバァーンッ』トオルがコンテナの上から、今度は港側にも水の障壁を設置した。先ほどまでより高さも倍近く、幅も数倍大きなサイズだ……俺たちの浮島だけではなく、周囲の浮島をも守るために設置したのだろう。巨大な水の壁がマース湖上に出現した。
そうなのだ、湖岸から2キロ地点とはいえ、俺たちの浮島だけが浮いているわけではない……恐らく湖岸近くは場所代が高いのだろう……こんな場所にでも、数は少ないが浮島は存在している。
自国民の家を巻き込んで、平気で砲撃してきているのだ……決して回りが住宅地だから攻撃してこれないだろうと考えてこの場所に来たわけではない。もともとの目的地の丘が制圧できなくてやむを得なく来たのだが、この場所は特別といった意識はなかった。
ところがいざ周囲を巻き込みながら平気で攻撃してきているところを見ると、確かに住宅地に逃げ込んだこちらも悪いのだが……それを意にも介さずに攻撃してくるサーケヒヤーはひどいと感じる。
自国民を人質に取られたような格好で、仕方なく攻撃を取りやめ説得交渉にかかるくらいのことになっても、然るべきのように感じるのだがな……。
サーケヒヤー軍は、自国民のことなど考えずに平気で砲撃を仕掛けてくる……とか考えていても仕方がない……このままでは本当にじり貧だ……仕方がない……王宮を直接攻撃してみるか?俺たちにはできやしないと考えているところに、撃ち込んで見せてやるか……?
「ショウッ……大炎玉だ……大炎玉をあの王宮の上に作ってくれ。そうしてから交渉だ。」
とはいっても、やはりゴーレムで矢を直接撃ち込むのはためらわれるので、ショウに直接王宮を狙わせる魔法を指示する。勿論、ショウに直接王宮を攻撃させるつもりは毛頭ない。俺ができないことを、ショウにやらせられるはずもない……心に深い傷を負わせるわけにはいかないのだ。
大きな炎の玉で脅してみたらどうなるか……あくまでも脅しだけのつもりだ。火弾ですらあの巨大さなのだ。大炎玉であれば、相当大きなサイズになるだろう……果たしてその大きさに、どれほどビビってくれるかどうかだが……。
「わかった……大炎玉……合体!」
ショウが唱えると巨大な炎の玉が天から舞い降りてきた……それは予想外……というよりも予想をはるかに超え、太陽が落ちてきたような錯覚にとらわれそうな……ともかく巨大な火球だった。サーケヒヤー王宮本殿は恐らく一辺が500mはありそうな巨大建物だが、その建物を包み込むくらいの巨大さに見える。
実際は百mを超える程度なのだろうが、高温ゆえ周囲の空気の揺らぎも伴い巨大に見える……300年級精霊球だからなのか?いつもの炎の精霊球の火球と合体しているとはいえ……凄まじすぎる……。
その火球は空間をゆがませながら、ゆっくりと王宮本殿上方へ降りていく。周囲はすさまじい熱気なのだろう……湖上に陽炎が立ち始め、王宮の形がゆがみ始めた。
「ショウッ……まてっ……王宮には人がたくさんいる……落としてはだめだ……止められるか?」
「うんっ……大丈夫だよ……。」
ショウが念じると、王宮本殿の百mほど上で停止した。
「よしっ……このままキープできるか?魔力は大丈夫か?」
「うん、大丈夫……火炎放射じゃないから……作った炎の玉を維持するだけだから、負担は軽いみたいだよ……全然平気。」
ショウが王宮を見つめたままで、振り返らずに答える。
敵陣は大慌てだろう、超巨大火球が出現した途端に湖湖岸からも含めて砲撃はやんだ。そりゃそうだろう……あのまま砲撃を続けて、王宮本殿に超巨大火球を落とされたらえらいことだ……言ってみればサーケヒヤー国王が人質なのだ。
さらに王宮本殿を破壊したら、次は自分たちの陣へ落とされるわけだ……その巨大さから、一度狙われたら逃げ場などない……待つのは死だけだ……。
王宮中庭から上空の超巨大火球に向けて、いくつもの火球や水流が繰り返し発せられている様子がうかがえるが、どれもショウの作り上げた巨大火球に比べると小さく、巨大火球を消滅どころか揺るがすことすらできていない様子だ。
サーケヒヤー軍は、百年ダンジョン級の精霊球を大量に所持しているとカンアツで聞いていたが、やはり300年級で、さらに精霊球取得にかかわったショウが念じているのだ。その魔法効果は数倍から数十倍はあることだろう。そのうちにあきらめたのか、中庭に出ていた魔法兵士たちは王宮本殿内に引き上げていった。
「すごい熱気なのでしょうね……王宮内に設置した高射砲がどんどん破裂していっています。恐らく詰めた火薬が熱で暴発しているのでしょう。」
照準器を覗いている工兵がつぶやく……おおそうか熱気で……。うまくすれば、重機関銃だって無効化出来ている可能性があるな……そうなれば、王宮へ直接乗り込んでいくことだって、可能となりえる。
「ショウッ……あの巨大火球を少し横方向へ動かせるか?王宮の横に高射砲に砲台や戦車などがやってきているだろ?あれらも熱気で破壊しておきたい。」
「うんっ……やってみる。」
絶対に敵陣へ落とすわけにはいかない巨大火球だが、こういった利用方法ならいいだろう。ショウの火弾や、トオルの水の障壁で敵砲撃はほぼ無効化できるのだが、いつまで魔力が持つか心配だし、直接高射砲や大砲を破壊できればそれに越したことはない。
全ての攻撃兵器を無力化させることができれば、向こうだってあきらめて降伏するかもしれない。
望遠鏡で見ていると、巨大火球がゆっくりと左方向へと移動し始め、それに伴って湖畔に次々と火柱が上がっていく。砲台や高射砲が暴発していっているのだ……兵士たちは火球が近づくに従い、一目散に逃げだしていっているようだ。
「ようし……これで当面の脅威はなくなったわけだ……と言っても、さすがに港側に巨大火球を移動させるわけにはいかない。街が大火災になってしまうだろうからね。
ショウっ……まだ大丈夫そうか?」
「うん……全然平気……。」
ショウが即答する……ううむ……この言葉をうのみにしてもいいものかどうか……ちょっとためらうことはためらうのだが、ほかに選択肢はない。
敵を沈黙させる唯一の手段が超巨大火球であるならば、これで交渉するしかない……まさか、ゴーレムの矢を直接王宮本殿に打ち込むことはできないのだ。