攻撃開始
「どのような結果になったとしても、後悔はいたしません。たとえ逃げることになったとしても、出来るだけのことはやってからにしたいです。攻撃を開始してください。」
ジュート王子も覚悟を決めたように、大きくうなずく。
「よしっ……発射!」
「はいっ!」
『ブンッ……シュカッ』『グラッ』巨大な丸太のような矢が、一直線に王宮壁に向かって放たれた。同時に浮島が少し揺らぐ……ううむ……反動を考えていなかったな……。
「着弾っ……目標より少し下の、護岸に着弾したようです。」
照準器で確認した工兵が叫ぶので、望遠鏡のピントを急いで合わせる。すると、王宮壁面よりも少し下で湖面よりも1,2m程度上のコンクリート壁に、炸裂していた。威力は絶大のようで、そこから上部の王宮の壁にまでひびが入っている様子だ。
「湖に浮いているだけの浮島のことを考えていなかった……反動で少し下がってしまったから、その分勢いを殺されてしまい、下の方に着弾したのだろう。仰角を0.5度上げてくれ。それで壁の真ん中くらいの高さに当たるはずだ。」
ゴーレムを発射したときの反動で、湖面に浮いている浮島の位置がずれてしまったようだ……浮島が巨大でそれなりに重かったから、ゴーレムの強い反動に少しは耐えることができた。
もっと後ろへもっていかれていたら、王宮前の一般住居の浮島へ突っ込んで大きな被害を与えていたことだろう。やばかった……冷や汗ものだ……。
「了解しました……よしっ引けっ!」
『キリリ……ズッズッズッ』照準を修正し、飛竜が弦を引っ張り矢をセットして発射体勢に入る。
「発射っ!」
「はいっ!」
『ブンッ……シュカッ』『グラッ』巨大な矢が一直線に飛んでいくと同時に、足場が揺らぐ……少し上向きに修正したはずなので、横方向への反動は小さくなっているはずだが、感覚的にはほぼ変わらない……。
「着弾っ……狙い通り、王宮壁のほぼ中央部分に到達!幅十mほどの大きさで壁を破壊して突き抜け、王宮の地面に突き刺さりました。成功です。」
照準器で確認した工兵が叫ぶ。よっしゃあ……やったぞ……。
望遠鏡で壁の様子を確認すると、王宮本殿から多くの兵士たちが飛び出してきて、破壊された壁の状況確認に右往左往している。中には、破壊された塀から身を乗り出して、護岸に突き刺さっている1撃目の巨大な矢を確認している者もいるようだ。
そうして向こうからも双眼鏡や望遠鏡を使って、湖の様子をうかがい始めた……そりゃそうだ……矢が飛んできた方向は、突き刺さった矢の様子から容易に判断できる。
浮島には飛竜部隊のコンテナを並べて、直接兵士たちを確認できないようにはしているが、居住用の浮島に鉄製のコンテナを並べている状況は、奇異に映ることだろう。そろそろ、こちらが発見される時が来たようだ。
「港から軍艦が出てきましたね……エンジンを始動させて待機していたのでしょうかね。近づいて少し回り込めば、武装兵も確認できるでしょうから、砲撃してきますよ……どうしますか?」
暫くして王宮の様子を見ていたらトオルが叫ぶので、指さす港の方向へ望遠鏡を向けると、1隻の巨大戦艦が出航してきたようだ。さらにその周囲には駆逐艦も追随している。
「とりあえず、津波かなんかで転覆させられるか?だが、効果範囲を狭めてくれ……一般住民の浮島が被害をこうむったら大事だ。」
「承知いたしました……小津波!小津波!小津波!」
『ザッバァーンッ』『ザッボォーンッ』『ザバーンッ』トオルが発した津波は小津波とはいえ、300年ダンジョンの精霊球を下げているためか、迫ってくる駆逐艦に覆いかぶさるように大きく、次々に衝突ていき、ことごとく転覆させていく。だが、巨大戦艦はその巨大さゆえに、大きく揺らぐが転覆せずに直進を続けている。
「これ以上大きな波を起こしてしまいますと、範囲を限定することが難しく、周りに点在している浮島にも影響を与えてしまう恐れがあります。一般の浮島を転覆させてしまうわけには参りませんので、これ以上は無理ですね……。」
トオルが放つ津波は正確に敵駆逐艦1隻ずつに直撃し、転覆させては消滅しているようだが、さすがに巨大戦艦を転覆させるような大波となると、その影響が周囲の浮島や護岸を乗り越えて街にまで派生してしまう恐れはあるわな……。
そうなると、これ以上の抵抗は難しいか……向こうだってろくに確認もせずに砲撃するわけにはいかないから、ある程度近づいて俺たちを確認してから砲撃しようと考えているのだろうが、これ以上の魔法攻撃は難しいということになってしまった。
ショウやナーミの火炎魔法では、鉄製の戦艦に対して直接大きなダメージを与えるには、相当大きな火球が必要になるだろうし、火球の場合は出所が明確になるから、この浮島が敵だと簡単にばれてしまうからな……。
そうなると一気に制圧できなければ、こちらも多大な被害を被る危険性がある。
津波であれば、こちらの所在を明確にしなくても攻撃可能なので最適だったのだが、ダメか……。
「ううむ……戦艦を何とかしなければならないな……」
「飛竜部隊を2隊送り込みます……王宮と違い、戦艦の甲板上であれば、前回の戦争時のように白兵戦に持ち込めるでしょう。」
ジュート王子がセーサとサーマの部隊に突撃の準備をさせ始めた。
陸軍の主力は、丘周辺に配置されていたはずだ。俺たちは背後に回り込み湖側から攻撃をはじめ、湖の異常に気づいて慌てて戦艦を出航させて来たのだろう。
王宮の警護は重機関銃で待ち構えていて、当初陣を張る予定だった丘の上に、凄腕の剣士たちを配置させていたわけだ……その大半は捕虜にして拘束したから、こんなに早く復帰してくるはずはない。
そうなると戦艦に多くの兵士は乗り込んでいないだろうから、飛竜部隊2隊も行けば十分制圧可能かもしれない。一気に制圧するには、それしかないか……
「ナーミっショウっ……悪いがミニドラゴンに乗って、上空から戦艦上の白兵戦の援護射撃をしてやってくれないか?
こっちは新兵器があるし、魔法攻撃だって300年ダンジョンの火の精霊球の魔法兵士とトオルがいるから何とかなるだろう。」
すぐにコンテナ上からナーミとショウに指示を出す。
「わかったわ……行くわよ。」
「うんっ。」
すぐにナーミとショウがミニドラゴンの背中に乗り込んで、舞い上がった。
引き続きセーサとサーマの飛竜部隊もコンテナごと舞い上がり、戦艦へ向かって飛んでいく。
「ようしっ……じゃあ左に0.5度向きを変えて、第3弾を発射してくれ。4,5発で王宮壁を大破させることができれば、向こうだって震え上がるかもしれない。」
とりあえず戦艦の対応はセーサたちに任せることとして、ゴーレム担当の工兵に次の攻撃の指示を出す。
飛竜が舞い上がったことにより、どうせ、こちらの位置はばれてしまっただろうから、こうなったら一気に敵城を陥落させる必要性がある。
「了解しました……よしっ……引けッ!」
『キリリ……ズズズズッ』照準を修正し、飛竜が弦を引き矢をセットして発射準備が整った。
「発射っ!」
「はいっ!」
『ブンッ……シャパッ』『グラッ』
「発射っ!」
「はいっ!」
『ブンッ……シュパッ』『グラッ』
「発射っ!」
「はいっ!」
『ブンッ……シュッ』『グラッ』左右に0.5度ずつ照準を切り替えて扇状に矢を射かけ、7発の射撃で湖側の王宮壁の中央部分1/4程度を破壊した。これで湖からは王宮本殿が丸見えだ。
残りは3発しかないが、何だったら王宮を直接狙ったっていいさ……向こうが全員避難して逃げ出した後であればだがな……。
『ヒュー……ザッバァーンッ』『ヒュー……ドッボォーンッ』『ヒューヒュー』すると浮島の周囲に風切り音が鳴り、水しぶきが上がり始めた。
「王宮の壁がなくなったので見通しが効くようになり、高射砲を配置して撃って来たようですね。炸裂弾から鉄球に変えて発射しているようです。浮島を直接狙って、沈めてしまおうとしているのではないですかね……。
軍の基地は街の反対側で平原側に出っ張っていますから、そこから湖にある浮島は直接狙えないだろうと安心していたのですが、王宮側からなら狙えます。更に、先ほど丘周辺を守っていた戦車や高射砲も、湖岸に配置してきているでしょうから、もう間もなく集中攻撃を受けてしまいそうですね。」
トオルが冷静に分析する。確かに崩壊して見通しの良くなった王宮壁の向こう側には、大砲や高射砲などが配備されつつあるようだ。重機関銃だけではなく、大砲や高射砲なども準備はしていたのだろう。
しかも射程の長い高射砲が、ずらずらと並び始めた……直接王宮を狙って、飛竜部隊で上空から攻撃を仕掛けてくることも、予想して準備していたということだ。ありとあらゆる攻撃を想定して準備していたのだろうな……それだけ兵器も兵隊も豊富ということなのだろう。
飛竜部隊で突入して白兵戦……という肉弾戦が唯一の頼りのカンヌール軍の戦法が、悲しくなってくる。
ゴーレムを投入することにより、少しは有利に戦えるかと思っていたのだが、さすがにここまで準備されていると、厳しいかと思えてきたな……かといって、ここであきらめるわけにはいかないのだ。
だが……戦況は思わしくないぞ……浮島とはいっても湖の底におもりを沈め固定されていて移動できないのだから、集中砲火を受ければひとたまりもない。
「火弾!火弾!火弾!」
『ヒュー』『ヒュー』『ヒュー』『ボゴワッ……ザッパン』『ボガワッ……ザバンッ』『ボワワッ……ザッパンッ』魔法兵士が大炎玉と見まがうほどの大火球を発射して、敵砲撃を迎撃し方向をそらせはじめた。
おお……火弾なら連射が効くからな……砲弾を直接狙って叩き落しているわけだ。さすがに一発ずつ狙い撃ちとはいかないようだが、それでも火弾を連射して何とか砲撃を撃ち落としているようだ。
攻撃は全て迎撃され効果を発揮していないことは、向こうからでも確認できているだろう。さらに巨大戦艦も飛竜部隊が攻め込んだため沈黙している。交渉するなら今だな……
「ようしっ……左右の振れ幅を最初の設定値に戻して、仰角は38.5度に変更。これで直接王宮を狙っているはずだ。ジュート王子様……直接王宮を狙っていると電信で告げて、降伏を促してください。10分以内に降伏しないと直接攻撃に入るとしてください。」
こうなれば最終通告だ……王宮を射程範囲に入れていることは本当だし、撃てば必中で甚大な被害を与えることができるだろう。こちら側が圧倒的に勝っているわけでは決してないのだが、王手を指せるのはこちら側だけだ。今のところ、向こうの攻撃は無効化されているのだからな……。
さらに俺たちがいる浮島がやられても、まだ戦艦を攻撃している飛竜部隊は残っているのだ……そうして本国のカンヌール王宮まで、敵の攻撃の手が及んでいるはずもないのだからな……。
「了解しました……通信兵!」
すぐに王子が通信兵を呼び、電信を打つよう指示をだした。
「火弾!火弾!火弾!」
『ヒューヒューヒュー』『ボゴワッボワッドボワッ……ドッボーンッザッパンザッパァー』それでも相変わらず、王宮からの砲撃が収まることはなく、魔法兵が火弾で叩き落し続けている。
「火弾!火弾!火弾!火弾!」
『ヒューヒューヒューヒュー』『ボワボゴワボワァボワッ……ドボンザブンドンズバン』
「水の壁!水の壁!」
『ヒューヒュー』『ザッバァーンッ……ドッボンドボンッ』段々と砲撃の密度が上がってきているようで、ついにはトオルも手伝い始めた。王宮から直接狙ってくるほかに、王宮の堀の隣の平原側の岸からも、戦車や高射砲を配備して、砲撃を開始したようだ。
降伏を勧告しているのだが、聞く耳持たずといったところか……これは……持久戦となりそうだな……。
どこまで持ちこたえることが出来るか……なにせ1万を超えるであろう、近代兵器で武装したサーケヒヤー軍に対して、こちらは百名ほどしかいないのだ……。