最後の手段……浮島へ
「ようし……すぐに移動するぞ!みんなミニドラゴンに乗ってくれ。急いでくれ。」
「投降してきた兵士たちはどうするのですか?」
すぐにミニドラゴンのもとへ駆けて行こうとしていたら、トオルが冷静に尋ねてきた。ああそうだった……200名以上の兵士たちを拘束していたのだったな……振り返ると、セーサたちが拘束した兵士たちを1ヶ所にまとめて整列させていた。
「セーサさん!彼らはその場に、整列させておいてくれ。下手に動かれると、下から砲撃の的になってしまう。
かといって、拘束を解いて俺たちが引き上げるのを邪魔されても困る。
そうだな……竹竿か何かに白い布をつけて、掲げておいてくれないか?そうすれば、攻撃してこないだろう。へたに動き回っていると危険だから、おとなしくこの場にとどまるよう言い含めてくれ!」
すぐにセーサたちに向けて、大声で指示をする。
「ああ、了解した……この……陣幕を張っていた棒に、タオルをつけて……。
俺たちは撤退する……皆はここで救助を待つがいい……下手に動くなよ……的にされるぞ!」
セーサはそう言い含めて、捕虜たちを拘束したまま地面に伏せさせた。そうしておけば、まあ大丈夫だろう。
「ようし……じゃあ、急ぐぞ……。」
『はいっ』
セーサたちもコンテナへと駆け込み、俺たちもミニドラゴンの背に飛び乗る。
「ミニドラゴン……今度はこの大きな鉄の塊を運んでくれ、いいね?じゃあ、出発するぞ。」
ミニドラゴンの足で組み立て途中のゴーレムを持たせ、舞い上がる。それに引き続いて3頭の飛竜もコンテナを抱えながら舞い上がった。
『パーンッパンパンパンッ』上昇し始めたとたんに、周囲で炸裂弾が破裂する。目標が視認できたので、はるか遠くからでも狙いがつけやすくなったのだろう。やはり遠間の高射砲は、さほどダメージを負っていなかったのだ……あのまま残っていては、集中砲火の餌食となっていたであろう。
それでも折角手に入れた陣地を手放すという、こっちの動きに追随できていない間は大丈夫だろうが、いずれは高射砲で正確に狙われてしまうだろう。なにせ、対空砲火が目的の兵器なのだからな……急いで高空まで上昇させねば危ない。
「ミニドラゴン……次の目的地はあそこだ……だけど、一旦西へ向かいながら上昇してくれ!」
『バサバサバサバサッ』高射砲の届かない高さまで上昇させると一旦進路を西へ向け、さらに上昇させる。丘の奪取に失敗して、敗走する印象を与えるためだ。
「よし、方向転換して目的地へ急降下してくれ!」
雲の上まで上昇して地面が見えなくなったところで進路を東へ反転……少し飛行したらほぼ垂直に急降下させる。
『ビューッ……バサバサバサッ』ミニドラゴンが、マース湖上の巨大な浮島へ着陸した。3頭の飛竜部隊も続々と着陸してきて、家の前にコンテナを並べ障壁とし、コンテナから兵士たちが駆け出てきた。
「ここは……購入した浮島ではないですか……ここを戦場とするのですか?」
そう……先日購入したばかりの、マース湖上の浮島の新居へ着陸したのだ。
「一旦逃げるふりをしたので、すぐには気づかれないだろう。ここで新兵器を組み立てて、王宮を攻撃してみる。それで効果が見られなければ撤退だ。さすがに2度と使えない秘策中の秘策となるわけだが、仕方がないだろ?」
多少不満げなトオルに説明して、先日種をまいたばかりの土を盛った畑のど真ん中に、ゴーレムを置いて組み立て始める。くい打ちして固定するために、土の上に置いたのだ。皆で出し合って購入した浮島なのに、俺一人の独断で申し訳ないが、緊急事態なのだ……。
「作物をどうこう言ってはいられないというわけですね……非常に残念ではありますが、戦争ですからある程度の犠牲はやむを得ないということは、理解します。」
トオルが仕方なさそうにため息をつく。そう……これは戦争なのだ。ギルドもそうだが、冒険者は基本的に中立という立場で、大陸中はどこでも行き来することが認められているし、住居を構えることも可能だ。
さすがに土地を購入することは自国でなければ無理だろうが、この浮島は購入可能だった。あくまでも冒険者に与えられた特権なのだろうが、それを戦争に利用するということは、姑息な手段ととられても仕方がない。
なにせ、敵国のど真ん中にあらかじめ拠点を作っているわけだからな……恐らく今後、冒険者の移動ということに制限がかかる可能性もあるだろう。
だが、サーケヒヤー国だって宣戦布告前からすでに軍艦や戦車部隊を動かしていたはずだし、未然に防いだとは言え、サーキュ王妃やサートラの卑劣な陰謀で先手を打ってきていたわけだ。このくらいなら、まだまだかわいいものだと俺は思っている。
勝てばいいのだ……というつもりはないのだが、全てクリーンに戦っていては勝ち目はなさそうだから、やれるだけの手は使わせていただく……と言った覚悟だ。
買ったばかりの浮島は使い物にならなくなるだろうが仕方がない……ここなら一般人が住居として利用している湖畔の浮島は周りには少ないし、大きな迷惑はかけないで済むだろう。
戦闘が激しくなったら、早々に退散するだけだ……。ついでに封魔石を握り締め、サートラは敵なので魔力を封じるようここでも願っておく。繰り返し実行することが大事なのだ……。
「わかりました……恐らく我々がこちらへ逃れてきたことは、サーケヒヤーには見つかっていないでしょう。
攻撃開始前に食事にしましょう……既にいい時間ですし、本格的な戦闘になると、食事をしている暇もないでしょうからね。」
トオルはそう言いながら、ため息交じりに家の中へと入っていった。
「あたしも手伝うわよ……。」
「僕もー……。」
ナーミとショウも続く……。
「我々も……お手伝いいたします。」
さらに数名の兵士たちも、ナーミたちの後を追っていった。食事当番の兵士たちだな……。
何はなくとも食休み……ということでもないのだろうが、日はすでに真上まで昇っているようだし、そうか……もう昼だな……。
昼飯は、豚汁定食だった。何せ人数が多いので、部隊が持ち込んだ大鍋に食材の豚肉や野菜を入れて、煮込んだものだ。イボイノシシ肉も在庫があったので薄くスライスし、貯蔵していた野菜とともに煮込んだとトオルが言っていた。みそ仕立ての豚汁は、心も体も温まり元気がみなぎってきた。
「お加減はいかがですか?」
「はっ……はい……まだ少し、頭がくらくらとしていますが、倒れこむようなことはないと思います。
ですが……先ほどから何度も魔法の呪文を唱えているのですが……何も起こらないのです……。」
食事中、トオルが若い兵士のところへ寄っていき、様子をうかがう。300年ダンジョンの水の精霊球を扱っていた、魔法軍の兵士だ……若い兵士は、突然の問いかけに緊張しているのか、立ち上がって答えた。
「そうですか……我々の仲間のショウ君も前回の300年ダンジョンで魔力を枯渇させ、倒れてしまった経緯があります。限界を超える魔法効果の放出は、魔力の枯渇を招くようですね……無理をなさらずに、魔法のことはお忘れになったほうがよいでしょう。
教会へ行って司教様に治療していただけば、復活しますから案じることはありません。
それで……その精霊球を、お貸し願えませんか?私は水の精霊球の扱いになれておりますし、300年ダンジョンはご一緒いたしましたから、精霊球には取得者と認めていただけるものと考えております。
私が後を引き継ぎます……もちろん戦争終結の際には、お返ししますからご安心ください。」
トオルはそう言って両手を若い兵士の前に差し出す。
「えっ……ええっ……?よ……よろしいでしょうか?」
若い兵士は、どう対応していいかわからず、後方のジュート王子へ振り返る。
「はっはい……精霊球はトオルさんにお渡しください。トオルさんは冒険者ですが、精霊球の扱いには慣れていらっしゃるので、託すことができます。
呪文短縮の指の符号は、先生に教わった通りに設定してありますので、お願いいたします。」
ジョーと王子は即決で、精霊球をトオルに渡すよう依頼する。そうして一抱えもある水色の精霊球が、トオルの首から下げられた。
そうか……魔力が枯渇しても、精霊球を引き継ぐという手もあるのだな……トオルだったら精霊球を扱って長いから、それなりに魔力も向上しているだろうし、若い魔法兵士よりは長く魔法効果を持続させることができるだろう。大きな戦力になる。
だったら……さっき丘の上でトオルが引き継げばよかったのか……?いや……済んだことは考えないほうがいいか……。
「組み立てが終わりました!」
昼食の後片付けを終えたころに、工兵が報告に来た。コンテナを並べた隣の畑の上に、弓部分が15mを越える巨大な金属製のボウガンが設置されている。昼食休憩もとらず詰め込むだけ詰め込んで、すぐに組み立て作業を継続していたのだろう。兵士が息を切らせながら、報告にやってきた。
ついに完成したのだ……だが、完成したからと言って勝てるわけではない……何せこれはウォーゲームとは違うのだ。
敵城壁を破壊したからと言って、兵士がなだれ込んで白兵戦を繰り広げられるわけではない。敵は、突撃された場合に備えて準備万端だろう。そんな中、無策で突っ込んでいくことは自殺行為でしかない。
だが、何もしないでこのまま逃げ帰るわけにはいかない……それは、カンヌールの敗北を意味するからだ。
圧倒的不利な戦況を覆すだけのことをやってのけなければならない……本来なら王宮の城壁を破壊して、サーケヒヤー軍を脅すだけの目的だったのだが、それだけでは不完全だ。ゴーレムを用いて、王宮を破壊してしまうくらいの……中にいる人たちに命の危機を感じさせるくらいでなければならないと、感じてきた。
それができるのかどうか……ゴーレム用に準備した矢は10本……長さ10m直径50センチの電信柱のような鉄製の矢だ。セットするだけで3人がかりの矢の破壊力は、計算上は絶大なはず……。
「ジュート王子様……すいませんが望遠鏡をお貸し願えませんか?」
「はっ……はい、どうぞ……。」
ジュート王子が懐から折りたたみ式の望遠鏡を取り出して、手渡してくれる。
『タタタタッ……タッ』すぐに駆け出し、コンテナの天板に手をかけて思い切り飛び上がる。
「よっと……。」
『ズルッ……ゴロゴロ』両手の力を使って上体を跳ね上げ、コンテナの上に転がるようにして乗り込む。
「超高圧水流!」
『シュタッ』ようやくコンテナの上に乗ったと思ったら、トオルは軽々と跳躍してきた。そうか……俺の脈動と違ってトオルの場合は水流で飛んでいるから、浮島の上でも魔法が使えるわけだ……うらやましい。
「さて……どうかな……。」
望遠鏡のピントを合わせ王宮の様子をうかがうと、湖側にも高い塀が作られているので、コンテナの上に上がっても、3階の屋根の上部分が少し見える程度だ。やはり、あの塀は破壊しなければならないな……。
「王宮の壁までは、距離にして2300mですね。」
王宮方面を見ていたら、下の方から声がする。見ると、ゴーレムを組み立てた工兵が、3脚で固定した望遠鏡を使って王宮方向を眺めている。そうか……照準器を持ってきているのだな……助かった……。
「ようし……少し横風があるから、左へ0・5度修正して、仰角は37度にセット。これだと壁のずいぶん上の方に着弾する計算となるが、王宮手前には一般人の住居である浮島も点在しているので、間違ってもそこへは突っ込ませられない。これでまずは撃ってみよう。」
「了解しました。よしっ……引けっ!」
『キリキリキリッ……ズッズッズッ』工兵が照準を調整した後、飛竜に命じる。あまりに巨大なボウガンであるため、その弦を弾くことは人間の力では不可能だ。ウォーゲームの場合は照準を修正して矢をセットして発射と命じればいいのだが、現実世界ではそうはいかない。
誰かが、この強く張られた弦を引いてセットしなければ矢を発射することはできない。そのため飛竜を使うことにしたのだ。怪力を持つ成獣の飛竜であれば、1頭でゴーレムの弦を引ききることができるとよんだのだ。
弦を引いたらこれまた巨大なピンを上げて弦を止め、工兵3人がかりで矢をセットする。
「ジュート王子様……一発でも撃ってしまったら、ここはすぐに発見されてしまいます。ですから後戻りはできません。敵に囲まれてしまったら逃げるしかありませんから、すぐに逃げられるよう準備をしておいてください。よろしいですか?」
コンテナの上から振り返って、ジュート王子に確認する。今は平穏とは言え、まだ見つかっていないだけで、いずれこの場所の異常さに気が付いて、港から戦艦が確認にやってくるだろう。何せ巨体の飛竜が4頭も浮島の上に陣取っているのだ。
ここにいれば安全ということではない……だから行動するなら今だ。ウォーゲームをやりこんでいるので、照準器で目標までの距離と、おおよその風向と風速が想定できれば、照準の修正は頭の中で瞬時に計算できる。
あくまでもシミュレーションで作り上げた結果でしかないが、大きな間違いはないはずだ。