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撤退

「すぐに梱包を解いて新兵器を組み上げるから、トオルは集中豪雨をこのまま維持させてくれ!」


「いえ……私の魔法は、とっくに止めておりますよ……さすがに中級魔法を持続させたままで、補助魔法を使って戦うことは、困難でしたからね……。

 それに私の魔法効果よりも遥かに強力ですし……ショウ君がやっているのではありませんか?」


大瀑布を彷彿とさせる、滝のように大流量で流れ落ちる水のカーテンを維持するよう願ったのだが、トオルは意外にも首をかしげる。えっ……慌ててショウへと視線を移すも、ショウは右手を振って自分ではないと否定する……じゃあ一体……?


「これは300年ダンジョンで取得した、精霊球の魔法効果です。トオルさんが戦い始めた時に一瞬集中豪雨が途切れたので、すぐに飛行中の飛竜の後席に座る魔法兵に、集中豪雨を唱えさせました。


 グイノーミの百年ダンジョンで獲得した水の精霊球も魔法効果は大きかったのですが、同じ集中豪雨でも恐らく10倍くらいは、見た目でも威力があると考えています。


 丘周辺の高射砲を撃退するために上空の飛竜から放ったのは、初級魔法の水弾と火弾でしたからね。威力の桁が違います。やはり魔法軍兵士を、300年ダンジョンにまで連れて行って取得した甲斐がありました。ボスを倒して精霊球を取得したメンバーと、認められたのだと考えております。」


 大瀑布を連想させる水のバリアーともいえる集中豪雨は、誰の魔法効果なのか考えあぐねていたら、ジュート王子が寄ってきて、若い兵士2名を改めて紹介してくれる。


 そうか……300年ダンジョンで取得した精霊球……すさまじいな……大炎玉と思っていたのが、火弾だったなんて……あの水撃だって中級魔法の超高圧水流だと思っていたぞ……。初級魔法だから何発も連射が効いて、はるか上空からでも効果的な攻撃を仕掛けられたということか……すごいな。


「よしっ……今のうちに新兵器を組み立ててしまおう。」


 凄まじい水量の集中豪雨のおかげで、この丘の上では何が起こっているのか、周囲からは見えないはずだ。

 自国の兵士が多く詰めているのだから、うかつに砲撃してくることもないだろう。


 今のうちに新兵器を組み立ててしまうべきだ……ぐずぐずしてはいられない……すぐにミニドラゴンが運んできた木箱を開梱して、3人の工兵とともにゴーレムの組み立てにかかる。



『ズドドドドドドッ……』『カチャカチャカチャ』梱包をばらして、巨大な鉄のパーツを飛竜部隊の兵士たちに手伝ってもらいながら振り分け、手順通りにゴーレムを組み立てに取り掛かる。何せ一つ一つの部品が巨大なため、位置を調整するのも数人がかりとなり、簡単には組み立てられない。


 焦れば焦るほど、時間だけが経過していき……それでもあと少しというところ迄こぎつけたところで、凄まじい爆音が突然消え、ゴーレムを組み立てている金属の擦過音が聞こえるようになった。


 ありゃりゃ……どうした?周囲を見回すが、バリアーと化していた集中豪雨はかき消えている。それでも降り注いでいた大量の雨水は洪水状態となり、周囲を取り囲んでいた高射砲や装甲車などを押し流しているようだ。戦車はなんとか流されずにいるようだが泥をかぶっているし、すぐに動くことはないだろう。


 それにしてもどうした?まだゴーレムは組み立て終わってもいないぞ……もう少しではあるのだが……組み立てた後に地面にくい打ちして固定もしなければならないのだぞ……。止めるような指示は出していないのだがな……そう思いながら周囲を見回すと、先ほど集中豪雨を唱えた新兵が倒れているではないか……。


「おいっ……大丈夫か?」

 すぐに駆けよって呼びかける……が、返事がない。


「ジュート王子様!兵士が倒れてしまいました!」

 すぐに、飛竜部隊の兵士を配置している王子に呼び掛ける。


「集中豪雨!」「集中豪雨!」

『ザアーッ』トオルとショウが代わって集中豪雨を丘の周りに張り巡らせてくれた。


「衛生兵!来てくれ!」

 ジュート王子が、僧侶とともに駆け寄ってきた。


「気を失っているようですね……治療してみます。」

 衛生兵が倒れた兵士の胸のあたりに手を当て、目を閉じて意識を集中させる。


「うっうーん……はっ!」

 すぐに兵士は目を覚まし、驚いたように首をふり辺りをきょろきょろと見回した。


「どうしました?大丈夫ですか?」


「申し訳ございません……集中豪雨の魔法を切らさぬよう気を張っておりましたら、突然全身の力が抜けたようになってしまい……すいません、すぐに……集中豪雨!……あれ?」

 すぐ目の前にジュート王子がいることに驚いた新兵は、焦って立ち上がると呪文を唱えるが何も起こらない。


「恐らく魔力が枯渇したのでしょう……凄まじいばかりの魔法効果を、何時間にもわたって発揮していたわけですからね。焦って何度も呪文を唱えないほうがいいです。魔力が戻らなくなることがあります。教会で修業を積んだ司教に治療していただけば、数日で直るようですから心配しなくても大丈夫です。


 ですが……弱りましたね……まだ少々組み立てには時間がかかりそうだし、組み上がってからくい打ちして固定する必要性があります。流れ出た水で、周囲を取り囲んでいた敵軍は押し流されたようですが、すぐに体勢を立て直して攻撃を仕掛けてくるでしょう。」


 凄まじい水量の水のバリアーであれば、ほとんど攻撃を受けずに準備できたのであろうが、トオルとショウが2重に張った集中豪雨では先が透けて見えるので、攻撃を仕掛けられてしまうだろう。


 あのようなすさまじい魔法効果を、知らない時は考えもしなかったのだろうが、一度見てしまうとないということが恐ろしくなってくる。


 何しろ丘の周り全周に猛烈な水量の雨を、しかも長時間にわたって降らせようとしているのだ……範囲が広すぎるので、どうしても魔法効果が弱くなってしまう。新兵の魔力が枯渇してしまったのだって、仕方がないことだ。


『パーンッパーンッ』突然、雨のカーテンの向こう側から砲撃が飛んできて、あらぬ場所で弾けた。


 瞬間的ではあるが、魔法効果が完全に途切れ、丘の上での戦闘が収まっているのが丸見えになったのと、今度はそれほどすさまじい防弾幕ではないので、撃ち込んできたのであろう。勝ったのがサーケヒヤー軍であれば、集中豪雨など必要ないはずだからな……自軍は全滅と思い攻撃してきているのだろう。


 水で被害を受けなかった遠くの高射砲からの砲撃であろう……狙いは正確ではなく丘を突き抜けてしまっているが、段々と近づいてくると怖い……。


 それにしても……捕虜になっている者がいるであろうことは、想定していないのだろうか?全員討ち死にしていると決めつけた感じの砲撃には疑問を感じる。


「敵も体勢を立て直しつつあるようですね……敵兵を捕虜にしているにもかかわらず、あてずっぽうで打ち込んできているようです。まずいですね……このままではどんどん距離を詰められ、攻撃が過密になってくる恐れがあります。」


 当初は丘を突き抜けていた砲撃が、段々と丘の端の方に着弾する様子を見ながらトオルがつぶやく。まずいな……集中豪雨を取りやめて、こちらからも攻撃を仕掛けるか?いや……ショウとナーミとトオルと炎の精霊球を持った魔法軍兵士の4人しか戦えそうもない。


 今のところの飛び道具といえるものは、これだけだからな……対する向こうは周囲を取り囲む高射砲に戦車に装甲車……仮に剣士たちが丘を滑り降りて白兵戦を仕掛けようとしても、踏みつぶされるだけだ。


 高射砲で対空砲火の準備は整っている上に、さらに土嚢を積み上げ準備を整えていて、重機関銃まで準備しているということで、王宮へ直接乗り込んでの突撃もできそうもないことは明白だし、ゴーレムが完成したところで、どれほどの戦力になるものか……ううむ……弱ったな……どうしようか……。


 やはり無謀だったのか……いくら何でも敵陣へ突っ込むなんて言うのは、無謀というか無茶な作戦だったということだ……。


『パーンッパンパンッ』『ドーンッ』着弾がだんだんと多く大きくなってきた……復活した戦車や大砲も加わってきたのだろう……もはや一刻の猶予もない。


 かといって、逃げるといっても今からゴーレムを詰め込み、さらに兵士たちをコンテナに収容して飛竜で飛び立つまでの余裕があるものかどうか……適当に撃ってきているということは、どこに着弾するかわからないのだ。


 この丘の上であれば、どこでも危険ということになる……収容後のコンテナにでも直撃したら大変なことになるのだ……仕方がない……。


「トオルっ、ショウっ……集中豪雨はもういい……一旦解いてくれ。」


「えっ……ああはい……どうしたのですか?」

 すぐに雨のカーテンが途切れ、周囲の見通しが良くなる。やはり予想通り、はるか遠くの高射砲から射撃してきていた様子で、丘周辺のぬかるみには少しづつ大砲と戦車が終結しつつある。


「隆起!隆起!隆起!隆起!隆起!隆起!隆起!隆起!隆起!」

 すぐに隆起を唱え、はるか遠方の高射砲が並んでいる場所の地面を、目見当で思い切り広範囲に盛り上がらせると、豆粒のように見える黒い人影が、揺れ動く高射砲の周りで右往左往している姿が、コミカルに見受けられた。


「液状化!液状化!液状化!」


『キュルキュルキュルキュル……』今度は丘周辺のぬかるみを進軍してくる戦車や大砲の足元を、液状化させる。巨大ワームが地中を進むのに使っていた魔法にあやかったものだ……ただでさえぬかるんでいる地面が滑り、動けなくなるばかりか、重量の重い鉄の塊である大砲や戦車などは、地面に沈み始めて傾き始めた。


「ようし……硬化!硬化!硬化!」


『ガガガガガッ……』そうして戦車や大砲が半ば埋もれた地面を今度は硬化させ、完全に動けなくさせる。空転していた戦車のキャタピラも、動かなくなった……完全に地中に沈んだわけではないのだから、兵士たちは脱出可能であろう……生き埋めということは……無いと考えたい……。


「沈下!沈下!沈下!沈下!沈下!沈下!沈下!沈下!沈下!」


 先ほど隆起させた地域を、今度は沈下させて元に戻す。地形を変えたままにしておかないという意味もあるのだが、何より地殻変動が収まってしまうと、また攻撃が再発しかねないからだ。


 上がったり下がったり、地面に沈み込んだり固まったりと……信じられないような怪奇現象が頻発すれば、こちらを攻撃してくるような気もなくなるだろう。


「液状化!液状化!液状化!」「硬化!硬化!硬化!」


『キュキュルキュルキュル』『ブロロロロロッ』その後も休まず、あちらこちらから進軍してくる戦車や装甲車に高射砲を、液状化を使って地面に沈め、硬化を使って固めて動けなくさせていく。


 魔法効果がいつまで持続するものかは不明だが、掘り起こしでもしなければ、使い物にならないだろう……これである程度の時間は稼げるはずだ。


「せっ……先生……はるか向こうに丘を隆起させたり沈めてみたり……また近づいてくる戦車隊を地面に埋もれさせたり……先生の土系魔法効果はすさまじいですね……百年ダンジョンでは土の精霊球も取得しましたが、わが軍の魔法使いではあそこまでの魔法効果はありません。」


 ジュート王子が駆け寄ってきて、夢見心地のようにうっとりとしたまなざしを送ってくる。トーマに心酔しているから、俺が繰り出す技は、全てイリュージョンのように映っているのだろうな……。


 今の凄まじい地殻変動は、未管理ダンジョンとはいえB級並みの土の精霊球を取得して、結構長い期間使い込んでいる精霊球だからこそ、上級精霊球並みの魔法効果が得られるようになっているからだ。それだって、目一杯の力を振り絞ってようやくだからな……魔力が枯渇しているかもしれないくらいだ……。


 なんだか気が遠くなってきたようで……息も荒くなってきた気がする。


「はあはあはあ……いえ……ただの時間稼ぎでしかありませんよ。近場の戦車や大砲に関しては、地面に埋まったので当面使い物にならないでしょうが、遠間の高射砲に関しては、地殻変動で操作者が驚いて持ち場を離れているだけで、落ち着けばまた撃ってきます。


 距離が離れすぎていて、直に高射砲に魔法効果を及ばすことができないため、この辺りが限界です。

 これ以上この地にとどまって、王宮へ攻撃を仕掛けることは無理でしょうね。

 仕方がありません……移動しましょう。すぐに兵を回収して飛竜で飛び立つ準備をしてください!」


「ええっ?……ここまで来て、あきらめるのですか?」

「いえ……あきらめるのではありません……場所を移動するだけです。」


「はあ……でも……一体どこへ?」

「先導しますから、ついてきてください。」


 このままこの場所で戦うことは不可能だ……何せ敵軍が兵を配置して待ち構えていた場所なのだ。無理やりこじ開けてはみたものの、やはりうまくはいかなかった……300年ダンジョンで手に入れた精霊球のおかげで多少は持ちこたえられたが、無謀すぎたようだ……。


「新兵器はもう少しで組み上がるだろ?部品はそれぞれ持てるだけ持ち運んでくれ。行った先で組み上げる。」


「大丈夫です……あとは弦を張るだけですから、それくらいは手で運べます。」

 3人の工兵が、太いピアノ線でできた弦をもって、コンテナの方へと走って行った。


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