決死隊出発
「もとより承知の上です。といっても、マース湖には私たちが購入した浮島もありますから、最悪の事態が生じた場合は、そこへ逃げ込むつもりです。大きな浮島ですし沖合にありますから、意外と気づかれないだろうと考えておりますし、冒険者は中立という立場ですから、ちょっと卑怯ですが何とかなるでしょう。」
特攻作戦に対しての心構えを王様に問いかけられ、王宮攻撃が失敗した場合に浮島まで逃げ延びられるなんて事考えてもいないのだが、大事にしないために取り敢えず逃げ場はあるということにしておく。
「ふうむ……そうか……では飛竜部隊3隊を率いて向かってくれ……危うくなったらすぐに逃げるのじゃぞ。カンヌールへ戻ってくる必要もない……よいな?」
王様は念を押して確認してくる。
「もちろんです。」
なるべく笑顔を見せるようにして明るく答え、深く頭を下げた。
「私も……私もその作戦に参加させてください。」
するとジュート王子が、特攻作戦に参加すると言い出した。だが……本当に命がけなのだ、王子が直々に出向く必要性はない。
「で……ですが……。」
「行かせてくだされ……王子にも汚名挽回のチャンスを与えて下され……。」
断ろうとしたら、王様の縋り付くような声が……ううむ……
「わかりました……一緒に戦いましょう。サーラの催眠は、解かれているから大丈夫でしょう。」
仕方がない……守るべき対象が増えるが、このまま戦争が終わってはジュート王子の責任追及が残ってしまう。
「ありがとうございます。300年ダンジョンで取得した2つの精霊球を扱う兵士は、私の直属となっておりますので、彼らも連れて参りましょう。やはり上級精霊球ということで、魔法効果取得も随分と早いようです。
更に、指を使った短縮詠法も訓練中ですので、お役に立つと考えます。
玉璽に関しましては……なにせ前回出現したと伝えられているのが500年近くも前ですから、取り扱い方法など手順が明確には伝わっておりません。これから王宮内の飛竜の幼獣を相手に試すことになるでしょうが、かなり時間が必要と考えております。
ですが火と水の精霊球に関しては、準備万端です。すぐに出発しますか?」
ジュート王子が嬉しそうに笑顔を見せる。何とか作戦を成功させて、王子の面目躍如と行きたい。300年ダンジョンの精霊球は、大きな戦力になるしな。玉璽に関しては……早いところ使いこなせるようにしておく必要性はあるわな……ばれていたのを知らずに隠していたのが悔やまれるのだが……仕方がない……。
「いえ……ほとんど休憩もとらずにカンアツから戻ってきたのです。もう日も落ちましたし、出発は明日にしましょう。我々も居城へ戻ります。本日は十分に体を休めて、明日の朝出発いたしましょう。」
「了解いたしました。では同行する飛竜部隊の選抜を行っておきます。」
いくら羅針盤があるからと言って、これから取って返すようなことをしては体が持たない。ボロボロの体で戦うわけにはいかないからな。出発は明日からで仕方がないだろう。
「よいよい……ジュートよ……手配はわしがしておくから、お前は体を休めなさい。そうして、明日からの戦いに備えるのじゃ……いいな?」
それでも休まずに準備しようとするジュート王子に、王様が休めと命じた。
「わかりました……。」
よかった……あまり無理をしてはいけない……無理するのは戦いの時だけでいい。王さま……ナイス!
「では、失礼いたします。明日は夜が明け次第出発しましょう。夜明け前に伺います。」
早々に引き上げて、体を休めよう。王子と王様に別れを告げて謁見室を出ていく。
「あたしたちも行くわよ……。」
すぐにナーミが後ろから声をかけてきた。前回の戦争の時のように、置いていくと言われることを危惧しているのだろう。
「もちろんだ……行きたくないのであれば無理に誘わないが、一緒に来てくれるのであれば心強い。ショウもトオルもそうだが、本当に命がけの戦いとなる。行かなかったからと言って、俺たちの仲が壊れることもないし、生きて帰ってきたらまた同じチームで活動できるはずだ。
だから行く行かないは各自選択してくれ……どちらでも皆の考えを尊重する……。」
ナーミとエーミは前回の戦争時だってかなり活躍したし、しかもほとんど敵を傷つけることもなしに、制圧に加担した。彼女たちなら大丈夫だろうと思うから、行きたいなら一緒に行こう。ただし、本当に命がけだ……敵の真っただ中に突入するのだからな。生きて帰れるという保証は全くない。
だから選んでもらうことにした。無理して行って、後悔してほしくない。
ノンフェーニ城へ帰宅して、日常訓練を行い夕食をとる。俺は酒も少し飲んだが、訓練時も食事時も皆ほとんど会話がなく、静かであった。それだけ真剣に行くかどうか考えてくれているのだろう……俺は即断したが、皆はじっくりと考えてほしい。できれば行かないで残ってほしい……という気持ちが強いことは強い。
翌朝、身支度を整えて夕食後に配布したおにぎりで朝食を済ませ、居城の中庭に向かう。下手に朝食の食卓を囲んでしまうと皆の考えに流されてしまうため、集合場所の中庭までは各自単独行動としたのだ。
日の出までには、まだ30分ほどある夜明け前の真っ暗な城の中を、輝照石で照らしながら一人歩いていくと……中庭にはかがり火が焚かれていた。
「遅いじゃないのよ……あたしたちだけで行くことになるのかと思っていたわよ……。」
かがり火の炎の明かりに照らされる3人の姿に加え、ミニドラゴンまですでに厩からだされていた……やはり全員そろったか……いいだろう、一緒に行こう……。
「ようし……出発するぞ。ミニドラゴン……荷台は置いていくから、そのまま出発だ。」
4人がミニドラゴンの背中に乗り込み出発する。荷台の代わりに持っていってもらうものがあるのだ。
『バサッバサッバサッ』家々から漏れる明かりを頼りに王宮へ向かう……ようやく空が白みかけてきた。
「お待たせいたしました……セーサさんとサーマさんも一緒に来てくれるのかい?心強いね。」
王宮へ到着すると、夜明け寸前にもかかわらず、すでに飛竜隊とジュート王子は待機してくれていた。さらに、見慣れた顔ぶれも一緒だった……近衛隊の隊長と副隊長まで同行するなんて……王都の警護は捨てて、この作戦にすべてを賭けるというカンヌール王の気持ちの表れだろう。
「おお……国王様が敵軍に突入する兵を募って見えたので、真っ先に手を上げさせていただいた。今度は敵国へ突入ということですか……興奮しますなあ……ガハハハハっ。」
「ノンフェーニ城の警護に関しましては、別の飛竜部隊を派遣しておりますから、ご心配なく。美女たちとしばしのお別れですが・・・男は戦場へ向かうのが本懐ですからな・・・ガハハハッ」
セーサとサーマが、そのいかつい顔をしわくちゃにしながら高らかに笑う。そうか……決死隊を募ったということだな……それでこれだけの人数が集まったのだから、やはりこの国は国民に愛されている。
中庭にはセーサ・サーマ以下百名ほどの甲冑に身を固めた兵の熱気に包まれていた。何とかなるかもしれない……いや、何とかするのだ……。
「では、参りましょう。カンアツ国はカンヌールよりとはいえ、現状は中立国です。まさかカンアツ上空は飛行できませんから、北方山脈を越えてサーケヒヤー国へ攻め込むことになります。
今から出発すれば、北方山脈には深夜に到着するでしょう。山中で野営して早朝に出発すれば、マース湖西の山脈に深夜時間帯に到着できるはずです。昼間でも高空を飛行すれば気づかれにくいですし、闇に乗じて着陸すれば山中に潜むことも可能ではないかと……。
明後日早朝からサーケヒヤー王宮へ攻撃を仕掛けることになります。戦艦は昼夜を問わず航行するでしょうからオーチョコが心配ですが、何とかぎりぎりで間に合うかどうか……オーチョコ城でどれだけ頑張れるかにかかっているとも言えますね。
で……お願いしていたものは……これでしょうか?」
幅15m高さが1mほどで、奥行きが5mの木箱が中庭に置いてある。木箱にはロープがくくられ、持ち手用の大きな輪がつけられていた。
「はい……やはり組み立ては間に合いませんでした。現地で組み立てるしかありません。取り敢えず選抜した同行兵士には、1/10の縮小版にて組み立て手順を取得済みの者を加えております。」
ジュート王子が申し訳なさそうに頭を下げる。
「大丈夫ですよ……組み上げてしまうと余計にかさばって、運びにくいですから。現地組み立てが一番です。」
手で押してもびくともしないくらいに重いその木箱を叩きながら、作戦を頭の中に巡らせる。こいつが活躍できるかどうかにかかっているな……いざ出発だ……。
「あれを見てください!」
北方山脈の山すそに深夜時間帯に到着し、仮眠してから夜明けとともに出発する。うまくいけば今夜中にマース湖西のマース山脈へ到着予定のつもりだった。
数千m級の高い山々を越えサーケヒヤー国へ入った途端に、はるか下界をトオルが指さす。その先は一大軍団がものすごい土煙を上げながら行軍していた。
大きな砲台を持った何十台もの戦車に続き、装甲車に幌馬車隊が続いている。カンヌール・カンアツ国境のモロミ渓谷を使えないため、山越えするつもりなのだろう。登坂性能に優れるキャタピラーを有する戦車が先頭に立ち、木々をなぎ倒しながら急斜面を登り、そのあとを装甲車と幌馬車隊と騎馬隊が続いているようだ。
ううむ……環境破壊も甚だしい……とも言ってはいられないか……これは戦争なのだ。それにしても 最早国境付近まで到達しているとは……戦車のスピードなどから推定すると、宣戦布告の数日前から派兵していたのではないのだろうか……前回の戦艦で攻め込んだ時といい……あまりにもやり方が卑劣過ぎる。
「ミニドラゴン!急降下してあの軍団に近づいてくれ。」
すぐにミニドラゴンに降下させる。こいつらにやすやすと山越えをさせるわけにはいかない。
「うおっ!」
『パーンッパーンッ』山の上のさらに上空から急降下させようとしたところ、砲弾が飛んできてはるか先で破裂した。飛竜部隊のことを知って、移動の際にも常に上空を警戒して、いつでも砲撃可能な状態で移動しているのだろう。
それにしても、巨大な戦車が豆粒ほどにしか見えないくらい、かなり距離が離れているにもかかわらず、砲弾が届いているようだ……ううむ……双眼鏡とかないのが悔しいが、ずん胴で砲身が短い大砲ではなく、恐らく砲身が長く射程距離の長い高射砲のようなものを持ってきているのだろうな。
『パーンパーンッ』とはいえ弱ったな……降下できないから戦車に狙いをつけられない。本来なら急斜面を登っている最中のキャタピラの下あたりを崩落させて空転させれば、後続を巻き込みながら転げ落ちていくはずだが近づけそうもない。他の飛竜も、降下をためらっている様子だ。
それはそうだ……あくまでも移動中に戦車軍団を見つけただけなんだからな……この地で戦闘するために飛んできたわけではないのだ。サーケヒヤー王宮を直接攻撃するために来たのだから、ここで撃ち落とされるなんてことにでもなったら大事だ。
「仕方がない……崩落!崩落!崩落!」
『ズザザザザザッ……ズズズッドッゴォーンッ』先頭を走る戦車の手前当たりの斜面を目見当で崩落させると、戦車は行き止まり、さらに崩れ落ちてきた土砂とともに数mは横滑りして落下したようだ。
3台の戦車が滑り落ち、その影響で数台の装甲車や大砲が横転した様子だ。破壊はできなかったが、仕方がないか……戦車も装甲車も頑丈だから、乗員は怪我をする程度で死ぬことはないだろう。ヘルメットとかしているだろうしな……。
「火弾火弾火弾火弾!」「火弾火弾火弾火弾!」
『ボワボワボワボワッ』『ボワボワボワボワ』『ボゴワァッ』ナーミとショウが火弾を発射し、降り注ぐ炎の玉が幌馬車体に襲い掛かる。
「わーわー……」
幌馬車に乗っていた兵士たちが、大慌てで蜘蛛の子を散らすように逃げていくさまが、遠目から確認できてコミカルだった。
「集中豪雨!」
『ザザザザーッ』さらにトオルが集中豪雨を発生させ、軍団の視界を奪う。
「崩落!崩落!崩落!」
『ズザザザザザーッ……ガラガラガラドッゴォーンッ』後続の戦車も崩落で斜面を落としてから、南東方向へ向きを変える。いつまでもここでぐずぐずしてはいられないのだ。
恐らく容易に山越えはできないだろうと、サーケヒヤーだって考えるはずだ。大打撃とはいかなかったが、倒れた装甲車や砲台を起こして、さらに崩れた斜面を迂回して遠回りしなければならなくなったので、これで2,3日は稼げたのではないだろうか……少なくとも近々の陸軍侵攻は防げたはずだ。
「山中で敵軍を眼下に捕らえた時に望遠鏡で確認しましたが、サーケヒヤー軍の大砲はカンヌールのものと異なり、砲身が数倍長いものでした。そのため射程距離も長く、より高い位置まで砲弾を飛ばすことができるのでしょう。
しかも砲弾は鉄球ではなく炸裂弾のようで、上空で破裂して小さな鉄球や鉄の破片などを飛ばして、周囲を破壊するタイプのようです。このような技術はカンヌールにはありません。新兵器といえるでしょう。
すでに通信兵に王宮宛、敵軍の軍備状況を連絡させ警戒に当たらせております。」
マース湖畔西の山中奥深くに飛来して、ここで野営する為に支度を整えると、ジュート王子が報告してくれた。確かに、直撃は食らっていなかったはずなのに、ミニドラゴンの腹には無数の擦り傷がついていたからな……高射砲でさらに炸裂弾か……厄介だな……。
続く
圧倒的不利な状況下で、サーケヒヤー国の王宮への突入を目指すワタルたち。果たして特攻ともいえる作戦は成功するのでしょうか。
物語も佳境に入り、ますます目が離せなくなってまいりました。次章にご期待ください。